85話 田舎のじいちゃんばあちゃんって奴
「ほれ、これも食ぇ、なんぼでもあっがらいっぺえ食ぇ!」
「とうさん、わげぇもんはそんなの食わねーがえ! ほれ、かりんとう! 甘ぇのがいいべ? 食え食え!」
……
…
ティールさんに連れられ向かった先には立派な襖が聳え立つお部屋がありまして。
脇に控えていたメイドさんがスススス……っとそれを開いてみれば、中には渋めのイケメンと美魔女がムスッとした表情を浮かべながら座椅子に腰掛けこちらをジロりと睨んでおりました。
ティールさんもかなりの年齢だと思うけれど、見た目はまあ綺麗なお姉ちゃんだ。
お部屋にいらっしゃるジジババ……って言ってたからホントのおじいちゃんおばあちゃんを想像していたけれど、目の前にいるティールさんのご両親は日本人の年齢感覚で言えば40代後半くらいだろうか?
人生の折り返し地点に立ち、脂がのりきった素敵な大人……っ!
ゆっくりと年を取りゆくエルフでこの見た目となりゃあ、なかなか結構な年齢なのだろうと思われる。
「おめえらがバガ娘が連れで来だ客が?」
我々を下からにらみつけ、見た目にぴったりの渋い声で仰るもんだから僕ァ怖くて怖くて……! すいませんね、小市民なんですわ。権力者が怖いし威圧してくるオジサンも怖い! つうか、このエルフさん……カタギのエルフじゃないんじゃないの?
どうしようどうしよう。怖くて声が出せないよママン!
エミルなんて平気そうな顔をしているが、足が生まれたての子鹿のようになっている。
流石の我々もこれはびびり倒すしかない……ッと、思ったが――
「えへへ、はじめまして! 私はミー君です! こっちがナツくんで、こっちがエミルちゃん。頭の上で眠っているのがモモちゃんだよ!」
きたー! こんな時頼れる相棒、ミー君! 話が通じる相手には無敵メンタルミー君!
ヤンキーだろうがマフィアだろうが等しく接する大女神!
ほんわかほわわんと無邪気な笑顔で自己紹介をぶっ放してくれたぜ!
これには流石の厳ついエルフさんも……
「おお、おお。そうが、そうが。遠いとごまで良ぐ来だあなあ! ほれ、こっちさ来で座れ座れ!」
「ほれほれ、座っとがんせ! うんめえお菓子もあっがら、座れ座れ-」
笑顔だああ! 満面の笑顔で手招きをしているぅー!
これは罠か? 罠じゃ無いのか?
「ほーれ、めんこい童もこっつぁ来て座れ。これ、やっちゃん。若ぇもん達にジュースでも出してけろ」
穏やかだ……いや、知ってるぞこの顔……盆正月に孫が来たときのジジババの顔だ……!
「あーあー、恥ずかしいからやめろつってんだろうがよお」
「うるせ! おめえは黙って座ってろや!」
「これ! 父さんも怒らねえの! お客さんの前だーよ!」
ああ……やべえ、一瞬でスゥっと畏怖感が失せてしまった……ここは偉い人のお屋敷じゃねえ……最早ここは田舎の爺ちゃんちだ……。
「やーやー、どうもどうも申し訳ありませんねえ。これつまらんもんですが。こないだ仕事で行ったカリムの湯の素と酒ですわ」
「ほー、酒と……湯の素とな?」
「ええ、風呂の湯に僅かばかり入れると、肉体疲労や古傷の回復、それと肌の若返り効果等があるそうですよ」
「はー、大したもんを下さって……なあ、母さんティールは良い人連れできだなあ!」
「本当にねえ! ナツさん、うちのバガ娘をよろしぐお願いしますね。貰ってける人がいなくてねえ」
「だーかーら! ナツとミューラは夫婦だってさっき言ったろうがよ! 跡継ぎ連れてきたんじゃねえって何度言ったらわかんだよ! こんのジジババはほんとろくな事言わねえな!」
これはいけると踏んで盆の親戚ムーブかましたら『誰も貰わんからぜひ貰ってって』攻撃を受けてしまった……! 今の世の中見る人が見たらめっちゃ怒るクソ田舎ジョークというか……半分本気で薦めてくるアレを喰らっちまったぜ……。
ミー君は困った顔をして俺を見ているが……安心しておくれミー君。ティールさんの顔を見てくれ、心底疲れ切った顔で拒否ってくれているじゃあないか。
それにほれ、俺ってばハーレム系主人公じゃ無いだろう? 周りに女の子が集まってくる感じになっているのは……まあまんざらでも無いけれど、大精霊だったり、妖精さんだったり……蛮族だったりと、とても恋愛フラグが立つような連中じゃあ無いじゃんか。
だから大丈夫……きっと大丈夫。誰かを嫁に貰ってどうのこうのって展開にはならねーからよ……。
ほら、ごらんよ。マミさんだってこの状況を冷ややかな眼差しで見つめて……あれ、そういやマミさんいねえな……まあいいけれども。
『娘を嫁に』『いやいや俺にはミー君が……』『嫁は多くとも困らん』『死んでしまいます』
などのやりとりをしつつ、なんとか軌道修正をすべくさりげない雑談をはさみ……。
「いやあ、ナツくんを見てると他人の気がしねくて忘れてらったが、名乗ってながったなあ。俺はトゥール・イラトフ・ミューゼ・ディール、母ちゃんがファラ・イラトフ・ミューゼ・キーラだ」
と……思い出したかのように自己紹介をされ、ご両親のお名前が初めて判明した訳なのですが……まあ、お父さんの名前は知ってたけどね? ティールさんの名前の最後に『トゥール』って入ってたし。
なんだっけ、イラトフの森のミューゼ族のトゥールの娘のティールみたいな奴。
このユグドラールが有る場所がイラトフの森なのかどうかは知らんけれど、一族のルーツがイラトフの森にあり、そこに住むミューゼ族であると言うのが名前から分かるようになっているとか前にティールさんから聞いてたんだよな。
そんなこんなでようやく話が良い具合に流れまして。
「まあ、ティールのごどは一先ず後にするどしてだな」
「未来永劫なしにしろやクソジジイ」
「うるせ、仕事の話すっがらだまっとげ」
「ちっ」
……微妙に流れては居なかったがまあいいか。
しかし、もう少しこう……穏やかにいかねえもんかねえ。まあ、さ。お母さん――ファラさんが穏やかに微笑んでいるあたり、ティールさん達も本気でいがみ合っている訳じゃあ無いんだろうな。
そう考えると反抗期の娘と父と言った具合に見えるからなんとも微笑ましい。
「んだよナツ、変な事考えてんじゃねえぞ?」
「滅相もありません」
これあれだな。従姉妹の怖いねーちゃんだわ。やべえな、親戚の家感がぐんぐん上がっていくじゃねえか。
「しかす、ナツくん。エミルちゃんやモモちゃんはどうすんだ?」
「え? どうするって言うと……?」
「むぐっ!?」
唐突に名前が上がって動揺したのか、エミルが饅頭を喉に詰まらせている。あーあー、大丈夫か? 大丈夫? お茶を飲んだ? そっかそれならいいんだ。
「いやなにな、これがら仕事をすっとぎに童を連れで行ぐわげにはいがねえべ? 良がったらうぢで預がっとぐがなあって思ったのさ」
ああ……この優しげな眼差し……わかるぜ、わかってしまうぜ。これは建前で、エミルやモモと――孫とゆっくり遊びたい爺ちゃんの顔だ……。
「そうだがねえ。ナツさん遠慮しなぐて良いのよ? 私達も孫と遊びたいだげだがら」
朗らかに笑うファラさん。いつの間にかエミル達が孫呼ばわりされていて面白くて仕方が無いが、よくよく考えりゃティールさんとの既成事実に使われちまいそうなので全力で否定しておかねば。
「ああっと、その。ちゃんと紹介してなかった俺が悪いんですが、その……エミルは見た目通りの年齢じゃ無くてですね……これでもれっきとしたババ……」
じろりとエミルに睨まれたので言い直しておく。
「れっきとした大人で……まあ、訳あってこんな見た目ですが、中身は60超えてる立派な大人なんですよ」
「60ぅ? なんだ、まだまだ小娘だがっか。ティールも60の頃はまだ『父ちゃん、父ちゃん』とめんこくてなあ……」
「うるせえぞジジイ。エルフの尺度で語ってんじゃねえよ。ヒュームで60つったらババアだぞ? おめえらとタメくらいだっつうの」
「なんだとティール! そんな事を言うならお前は我から見たら小娘と呼んでも構わぬ未熟者という事になるではないか」
「うるせえぞロリババア! 話がややこしくなるから黙ってろ!」
「ロ、ロロロ……ロリババアだと……ぐ、ぐぬぬぬ!」
大人しくしていたエミルがとうとうキレた……と思ったら、ロリババア呼ばわりされて一発退場してやがる……つうかなに論破された感じになってんのさ。ロリでババアって言われてぐうの音も出せなくなってやがる。
「そうは言っでも、俺がらすればティールもナツくんもエミルちゃんも等しく童にしかみえねえんだげどな」
エルフは長寿の一族だからな。ティールさんがいくつだっけ……確か200歳は超えてる感じだったよな。となりゃあ、ご両親はもっと上か? 気になる……年齢が気になるが、こういう話題はデリケートだ。
流石にファラさんの年齢を聞くのは不味かろうから、後でこっそりトゥールさんの年齢だけ聞いておく事にするか――
「じゃあさ、トゥールさん達って今年で何歳になったの?」
なにが『じゃあ』なのか。なんで聞いちゃうのかこの子は! 聞きにくい話題を前にしても無敵かこのミー君は!
見ろ、エミルが『ここで聞いちゃうのかよ』という顔をして見ているじゃあないか。
だがしかしグッジョブだぞミー君。聞きにくい話題ではあるが、知的好奇心は止められねえからな。正直な所よく聞いたと言わざる得ない。
「俺か? 俺ァ今年で……600くらいだったが?」
「なぁにサバ読んでんだぁ、父さん。あんた今年で768になったでねえすか」
「んだったが。んならおめえは500くれえか?」
「まったぐもう! 私は今年で638ですよ」
おお、おお……すげえな。結構なお年だ。てこたあ、アレか? 単純な話じゃ無いのかも知れんけど、ざっくり人の年齢を10倍にしたくらいにすると丁度良い具合に……なんのかこれ。
トゥールさんは見た目アラフィフくらいにしか見えねえぞ……まあ、そこはエルフだからっつうことにしておくか……。
流れで聞いた感じによると、エルフの平均寿命は800歳だという事で、中でもティールさんの家計は長寿の家系で、お爺さんは987歳、曾爺さんは1098歳まで生きたのだそうな。
「エルフは頑丈だがらなあ。病気も怪我も直ぐに治っがら、無駄に寿命がなげえんだ」
エルフが頑丈……! なんだか妙な気分になるが……霊薬だのなんだので怪我や病気に強いイメージは無くも無いな。
……この言い方だとエルフがゴリラであると聞こえなくも無いが。
「ふうん。流石エルフ、みんな長生きなんだねえ」
ニコニコと笑顔を浮かべながらうんうんと頷くミー君。
……? 何かこう、考えているような顔をしていたが……まあ、どうでも良い事なんだろうな。ミー君だしさ。
「まあ、つーわけで。エミルもナツ達と一緒に仕事をして貰ってもかまわねーってわかったな? モモはまあ、あれだ。エミルのおまけっつー事でよ」
「ぬう……そう言う事ならまあ、しょうがねえべな」
「お休みの日にゆっぐり遊んだらいいべすか、父さん」
「おお、そうだがなあ」
いまいち納得し切れていない夫婦達によって何か勝手にエミル達の予定が決められている感があるが、まあどうでも良い事だろう。俺には実害ねえし。
そしてなんだか特になんの打ち合わせもないままお偉いさん方との面会が終わる感じで……あれ、これ我々来なくても良かったのでは? なんて思ったのだけれども、そういや『顔を見せに行く』なんていってたっけ。仕事の打ち合わせとは言ってなかったもんな。
なんだかとっても腑に落ちないが……取りあえずこれで顔合わせもおしまい。
次は拠点への移動かな? なんて思っていたのだけれども……わざわざここに連れてこられた真の理由が判明してなんともぐったりする羽目になるのでありました。




