50話 珠架と凛羽の遊戯会
なんとか50話まできましたね。
これからも続けていきたいと思います。
『それでは、上栖鳥保育園お遊戯会を開演します。』
アナウンスが響き、会場の照明がゆっくりと落ちていく。
そして、幕が静かに上がった。
そこには、色とりどりの衣装を身にまとった園児たちが、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいる姿があった。
「か……。」
俊音がぽつりと呟く。
「か?」
琉妃が首を傾げる。
「か……。」
「か?」
今度は弘明が聞き返した。
俊音は震える声で前を指差した。
「かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
会場に響き渡る大声。
一瞬で周囲の視線が俊音へ集まった。
「ちょ、声!」
空介が慌てる。
「同じじゃねーか。馬鹿でけー声。」
日和が呆れたように言う。
「すみません! ほら、俊音も!」
悠尋が頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……。」
俊音も慌てて頭を下げた。
周囲の保護者たちは苦笑しながら再び舞台へ視線を戻す。
「あ、凛羽ちゃんだ。」
最前列の珠架が小さく声を漏らした。
舞台の端に立つ凛羽がこちらへ気づく。
ぱちり、と目が合った。
「えへへ……。」
凛羽は少し照れながら、小さく手を振る。
「恥ずかしいよぅ……。」
その仕草に――。
グサッ。
俊音の心に何かが突き刺さった。
「グサッ?」
琉妃が反応する。
「なんで聞こえてんの心の音。」
日和が即座に突っ込む。
「か……。」
「か?」
空介が聞く。
「か……。」
「か?」
悠尋もつられる。
次の瞬間。
俊音が息を吸い込んだ。
しかしその前に、琉妃が俊音の口を押さえつける。
「んぐっ――!」
「カワイイィィィィィィ!!」
口を塞がれたまま、くぐもった叫びが漏れた。
しばらくして解放された俊音は大きく息を吸う。
「ぷはぁ!」
「何すんだよ!」
「いや、また叫ばれるかなって。」
「案の定。」
空介が冷静に言った。
「叫ばねーよ!」
「いや、叫んでたよ。」
弘明が真顔で返す。
「だってよ! 仕方ねーじゃん!」
俊音はステージを指差した。
「可愛すぎるって! 子供って、こんなにかわいいのかよぉぉぉぉ!!」
再び会場の視線が集まる。
悠尋は額を押さえた。
「はぁ……。」
すると、近くの席から一人の男性が立ち上がった。
「わかるぞ、少年!」
俊音が驚く。
「あなたは?」
「私は、子供大好きなただの大人さ。ちなみに私に子供はいない。」
「変態じゃねーか。」
日和が即答する。
「やめたまえ! 私はただの子供好きさ!」
「変態。」
弘明が追撃する。
「じゃない!」
その時。
『お静かにお願いします。』
アナウンスが響く。
「すみません。」
「すみません。」
俊音と男性は同時に頭を下げた。
会場には小さな笑いが広がる。
『それでは、『おおきなかぶ』です。』
劇が始まった。
おじいさんが大きなかぶを引っ張る。
「うんとこしょ、どっこいしょ。」
「それでもかぶは抜けません。」
おばあさん、孫、犬、猫。
次々に仲間が増えていく。
そして。
「おーーい! ネズミさーん!」
舞台袖から、ネズミの衣装を着た園児たちが現れた。
その中に――凛羽がいた。
ドキッ。
再び俊音の心に何かが刺さる。
「ドキッ?」
琉妃が反応する。
「だからなんで心の音が聞こえてんだ!」
日和が叫ぶ。
「あ、俺も聞こえてたわ。」
「お前もかよ!」
俊音が突っ込む。
「か……。」
「か?」
弘明。
「か……。」
「か?」
空介。
「かわ――」
「かわいいっ!」
俊音の言葉を遮るように、先ほどの男性が叫んだ。
「いや、お前が叫ぶんか……。」
悠尋が呆れる。
すると。
「かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
今度は最前列から声が響いた。
「いや、なしゅか!?」
立ち上がっていたのは珠架だった。
その声に凛羽の頬がみるみる赤くなる。
「あ……。」
珠架も我に返り、慌てて座った。
「やっぱり凛羽ちゃんは可愛いなぁ……。」
照れ笑いを浮かべる。
「うんとこしょ、どっこいしょ。」
凛羽たちはかぶを引っ張る。
「ま、まだまだかぶは抜けません!」
すると凛羽が客席を見渡し、まっすぐ珠架を指差した。
「あ、こんなところに、みんなのママがいるよ! 手伝ってもらいましょう!」
会場が少しざわつく。
凛羽はほんの少しだけ笑った。
「それでは、みんなで一緒に!」
『うんとこしょ、どっこいしょ!』
保護者たちの声が重なる。
「大きなかぶが抜けました!」
盛大な拍手が会場を包み込んだ。
珠架は胸に手を当てたまま、凛羽を見つめ続けていた。
◇
閉園後。
「可愛かったぞ!」
俊音が凛羽の頭をわしゃわしゃと撫でる。
凛羽の周りには俊音たち六人。
少し離れた場所で、その様子を珠架は微笑みながら眺めていた。
「よかったです。無事にお遊戯会が終わりましたね。」
隣に先生がやって来る。
「見に来てよかったです。」
珠架が答える。
「凛羽ちゃんはですね、本当に一生懸命練習していたんですよ。お姉ちゃんに見てもらうんだって。」
「え……?」
先生はポケットから折りたたまれた紙を取り出した。
「これを。」
「これは……?」
「十日ほど前の自由時間に描いていた絵です。本人は無くしたと思って泣いていたんですよ。ご家族に見てもらいたくて保管していました。」
珠架はゆっくり紙を開く。
そこには――。
笑顔で手を繋ぐ珠架と凛羽の絵。
「……っ。」
言葉が出ない。
視界がぼやけていく。
「凛羽ちゃんにとって、威武菜家に引き取られてきっと幸せなんですよ。」
先生の優しい声が響く。
「凛羽ちゃんには本当の家族がいて……きっとそっちの方が幸せで……笑顔の絶えない日々を過ごせていたと思います……。」
ぽたり。
涙が落ちる。
「私の家に引き取られて、嫌な思いをさせてるのかなって思ってました。」
袖で涙を拭う。
「でも……凛羽ちゃんにとって、私ってこう見えてたんだなって……嬉しくて……。」
「大丈夫ですよ。」
先生は静かに微笑む。
「きっと凛羽ちゃんは、威武菜家の皆さんが大好きなんです。」
「それは……よかったです……。」
その時。
「お姉ちゃん!」
凛羽が駆け寄ってきた。
小さな手が珠架の手をぎゅっと握る。
「どうしたの? 凛羽ちゃん。」
「ううん、なんでも!」
凛羽は満面の笑みを浮かべた。
「帰ろ!」
珠架も涙を拭き、優しく笑う。
「うん。」
繋がれた二つの手。
その温もりは、血の繋がりではなく――。
確かに家族の温もりだった。




