39話 茨の道を進む者(古友恋心編)
琉妃は仲間の元へ駆けつけた。
「悠尋!」
「あ、琉妃。」
悠尋が振り返る。
「なんだその泣きっ面は。」
「泣いてない!」
「いや、何で嘘つくの。」
即答だった。
琉妃は悔しそうに顔をしかめる。
「もう大丈夫だよ。今は目の前の敵に集中するから。」
その言葉を聞いた悠尋は、ふっと笑った。
「心強いな。それでこそ俺がスカウトした最高の仲間だよ。」
「ありがとう。」
「礼はいいさ。」
悠尋は剣を構える。
「あの子の為に、全力で戦うぞ!」
「分かってる!」
◇
男たちが次々と押し寄せる。
だが、悠尋たちは圧倒していた。
「相手はただのホームレス集団。特に手応えはないな。」
悠尋が男を吹き飛ばしながら言う。
「でも油断は禁物だ。金への執着は凄いみたいだからよ。」
日和が周囲を警戒する。
「はぁ……はぁ……。」
その時。
琉妃の呼吸が乱れた。
俊音が軽く背中を叩く。
「どうしたどうした! 呼吸上がってるぞ?」
「いや……。」
琉妃は剣を構え直す。
だが、一瞬だけ。
その瞳から光が消えた。
「あ。」
琉妃はハッとしたように周囲を見渡す。
「危な。また持っていかれるところだった……。」
「そう言えば、空介は?」
悠尋が尋ねる。
「あ、置いてきてしまった。」
悠尋は少し考え込んだ。
「空介に琉妃の様子を見ておくよう頼んだんだが、琉妃が一人でここに来た。空介ならすぐ来てもおかしくないんだけどな。」
「何かあったんじゃない?」
弘明が呟く。
「そうかもしれん。」
悠尋は琉妃を見た。
「琉妃。あの子の元へ戻ってやれ。」
「いや! 俺はまだ戦える!」
「それは分かってる。」
悠尋は琉妃の前へ立った。
「敵の数も減ってきてるしさ。仲間として、お前を“守りたい”だけだから。ここは任せて戻れよ。」
琉妃は目を見開き、そして力なく笑った。
「そっか。ごめんね、助かる。」
◇
病院へ向かって走る。
「早く……あの子の元へ……!」
「こら! 走らない!」
医師の声が飛ぶ。
「すみません!」
琉妃は勢いよく病室の扉を開けた。
「純香!」
その叫びに、空介が振り返る。
「琉妃! 意識が!」
琉妃はベッドへ駆け寄った。
「純香!しっかりして!俺だよ!琉妃だよ!純香!」
「諦めちゃダメ!声は絶対に届く!」
空介も声を張る。
「純香……目を覚ませ……!」
「ぅ……。」
純香の瞼がわずかに動いた。
「純香!」
純香はかすかに微笑む。
「琉……妃……。ありが……とう……。」
消えてしまいそうな声だった。
「こんな時まで……!」
琉妃は純香の手を強く握った。
「聞こえている?俺はね純香。俺は君から数え切れないほどの幸せを受け取ったよ。」
涙が次々と零れる。
「君の思いも、君と遊んだ思い出も。今となっちゃ昔のことみたいに思えるけど……俺はあの時、本当に幸せだった。」
純香の瞳から涙が溢れる。
「それに……こんな俺だけど、俺は君と出会えて本当によかった。絶対に後悔なんてしない。」
震える声。
「君の思いを、力を糧にこれからの困難を君と共に生き続ける。だから見ててくれ……純香。」
「聞こえてる……みたいだね。」
空介が静かに呟く。
「うん。」
琉妃は頷いた。
「これが俺の最後に伝えたいこと。俺は……君と出会えてすごく幸せだよ。」
琉妃は声を上げて泣いた。
その瞬間。
純香の手から、わずかに残っていた力が抜け落ちる。
病室から音が消えた気がした。
手が静かにベッドへ落ちた。
◇
病室の外。
悠尋たちは黙ってその光景を見つめていた。
「こんな結末。誰が予想したよ。」
俊音が低く呟く。
「話には聞いていたが、ここまで体が弱ってるとは聞いていなかったからな。」
日和も表情を曇らせた。
「助けたかったね。琉妃も、あの子も。」
弘明の声が震える。
「いや、むしろ逆だ。」
悠尋が静かに言った。
「俺たちは手を出さなくてよかったさ。俺たちが関わっていたら、こんな綺麗に終わっていないよ。」
その瞳は鋭く、そして透き通っていた。
「最後の瞬間くらい……彩らせてやれ。」
◇
病室。
「綺麗だよ純香……。すごく……。」
琉妃は涙を流しながら微笑む。
「モデルのように綺麗だよ……。」
その時、病室の扉が勢いよく開いた。
「純香!」
母親が駆け込んでくる。
「もう……。」
「遅かったのね……。よく生きた。」
母は娘の頬を優しく撫でた。
「どうして一人で外を歩かせたんですか?」
琉妃が俯いたまま問う。
「行く先があなたの元だと聞いて、止めることはしなかった。」
母は静かに答える。
「あなたはこの子の生きる糧だった。ずっと言ってた……琉妃に会いたい……と。」
琉妃は拳を握り締める。
「あなたの元なら大丈夫だと思った。でも、約束は守った。私は私なりに努力したよ。この先の未来を考えて、どんなに辛くても……笑顔で純香を見守った。親として……。」
「俺は……守れなかった……。」
声が震える。
「笑顔でいれなかった。約束したのに……! 笑顔でいるのが、こんなに難しいだなんて思わなかった!」
「あなたも頑張ったのよね……。」
母も涙を流す。
「私の娘の為に……こんなにも涙を流してくれる友人がいるのなんて、純香はとても幸せ者ね。」
「死んで幸せ者なわけないですよ。」
琉妃は俯いたまま言った。
「死ぬべくして死んでないのだから。大体病って……。」
その時。
空介がそっと琉妃の裾を掴む。
「琉妃。」
目が合う。
空介は静かに首を横へ振った。
「……。」
その空気を裂くように、小さな声が響いた。
「これ。」
振り返る。
「君は……風?」
母親の後ろに立っていたのは、純香の弟――風だった。
「お久しぶりです。」
風は手紙を差し出す。
「お姉ちゃんが家から出ていく時、預かったんです。会った時に、琉妃さんに渡すように……と。」
「手紙……。」
琉妃は震える手で受け取る。
「風、君は悲しくないの?」
「悲しいですよ。涙は流しました。」
風は唇を噛んだ。
「だからある程度覚悟はしていたんです。だけど……身近な人が亡くなるって……こんな心に来るんですね……。」
堪えていた涙が溢れる。
「純香……手紙、読んでもいいかな?」
「読んであげてください。」
琉妃はゆっくり封を開けた。
◇
『琉妃へ
元気に過ごしているかな?
私はどこにいるのか分からないけれど、琉妃のそばにいられたらいいなと思っています。
私の人生は、生まれた瞬間から徐々に辛くなっていきました。子供の頃から恐怖を感じ、死にたくないという気持ちが強くなりました。
だから、気を紛らわせるためにあなたに声をかけたのです。最初は戸惑ったよね。でも、私もどう声をかけたらいいのか分からなかったから、同じように戸惑っていました。
それでも、その一歩が未来へとつながったんだ。
君と笑い合える未来へと。
琉妃と一緒に遊んで、笑い合える日々は本当に幸せでした。
最後に、怖くて辛い日々も、私はあなたのそばにいます。きっと近くであなたを見守っているから、私のことを忘れないでほしいです。
私の道が、あなたと共に歩めますように心から願っています。今までありがとう。
幸せな日々が訪れますように。』
◇
「ずるいよ純香……。」
手紙に涙が落ちる。
「俺は一度背負い込むと、全然うまくいかないことが多い……。そんな時、君は俺を励ましてくれるかい……?」
琉妃は静かに目を閉じた。
「聞いても届かないことは分かっている。でも俺は……絶対に諦めない。諦めないで進むよ。」
涙を拭う。
「君が茨の道のような人生を生き抜いたように……。」
そして、ゆっくり目を開ける。
「純香……ありがとう。」




