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わたしたちの庭  作者: 群乃青


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グィネスからの贈物

「甥に急な用が発生したため、代わりに私が引き継ぐこととなりました」

 

 驚くことに領地にいたはずの庭師のジェス・ゴードンが現れた。


「急な、用?」


 昨日の昼間にイアンと話をした時にはそんなそぶりはなかったが。

 それに、領地からこのタウンハウスまで馬車でおよそ一週間、騎乗で最短の道を走ったとしても四日はかかるだろう。


「……あ。あの、ジェス? 腰の調子は大丈夫かしら? 無理しないで身体を大切にしてちょうだい」


 ジェスは数年前に腰痛をこじらせて以来、再発するたびに寝込んでいる。

 今度の移動も辛かった筈だ。


「……はい。お気遣いいただきありがとうございます」


 なぜかジェスは、ばつの悪い顔をしている。

 フィリスに話せない何かが生じているようだが、おそらくレイチェルが承認しているのだろうから問題はない。

 少し寂しい気持ちがよぎるが、頭を軽く振って笑いかけた。


「体調に異変が生じたら、すぐに言ってね。……いえ、そうだわ。今すぐに診てもらって方が良いわよね。都のお医者様なら新しい治療法を──」


「あの……その……」


 大柄なジェスが帽子を握って口ごもっているなか、子どもの駆けてくる音が聞こえる。


「わあ、ジェスだあ! いつこっちに来たの? うれしいなあ、いらっしゃい! ようこそ!」


 ハロルドが大喜びで両手を広げ、そのまま勢いをつけてジェスに飛びつく。


「おっ……」


 この後、ジェスは担架で部屋へ運ばれ、フィリスはハロルドにジェス及び年配の人への接し方をこんこんと説いた。



 予想外の悲劇に見舞われたが、ジェスの腰痛は治療を施して安静にしてもらい、数日で自力で歩けるように回復し、ハロルドの誕生会の準備の仕上げに立ち会うことができた。


 庭師たちが半年以上前から整えてくれた花壇もちょうど良い状態に保つことができ、秋のガーデンパーティーを華やかにしてくれた。

 様々な種類のダリア、明るいピンクの花弁のウィンターグラジオラス、青紫のバーベナ、ポリゴナム・アフィネの赤い穂花、小菊のように可憐な薄紫のアスターが足元で咲き、そしてキリリと青いトリカブトがすっくと立ち、シュウメイギクが丸くて白い花弁を揺らし、秋の薔薇も彩を添える。

 澄んだ青空の下、都に滞在している貴族たちばかりだけでなく、普段は領地で過ごしている人たちまでハロルドの誕生会に参加してくれ、庭も屋敷も賑やかになった。


「今日は、僕の為に集まってくださり、ありがとうございます。みなさんのおかげで、八歳になりました。これからもよろしくおねがいします。それから、庭の花が今日はとても綺麗なので、ゆっくり楽しんでいただけると嬉しいです」


 ハロルドは緊張で頬を紅潮させながらも、一生懸命に挨拶をした。

 出席者たちが一斉に拍手をしてくれ、照れたハロルドはアルフレッドにぴたりとくっつく。


「この日を無事に迎えられたことに感謝しています。庭にも広間にも席と食事を用意しています。お好きな場所でおくつろぎください」


 当主として、アルフレッドが口上を述べる。

 後見人としてのフィリスは背後に立ち、一礼した。


 領地から一部の使用人たちを給仕役として呼んでいるものの、全員を連れてくるわけにはいかないので、もう一度領地でも催すつもりだ。

 そんななか、ハロルドを守り続けてくれたエマ夫妻だけは客人として招いた。

 二人が木陰で寄り添い、控えめに見守ってくれている姿をフィリスは見つけ、彼らに向かって微笑みかけた。

 するとエマがハンカチで目元を拭った。


 ハロルドをアルフレッドに任せて、フィリスは招待客たちへの挨拶に回る。

 もちろん義姉たちも協力してくれ、どの客にも失礼のないよう気を配り、そろそろひと段落かと思ったところで、アルフレッドが鈴を軽く鳴らした。


「親しい方が一堂に会する機会もなかなかないので、ここで一つ皆様にお知らせしたいことがあります」


 フィリスは何も聞いていない。

 驚いてその場に立ち止まると、そばにいたレイチェルがフィリスの肩に手を置いた。


「ごめんなさいね、フィリス。ちょっと貴方に内緒で進めたことがあるの」


「内緒……」


 自分の預から知らないことと言えば、それは──。


「こちらは、ブルーノの先代アーロンの従弟にあたる方で、グィネス義母の遺言及び申請により、ブルーノの家門であるポルザ男爵を正式に授爵したイアン殿です」


「え──」


 フィリスは思わず声を上げた。


 アルフレッドの隣には上品な礼服に身を包み、貴族として堂々とした佇まいの青年が立っていた。

 小麦色の髪を整えて額を露わにし、アースカラーの瞳を輝かせている。

 ブルーノ家の男は三代続けて放蕩者だった。

 婚外子の一人や二人は存在しているだろうと誰もが思っていただろう。

 そんななか、祖先の瞳を持ち、かつ賢夫人であるグィネスによって授爵がなされたと言うならば、間違いなくブルーノ家の一員であると、出席者たちは理解した。


「初めまして。イアン・ポルザと申します。先々代夫人グィネス様に情けをかけて頂き、家門の末席に座らせていただくこととなりました。若輩者ですが、懸命にブルーノ家に尽くす所存です。これからどうぞ宜しくお願い致します」


 話し方、所作。

 全てが庭師のイアンとかけ離れていて、フィリスは立ち尽くす。

 

「フィリス……。声をかけてあげて」


 レイチェルに背中を押され、なかば夢見心地のまま前へ進む。


「奥方様──」


 目の前の立派な青年の瞳の真ん中に、小麦の穂の実りが揺れている。

 まごうかたなき青年貴族のイアンが、不安げな様子で話しかけてきた。


「すみません。黙ったままこんな……」


 何と答えたら良いのか。

 フィリスの頭の中は真っ白になってしまい、声も出ない。


「イアン! 来てくれてありがとう! すごく、すごく格好いいね!」


 そこへハロルドが走って現れて、イアンに飛びついた。

 イアンはすんなりといつものように片腕で抱き上げる。


「ありがとうございます、ハロルド様。お誕生日おめでとうございます」


「うん。イアンもおめでとう」


 そうだ。

 めでたい事なのだ。


 フィリスは軽く息をつき背を伸ばし、ゆっくりと祝いの言葉を述べた。


「イアン・ポルザ男爵。授爵おめでとうございます。貴方様のこれからが、ポルザ山のように悠然たるものでありますように」


「ありがとうございます」


 顔を上げて、イアンの瞳を見つめた。


 変わった。

 変わらない。


 そんなことはきっと、どちらでも良いのだ。

 これは、亡きグィネスからの贈物なのだから。


 私たちは、前に進んで行く。



 

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