91話 忘れてたけどお花見に来たんですよ
何か忘れているような気がする――
一通り仕事が落ち着き、ようやくのんびりとユグドラールを散策出来るようになった。
今日は一人、のんびりとお屋敷の庭で花壇の花を眺めながらお茶を啜るというお爺ちゃんムーブをかましてた訳なのだけれども、ふと『何か大切な事を忘れている』と、頭によぎったのだ。
はて、なんだったろうか? そこまで大事な用事であれば、俺が忘れてもマミさんなりアヤさんなりが怖い笑顔で伝えに来るはずなのだが、そんな事は無いっつうか、マジで我々の御仕事はあらかた終わっちまったので、何か忘れて怒られるような事は無いはずだ。
じゃあなんだろう?
考えても考えてもなにも思い出せず。
やわらかな初夏の風に揺られる花を見ているうち、そんな事はどうでも良くなっていった。
もう6月だ。
標高が高く、春が遅いこの地域でもすっかり初夏の空気に移り変わり、この間やたら強い風が1日中吹く日があって、しぶとく残っていたクルラ(サクラ)の花びらが舞い散ってそれはそれは綺麗で――……あああああああああ!
花見! そうだよ! クルラの花が綺麗だって! それを見ながら飲むエルフ酒(日本酒)は最高だぜってティールさんがいってたじゃねえか!
へったくそな誘いだったけれど、それはそれで楽しみにしてたんだよ……ああ、なんてこった。
忙しくってっつうか、教官業がそれはそれで楽しかったからすっかり忘れてたよ……くそっ! 俺のバカ! 社畜! 遊びを忘れてなにが人生か! 庭のフジは綺麗だけど、俺はクルラで一杯やりたかったんだい! ちくしょう! ちくしょう! うわあん!
「うるせえな、なにをそんなワアワアと喚いてんだ?」
余りにも悔しかったため、庭でわいのわいのと雄叫びを上げていると、心底迷惑そうな顔をしたティールさんが現れた。
全くまたしても唐突に現れよってと思ったけれど、まあここはティールさんちの敷地内だからな。来るのはしょうがねえ――っつうか、誰のせいだと思ってんだ!
「それもこれもティールさんが悪いんだよ!」
「あ、ああ? 俺が? ナツコラてめえ、俺が一体なにをしたっつうんだ!?」
「なにもしねえから、してくれなかったから怒ってんだろう!」
「ああ……? 仕事の報酬なら後で精算するって言ってたじゃねえかよ」
「仕事? 仕事、仕事ってなんだよ! そんなに仕事が大事なら仕事と結婚すればいいじゃない!」
「おい、何言ってやがる? 落ち着け! 頼むからー! 落ち着いてくれえ!」
……つい調子に乗って面倒な彼女ムーブかましたら本気で困られてしまった。
だってだんだん楽しくなって来ちゃったんだもん、しょうがねえだろ。
「失礼しました。いや、そうは言いますけどねえ。俺ってクルラの花見を楽しみにしてたんですよ。折角ティールさんが誘ってくれましたしね? それがなんだい、仕事で忙しいうちに初夏じゃねえっすか。俺はね、花見が楽しみで、それを糧に仕事してたんですよ。それがなんですか、楽しむ前にぜーんぶ散ってしまった。花見しようぜってのが当初のお誘いだったじゃ無いっすか。契約不履行ですよ。何がギルドマスターだ! 花見のセッティングもできやしねえじゃねえか!」
「だから落ち着けって! いやいやまてまて。お前そこまで花見が楽しみだったのか……?」
「当たり前じゃないっすか! 桜……クルラの香りがほのかに漂う木の下で、やわらかな風に揺れる花を愛でながら酒をちびりちびり。重箱の料理をぱくりぱくり。
楽しげに囁く小鳥達の声に耳を傾けながら、ふわりふわりと舞い踊る蝶の姿を愛でる。
やわらかな風が運んできたクルラの花びらが酒に浮かび、それに空を移してまた一口。
ああ、今年も春がやってきた、素晴らしきかな春の一日……」
「おーい! 誰かー! 誰か来てくれー! ナツが遠くにいっちまったー!」
真剣に花見の良さを語ってやったら病気扱いされてしまった……解せぬ。
アヤメさん――お屋敷の門番さんやらメイドさんやらまでワラワラと駆けつけてしまって大事になりかけてしまったけれど、ティールさんの早とちりであると告げ、早々に解散して頂いた。
「早とちりも何も、お前の様子がおかしいのはマジだったじゃねえかよ」
「さっきも言ったように、悲しみアピールをしてるうちになんだか気分がノって楽しくなっちゃっただけですって」
「楽しいのか悲しいのかハッキリしねえ奴だな……」
「それはさておき、花見ですよ!」
「急に切り替えんな!」
「花見を餌に連れてこられたっつうのに、もう6月じゃないっすか。どうしてくれるんです? このままだと契約不履行で莫大な賠償金が生じるんですけれども!」
「ったく、ノリであれやこれや喚きやがって……まあいい。残念ながら賠償金とやらは払えねえな」
「さてはギルマスの権限で揉み消すつもりですね! 横暴! 権力の暴力だ!」
「いい加減その妙なテンションやめてくれよ!」
「はい」
「急に静かになるとそれはそれで不気味だな……まあいいや。それでな、実はまだ花見が出来る場所があんだよなあ」
「マジッすか!」
「マジなんだよなあ……うーし、明日は皆で花見と行こうじゃねえか」
「言い出したら突然だな!?」
「んだよ、花見してーんじゃねえのかよ」
「花見がしたいです……」
「お、おう……んじゃあ、ミューラ達にも伝えといてくれな。元々そこに連れてくつもりで今回の計画をたててたんだよ。別に忘れ手ねーっつーんだよ」
「本当にい……?」
「あんまごちゃごちゃ言うと連れてかねえぞ!?」
「すんませんっした!」
……
…
――そして花見の朝!
いやあ、いいですよね! おでかけ! 何処かに皆でわーっといって楽しもうってのはやっぱりワクワクします。
こっちに来てからもそれなりにご飯を食べに行ったり、お散歩したりはしてましたけれど、何か計画をして遊びに行くという事はしてなかったのでそれだけで楽しくなっちゃう。
「ナツ君ナツ君」
「どしたいミー君?」
「んーん。今日のお花見楽しみだね」
「そうだな。やっと念願が叶うんだ、今日は思う存分楽しもうぜ」
「うん! 私ね、ナツ君とお花見するの楽しみにしてたんだー! やったね!」
全身でニコニコと笑い、とっても嬉しいんだー! と陽のオーラをまき散らすミー君はまさしく女神。
こういう無邪気な所はほんと可愛らしいですよね、ミー君。
たまにポンコツが過ぎて面倒な事もあるけどな。
「なつくん! なつくん! じゅんび出来たって! じいじがよんでるぞ!」
「おー、今行くぞー」
じいじが、か。
モモはすっかりジジイ……もとい、トゥールさんになついたもんだな。
トゥールさんもまた、孫のようにベッタベタとかわいがるもんだから、心なしかモモがほんのり重くなったような気すらする。お菓子の与えすぎだっつーの。
それは俺やミー君、エミルも例に漏れず。
トゥールさん達、ティールさんの両親にもきちんと我々の正体を明かしたのだけれども、それでも変わらず田舎の爺ちゃんムーブをかましてくれるのだから嬉しいもんだ。
アヤさんには結局打ち明けられないままでいるけれど、あの様子を見ればきっと我々の事を見抜いているのだろうと思う。
そんな具合に打ち解けてしまっているものだから、今日の花見は大所帯だ。
屋敷の前に用意されていた2台の馬車にはそれぞれ分かれて乗り込む事となり――トゥールさん、ファラさん、エミルにモモ、アヤさん。
もう片方には俺、ミー君、ティールさんにマミさん。
エミルはどうも、完全に幼女扱いされてしまっているようで、今回もまたナチュラルにファラさんによって馬車に攫われていったのだが、乗り込む直前に見えた悲しげな眼差しはなんとも言えなかったな。
でもよ、エミル……エルフからみれば六十うんさいなんてさ、長い長い子供時代の最中でしかねえんだよ……。
実際、100歳未満のエルフはエミルとそう変わらん見た目をしているからな。
長らく子が居なかったトゥールさん達にとってエミルはかわいい孫に等しいのさ。
どうか諦めて幸せになって欲しい。
なんだかエミルの悲しげな声が聞こえてきたような気がするが、それはさておき馬車はぐんぐん森を進む。
街への街道は作らねえくせに山奥に続く道はしっかり作ってんだから意味が分からん。 やがて馬車は森を抜け、小高い丘が見えてくる。
「お……あれは……」
「凄い……こんなに大きな木があったなんて」
「どうだ驚いたか? 驚いたよなあ!」
「これは……一体何故街から見えないのでしょう……?」
「はは、マミも驚いたか? 何でって……俺も知らねえ!」
いやほんと驚いた。森を抜けた先にあったのはとても大きな桜……いや、クルラの木。 ランドマークタワーかのように聳え立つそれはまさにユグドラシル(世界樹)――国名からして有りそうだと思っていたけれど、やはりこういうテンプレは踏むのだなあと妙に納得したのでありました。




