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転がり落ちる

 その後、アーロンは二度とケイティに会うことはなく、屋敷から追放した。


 三人で暮らした別邸は売却し、その金を元手にウエスト家が準男爵へ降格された折に住んでいた家を買い戻し、そこへケイティが暮らせるように環境を整えさせた。

 彼女のドレスや宝飾品の全てをそこへ納めさせようとしたが入りきらず、流行が終わった物など不用品などを本人に選ばせ、良心的な業者へ買取を依頼した。


「なんでよ! 今更、こんなちっぽけな家で暮らせと言うの!」


 連れて来られたケイティは暴れたが、騎士たちは相手にしない。


「これでも破格の扱いだと思いますよ。なんせ、地道に暮らせば二十年は働かずに暮らせるだけの資産をお渡ししたのですから」


 生真面目に説明する秘書の顔に向かって、ケイティは唾を吐いた。


「──アーロン様及びブルーノ家へ近づくことは禁止されました。今度捕まると牢屋行きです」


 唾を拭ったハンカチをその場に捨てて、秘書は去った。



 その後、ケイティは荒れに荒れた。


 何度もアーロンに手紙を書いたが未開封で返され、屋敷の近くへ行っただけで騎士たちに取り押さえられた。

 思い出の別邸は異国の大使の物となり、ここも護衛が厳しく近づけない。


 鬱憤をぶつけられ暴力に耐えかねたメイドたちは通いも含めてすべて逃げ出した。

 評判の悪いケイティのもとで働く者でまともな人間はいなくなり、家の中は荒れ放題で様々な盗みが始まる。


 高価なドレスの着付けが出来る者丁寧に取り扱ってくれる者もおらず、たまりかねたケイティはなんとか自力で着た簡易的なドレスで、拘置されているジェイクを訪ねた。


「姉さん独りじゃ、生きていくのは無理だよ。俺をここから出してくれたら守ってあげるよ」


 言われるまでもなく、それしか方法がないと自身が考えていた。


 ケイティは『二十年は暮らせる』と言われた金の半分を国へ払い、ジェイクは厳罰のために爵位返上の書類へサインして、ようやく牢から出られた。


 その後、屋敷を売却し、富裕層の住む地区の一室を借りた。

 使用人は通いの家政婦ひとりで、掃除洗濯料理そしてケイティのドレスの着付けが出来る年寄りをジェイクが見つけてきてくれた。


 しかし、二人とも贅沢な暮らしに慣れ切っていたため、金ばかりが目減りしていく。

 そして、以前親しかった人たちは、彼らとの関係をなかったことにしようとした。


「今度気安く声を掛けたら、不敬罪で訴えるわ」


 ティールームで以前親しくしていた年下の令嬢に声をかけると、見下した目で見られた。


 アーロンの温情のおかげで、金はそれなりに残っている。

 しかし、今のケイティとジェイクは少し金のある平民でしかない。


 社交界でケイティの信奉者だった令嬢たちの家も回ったが、どこもけんもほろろに追い返された。


「貴方と親しくしてしていたせいで、私の縁談がなくなっちゃったのよ。どうしてくれるの」


「あの頃の私はどうかしていたんだわ。こんな人と親しくしていたなんて恥ずかしい」


 わずかながらも面会できた貴族たちはみな、ケイティを指さし非難した。

 頼みの綱のマークも面会謝絶で、彼の経営する店の全て出入り禁止となった。


「酷い……。これもみんなフィリスのせいよ!」


 次第に金を積んでもドレスメーカーから断られるようになった。

 高級なレストランも席が用意できないと入り口で告げられる。


 恥をかかされて、格下の店で酒を浴びるように飲んだケイティが真夜中に路地で叫んでいると、誰かに路地裏に引き込まれ、数発殴られた。


「なに……するの……」


 アクセサリーをむしり取られ、地面に倒れ伏すケイティの髪を誰かが掴み、ジョキンと音がする。


「いやあっ……」


 無情にも髪はどんどん切り刻まれ、薄汚れた石畳に散らされる。


「これであんたも一緒だね。何人もの使用人を殴って髪を切って……ああそういや、無謀にも伯爵の奥方様の髪もやったんだっけ。よく処されなかったね」


「あんた……だれ?」


「覚えてないだろうね。あんたに毎日さんざん痛めつけられた上に紹介状も暖炉に投げ込まれて、一銭も給与ももらえないまま追い出された、哀れな侍女のひとりよ。皆であんたがここまで堕ちてくるのを、どれだけ神に祈ったか!」


 全く見覚えがない。

 見知らぬ女が腹を抱え、狂ったようにゲラゲラと笑っていた。


「これであんたはもう気取ってどこぞに行くことはできないね。いやもう、どっこも断られているんだっけ? ああいい気味。神様っているんだねえ」


 その女はケイティの足から靴をはぎ取って履いたのち、ケイティの手の甲を思いっきり踏みつけた。


「────!」


「あはは。痛い? 痛いわよねえ。私もすっごく痛かった。骨がめちゃくちゃになっててさ。金がないから行くところもなくて治療もできなくて、どれだけ苦しんだか。今度はあんたの番よ。ま、せいぜいがんばって」


 カツーンカツーンとヒールを鳴らし、女は高笑いしながら去っていった。


「いたい……。いたい……。フィリス……あんた……」


 翌朝、ケイティが路地裏の隅で膝を抱えてガタガタ震えているのをジェイクが見つけて連れ帰った。

 それから間もなく、二人は街から消えた。



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