第18話 赤面のわけ
二期生になった。
制服は同じ。
部屋も同じ。
朝起きて、授業を受けて、図書室へ行く。
その繰り返しも同じだった。
でもひとつだけ、胸ポケットのスカーフが青に変わった。
二期生の証だ。
図書室は静かだ。
エリオはいつもの席へ向かう。
荷物を置く。
メモを広げる。
昨日のつづきだ。
ページをめくる。
しばらくして、手が止まった。
【ブルームメデューサ】
海に生息するクラゲの魔物だ。
傘膜が水分を吸収すると数倍に膨張し、乾燥すると元の大きさに戻るとある。
入手難度の欄には「高」と書いてあった。
深海に近い場所に生息するらしい。
むずかしい。
でも存在するならいい。
設計図の「伸縮性」の欄に書き込む。
クラリス先生から、この項目が必要だと教わっていた。
くわしい理由はまだ知らない。
それでも必要なのはわかっている。だから嬉しかった。
魔物の資料を読み切ってしまった。
全部ではないかもしれない。
けれど図書室にある分は、たぶん全部だ。
メモは何枚にも増えた。
素材の候補もいくつか見つかった。
次は鉱石だ。
エリオは新しい棚の前に立った。
並んでいる背表紙をひとつずつ確かめる。
まだ知らないことがある。
それだけで、胸の奥が少し明るくなった。
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ある日の昼過ぎ。
廊下を歩いていると、声が聞こえた。
「図書室に住んでるんだってさ、あいつ」
「一期のときからずっとだろ。図書室の虫じゃん」
笑い声がつづいた。
エリオは足を止めない。
虫。
頭のなかで繰り返してみた。
悪い言葉のつもりで言っているのだろう。
声のトーンでわかる。
でも、おかしいな、とも思った。
虫は何かを食べて生きている。
自分も本を食べている。
なら虫で合っている。
――本の虫。なんだかほめられてるみたい。
エリオは少しだけ歩みが軽くなる。
廊下を曲がると、図書室の扉が見えてくる。
やっぱり悪い言葉には聞こえなかった。
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鉱石の本を開いて、十日目だった。
手が止まった。
【振動石】
珍しい石だと書いてある。産出地は限られており、流通量は少ない。
特性の欄を読む。
近くにある振動と共鳴し、同じ周期で揺れつづける性質をもつとある。
エリオは顔を上げた。
窓の外を見た。
手が胸にいく。
心臓の音が伝わってくる。
とくん、とくん。
規則正しく動いていた。
ロイドで確かめたときのことを思い出す。
あれを再現する方法が、ずっとわからなかった。
でも。
共鳴する石なら。
心音と同じリズムで、動くかもしれない。
「……っ」
声が漏れそうになった。
堪えた。
図書室だから。
手が震えないように気をつけながら、メモを取る。
羽根ペンの動きが少しだけ速くなっていた。
設計図の脈動の欄。
ずっと空白だった。
そこが埋まった。
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図書室はいつも通り静かだった。
エリオは鉱石の資料を広げていた。
ページをめくる。
読む。
メモを取る。
「なあ」
隣の椅子が引かれた。
ミーナだった。
本を一冊抱えている。
「勉強教えてもらいにきてんけど、その前に聞いていい?」
「はい」
「エリオって、なんでいつも図書室におるん? 魔物の本、次は鉱石の本って、授業と全然関係ないやん」
エリオは少し考えた。
ミーナは正直な人だ。
だから自分も正直に話せばいい。
「作りたいものがあるんです」
「なに?」
「おちんちんです」
ミーナが固まった。
一秒。
二秒。
三秒。
「……え?」
「おちんちんです」
「き、聞こえてるけど」
ミーナの顔が、じわじわと赤くなっていく。
「なんで……」
「ボクには、それがないので」
また沈黙が落ちた。
ミーナはエリオを見た。
視線が下がる。
もう一度、顔を見た。
「……生まれつき?」
「はい」
ミーナは黙っていた。
ただまっすぐに、エリオを見ていた。
「そっか」
静かな声だった。
「それで、魔物の本とか、鉱石の本とか、読んでたん?」
「はい。使えそうな素材がないか調べていました」
「ずっと?」
「一期生のころからです」
ミーナがまた黙った。今度は少し長かった。
それからゆっくり口を開く。
「……ごめん」
エリオは首を傾げた。
「なんで謝るんですか」
「え?」
「謝られる理由がわかりません」
ミーナが少し目を丸くした。
「いや、その、大変やったやろなって」
「大変かどうか、あまり考えたことがないです」
「……そうなん?」
「はい」
エリオは少しだけ考えてから、つづけた。
「ただ、夢で見たんです。五歳の誕生日の夜に」
「夢?」
「夢のなかの自分は大人で、それがありました。温かくて、柔らかくて……信じられないくらい幸せな感じがありました」
ミーナは何も言わない。
「目が覚めたら、なかった。平らだった。その時初めて、棒なしって言葉の意味がわかって」
「棒なし……」
「両親がそう呼んでいたんです。ボクのことを」
ミーナの顔が、少しだけ歪んだ。
けれど何も言わなかった。
「他の人には普通にあるものです。夢のなかの自分にもあった。なら作れるはずだと思いました」
「それだけで、一期生からずっと調べてたん?」
「それだけ、というか」
エリオは言葉を探した。
「夢のなかの感覚が、どうしても忘れられなくて。あれが何なのか、いまでもよくわかりません……。でも、もう一度あの感覚に近づきたいと思ったら、作るしかないので」
ミーナはしばらく黙っていた。
やがて、ふっと息を吐く。
「……めちゃくちゃすごいな、エリオって」
「そうですか?」
「そうやよ。うち、正直に言う」
ミーナが真っすぐにエリオを見た。
「最初聞いたとき、びっくりしすぎて頭が追いつかんかった。でも、いまはそう思う。すごいと思う」
「ありがとうございます」
「手伝えることあったら、言って。本気で」
エリオは少し目を丸くした。
「ボクが作りたいもの、聞いてもまだ、そう思いますか」
「思うよ!」
即答だった。
「じゃあ、ひとつ聞いてもいいですか」
エリオはメモを取り出した。
「振動石、という石を知っていますか?」
「振動石……」
ミーナが少し考える顔をした。
「近くの振動と共鳴して、同じリズムで揺れつづける性質をもつ石です。産出地が限られていて、流通量が少ないと書いてありました」
「うちの商会が扱ってるかどうかはわからへんな。でも、なんでその石が必要なん?」
「鼓動が必要なんです」
「こどう」
「心臓の音が伝わってくるような、動きです。とくん、とくん、って。本物がそうなので、作るなら近づけたくて」
ミーナはしばらく黙っていた。
それから、小さく笑った。
責めるような笑いじゃない。
どこか呆れたような、でも温かい笑いだった。
「おかしいですか」
「おかしいけど、おかしくない。エリオらしいわ」
ミーナが顔を上げる。
「振動石な。商会に手紙出せば、扱いがあるかどうかわかると思う。少し時間かかるけど」
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早い。見つかってからにして」
ミーナが笑った。
エリオも少しだけ笑い返した。




