第13話 透ける石
魔石は透明だった。
クラリスには、それが何を意味するのかわからない。
エリオが新しい石が欲しいと言った。
色が抜けたから、と。
だから預かって、こうしてもってきた。
オルドラン・ドラグニル。
魔法師界隈で老師と呼ばれる人の、手が止まっている。
こんな顔をするのをクラリスは見たことがない。
「……本当に、これをあの子がやったと言うのか?」
「はい。色が抜けたと言っていました」
ドラグニルはしばらく石を光にかざした。
何も言わない。
窓から差し込む午後の光のなかで、石はただ透明に輝いている。
ここはハイゼン伯爵の屋敷。
レイモンドの家庭教師の日だった。
やがてドラグニルは石を置いた。
深く息を吐く。
「少し薄くなる程度だと思っていた」
「違ったのですか」
「違うのう」
短い返答だった。
しかし声のなかに何かがあった。
興奮を抑えているような、そんな響きだった。
「ありえない速さじゃ」
クラリスは黙ってつづきを待った。
「この石はな、並みの大人が一年かけて、ようやく少し色が薄まる程度のものじゃ」
「え?」
「それが、半年で透明になったのじゃ」
クラリスは石を見た。
透明な石。
エリオが毎晩握っていた石。
寝る前に必ず、と言っていた。
「つづけさせよ」
ドラグニルが新しい石を取り出した。
さっきのものより、一回り大きい。
「これを渡せ。そして、このことは黙っておれ」
クラリスは受け取らなかった。
「少し待ってください」
ドラグニルが目を上げる。
「あの子をどうするおつもりですか」
静かな声のつもりだった。
けれどドラグニルはクラリスをしばらく見ていた。
「育てるのじゃ」
「なんのために」
「国のために有能な魔法師が必要じゃ」
クラリスは椅子に背を預けた。
「私はエリオ自身のために伸ばしたいと思っています」
「同じことじゃ」
「違います」
ドラグニルの眉が少し動いた。
「あの子には夢があります。その夢を叶えるための力として魔法を使えるなら、それが一番いい」
「夢、じゃと?」
「くわしくは申し上げられませんが」
クラリスはつづけた。
「国のためというのは、あの子の話ではありません。あなたの話です」
部屋が静かになった。
ドラグニルは何も言わない。
怒っているのか、考えているのか、クラリスには判断できなかった。
やがてドラグニルが口を開く。
「……あの子の力を、その夢とやらだけで終わらせるのは惜しいのう」
「そうかもしれません」
「惜しいと思わんか」
「思います」
クラリスは正直に答えた。
「でも、それを決めるのはエリオです。私でも、あなたでもない」
またしばらく黙った。
ドラグニルは石を手のなかで転がしている。
「……まあ、どちらに転んでも、力を伸ばすことは共通しておるな」
「そうですね……」
「ならよい」
ドラグニルは小さく笑った。
意地の悪い笑いではなかった。
何かを認めたような、そんな笑いだった。
「ひとつだけ、賛成してもらいたいことがあるのじゃが」
「なんですか」
「慢心させたくは、ない」
クラリスは即座に頷いた。
「それは完全に同意します」
「じゃろう」
「だから黙っていろと」
「そういうことじゃ」
クラリスは石を受け取った。
一回り大きな黒い石。
エリオはまたこれを透明にするのだろうか。
いつまでかかるのだろう。
いや。
またあっという間かもしれない。
「魔法学園への推薦状は出しておこう」
ドラグニルが言った。
「ありがとうございます」
「礼はいらん」
ドラグニルは窓の外へ目を向けた。
「国のためじゃ」
そう言いながら、含みのありそうな笑みを浮かべた。
クラリスは何も言わなかった。
石を鞄にしまう。
どちらのためでも構わない。
エリオが前に進めるなら。
それだけでよかった。




