37話 琉妃と純香(古友恋心編)
「……琉妃。」
か細い声が病室に響いた。
琉妃は勢いよく顔を上げる。
「純香! 目が覚めたの!」
その声には焦りが滲んでいた。
けれど同時に、心の底から安堵しているのも分かった。
「今……目が覚めたよ。」
純香は弱々しく微笑む。
「ちゃんと買い物行きたかったね。私……柿が食べたかったな。」
「大丈夫。」
琉妃は慌てて近くの袋を探った。
「空介に買ってきてもらったんだ。剥いてあげるから待っててよ。」
「ありがとう。」
純香は微かに笑った。
琉妃は震える手で柿を剥き始める。
だが普段料理をしないせいか、それとも緊張で手元が狂っているのか、形はひどく不格好だった。
「剥くのがあまり上手じゃないね。ちゃんと家事はやってるの?」
「当番制でやっているよ。でもあまり上手くはできない。」
「だよね。」
純香は小さく吹き出した。
「ふふふ……ガタガタな形。」
その笑い声を聞いた瞬間。
琉妃の瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
「心配だよ……。俺……心配だよ……。怖いよとても……。」
純香の表情も静かに曇る。
「あ、ごめん……。柿剥いたから食べなよ。」
「ありがとう琉妃……。」
小さく切られた柿を口へ運ぶ。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと咀嚼していた。
だが――。
「ごめんね……もう……噛みきれない。」
琉妃は唇を噛み締めた。
「何で純香なんだ……。」
純香はそっと袋へ柿を吐き出す。
「純香……。」
琉妃は優しくその手を握った。
そして静かに目を閉じる。
「俺さ……君に初めて会った日から、君のそばにいたいって思ってた。」
◇
――回想。
「あなた名前は?」
幼い純香が、無邪気な笑顔で問いかける。
「僕……? 魔条琉妃です。」
「そっか! 琉妃! 私は皆田木純香! よろしくね、ご近所さん!」
純香は元気よく手を差し出した。
琉妃は少し戸惑いながら、その手を握る。
「よろしくね。」
「うん!」
「近所に住んでるの?」
「そう! 私もここら辺に住んでるの!」
「そうなんだ。よろしくね。」
◇
現在――病室。
「なんて明るい女の子なんだって思ったよ。」
琉妃は懐かしむように微笑んだ。
「それから、会うたびに話しかけてきてくれて、よく一緒に遊んだよね。」
◇
――回想。
強い日差しが照りつける夏の日。
「今日は暑いね。」
「暑いね。純香は大丈夫? 汗いっぱいかいてるよ。」
「暑いからね!」
純香はぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
「ごめんね! 私の荷物、持ってもらって!」
「ううん。全然いいんだよ。」
琉妃は首を横に振った。
「最近具合悪そうで、全然遊べてなかったじゃん。せっかく今日遊べてるんだからさ、楽しんでほしいな。」
「もちろんだよ! 一緒にいれて幸せ。」
「そっか……それは嬉しいな。」
◇
病室。
「あの時の俺にはよく分からなかったけど、これが初めて、俺の感情が揺らいだ瞬間なのかもしれない。」
◇
――回想。
「琉妃は大きくなったら、何になりたいの?」
「僕は考えたこともなかったな。」
「そうなんだ。琉妃なら何だってやれるよ!」
純香は満面の笑みを向けた。
「ありがとう。」
「私はね……大きくなったらモデルさんになりたい!」
「モデル……?」
「そう! 大きくなってモデルさんになって、琉妃から綺麗って言ってもらうんだ!」
「そうなんだ。」
琉妃は優しく笑った。
「純香ならなれるよ。応援してるね。」
「ありがと!」
二人は笑い合った。
◇
病室。
「純香は忘れてたけど、俺は純香の夢をしっかり覚えていたよ。」
琉妃はゆっくり目を閉じる。
「でも、そのあとすぐだった。」
◇
――回想。
「今日は楽しかったね。」
「うん! すっごく楽しかった!」
純香は元気いっぱいに笑う。
「しばらく時間が空いたもんね。僕……純香と遊ぶ時が一番幸せだよ。」
「私も!」
「あれ……。」
ぽたり。
純香の口元から血が落ちた。
「純香……口から血が……。」
「え?」
純香は自分の服で血を拭う。
「これでへーき!」
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫! 血は出たけど、体の調子も悪くない!」
琉妃は少し安心したように笑った。
「とりあえず……家まで送るよ。」
「え、えっと……。」
純香はもじもじしている。
「ん? どうしたの?」
「じ、実はね……。」
純香はある方向を指差した。
そこには巨大な豪邸が建っていた。
「え、こんなところに住んでるの!?」
「ごめんね……隠してたわけじゃないんだよ! 変に避けられたくなかったから……。」
「すっごい! こんなにも大きいお家に住んでるなんてすごいよ!」
純香は驚いた顔をした。
「これでも……まだお友達でいてくれる?」
「当たり前だよ!」
二人は手を繋いで歩いた。
◇
「あら、お帰りなさい。」
「ただいまママ!」
「また血が出たの?」
「今さっき出てきたよ。」
母親の表情が暗くなる。
「とりあえず、今日は休みなさい。また明日、元気になればいいの。」
「分かった! じゃあまたね! 送ってくれてありがとう!」
純香は大きく手を振った。
「うん。また。」
琉妃も手を振り返す。
すると、母親が静かに口を開いた。
「あなたが琉妃くんね。純香から話は聞いているわ。」
「あ、初めましてです。」
「純香があなたを選んだ理由が分かるわ。」
母は優しく微笑んだ。
「ねえ、今日の純香、いつもと様子が違った?」
「いえ、いつもと変わってないですよ。」
「そう……ありがとう。」
しかしその表情は暗い。
「まだあなたには理解できないかもしれないけど、少し話を聞いてくれる?」
「何の話ですか?」
「純香の話。」
静かな沈黙。
そして、母は語り始めた。
「純香はね、生まれながらに体に病を宿しているの。医者からは“それ”を治す術はないらしく、あまり長くは生きられないみたい。」
琉妃の目が大きく開かれる。
「え、それってすぐに死んでしまうってことですか?」
「ええ、そうね。」
母は頷いた。
「だから純香といる時は笑顔でいてあげてね。あなたのこと……すごく気に入ってるみたいだから。」
「僕は……まだ死が何なのかよく分かっていません……。でも、笑顔は得意ですよ。純香の前では、ちゃんと心から笑っています!」
母は涙を滲ませながら笑った。
「ありがとう。笑顔でいること。約束ね。」
「はい! 僕もあの子にはずっと生きててほしい。それが、僕が生きていける理由だから……。」
「ありがとう……。」
◇
病室。
「そして数日後、純香は病院に入院した。」
琉妃は静かに語る。
「俺は生きる糧を失った。だからボケって一人外をぶらぶら歩いていた。そんな時に、俺は先生と出会ったんだ。」
小さな声だった。
「初めは剣を振るつもりはなかったんだ。でもさ……大切なものを守る為だと言われて、咄嗟に君の顔が浮かんだんだ。」
琉妃は純香の手を強く握る。
「純香……君を守るために俺は戦っているよ。だから君も……負けないで。俺と共に……生きて……。」
純香はほんのり微笑んだ。
「ありがとう……。でも私なんか、これからどんどん衰えていく。話すことすらできなくなって、笑えなくて、何もできなくなって、琉妃の事を忘れていってしまう。そんな私でも……まだ守ってくれるの?」
「もちろん。何が何でも守り通すよ。あの日から……俺は君を大切に思ってる。」
純香はじっと琉妃を見つめる。
「私もだよ。琉妃……。世界で一番あなたを……。」
そこで純香は口を閉ざした。
何かを言いかけたまま、俯く。
「これからも君を守り続ける。だから俺のそばから……離れないで……。」
その言葉を聞き、純香は暗い表情のまま静かに俯いた。
次回 片鱗
なんか仕事辞めさせられそうな危機。
ピンチだ!




