あの川のほとりで
「アーロン。貴方が帰りたかった場所よ」
川のほとりに座り、フィリスは花を一輪ずつゆっくりと投げ込む。
そよ風が吹いて。
草と花の匂いに包まれて。
あの日と同じように。
『よし、決めた。これからもっともっとここに来よう。僕たちに子どもが生まれたらここで遊ばせて、孫もひ孫もみんなで……。そうだな。きっと僕たちが死ぬまでに百回は来れるんじゃないかな』
「そんなに、ここに帰りたかったのなら……もっと早くに……」
涙がこぼれた。
いったいどこで間違えたのだろう。
あの、幸せな日は戻ってこない。
でも、アーロンは帰りたかったのだ。
ここへ。
そして、あの日へ。
ずっと、ずっと…………。
「ふ……。う…………」
花を川に流したいのに、手が震えて、力が入らない。
ぽとりぽとりと、フィリスの前に落ちる。
それでも、手を止めることができない。
掴んでは放し、つかんでは、はなし、つかんでは……。
「ごめんなさい、アーロン。ごめんなさい、おかあさま……」
私のせいで。
私がここに来てしまったせいで。
アーロンもグィネスもこの世を去った。
あまりにも早すぎる死。
あまりにも残酷な最期。
私がここに来なければ。
私が、もっと早くに────。
川面が陽の光を受けてきらきらと輝く。
まるで、ここにおいでと言うように。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
フィリスは手をついてゆっくりと前へ進む。
膝の上の花もそのままに、流れに手を伸ばした。
「おかあさま」
ふいに、前へ進めなくなった。
そして、背後から小さな腕がフィリスの腰に交差する。
「おかあさま。行っちゃだめだ」
確かな力が、ぎゅうっとしがみついた。
「ハリーの、そばにいて」
振り返ると、ひよこのような薄い金色の綿毛のに縁どられた頭がフィリスの背中にぴたりとくっついている。
「あ……」
「おかあさま」
少年が顔を上げた。
サファイアの瞳で、光彩の中心が緑がかったアースカラー。
いつの間にか、これほどまでに大きくなって。
「ハリー……。ハロルド──。私の、ハリー!」
フィリスは身体を反転させて、ハロルドを抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ハリー。ありがとう」
「おかあさま。だいすき。だから──」
「ハリー。私もよ」
温かな我が子の身体。
とくんとくんと心臓が動いていて。
力強い力を感じた。
フィリスはハロルドの髪に顔をうずめた。
お日様の匂いがする。
この子は、生きている。
また、涙がこぼれた。
抱き合う二人から少し離れたところに、息を切らして地面に座り込むイアン、そしてエマたちがいた。
「良かった……」
汗を顎から滴らせながら、イアンは呟いた。
「ほんとうに、よかった」
人々は、泣きながら、微笑む。




