第16話 順位
魔法の基礎理論の授業が始まった。
教師が黒板に魔法陣の基礎図を描く。
教師が質問を投げる。
生徒が答える。
正解。
他の生徒にも質問する。
正解。
エリオが指される。
「わかりません」
クラリス先生に教わったなかに、魔法の「ま」の字も出てこなかった。
「平民には無理だろ」
小声だった。
くすりと笑い声も聞こえる。
誰が言ったのかはわからない。
エリオは少し考えた。
――どうして無理なんて言えるんだろう?
最初、文字が読めなかった。
本を開いても記号にしか見えなかった。
それでも毎日、少しずつ覚えた。
気づいたら本がスラスラ読めるようになっていた。
魔法も同じではないのだろうか。
――やってみなくちゃ、わからないのに。
授業が終わる。
エリオは教科書を抱えて立ち上がった。
図書室へ向かう。
――本を調べたら、きっとわかるよ。
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図書室の棚は相変わらず奥までつづいていた。
エリオは魔物の資料が並ぶ一角へ向かう。
昨日のつづきだ。
本を引き抜いて机へ運ぶ。
開く。
読む。
しばらくして、手が止まった。
【エラストリクス】
砂漠に生息する魔物だと書いてある。
挿絵を見る。
トカゲに似た生き物だ。
全身が細かい鱗で覆われていた。
説明を読む。
外皮は鱗に守られ硬い。しかし内側の真皮層はゴム状の性質をもち、大きく引き伸ばしても元に戻るとある。
胸の奥が熱くなった。
硬くて、なおかつ曲がる。
ロイドに見せてもらったときの感触を思い出す。
硬いのに柔らかかった。
――あの感じに近いのかも。
手が震えないように気をつけながらメモを取った。
設計図の「硬さ」と「柔軟性」の欄に書き込む。
二つが同時にある素材だ。
ページをめくるたびに空白が埋まっていく。
それが嬉しくて、少しだけ口の端が上がった。
「何を調べてるんだ」
声がした。
顔を上げる。
知らない顔だった。
胸ポケットに緑のスカーフが差してある。
――三期生のせんぱいだ。
体格がいい。
背も高い。
「魔物の資料です」
「一期生が?」
「はい」
先輩は少し首を傾げた。
それからエリオのメモへ目を落とす。
「設計図みたいだな」
「そうです」
「何を作るんだ」
エリオは少し考えた。
説明しようとして、言葉が出てこなかった。
どこから話せばいいのかわからない。
どう言えば伝わるのかも。
「説明がむずかしいので……すみません」
先輩は一瞬だけエリオを見た。
「そうか、まあいい」
責める様子もない。
気にした様子もない。
エリオは少し肩の力が抜けた。
先輩は笑った。
低い、気さくな笑いかただった。
「ルーカスだ」
「エリオです」
「知ってる」
ルーカスはそう言って、隣の棚へ手を伸ばした。
「その資料に載ってない魔物、こっちの本に載ってるぞ」
「本当ですか」
思わず立ち上がっていた。
知らなかった。
まだここにつづきがあったのか。
胸のなかで何かがまた動いた。
まだ調べられる。
まだ前に進める。
足が軽い。
――親切な先輩だったなあ。
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授業は、前期、中期、後期に分かれている。
それぞれの期末に試験が行われる。
期末試験と呼ばれていた。
一期生として迎える初めての試験。
胸の奥がざわつく。
問題用紙を受け取る。
読む。
解く。
次へ進む。
書く手は止まらない。
授業のあと、毎日図書室へ通った。
教科書も何度も読み返した。
魔法陣の基礎図も、寝る前に頭のなかで繰り返した。
手応えはあった。
たぶん大丈夫だ。
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数日後。
廊下の掲示板に人が集まっていた。
試験の結果が張り出されているらしい。
エリオも近づいた。
人の隙間から覗き込む。
一番上に自分の名前があった。
――よかった。
五位よりも上なら特待生の資格がつづく。
学費免除がなければ学園にはいられない。
図書室へ向かおうとする。
「待ちなさい」
声がした。
振り向く。
入学式で主席合格と呼ばれた生徒。
たしかエレオノーラだ。
「一位おめでとう」
綺麗な笑顔だった。
ただ、目が笑っていない気がした。
「ありがとうございます」
「嬉しそうではありませんわね」
エリオは少し考えた。
「嬉しいですよ。特待生の資格がつづきますから」
エレオノーラの笑顔が、わずかに固まった。
「……わたくしは、一位おめでとうと言いましたの」
「はい」
「特待生の話はしていませんわ」
「そうですね」
エレオノーラはしばらくエリオを見ていた。
何かを確かめているような目だった。
「あなたは、一位を取りたかったの?」
「別に」
「別に?」
今度こそ笑顔が消えた。
「……では、なんのために勉強しましたの?」
「資格のためです」
「一位になるためではなく?」
「なりたければ一位になればいい、と思いますけど」
エレオノーラの眉がぴくりと動いた。
「なりたければ、と言いましたの?」
「はい」
「つまり、一位になれるとわかっていた、と」
エリオは首を傾げた。
――そう言ったつもりじゃないけど。
ただ、やれることをやっただけ。
でもそう説明しようとして、うまく言葉が出てこなかった。
沈黙がつづく。
エレオノーラの顔がじわじわと赤くなっていく。
「あなたという人は……」
声が低くなっていた。
さっきまでの綺麗な笑顔はもうない。
「わたくしは父上から、主席で卒業するよう命じられていますの」
「それは大変ですね」
「大変ですね、ではありませんわ!」
声が廊下に響いた。
周囲の生徒がいっせいにこちらを見る。
エリオは思わず肩をすくめた。
怒鳴られた。
――大変ですね、は言ったらだめだったかも。
でも本当に大変そうだと思ったのだ。
「……いいですわ」
エレオノーラは息を整えた。
それから真っすぐにエリオを見る。
目の奥に、さっきとは違う光があった。
「次は負けませんわよ」
踵を返した。
廊下を歩き去っていく。
背筋は最後まで真っすぐだった。
エリオは見送った。
怒鳴られた余韻がまだ肩に残っている。
今まで向けられたことのない感情だった。
怒りのなかに、別の何かが混じっていた気がする。
何なのかはわからない。
ただ、大変ですね、は言わなければよかったと思った。
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それからも図書室へ通う日がつづいた。
ルーカスがいる日もあった。
いない日もあった。
いる日は資料の場所を教えてもらった。
本に書いていないことを知っている先輩だった。
魔物の生態について話してくれることもある。
聞いていると知らないことがどんどん出てきて、メモが追いつかなかった。
エリオにとっては有益な時間だった。
ある日。
図書室を出たところでルーカスが立ち止まった。
廊下には誰もいない。
エリオも足を止める。
ルーカスは前を向いたままだった。
何かを言おうとしているのか、黙ったままだった。
腕が、わずかに強張っている気がした。
エリオは首を傾げた。
具合が悪いのだろうか。
そう思いかけた時だった。
「好きだ」




