82話 ここが例のクソ田舎ね
ガタガタゴトゴトドナドナと馬車はゆく……。
転移場なるやたらでかいであろう建造物はどういうわけか表からはその様には見えず、単なる岩山があるようにしか見えなかった。
エミルが言うには何らかの隠蔽魔術がかけられているようだと言う事だったが、肝心のティールさんに正解を尋ねても『知らねえ。先祖がやった事だ。ジジイもババアも知らねえだろうし、興味もねえんじゃね?』と、どうでもよさそうに答える始末。
結局俺とエミルはなんだかモヤモヤとしたまま街まで向かう馬車に揺られる羽目になったのだった。
転移場とやらから移動すること早4日。
最初はまた退屈な馬車の旅か……なんて思ったけれど、車窓から見える景色はマティウス領とも、モールトン領とも違ったもので、杉や松の様な針葉樹が生えていたり、そこら中にたんぽぽの様な花が咲いていたりと、なんだか日本を思い出させるような風景で、なかなかに悪くなかった。
そして何より驚いたのは……。
「おい、ナツ。外を見ろ。おもしれえもんが見られるぜ?」
「はいはいって……こいつぁ……」
窓から見えたのは農作業をするエルフ達……なんつうか、テンプレ通り男女ともに美し気な見た目をしているのだけれども、農家のおっちゃんおばちゃんのような服装で働いている物だからちょっと面白い……ではなくて。
ではなくて、ではなくて!
「あ、あれってもしかして田植えか……?」
「む、良くわかったな……普通の感覚なら沼に入って何してんだって聞いてきそうなもんなのによ」
「俺の故郷にも田んぼがあるんですよ。米って植物を植えましてね、俺の国はそれが主食なもんで、田舎に行けばあちらこちらに田んぼがあるんですわ」
「……お前の居た世界ってエルフの世界で、お前は耳が長くねえエルフだったりすんのか?」
「なんでそうなるんですか……」
「いやだってよ……コメなんてエルフくらいしか食わねえ……いやまて。北にオーガが住む島があって……そこでもコメを喰らうと聞いたことがあるぞ……リトルオーガ……なるほど、ナツ。おめえの世界は……」
「ちげえええええし! オーガの世界じゃねええし! 俺もオーガじゃねえし! きっと何かの偶然か、それこそ大昔に俺の同郷人がこっち来て広めたんでしょ!」
「……そうか……ま、お前がそういうならそうなんだろうな」
「いや納得してくださいよ!」
まったく疲れるぜ。
エルフの世界――と言われたのはまあ良かった。
どっかで『日本人は童顔が多くてヘルシーな飯を喰らうからエルフのモデルと言っても良いのでは?』なんてちょっと笑ってしまうような話を聞いたことがあったし、エルフさんたちは美形だからな。
エルフの世界なのかなんて言われたら、暗に俺もイケメンであると言われたようなものじゃんか。否定をしつつもまあ、正直まんざらではなかったのだが、オーガ! オーガはいただけない。
なんだよリトルオーガっていみわかんねえし。まだなんか『オーガか……』なんてブツブツ言ってるし。いや、否定しただろ? そこはスゥっと信じてくれよ! どう見ても単なるヒュームじゃねえかよ!
……まあ俺がオーガ呼ばわりされたことについては……良くはないけどいい。
問題は米だよ米。俺はてっきりさ、愛刀紅雀の故郷、北の孤島とやらがテンプレジャパニーズ風アイランドで、そこに住んでいる武者武者しい人々と色々あって仲良くなってさ、夕食に出されちゃったりして『うおおお!? こ、これは!?』『ご存じなのですか?』『うむ、超時空主食! お米ちゃんですよ!』なんて感動の再開を果たすものだとばかり思ってたんだ。秘かにね。
それがこう、いきなり現れたっつうか、エルフの方々が汗水たらして作ってるのを見ちゃうと……ちょっとアレレ? ってなっちゃうわ。
……いやまあ、植物好き属性がある事多いし、間違ってはいないのか? しかしなあ……あの如何にも日本の農家って感じの服装はなあ。
あの服を見るからに、確実に米は旧管理者が召喚した奴が広めたんだろうな……。
前の滅びからどんだけ経ってるかは知らんけど、今日までお米を伝えてくれてありがとうの気持ちがつきない……が、米は良いけどなんで服まで伝えてんだ? しかも妙にレトロっつうか、江戸時代感溢れるハイレベルな農民コスプレみたいな感じだしよ。
いや、待て待て。あれはあれで機能性があるんだろうし、もしかしたら過去に来た異世界人は農業関係の人で、時代劇が大好きなおじいちゃんだったのかもしれないな。米って品種改良だかしねえと良く知るアレにならねえとか聞いたことあるし――
――って、思考が変に反れてしまった。米だよ、米ですよ? お米ちゃんですよ!
米があればなあ! って思った時が何度あった事か。 日本人好みの米かどうかは知らんけど、この国でお仕事をさせられるんだ、試す機会は飽きるほどあるだろうさ。
いやあ、ここにきていきなり楽しみが出来ましたな!
「なつくんどうした? なんだかすごい嬉しそうだぞー!?」
「おお、モモ、わかるか? うまい食事に欠かせない食材がな、この国にあるんだよ」
「おいしいごはん! やったな、なつくん! モモもたのしみだぞ!」
「ああ、楽しみにしていてくれ! 文字通りうまい飯を食わせてやるからな」
「やったあ!」
まったくかわいい奴め。とっくに飽きてよだれを垂らしながら寝るミー君やノートPCから目を離そうとしないエミルとは大違いだ。
つーかよ、俺は兎も角エミルすら騒がねーからすっかりティールさんが拗ねちまってんじゃねえかよ。しょうがねえな、ちょっとつっついてやるか。
「エミル、ここは『ぬおお! あの植物はー!』とか言って興奮するところなんじゃないの? キャラ的にさ。そんなもんばっか弄ってないで外見てみなよ。折角エルフの国に来たんだぞー?」
「まったくナツ殿は我を一体何だと。我は作業で忙しいのだというのに……む? ナツ殿! 見てみよ、あれは畑か? エルフ共が沼地に何かを植えておるぞ! 一体なんだあの植物はー!?」
「おっ……そうそう、これだよ! 俺が求めていた反応は! 小娘、なかなかやるじゃねえか! 見直したぜ!」
「くっ……お前に嬉しそうな顔をされると腹が立つのう」
わいわいがやがやと騒ぎながら馬車はガタリゴトリとのどかな道を進んでいく。
時折こちらに気づいたエルフさんたちが驚いたような顔をしたり、はにかみながら手を振ったりしていて何とも微笑ましい。
田んぼに沿って小さな水路が流れていて、子供たちが魚を取ったり、花を摘んだりしていて……あー、すげえ勢いでばあちゃんちがある田舎! って感じ。
俺が住んでる街も中々クソ田舎だけれども、田んぼと畑と山! って感じの田舎らしい景色はばあちゃんちの方まで行かねえと見れなかったからな。
ああいう水路にはさ、意外と魚が結構居てさあ……場所によっちゃあ稀にデカいイワナが隠れ住んでいたりして……ああ、ため池なんかあったらのんびりと釣りでもしてえなあ。
そんな事を考えながら馬車に揺られていると、間もなくぽつりぽつりと家が見え始めたのだが……これがまた昔話に出てくる田舎のおうち! ってな感じの茅葺屋根なアレで。
じわりじわりと俺の中にあるエルフ像が、ティールさんをエルフだと思わないことによって維持していたエルフ像が壊れつつあったのだが……。
足軽のような姿で街に入る門を護っているエルフさんの言葉を聞いていよいよ粉みじんに破壊されてしまった。
「お、おめーがどう、どっがらきだ? ヒュームが来っとが聞いでねーぞ? 一体何がおぎでんだ?」
「あーあー、わりいわりい! 俺が連れてきたんだよ」
「んん? おめーはティール様が? そう言えばティール様が何が悪さすっとごだってじーやんがどうがいっでだな」
「そう言うこった。俺の客人が何人か乗ってるが、まあ通してくれや」
「わがったわがった。しばらぐぶりにけーってきたんだ、後でいっぱい飲むべや」
「ああ、暫くいるからそのうちな」
うっ……。
「どうしたナツ? 変な顔しやがって」
「いや……その……」
何なのだと、不思議そうな顔をして首をかしげるティールさん。珍しくかわいらしく見えるが……今はそんな事を考えている余裕はない……。
だってなあ?
「わははははは! ティールめ、わからぬか? ナツはな、エルフの酷い田舎訛りに面食らっておるのだよ! 我も知識でしか知らなかったが、ま、まさか……ここまでわけのわからぬ言葉を……はな、話すとはのう!」
「……あ、あーーーー、なるほどな……他所から来た連中には少しばかり妙に聞こえるのか……どうした、マミ? 妙な顔をして」
「い、いえ……私もその、予想以上でしたと言いますか……記憶より凄いのに驚いてしまって……昔はもっと理解できていたと記憶していたのですが……」
「そんなにか? ナツ達は兎も角、マミなら平気だろうと思ってたんだが……」
「そんなにです……また耳が慣れるまでの間、翻訳が必要かもしれませんね」
「そこまで言われると少し……悲しくなってくるな……」
いやまあ……山奥の、転移術を使わないと気軽に来れないような立地の国だという事だから、他国と共通語が少し違うのは理解できるんだ。寧ろ古代エルフ言語をそのまま使ってた方が説得力があるレベルの立地だもん。
日本だって方言っつうのがあるし、同じ県内でも言葉が大きく違う事だってあるからな?
それは理解できるんだが……なんでこう、よりによって東北弁なんだよ……! それもピンポイントでばあちゃんちの辺りの方言じゃねえか。
……ははあ、わかったぞ。
これは言語翻訳さんの仕業だな?
俺の中で『田舎の方言』と言えばばあちゃんち辺りの言葉だ。他県の方言も聞いたことはあるけれど『方言』と言われて最初に浮かぶのはやっぱりこれだ。
故に言語翻訳さんは訛っているエルフの方々の言葉を俺が知る田舎の方言に翻訳して下さってるのではなかろうか……。
古代エルフ言語の場合は完全に言語体系が違う物であろうから、きちんと標準語に翻訳されたのだろうと思う。
しかしこの国の言葉はギリギリのラインで共通語である。ギリギリが故にクッソ訛っている共通語、つまりは方言だ。
なじみ深い方言にしか聞こえないものだから、他の連中と違って会話に困る事はねーけれど、変に気を遣わず標準語に訳してくれてもいいじゃんな。
まったく何とも難儀なことをしてくれたものだよ。
ほら、方言を使う外国人タレントって居るじゃんか。
見た目麗しいさらっさらの金髪のくっきりとした目鼻立ちをしたエルフさん達が田舎の方言丸出しで喋ってるのを見ると、そんな具合に見えてしまって微妙な気分になるんだよなあ。
……クソ田舎であるとは聞いていたが……方言のサービスは予想外だったよ……。




