80話 のんびりとした旅のはじまり
桜の便り……もとい、クルラの便りが聞こえ始めた頃、我々はガタリゴトリと馬車に揺られていた。
本日、4月1日。我々掃除屋はまだ休暇中だと言うのに、エルフの国ユグドラールに向けて走る馬車に揺られているのです。
『おら! 準備は進んでるか? 何言ってやがる、三日後にはもう行くんだぞ!
ああ? 休暇が残ってる? 良いじゃねえか旅行だと思えばよ。今から出ねえと5月になっちまうぞ? さっさと行かねえとお前らの休暇明けに間に合わねえじゃねえか』
呑気にアフタヌーンティなぞして寛いでいた我々のところに殴り込んできたティールさんはそんな事を言って我々に支度をするように急がせた、それが3日前の話だ。
今日出るなら出るってもっと早くに教えてほしかったよ……。
何も休暇明け直後から律儀に仕事をしなくても良いだろうと思うのだが……何やらひたすらに急げ急げとうるさいので、結果的に我々が折れる事となったのだ。
おかげでアワアワと慌ただしく支度をするはめになり……例によっていらん物をミー君に持ち込ませるスキを作ってしまって、前回同様サイクロン号だか轟天号だかもちゃっかり馬車に乗せられている。
まあ、アレはアレで意外と便利だから目をつぶってやるけどね。
「しかし、馬車で1ヶ月って……どんだけ遠いんですかユグドラールは」
カリムも遠い遠いと思ったけれど、それでも10日だ。週に1度の休みを取りながらの移動らしいけれど、ざっくり2400kmくらい? うっわ、検索してみたら青森から鹿児島まで行ってもまだ足りねえじゃん。
「道が悪いのもありますので、実際の距離はそこまでじゃないんですけれどね……真面目に全部馬車で行ったら一ヶ月じゃ足りませんよ? 下手をすれば年単位でかかります」
俺のボヤキに恐ろしい解答が何だか気になるキーワードと共に御者台から返ってきた。
今回、我々が乗る馬車を操るのはおなじみチーおじ……ではない。あのおっさんにこんな知的な解答は不可能だ。奴はチーズをくれる以外に良いところないからな。
「えっと、馬車じゃなかったら一体……?」
「うふふ、それは行ってからのお楽しみですよ」
可愛らしく微笑みながらそんなセリフを言う御者さんがチーおじだったらば、と考えてしまったら非常に気持ち悪くなってしまった……。
「なるほど、そう言う事ならこの退屈な旅も少しは張りが出ますね、マミさん」
そう、今回我々に同行し、御者として馬車を操っているのはマミさんだ。
今朝方、ガラガラと何時ものように集合場所に向かう途中、どうせ今回も馬車は遅れてくるんだろうな、んでまたチーおじが『わりいわりい』と言いながら来るのだろう、今回はどんなチーズもってくんのかなあ……なんて向かったら既に馬車が居るんだもん。びっくりしたよ。
んでもって、その馬車の前にティールさんと共に居たマミさんが『じゃ、行きますか!』なんて言ってさ、颯爽と御者台に座った時はなんの冗談かと思ったね。
曰く、ティールさんの監視……ではなく、現地ギルド員の教育役としてマミさんも同行するんだそうで。
怖い笑顔でそう語るマミさんを見てティールさんが心底嫌そうな顔をしていたので大いに歓迎することにしたのである。
こんな事なら、あの日もう少しチーおじにやさしくしておいても良かったかもしれねえなあ。ごめんよチーおじ……どうせまた次回もって思うと雑になっちまうんだわ。
「しかし……本当に何事も起こりませんね? このルートは魔物がわんさか出るのであまり好まれないルートなんですが……ほんと凄いですよこれは」
マミさんが驚いているのはミーくんの結界の効果だ。
同行するってなら隠すのもめんどくせーしバラしてしまえと、森に入る前の休憩の際に全部ぶっちゃけてやったんだ。
信じてもらえないかなー? なんて思ったけど、意外なことにあっさりと『あー、なるほど……神様ですか……なるほどなあ』と軽い調子で納得されてしまって拍子抜けしたね。
おまけに
『これからも私達の世界をお願いします』
なんてミーくんを拝む始末。これには流石のミーくんも目を白黒させてたっけ。
そんなわけで、今回の旅は一切の自重をせず、余すところ無く能力を発揮して快適旅に――と言いたいところだけれども、俺達には素敵なアイテムボックスは無いし、どこぞの主人公達のような面白チートもないわけで。
せいぜい結界で見張番を無くしたり、料理スキルを使ってサクっとメシを作ったりできるくらいのもんだから悲しい話だ。
ま、いつも通り、我々らしくのんびりダラダラとした馬車の旅を満喫しようじゃないか。
……
…
「なあ、ミューラ。そのケッカイ? 解除しねえ?」
「え? 何を言ってるのかな? そんな真似したら危ないよ」
「その方が楽しいだろ!?」
「マミさーん! ティールさんがまた変なこと言ってるよー!」
「おいくそやめろ! マミ呼ぶんじゃねえ!」
馬車旅10日目。
ティールさんが飽き始めている。
馬車旅に飽きている……というよりは、何事もなく森の街道を進めてしまっている現状に飽き飽きしてしまっているのだ。
俺としては安全な馬車に乗って、ダラダラとスマホを見ながら移動するのは楽チンでいいのだけれども、蛮族であり、暇つぶしの道具を持たないティールさんにとっては苦痛でしか無いらしい。
せめて暇つぶしに魔物を狩らせろと、ミー君に結界を解くよううるさく言っているのだ。
ギルマスがそんな事を言って良いのかよと呆れてしまうけれど、気持ちはわからなくもないので助け舟を出すことにした。
「流石に走行中はアレだけど、休憩中ならいいんじゃないかな? なあミーくん、結界の範囲って自由に変えられるんだろう?」
「そうだね、最近はかなり広くもできるし、凄く狭くすることも出来るようになったよ」
「じゃあさ、次の休憩の時、馬車から100m四方だけ囲ってさ、ティールさんにはその外で暴れてもらおうぜ」
「移動中のハプニングこそ楽しいんだろうと言いたい所だが、今日のところはそれで勘弁してやろうじゃねえか」
それはそれで嬉しかったのか、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべるティールさん。いやほんと蛮族だわこのエルフ。
ティールさんを暴れさせるのは彼女の息抜きだけじゃあなくて、我々の食料調達にもなるからな。悪いことじゃあなかろうさ。
……
…
「で、なんでまたゴブリンばっかり狩ってきたんですか!」
「知らねえよ! 集落があったから潰しただけだっつーの! 悪いことじゃねえだろ!」
「ギルドの立場からすると褒めて差し上げたい所ですが、旅行者としての立場から申させて頂くと役立たず、そう評価するほかありませんね……」
「え、ちょ、な、ナツー! マミの奴が酷いぞー!」
知らんがな。
現在、本日のキャンプ地で夕食を作っている俺なのだけれども、先ほどご機嫌な顔で狩りから戻ったティールさんが獲物を担いでいる様子が無かったのにマミさんが気づき、事情を聞いて大層お怒りになられているのだ。
いやあ、これはティールさんが悪いよなあ……。
「ティールさん、ギルマスならさあ……ゴブリンを潰し、その帰りにヒッグホッグの1頭や2頭狩って帰るくらいの気概が無いと……ねえ? マミさん」
「ナツ君の言う通り。ティールさん、今からでも遅くはありません。ヒッグホッグとは言いませんから、クッカの1羽や2羽摘んできてくださいな」
「ちょ、おま……そんな薬草か何か採るみたいに言うなよ……あーあーわかったから! わかったって!」
可愛そうなティールさんはゴブ耳がたんまり入っているらしい布袋を投げ捨てると、再び森の奥深くへ飛ぶように走って行った。
「ナツ君、ナイスアシストでした」
「いえ。しかし良かったんですか? もう直ぐ食事が出来ちゃいますよ?」
「いいんですよ。ティールさんは野生に帰れて楽しいし、我々は静かに食事が取れて嬉しいし。双方にとって益がある話じゃないですか」
ひでえwinwinがあったもんだわ。
……そして我々の食事が終わり、寝る支度を始めるころ……。
「帰ったぞー……いやあ、クッカが居ねえのなんの。代わりにギガトラス鳥狩ってきたからこれで勘弁してくれ……って何寝る支度してんだよ!」
「うるさいですよ、ティールさん。もうみんな食事を終えて寝るところなんですから」
「流石の俺も泣いちゃうぞ!」
「冗談ですよ。ナツ君、ティールさんにご飯を出してもらっていいですか?」
「え、ええ勿論……ささ、ティールさん……おいしいところを残しておきましたからね……」
「うう……ありがとうな、ナツ、本当にありがとうな……ぐす……」
ティールさんが……泣いている……マミさん恐ろしい人やで……。




