92話 この木なんの木機に生る樹
麓まで来るとひたすらにデカい。何がデカいってクルラの樹が超デカい。
念のため、トゥールさん達にも『アレは何故外からみえんのだ』と聞いてみたが、昔からそう言う物で有ると言う答えしか頂けなかった。
ならばと、我らが賢者エミル先生に問うて見れば、
『何やらマナの流れに違和感を覚える。恐らくは視覚に作用する結界が張られておるのだろう』
と、それらしい回答が返ってきたので、そう言うもんだと思う事にした。
だって考えたってしょうがないもん。
「はえー……凄いねえ、ナツ君。でもこれずっと見てたら明日首が痛くなっちゃうねえ」
ほけーっと間抜け面でユグドラシルを見上げているのはミー君だ。どうやらこの子はこの巨木を見ながら料理やお酒に舌鼓を打とうとしているようだがちょっと待って欲しい。
流石に周囲にも気を配って欲しいというか、アレが視界に入った瞬間から今まで釘付けである事が良くわかってしまった。
「ミー君や。もう少し周りを見るようにしたまえよ」
「ほえ? 周りって一体……わあ……!」
ユグドラシル(仮名)の周りには、普通サイズのクルラの木が多数茂っていて、お花見のしたくもそれらの根元でされている。
流石にあのでっかい木じゃな。遠くから眺める分には綺麗だけど、近くまで寄っちゃうと単なる木の壁ですからな。上を見れば遙か彼方にかろうじて花が見えない事も無いけれど、それこそ首が痛くなっちゃうし、モモが言っていた『じゃあねてみればいいじゃん』というのも酒が飲めなくなるから却下である。
「おらおら! さっさとこっち来て座れよナツ! お待ちかねの花見だぞ!」
「うっす! 今行きます!」
なんだかんだ言ってティールさんも嬉しいのか、にっこにこの笑顔で手を振っている。 まだなんだかちょっぴり呆けた顔をしているミー君の手を引き、花見の席へと向かうと……。
「おっほ! これはすげえ。正しき花見スタイルじゃん!」
緋毛氈が艶やかに敷かれていて、その上には高貴な輝きを放つ重箱! 適当に配られた皿の脇にはコップがそれぞれ置いてあり、中央にデンと置かれた一升瓶!
重箱の中をそっと覗いてみれば、海苔巻き、いなり寿司、おにぎり! 卵焼きに唐揚げに何かの煮物やらお漬物やらゆで卵やら……。
なんだかお偉いさんちの料理と思えば庶民的過ぎる中身だけれども、いやいやこれが良いんです。俺のリクエスト通りなんです!
ほんとはエビフライとか焼き鮭とかも欲しかったけれど、いかんせんここは山奥らしいのでね。そういった海産物はなかなか手に入らないのである。
「では、皆の成果に乾杯!」
「「「「かんぱーい!」」」」
トゥールさんの雑な乾杯の音頭で始まった花見はそれはそれは素敵で楽しくて。
ぽかぽかと暖かな日差しの下で、やわらかな春風が運ぶ花びらを愛でながら酒を飲む。
甘い卵焼きが口内を幸せで包み込み、それをお漬物でリセットした後すかさずお酒をぐいっと。
アルコールと雰囲気でほんのり胸が暖まる。
耳に入るのは皆のどうでも良い会話と小鳥の鳴き声、そしてサワサワと囁く風の音。
ああ、よきかなよきかな。
まさか6月にこんな春の空気を味わえるなんて思わなかった。
「なあ、ミー君。やっぱりお花見は最高だよなあ……」
最高の時間、そしてそれを共有出来る大切な人が居る……ああ、なんて素晴らしきかな。
俺は今、この瞬間――心からこの世界に来て良かったと感じているよ。
……って、なんだか物語が終わりそうな空気が漂ってるっつうのにミー君の姿が無い。 てっきり横に居るものだとばかり思って話しかけてたけどバカみたいじゃないか!
「すいません、ちょっとミー君探してきますね。またフラフラと迷子になられても困るので……」
「おうおう、行ってこい行ってこい!」
「うむうむ。我らは空気を読めるのでな。ここでじっと待っておるよ」
「たまごやきおいしいしな!」
エミルは一体何を言ってやがる……べ、別にミー君と二人物陰で何かをしようとかそういう不純な目的じゃ無いんだからね!
断じて違う。
なんつうんだ? 妙な胸騒ぎがするんだよ。
いや、別に何か悪い事が起きる――って感じじゃあ無い。こう、要らんフラグが立つというか、また面倒な方向に風呂敷が広がろうとしている感覚というか……兎に角、メタ的な胸騒ぎがすっげえするんです。
そんな時にミー君を一人でほっといたら何が起きるか分かったもんじゃあ有りませんからね。
折角のお花見ですし、ここはさっさと見つけて花見の席に連れ戻すに限るってもんです。
……と、巨木の根元にちょこんとすわり、何やら難しげな顔をしているミー君が。
思ったよりあっさり見つかったな……これは逆に嫌な予感しかしない。
「おーいミー君。変なの見つける前に戻ろうぜー」
「あ、ナツくーん。ねね、ちょっとこっち来てみてよ。なんだかさ、凄く気になる気配がしてね? なんだろなーって見に来たら面白いの見つけたんだよ」
ほら来た。誰ですか! ミー君に変な電波をビビビっとやったのは! この子直ぐに妙なもん見つけちゃうんだから勘弁して下さいよ!
「へ、へえ……一体何を見つけちゃったのかなあ……」
「この木なんだけどさ、ほら見て。ここにプレートがあるでしょう? ユグドラシルって書いてるの」
はい来ましたユグドラシル確定イベント! って言うと有料ガチャキャンペーンみたいであれだけれども、雑に推理して勝手にユグドラシル呼ばわりしていたこの巨木が真にそうで有ると突きつけるイベントがやって参りましたよ。
ミー君が指さす箇所を見てみれば、確かに妙な金属質のプレートが貼り付けられていて、そこには妙な文字でユグドラシルと刻み込まれている。
旅行者か何かが悪乗りして付けたようなもんじゃあ無かろうしなあ……国名の由来になっていそうなこの名前、確実に何かイベントがおこるやつじゃねえか。
近寄るべからずくわばらくわばら。
「ほら、ミー君。戻っておだんご食べよ? 名札なんて別に面白いもんじゃ……」
「みて! ナツ君! これ何かの操作パネルじゃ無い? 木に同化してわかりにくいけど、明らかに人の手で作られた人工物だよ」
ミー君って基本ポンコツだけど、管理者試験だかなんだかを突破できるんだから、頭が悪い訳じゃあ無いんだよなあ……。
たまにこうしてピコーンと覚醒してさ、アレアレアレ-? おかしいよねー? なんて、どこぞの中身がショタじゃねえ少年探偵君のようにやらかすんだ。
頼むから今は勘弁してくれよ? 大事なリュックも紅雀もぜーんぶ向こうに置いてきたんだからな? 俺無防備よ? なんかあっても戦えないからね? 拳で殴ればなんとかなるかも知れないけど……ってそう言う問題じゃ無いからね!? って、これフラグじゃねえか!
「ねえってば! ほら! ちょっと触ったらヴンって鳴ったよ!? ね? やっぱ遺物だよこれ!」
「ん? さわ、触っちゃったの!? 案の定やらかしちゃったの!?」
「うん。だってさ、明らかに周りから浮いてるんだよ。そんなの触るよね?」
そんなキョトンとした顔で言われても……!
何かがあったら……パネルがあったら触れてみる、ああ、もしもそこがエレベーターの中であったならば、目の前にあったのが操作ボタンだったら俺だってそうするさ。だがねミー君。今我々の目の前にあるのはエレベーターじゃ無い、得体の知れない何かだ。そんな物を無防備に触るなんてさ、そいつぁまるでダンジョンで不味いトラップに引っかかるテンプレの流れ――――
言ってる側からまばゆい光が立ちこめる。
俺の言葉は光の奔流に飲み込まれ、意識と共にかき消えて……行く……。
ミー……く……ん……また……や……って……しま…… …… …
……
…




