86話 お宿と仕事とぐだぐだと
ドキドキから一転、まるで田舎の爺ちゃん婆ちゃんとの対面のようであった顔合わせが終わり、大層ご立派な廊下を歩いているわけなのですが。
「つーかティールさんって良いとこのお嬢さん……っつうか、お姫様だったんですね」
「やめろよな。次姫様とかお嬢様とか言ったらぶん殴るからな?」
「ひぇぇ……」
しみじみと思った事を言ってみたら心底嫌そうな顔をしたティールさんから肩パンを貰う羽目になってしまった。
つうか、次言ったら殴るぞーって言いながら殴るのはどうなんだよ。もう殴ってるじゃねえかよ……まあ、加減してくれてるのか痛くはねえけどさ。
「……ナツ殿、痛くは無いのか? 筋肉ババアの拳が良い音を立てておるが……」
「誰が筋肉ババアだ!」
エミルにキレながらも俺への肩パンを辞めねえ……っつうか、エミルが煽ったせいか音が先ほどよりも大きくなっている。
音だけ大きな肩パンってまた器用なことしてくれるよな……。
「あーあー、やめだやめ! 殴ってる方がいてえや!」
「そもそもナツ殿の肩を殴るでないわ! このメスゴリラが!」
「ああ? なんだあ? その"ゴリラ"っつうのは……言葉の意味はわからねえが、悪口だっつー事だけはひしひしと感じるなあ……?」
バスンバスンと廊下に響き渡る打撃音。あの、いい加減俺の肩を打楽器にするの辞めて貰えませんかね……ドラミングは自分の胸で……って、なかなかに豊かなお胸だから出来ねえか……。
「ナツてめえ、要らん事考えてんじゃねえだろうなあ?」
「滅相もございません」
……勘が鋭いゴリラは嫌いだよ……!
そんなわけで、バスンバスンと軽快な音を立てながら廊下を歩く羽目になった訳なのだけれども、一階に降りたところでピョコンとマミさんが現れ、嬉しげに我々の元に駆け寄ってきた。
「ナツくん、お待ちしてましたよ。ふふ、どうやらおじ様達と仲良くなれたようですね」
「仲良く……なれたかはまあ、分かりませんけどって、マミさん何処行ってたんですか?」
「ああ、ティールさんから聞いてないんですね。メイドさん達とナツくん達の拠点をチェックしてたんですよ」
「へえ、俺達の拠点を……そりゃ申し訳無いですね……って、ええっ!?」
こっちですよう、と有無を言わさず案内を始めるマミさん。
後をついて行くと、屋敷の玄関を出て……門へは向かわずに屋敷の裏手に。あれあれあれ、外に出るんじゃあ無いんですかと思いつつ歩いて行くと、なかなかどうして立派なお家が現れました。
「ううん? ここってお屋敷の敷地内ですよね? 立派なお家ですが……俺達の拠点って……」
「お、50年ぶりくらいに帰ってきたが……綺麗なまま残ってるもんだな。どうだ? 良い庭だろう?」
二階建ての和風建築――瓦屋根の立派なお家の前にはお池があり、錦鯉のような模様をしたチョウザメのような魚が悠々と泳いでいて、マツのような庭木に謎の巨石と……ああ、古き良き日本のお庭!
って、そうじゃないそうじゃない。流されるところだった。
「確かに立派なお家ですけど、そうじゃなくって俺達の拠点ってまさか……」
「ああ、ちゃんと言ってなかったな。お前達の拠点はこの家だよ。昔、俺が子供部屋として使ってた家だが、手入れはされてる見てえだし、部屋数も少なくはねえからな。ま、暫く使ってやってくれ」
このどう見ても立派な一軒家が子供部屋……なんてセレブな発言なんだ……ってそうじゃねえ、そうじゃねえよ。
「えっと、俺達お屋敷の敷地内に滞在する感じになるんです?」
「そうだが?」
「そ、そうだがって……」
なにを当然の事をと言った顔でキョトンとするティールさん。いやいやいや、これってだって、言ってみりゃお城の離宮に住むようなもんじゃねえか。超VIP待遇ですぜっていうか、そうじゃなくって、お偉いさんとめっちゃご近所っていうか、お偉いさんちのお庭ですよ!
なんかあったら直ぐに来るって言うか、ジッジとバッバ化しているティールさんのご両親を見るに、確実に我々の所に遊びに来る奴じゃねえかよ!
そんなのキツいって!
ここはなんとかお断りを――
「ほらほらー! ナツくんも早くきなよー! 立派なお家だよー!」
「おおー! ももがねてる間になにがあったんだー!? 新しい家についてるぞー!」
……。
「ナツ殿諦めよう……我も嫌だが、これは仕方あるまいよ」
「くっ……そうだな。折角用意してくれたんだし、ここまで来ちゃあ断れねえよな……」
渋々と借り受けたお家は外観からしてそうだったけれども、流石にご立派な物件で。
モダンな感じでは無いけれど、広々とした日本家屋――日本じゃねえけど――って感じでまあ、正直に言えば結構好みの物件だった。慣れ親しんだ土禁文化の建物だしな。
ただ、その。ここがかつてティールさんの子供部屋……部屋じゃねえよね、子供屋敷? まあ知らんが、ティールさんが使っていたお部屋であると考えるとちょっとアレですな。
流石に良い匂いがするとかそういうのはねえけど、意識するなって言う方が難しいやい。
「ああ、俺は実家の方で寝泊まりすっからよ。家族水入らずでのんびり過ごしてくれや。
食材やなんやらは倉庫に入ってるし、そこのボタン押せばメイドがくっからよ。
家事がめんどくせえ時は適当に使ってくれな」
「いやあ、何から何までありがとうございます。お言葉に甘えて使わせて貰いますわ」
「おう、良いって事よ。俺達の我が儘で来て貰ったんだからな。ま、仕事は明日からだ。今日はゆっくり休んでくれよな」
こうして、なんだか強制イベントめいた流れで国の代表者と面会し、その敷地内という恐ろしい場所に拠点を用意された我々であったが、これはこの後起きる厄介事と比べたらばまだ序の口であったのでありました……。
なんつって。
いかんいかん。要らん事言ってフラグになっちまったら敵わねえや。
今の無しだナシナシ!
……
…
そして翌日――
昨夜はお楽しみでしたよ。なんたって、檜――ではないだろうけど、やたら香りが良い木製のお風呂に浸かりましたからね。
んでもって、その後はよく冷えた日本酒――のような米で作られたお酒をキュッとやりましてね。
どうやらこの辺りは大陸北部っつう事で、メルフの辺りより春が遅いみたいでしてね。暖かいお風呂と日本酒……うん、もう日本酒でいいやが非常に美味しい感じだったんですよ。
んでまあ、すっかり気分良く夜を過ごしまして、さっぱりと目を覚ました後は庭の散歩をしたり、良くわからん池の魚に餌やったりしちゃってね。
ああ、いいなあ。こういう老後も悪くねえなあなんて素敵な朝を過ごしていたら来ましたよ。悪魔の使い――つったら怒られますね。マミさんがやってきましてね。
皆を起こしてちゃちゃっと朝食を取った後、お待たせしましたと連れて行かれたのは冒険者ギルド ユグドラール支部!
つってもまだ依頼が貼られていなければ冒険者の姿も無い。なんならギルド職員もなにをやったらわかんねえぜって感じの新人さんばっかりも出来たてほやほやの施設だ。
なんて思っていると、奥から何処かで見たような人が現れました。
「おはようございます。今日から暫くの間よろしくお願いしますね」
にっこり笑顔で現れた女性の頭にはピョコンとウサギのお耳が揺れていて……思わず後ろを振り返ると、そこにもにっこり笑顔のうさ耳。
前方のマミさん、後方のマミさん……だと……? よく見ればマミさんよりも大人びて見えるが、よく似ている。これはどう見ても血のつながりがある感じだよな。
こういう『気になるけれど、なんだかちょっと聞きにくい』って時に役立つのは……そう、ミー君だ。椅子に座ってじっと何かを考えているエミルやその頭の上で眠りこけているモモは戦力にならん。行け! ミー君! 火の玉ストレートだ!
「もしかしてマミさんのお姉さんですか?」
俺が考えていることを知っているのか居ないのか。言われなくても、と言った具合にミー君の質問が炸裂する。
するとまあ、なんという事だ。
「あらあら! お上手ね!」
「ミューラさん、あまり言わないで下さいね。母が調子に乗りますので」
アレ? え? お母さんときたもんだ……。
ウッソだろ? やたらと若く見えるのだけれども。
「あーあー、またアヤが若いもん騙してんのか? ナツ、気をつけろよ。ウサ族の連中は獣人族のくせに見た目だけは妙に若く見えるんだよ。アヤはこれでも――」
「ティール様? お喋りはそのくらいで」
「くっ……わかった、わかったから睨むなよ……な? お前らの目はなんだか怖いんだからよ」
マミさんのお母さん、アヤさんは昔ティールさんと一緒にパーティを組んでいたそうで、現在はその経験を買われてギルド本部にて手腕を発揮しているそうな。またこのパターンかいな。
今回、ユグドラールに新たな支部を置くにあたってアヤさんが派遣されてきたのはティールさんとの付き合いがあったから――と言うか、アヤさん自身がこの国と深い関りがあり、現地民とのやりとりが円滑に進むであろうという本部の判断であると言う事であった。
「武闘派商家の話はしただろ? その商家っつうのがアヤの嫁ぎ先の事なんだよ」
ティールさんがこそっと教えてくれた内容によると……マミさん達、ウサ族と言うのは獣人族の中でも特殊な一族らしい。
獣人族のルーツはナルガ大陸に有り、今でもその殆どがそこで暮らしているらしいのだが、なぜかウサ族はそのパターンから外れていて、各大陸に少数の一族が分散して暮らしているのだそうな。
また、腕っぷしは獣人族の中でも随一で、獅子族や熊族等、名前からしてごっつそうな一族も軽く捻り潰すほどと聞いてびっくりしてしまった。
だってウサギですよ……いやいや、なめてるわけじゃないんだけど、ウサギがライオンやクマさんよりも強いと聞いて信じられますかって言う。
ほんで、そのめっぽう強いウサ族であるマミさんの実家『ロッパー家』こそがお隣、マイランダ商人連邦で商家連合をまとめ上げているヤバいお家だそうで、代々ユグドラールと縁深くお付き合いをしているとの事だ。
「ロッパーはやべえぞ? 旦那は商業ギルドの幹部、妻は冒険者ギルドの幹部だ。世界を裏で牛耳ってると噂されるのも無理ねえよなあ?」
「ティール……妙な事を吹き込むと……」
「だああ!? な、何も言ってねえよ! なあ、ナツ!」
「え? あ、はい! お綺麗な方だなあって!」
「あらあら……そう。うふふ」
こええ……頼むから俺に振らないでほしいよ……。
なんだよあれ、マミさん以上にヤバい香りがプンプンするじゃないか。
この親子、俺なんかよりずっとオーガ感あるぞ。差し詰めレディオーガってところ――
「「ナツ君?」」
「ひゃい! すいません!」
頼りになる人が派遣されてきたと喜ぶべきなのか、鬼が増えたと恐れるべきなのか。
なんにせよ、今回も穏やかな依頼とはいかなそうだぜ!




