52話 叫び声
「どうしたらいいんだ……」
思わず漏れた声は、歓声にかき消された。
日和はコートの向こうにいる仲間たちへ視線を向ける。
必死に声を張り上げている。
「日和!」
「日和!」
その声が胸を締めつける。
――これは、俺の最後の試合だ。
中学最後の大会。
この日のために、何百時間も練習してきた。
ここで終わりたくない。
県大会へ行きたい。
みんなと、もっとバスケがしたい。
だけど――。
「誰かの叫び声が聞こえた……!」
助けを求める悲鳴。
聞こえないふりなんて、できなかった。
日和は歯を食いしばる。
そして次の瞬間、コートを飛び出した。
涙をぬぐいながら、一直線に体育館の出口へ向かって走る。
「おい!日和!」
仲間が呼ぶ声が背中へ飛んでくる。
それでも振り返らない。
振り返れば、きっと足が止まってしまうから。
「あぁ……終わってしまった」
唇が震える。
「俺の、バスケ人生」
◇
――数か月前。
「日和は、高校生になってもバスケを続けるんだろう?」
放課後の体育館。
顧問の問いに、日和は静かに目を閉じた。
少しだけ微笑み、答える。
「俺は……次の大会で、バスケを引退します」
「……え?」
顧問は目を丸くした。
「俺には、やらなきゃいけないことがあるんです。だから、俺のバスケ人生はこれで終了です!」
一瞬の沈黙。
やがて顧問は小さく笑った。
「……そうか」
ゆっくり近づき、日和の胸へ拳を当てる。
「お前が決めたなら、それでいい。」
力強い声だった。
「だが、お前が中学時代を全部注ぎ込んだスポーツだ。その経験を、お前のやりたいことに必ず生かせ。」
拳にさらに力がこもる。
「俺との約束だ。」
日和はその拳を両手で包み込み、真っ直ぐ頷いた。
「はい」
◇
現代――。
体育館の出口へ走っていく背中を、顧問は静かに見送っていた。
「……うん。それでいい」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「あいつのやりたいことだ。俺は応援することしかできんからな」
そして、小さく笑う。
「頑張れよ、日和」
試合は中断され、選手たちがベンチへ集まってきた。
「先生!日和は!」
顧問は迷いなく言い切る。
「あいつはいい。」
ホイッスルを手に取り、大きな声を響かせた。
「選手交代だ!お前たち、日和がここまで連れてきてくれたんだ!絶対に勝つぞ!」
「おおっ!!」
全員が力強く叫んだ。
◇
体育館の廊下を全力で駆け抜ける。
「中体連……最後の試合だから、人が多い」
観客であふれる通路。
子どもの応援に来た家族。
笑顔で手を振る父親。
写真を撮る母親。
「俺も……」
言葉が止まる。
妹を失ってから、家族は変わった。
両親と笑い合うことも、ほとんどなくなった。
「ああ、そうか」
自嘲するように笑う。
「俺は今……孤独だ」
「誰が孤独って?」
突然、隣から声がした。
「え……俊音!?」
俊音が当然のように隣を走っている。
「俺たちは家族だろ」
今度は悠尋。
さらに弘明、琉妃、空介、珠架――。
大切な仲間たちが、みんな隣を走っていた。
「日和の活躍を見に来たんだ」
「悠尋……みんな……!」
自然と笑顔になる。
「なのによぉ」
悠尋が拳を握る。
「誰だ、こんな時に!」
「せっかくの日和の晴れ舞台を台無しにしやがって」
弘明も険しい表情を浮かべる。
「いいんだ」
日和は悠尋の肩へ軽く拳を当てた。
「俺は今、幸せだから」
「日和……」
その瞬間だった。
「誰か助けてぇぇぇ!!」
悲鳴が響く。
日和はすぐに顔を上げた。
「こっちだ!行こう、みんな!」
全員で声のした方向へ駆け出す。
たどり着いた先では、一人の男が刃物を振り回していた。
「ガハハハハハ! どいつもこいつも、アホみたいに集まりやがって!」
逃げ惑う観客。
泣き叫ぶ子どもたち。
その光景を見た日和は、一歩前へ出る。
「アホはお前だ、ばかタレ」
パシンッ!
男の頭を軽く叩いた。
「いてっ! 何すんだガキ!」
男は怒りに任せて刃物を突き出す。
しかし日和は紙一重で身をひねり、その一撃をかわした。
「何すんだって? それはこっちの台詞だ。」
日和の目が鋭くなる。
「こんな大舞台で恥さらしでもしてるつもりか?」
「ガキのくせに……!」
「お前こそ、何やってんだよ」
日和は男の胸ぐらをつかみ、真正面から睨みつけた。
「ここがどういう舞台か分かってんのか?」
静かな怒りが言葉に宿る。
「お前一人の身勝手で、この大事な大会を台無しにしていい理由なんか、一つもねぇんだよ」
「黙れよ、ガキ!」
男は日和のユニフォームへ目を向けた。
「上栖鳥中……背番号五か。」
口元をゆがめる。
「確か今、試合中だよな? そんな良い番号もらってるくせに、試合に出られねぇからって、ここで正義の味方気取りか?」
「違う!」
悠尋が叫ぶ。
「日和は――!」
怒りをにじませながら、一歩前へ踏み出した。




