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ポーラの実

 当主代行をしているレイチェルと老教師ベルンが応接室で話をしている最中に、執事が至急報告したいことがあると駆け込んだ。


 重症者の一人である、侍女エマがどうしてもレイチェルに話したいことがあると病床で医師に訴えており、この病気の治療法についてらしいとわかり、隔離棟へ一同は走った。 



『レイチェル様……聞いてください』


 病室の隣の部屋へ運ばれたエマは、すっかりやつれた様子で呼吸もままならないなか、懸命に言葉を紡ぐ。


『今の状況……記憶があります』


 フィリスの母、ティルダ夫人夫人と使用人たちが罹った悪性の風邪の症状と、そばにいたのに感染しなかった自分とフィリスの事を語る。


『体質的な物だと……ずっと思い込んでいたのですが。いま、思い出したのです。私たちだけの秘密を』


 当時、侍女たちの中で最年少だったエマはフィリスの遊び相手が仕事で、フィリスと庭で遊んでいる時に里でよくおやつとして食べていた果実を見つけた。

 エマの親指の爪ほどの大きさの小さな果実は、甘酸っぱく一度食べたら夢中になる美味しさだ。

 エマの里では、大人は集めてジャムにするが子どもたちは摘んだ端から口の中に放り込でいた。

 都会育ちの侍女たちならまずしないこと。

 そして本来なら、そのような物を貴族の子どもに食べさせてはいけなかった。

 しかし、その指導がなされないまま傍付きになったエマは、庭へ行くたびにフィリスと仲良く食べていた。

 途中で禁忌と知ったものの、すっかりフィリスの好物となっていたし、これといった不調はないようだったので、そのおやつは二人だけの秘密として、少し量を減らしてこっそり食べ続けたのだ。

 その間に、ティルダ夫人と同僚たちは息を引き取った。


『おそらくは……、あの果実が、お嬢様と私を護っていたのだと思います』


 それはコケモモのようなものだった。

 しかし今、その果実はブルーノ周辺にみあたらない。




『試してみる価値はありそうだけど……。困ったわ……』


 エマをベッドに戻し、執務室でレイチェルは頭を抱えた。


『実は、その話を私もしようとしておりました』


 するとベルンは、持ってきた荷物の中から数本の果実酒をテーブルに並べた。

 彼女曰く、『妖精のいたずら』の次のページにある『天使の護り』に掲載されていた材料は、とある果実のしぼり汁。

 それはこの国にはないもので、輸入されたジャムや果実酒なら貴族の手に入る。


『亡くなった夫人にお尋ねし損ねたのですが、おそらく彼女もこの果実酒を使って助けたのだと思います』


 しかし、現在手元にあるのはこの数本のみ。

 全員にいきわたらない可能性がある。

 早馬を飛ばして都中の品を買い漁ったところで、ここに届くには十日もかかる。

 もしかしたら。

 間に合わないかもしれない。


 レイチェルは初めて恐怖を覚えた。


『レイチェル様。庭師たちに聞いてみましょう』


 そこで執事が口を開いた。


『彼らなら、何か知っているかもしれません』


 呼ばれて現れた庭師のジェスは、話を聞くなり頷いた。


『温室に、このレシピに載っている植物を育てており、果実もあります。ただしもう盛りを過ぎていてあまり残っていません』


 一瞬喜びかけてすぐに落胆するレイチェルたちに、甥のイアンがためらいながら手を上げる。


『あの……。一か八かですが。これのおそらく原種と思われる植物でポーラと我々は呼ぶのですが、それでしたら、ポルザ山の中腹で今の時期に見かけたことがあります。ただ、温室同様にこの時点で収穫できるかも分かりませんが』


『ポルザ山……』


 それは窓から見えるとても高い山で、頂の近くは草木も生えない程険しい。

 さらにイアンが続けた説明によると、その果実をなるべく早く手に入れるなら、垂直の崖をのぼっていくしかないという。


『場所が正確にわかるのは私だけですし、伯父があの崖を登るのは無理です。独りで行ってきます』


 伯父のジェスは先日腰を痛めたばかりだ。

 イアンの言うのももっともだと全員頷く。


『でも、イアン。崖を貴方独りで登るのは危険だわ』


『大丈夫です。ハロルド様や大奥様や奥方様、そして同僚たちが苦しんでいるなか、それが手に入れば治療できるかもしれないと解っているのに、何もしないなんて俺には無理です』


 そう言いうなり、イアンはすぐに執務室を出た。


 身支度をして馬に乗ろうとしたところ、数人の騎士たちが同行すると名乗り出た。

 彼らの中には、エマの恋人がいた。

 そして、男たちはポルザ山を目指した。



 イアン達がポーラの実を採取して戻るまでの間、レイチェルと医師達は治療方針を話し合い、まずハロルドに温室で収穫した果実のしぼり汁を飲ませた。そして果実酒をフィリス、グィネス……と症状が重い順番に処置していく。

 しかし予想に違わず、果実酒も果実の汁も早々に尽きかけている。

 しかもハロルドとグィネスは全く快方に向かっているように見えない。

 体力のない二人の命が危ないのは明らかだ。


『ほかに……方策はないかしら……』


 誰もが祈る思いでイアン達の帰りを待った。

 早く早く。

 無事に戻ってきてくれと。


 すると、真夜中に使用人の一人が叫んだ。


『レイチェル様! あれを見てください!』


 すぐさまレイチェルは窓に駆け寄った。

 ほとんど月の光のない闇の中を、物凄い勢いで三つの光の点が屋敷に向かっているのが見えた。

 馬のいななき、蹄の音。


 イアンと二人の騎士が大きな革袋を取り付けた馬を駆って、屋敷の正面に現れた。


『早く、これを! あるだけ持ってきました!』


 いくつもの袋の中から出てきたのは、熟れたポーラの実。

 医師と料理人たちですぐにしぼり汁を作り、再び患者たちに飲ませてみると、全員みるみるうちに症状が和らいでいく。

 治療は、成功だった。

 むしろ、原種のせいか果実酒よりも効き目が強い。


 それから全員が解放に向かうまで、何度もイアン達は崖を登ってポーラの実を採り続けた。


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