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グィネスの子どもたち

「今日はここに集まってくれてありがとう。今まで本当にお疲れ様」


 全てのガラス窓が解放された温室を涼しい風が通り過ぎる。

 背の高い南国の木が程よい日陰を作りとりどりの花が咲き乱れる一番景色のいい場所へ、座り心地の良い肘掛け椅子とテーブルが配置されティーセットが並べられた。

 グィネスを中心にフィリス、レイチェル、エイダ、二コラでテーブルを囲む。


「お義母様。お加減はいかがですか?」


 この場を設けたのはグィネスだが、思わずフィリスは尋ねずにいられなかった。


 タウンハウスの指揮をレイチェルの夫であるバーンズ子爵に任せて、グィネス、フィリス、レイチェル、エイダは同じ馬車に乗って帰郷した。

 グィネス不在の領地の差配は二コラと夫のクロス男爵に任せていたため、その労いを込めて茶会だった。

 外で幼い子どもたちがはしゃいで駆け回る声が聞こえてくる。


「心配をかけてしまったわね。もう回復したわ。ゆっくり休ませてもらったおかげね」


 一週間かけての馬車の旅は若いフィリス達でも疲れるものだ。

 実際、グィネスは屋敷にたどり着いてから数日ほど寝台から起き上がれなかった。


「お母様。無理は禁物よ。ベルン先生も心配していらしたわよ」


「ふふ。本当に大丈夫なのに。でも有り難い事なのよね。私はたくさんの人にこうして心配されて、なんて幸せなのかしら」


「お母様!」


 三人の娘とフィリスが同時にグィネスを窘め、「おお怖い」とグィネスは茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。


「本当に、貴方たちには感謝しているの。ひとりではきっと乗り越えられなかったはずだから」


 グィネスとアーロンが何を話し合ったのかはわからない。

 しかし、その後のアーロンはフィリスが危惧していたより落ち着いていた。

 恋人と友だと思っていた二人の裏切りを知った後にも関わらず。


「アーロンに私の言葉がどれほど届いたかはわからない。あの瞬間は解り合えたような気もするけれど、いざとなればどうなることか……。今までの事を考えれば簡単に改心しないのではという疑う私と、信じたいという私が交互に現れて……。理性的にならねばと思うけれど、ままならないものね」


「お義母様……」


 何と言葉をかければよいのかフィリスは躊躇する。

 フィリスの心の中にも、新婚の頃のアーロンが忘れられずあの頃に戻って欲しいと願う自分と、彼に対する嫌悪感を抑えられない自分がいた。

 ハロルドの為に必要だと思う日もあれば、

 ハロルドの為に切り捨てるべきだと思う日もある。

 グィネスとは立場も思いの形も違うが、考えが揺れに揺れてしまう己を疎ましく思い、眠れない日々もある。


「あの子に……。アーロンに、これからどう生きるか考えが決まったら、私の元へ報告に来るよう言ったの」


 そう言って、グィネスは温室の外へ視線を向ける。

 まるで、今にも森の向こうからアーロンがやって来るかのように。


「少しだけ。待ってあげて……もらえないかしら」


 四人はそれぞれの想いを胸に秘めて、言葉の続きを聞く。


「甘い母親でごめんなさい。ブルーノの為にはならないとわかっていながら……」


「──仕方ないわ。お母様。孫と末っ子には甘くなってしまうのは、世の常なのだから」


 レイチェルの返事に、グィネスは泣き笑いのような表情を浮かべた。





「お母様! ラズベリーを見つけたわ! とっても美味しいの!」


 菓子をつまみながら女性たちで他愛のない話をしているところに、アメリが両手いっぱいにラズベリーを載せて駆け込んできた。


「あらまあ、凄いわね。どこかしら?」


 レイチェルが立ちあがると、他の子どもも母親に駆け寄り手を引く。


「ふふ。大切な話は終わったわ。いってらっしゃい」


 グィネスが笑ってが手を振ると、義姉たちは子どもたちと温室の外へ向かった。

 隣りの席に座るフィリスも一緒に手を振り彼らを見送った。


「……フィリス。どんな時も、私の傍にいてくれてありがとう」


 静かにグィネスは感謝の気持ちを述べた。


「私は、色々と理由をつけてこの家に貴方を縛り続けて来たわ。アーロンと別れた方がずっと明るい未来があると解っていながら」


「お義母さま。私は、お義母様のお役に立てていますか?」


「もちろんよ。貴方なしではいられないほどに」


「嬉しい……。私はこの家に迎えられるまで、誰にも必要とされていなかったから、最高の褒め言葉です」


「貴方に出会えて、本当に良かった。でもね。これからアーロンが何を選択しても、貴方の意にそわない事ならば、遠慮なく拒否して頂戴。貴方には貴方の人生がある。それは忘れないで」


 グィネスの細い指をフィリスは両手で包み込む。


「お義母様。私はこの家が好きです。この庭もアルフレッドも何もかも。お義母様が大切にしてきた全てを私も大切にしていきたいと思っています」


 フィリスの熱でグィネスが温まることを祈りながら、じっかりと握る。


「……私は、本当に幸せ者だわ。四人の素晴らしい娘に恵まれて」


 花がほころぶように、グィネスが笑う。

 その笑顔があまりにも儚くて、フィリスは不安になった。

 こわくて、こわくて。

 行かないでと叫びそうになる。


「お義母様。おかあさま。だいすきです。大好きなの……」


 テーブルの上で握りしめた手に自らの額を載せたフィリスの背中を、グィネスはもう一方の手でゆっくりと撫でる。


「ふふ。私の末っ子は泣き虫なのね。ありがとう。私も貴方が大好きよ。私の可愛いフィリス」


「──おかあさま。ずっと、ずっと、私のそばにいてください。おねがいします」


「そうねえ。それが貴方の望みなら」


「う……」


 フィリスはしゃくりあげる。

 涙がこぼれて、グィネスの手を濡らしてしまった。


「……ねえ、フィリス。先日、ベルン先生が私に素敵な言葉を贈ってくださったの」


「ことば?」


「ええ」


 ゆっくりと優しくフィリスの背中をさすりながらグィネスは囁いた。

 

「『秋に落ち葉が散っても、冬の寒さに震えても。それでも命の営みは続いていく』。私はそれを聞いてね。少し気力がわいたのよ。神がまだ私を召さないのなら、生きていくかとね」


 生きていく。

 その言葉にフィリスはおずおずと顔を上げてグィネスを見た。


「まあ、目も鼻も真っ赤になって。ほらこっちを向きなさい」


 幼子相手のようにグィネスにハンカチで顔を拭かれる。


「ほら。イアンも心配しているわよ」


「え?」


 振り返ると、温室の花でいっぱいの籠を手にしたイアンが焦った顔でぺこりと頭を下げた。


「フィリスがこっそり甘えていたのは、皆に内緒にしてね」


 グィネスが片目をつぶって見せると、「はい、もちろんです。大奥様」とイアンはこくこくと頷く。


「──イアン。私の寂しがりやな末娘をこれからも頼んだわよ」


「承知しました。大奥様」


 生真面目にイアンが即答した。


「おかあさま!」


 真っ赤に頬を染めるフィリスに、グィネスは声を上げて笑った。

 レイチェル達がラズベリーをたくさん収穫して戻ってくる。

 子どもたちは数え歌を歌い飛び跳ねながら、グィネスにとっておきの果実を見てとはしゃぐ。

 甘い香りと、賑やかな笑い声。

 楽しいひと時となった。

 




 それから三日後の午後。

 サンルームのソファに座り窓の外の庭を眺めながら、グィネスは静かに息を引き取った。


 まるで。

 優しい夢を見ているかのようにうっすらとほほ笑んだまま。

 



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