38話 片鱗(古友恋心編)
「これからも君を守り続ける。だから俺のそばから……離れないで……。」
琉妃の言葉を聞き、純香は静かに俯いた。
その表情はどこか暗く、苦しげだった。
◇
病室の外。
二人の様子を見守っていた医師が、小さく息を吐いた。
「残念だけど、あの願いは叶わない。」
「え?」
空介は目を見開く。
医師は重たい沈黙を挟みながら続けた。
「私は、生きる道を繋いだだけだよ。治療して分かったけど、彼女……体に相当負荷がかかっている。普通だったら、とっくに命を落としていてもおかしくないほどに。」
空介の表情が強張る。
「だから……。」
医師は目を伏せた。
「残りの命は数時間。いや、数十分の可能性もある。」
「――ッ。」
空介の目が大きく見開かれる。
「どうにかできないんですか……!? 琉妃が……絶望に落とされる。それだけは回避したい……!」
「治療中、いろいろ試そうとはしたんだけどね。無理だった。どうすることもできなかった。」
医師は自嘲気味に笑った。
「あの子の病は……私は知らない。」
「医者でしょ……?」
「医者だからだよ。」
医師の声は低かった。
「医者だから、この事態に手も足も出ない。医者失格だ……。」
「いや、立派ですよ。」
空介は静かに首を振る。
「それでも受け入れてくれるんですから。あの病気はまだ世界中で見つかっていない。……ということですよね。」
「そういうことになる。」
空介は拳を強く握った。
「かなり深刻だ……。」
「おそらく、世界中の誰も治し方を知らない。」
「琉妃の言ってたことは本当だったんだな。原因不明の病……。」
その時だった。
「大変だ!」
悠尋が廊下を駆けてくる。
「どうしたの?」
「財産が何とか言って、大量の人たちが押しかけてきたぞ!」
その言葉に、琉妃は目を鋭く細めた。
「まじで……っ!」
琉妃は勢いよく病室を飛び出そうとする。
「俺は行く。そっちは俺らで何とかしとく。琉妃はここに残れ。」
悠尋の声が飛ぶ。
だが、琉妃は拳を震わせた。
「俺にも行かせてくれ。純香を狙ってきてるんだよね。許せないよ、こんな状態なのに! もっと追い込むようなことを……!」
「いい。ここに残れ。」
「え……?」
琉妃が目を見開く。
「正直、今のお前を戦わせても足手纏いにしかならない。俺はただ報告しにきただけだ。頼むぞ、空介。」
空介は静かに頷く。
悠尋はそのまま背を向けた。
遠ざかる背中を見つめながら、琉妃は低く呟く。
「あぁそうなのね。」
その声には、怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。
悠尋が足を止める。
「俺が何のために剣を振って、何のために強くなってきたのかも、君は知らなかったんだな。」
琉妃は俯いたまま言う。
「見損なったよ。もう……君の仲間になんかなるんじゃなかった……!」
悠尋は静かに振り返った。
「俺がそう見えるか?」
真っ直ぐな声だった。
「俺はお前をスカウトして後悔なんか微塵もしていない。お前が困って、とんでもない境地に追い込まれていたとしても、俺は絶対に手を差し出すつもりだ。」
「嘘つき!」
病院の廊下に琉妃の叫びが響く。
「なら助けてよ!俺は……どうしたらいいんだよ……!」
「互いに助け合う。背中を任せるってのはそう言うことだ。少し頭を冷やせ。」
悠尋はそう言い残し、走り去っていった。
静寂。
琉妃は俯いたまま病室へ戻る。
「そうだね。悠尋はそんな奴じゃなかった。八つ当たりしちゃったよ……。馬鹿だね……俺は。」
「琉妃……。」
純香が細い手で琉妃の腕を掴む。
「あなたの仲間はみんないい人たちなんだね。私なんか勿体無いくらいに。」
「そんなことない……!俺にとって純香は……!」
「さあ琉妃……。仲間が琉妃をお待ちだよ。ほら……行かなきゃ……。」
琉妃は通路を見つめた。
汗が頬を伝う。
「………ごめん。すぐに帰ってくる。だからそれまで……。」
「分かってるよ……。」
純香は微笑んだ。
琉妃も無理やり笑みを返し、そのまま走り出した。
空介はその背中を見送り、小さく呟く。
「行かなきゃいけないよね。ずっと大切な人を……皆田木純香という女の子を守るために強くなってきたんだから。」
そして病室を覗き込む。
「……!」
空介は息を呑んだ。
純香の呼吸が急激に荒くなっていた。
「ちょっと! 大丈夫!?」
「ええ……。ちょっと……苦しくなってきました……。」
「もう少し我慢できるかな……? そしたらきっと……!」
純香は苦しそうに息をしながら、それでも静かに語り始めた。
「空介さん……でしたよね。あなたは琉妃を心から信じているのですね。きっとあなた方みなさんが……。」
涙が頬を伝う。
「私からお願いです……。」
「純香……。」
「琉妃を……救ってあげてください……。常に偽ってるんですよ……。琉妃は……あんなに優しくないんですよ……。」
「でも君は……そんな琉妃を心から!」
「愛していますよ……。」
空介は言葉を失った。
「本人には言えない……。私の言葉を呪いにしたくないから……。ずっと……私に囚われてほしくないから……。」
純香は涙を流しながら笑った。
「でももう……笑えそうにないや……。」
「笑えてるよ。」
空介は優しく言う。
「だからその笑顔を、最後に見せてあげてほしい。君の元へ帰る琉妃に。」
◇
病院の裏口。
「他の連中には悪いが、財産は俺一人のもんだぜ。」
ホームレスの男が忍び込もうとした瞬間――。
「財産なんかやらないよ。」
低い声が響く。
男の前に、琉妃が立っていた。
「人が苦しんでるって言うのに、どうしてそんなにヘラヘラしていられる。」
「あ、あいつだって、俺らが苦しんでるってのに、何の手出しもしてくれねえ!」
「手出し? 何にも分かっていないんだね。」
琉妃の目は冷え切っていた。
「お前たちが生きていける理由。働かずに寝泊まりする為に配られた支給品。あのダンボールの外箱になんて書いてあるか知ってる?」
「み、皆田木製薬だろうが。」
「お前、それがどこから送られてるのか知らないだろ。」
琉妃は一歩近づく。
「皆田木純香。あの子からだよ。」
男の顔が強張る。
「お前たちの生活が少しでもいいものになるようにと、生かし続けさせてた人を、生かされてたお前たちが命を奪うなんておかしい話なんだよ。」
「くっ……うるせえ!」
男が殴りかかる。
だが、その拳が届くより早く、琉妃の剣閃が走った。
「話の通じない奴だ。」
「ど、どうして……。」
男は自分が生きていることに驚いていた。
「お前たちを殺すのは純香に悪いからだ。」
琉妃の声に、徐々に熱が宿っていく。
「もう限界なんだよあの子は……。助けてほしくてうちに来た……!」
拳が震える。
「体が悪くてどうしようもなくて、ただ行く当てもなく苦しんでるわけなんかない!ただ命を守る為に……死にたくないから来たんだよ!なのに……!」
琉妃は男の胸ぐらを掴み上げた。
「何であの子があんな目に遭わなきゃいけないんだよ! 教えてくれよ……ねぇ……。」
「し、知らねえよ! 俺だって自分のことで精一杯なんだよ! こうでもしなきゃまともに生きられない! どうしたらいいんだ!」
その瞬間。
琉妃の目から光が消えた。
「……偽り続ければいいんだよ。」
「お前……?」
「誰も本音になれだなんて言ってない。」
琉妃は男を離す。
「偽って偽って偽って、隠して隠し続ければ、仲間にだって何にだって恵まれる。」
そしてふと我に返ったように笑った。
「あ、ごめん。取り乱した。」
琉妃はそのまま男を置き去りにして歩き出す。
男は震えながら呟いた。
「あいつ……とんでもねえバケモンが眠ってやがる……。」
そして、そのまま気を失った。
次回 茨の道を進む者




