アーロン
「いや、そういうきらびやかな花ではなくて。もっと野の花のような……可憐な感じの花はないか」
アーロンは街角の花屋に入り、真剣に花を選ぶ。
母グィネスの死からすぐに秋を迎え、重い冬を乗り越えて、草木が芽吹き、花が次々と咲く季節になった。
その間都にとどまって過去の自分と向き合い、周囲に頭を下げ、当主としてやり直しを始めた。
まだ半年余りだが、やりがいを感じている。
酒を飲むのはやめた。
今まで頭の中にかかっていた霞のようなものがなくなって来るにつれ、考えるのはフィリスの事ばかりだった。
母から突然婚約者が決まったと知らせを受け、それがあまり評判のよくないウエスト伯の娘と知り、落胆したこと。
学校でフィリスの妹と名乗る少女に話しかけられ、最初は馴れ馴れしさに辟易としたものの、いつの間にか彼女の話術にはまっていったこと。
そのうち、同じウエスト家の人と結婚するならその妹──ケイティが婚約者だったら良かったのにと思うようになってしまったこと。
フィリスとの婚約をなかったことにしたくて、ひたすら無視し続けたこと。
周囲はなぜかフィリスの肩ばかり持ち、それがいっそう腹立たしく、憎むようになったこと。
母に拝み倒されて仕方なく会ったフィリスは──とても、美しかった。
清らかで、瑞々しくて、しなやかで……。
今まで、こんなに綺麗な女性に会ったことはなかった。
アーロンは一目でフィリスに夢中になった。
それからの毎日はきらきらと輝いていた。
過去を一切責めることなく受け入れてくれた、優しいフィリス。
領民にも使用人にも、家族にも愛される彼女はアーロンの誇りだった。
何をするにもいつも一緒で、片時も離れたくない。
そんな幸せを、父から粉々に砕かれた。
あの夜の事は、今でも思い出すと震えが走る。
何もかもがひっくり返って、世界で一番大切で愛しいはずのフィリスを憎んでしまった。
憎んで憎んで、憎んで。
妊娠したと聞くとあの夜を思い出し、
生まれた子を見ると、あの男に似ていると思った。
そんな赤ん坊に愛情を注ぐフィリスが気持ち悪い。
腹の中に宿っただけで無条件に愛されるその子が憎らしい。
それからの自分はめちゃくちゃだった。
酒の溺れ、ケイティに溺れ、フィリスを傷つけることで失った自信を取り戻せたような気がした。
いつの間にか、フィリスが遠ざかっていく。
そうさ、あんな女と思いながらも、いつもどこかでフィリスを探す。
ケイティの中に、マークの店の女たちの中に、それ以外の誰かの中にフィリスを探すけれど、どこにもいない。
当たり前だろう。
フィリスは──。
唯一無二の女性だったのに。
「これで、いかがでしょうか?」
「ああ。気に入った。ありがとう」
花束の中で一番気に入った花の名前を訪ねると、マーガレットだと店員は教えてくれた。
白い花弁がフィリスの育てていたハーブに似ていて、アーロンは温かな気持ちになる。
何て話しかけよう。
あの庭の、あの花の話をしようか。
また、あの川へ行こうと誘うか。
いや、その前に。
きちんと謝って──。
今までの自分は最低だった。
ハロルドにも母にも申し訳ないことをした。
色々な人に迷惑をかけて、醜悪な姿を見せて、もうとっくに見放されているのだろう。
だけど。
もう一度。
もう一度、機会をくれないかと。
やり直してくれないかと。
もう一度。
笑ってくれないかと──。
花束を大切に抱えて、アーロンは歩き出す。
数日後に学校の特別行事があるため、アルフレッドの保護者として出席するためにフィリスが領地から来ていた。
今日の休日を利用して二人が美術展を観に出掛けたことを執事に聞いて、アーロンは後を追った。
そろそろ二人が美術館から出てくるころだろう。
二人が乗ってきたと思われるブルーノ家の馬車を見つけ、アーロンは足を速めた。
黒衣のフィリスがアルフレッドと話しながら現れる。
まるで本当の母子のようだ。
寄り添い歩く二人はとても仲良く楽しそうだ。
アルフレッドが何か言ったのか、フィリスが突然ふっとほどけるように笑った。
優しい、春風のような笑み。
「フィリス────」
アーロンは、フィリスだけを見つめて。
フィリスに向かって駆けだした。




