77話 物事には終わりという物がございます。
終わってしまう。
何が?
とても尊いもので、大切で、失われてはいけない物が。
終わりの兆候はあった。けれど、我々は気づけなかった。
いや、気づいていたのかもしれないけれど、それをそうだと認める事が出来ず、動くことが出来なかったのだ。
だって……まだまだ休み足りないんだから!
早いもので季節は巡り春になってしまいました。
カリムで買った防寒具はもう暑くて着られなくなっていて、道を歩けば雑草から小さなお花が顔を出していたりして。
ああ、そりゃもう否が応でも春ですよと知らしめてくれるんです。
本日3月3日。
日本であればお雛様でも飾ってキャッキャウフフと幼きレディ達が小さな女子会でも開く様な日なのだろうと思いますけれども、ここは異世界ですので、ミー君にエミル、モモがだらしなくリビングでお茶を飲み飲みくつろいでいる程度の……まあ、ここ最近の日常が繰り広げられています。
休暇も残り2か月を切りました。
我々に残された最後の時間……。
4月が終わり、5月の訪れとともに我々は任務に戻らなければなりません。
そう、ノルマまでのカウントダウンがまた始まってしまうのだ。
今回のこれはご褒美と言うことで、半年丸々何もしないで暮らせるようにして貰えたけれど、次からは違う。
半年と言う長いようで短い時間の中で、如何に早くノルマを終わらせ、休暇を長く取れるかの勝負が我々を待っているのだ。
もしかすればティールさんはその事を我々に伝えるためにわざわざこの長い休暇を与えてくれたのかもしれない。
『さっさと終わらせりゃあそれだけのんびりできるんだぜ』
なんてセリフが頭によぎるぜ。なるほどな、うまいやり方だ。そう考えればやる気も沸いて……沸いて……まあ、4月になってから考えるか。
逆に考えればあと2か月もサボれるのだから。まだそこまで悲観するような時間じゃ無かったな、うん!
「はあ、しかしもうすぐ4月になっちまうんだなあ」
「早いよねー。ねね、ナツ君もう少しあったかくなったらさ、お花見しようよ」
「お、いいねえ。なあ、エミル。こっちにも花見ってあるのか?」
「花見? ああ、あるぞ。大昔にどこぞの田舎から伝わった風習でな、クルラと言う木に花を咲かせる植物があるのだが、それはそれは見事なものでな。それを見ながら酒を飲む風習があるのだ」
「へえ、それってまんま花見じゃん。なあ、クルラ? の名所とか知らないか?」
「クルラならどこぞの田舎――俺の実家に良いとこがあるぞ。良かったら行ってみねえか? ビールとは違うが、特産の酒があってな、それがまた花見にあうんだわ」
「へえ、いいですね。しかし、ティールさんの実家っていったい何処なんです?」
「田舎なもんでちいっと遠いがな、馬車でいきゃあちょいのちょいのちょいよ」
「ちょいちょいの……って、あれ? ティールさん!? え、あれれ? あ、あの一体いつからここに!?」
「はっはっは。ようやく気付いてくれたか」
我らのぐだぐだトークにさり気なく混じっていたのはティールさん。
当然の顔をしてソファに座り、勝手にクッキーをボリボリと咀嚼してやがる。
いやいやいや。
マミさんならまだわかるぜ? あの人はなんやかんやでちょいちょいウチに来てたからな。こうやってさり気に会話に混ざる技くらい使えるだろうし、使われてもまあ、そうだろうなと納得ができる。
だがティールさんはどうだ。今まで来たことが無かったつうか、来ようとするような素振りもなかったし、そんな伏線なんてこれまでの会話の中で一切なかったと記憶している。
こうやって突然会話に混ざれる程、プライベートで絡んでねーっつうかプライベートでの関りが今日まで一切なかったと記憶しているんだが。
見ろ、エミルを。何とも言えぬ複雑な表情で固まっているではないか。
つうか、一体何時から居た? ドアが開いた気配すら感じなかったぞ?
来るなとは言わないけどさあ……もうちょっとこう、段階を踏んでさあ……って流されるところだった。
「いやいやいやいや。マジでいつ入ってきたんですか?」
「いつと言われてもな。普通にドアを開けて入ってきたんだが……ああ、何時もの癖で気配消したままだったかもしれねえ」
「そんな暗殺者か何かみたいな……」
「暗殺者とは失礼だな。マミに隠れて遊びに行くための必須技能なんだぞ」
マミさん……ティールさんがそこまでしなければ逃げられない様なすげえ人なの?
確かにあの笑みからはただならぬ気配を感じることはあるけれども。
つーか仕事さぼって遊びに行くからそんな技能が必要になるんじゃ。
しかし、なんでまたわざわざマミさんを撒いてまでウチに来たのだろう?
何かティールさんと会わねばならぬようなフラグは……立ってねえよな、うん、そのはずだ。
ゴールド維持云々のあれが始まるまでもまだ早いし、一体全体何しに来たんだろう。
まさかアレか? それこそ俺達をわざわざゴールドに上げた理由って奴か? あ、そういや貸し1とか言ってたっけ……うっわあ、嫌な予感がすっげえしてきた。
と、俺が嫌な寒気にやられているとエミルがティールさんに喰ってかかった。
いいぞエミル! やったれエミル! 俺に代わってぐいぐい聞いておくれ!
「ティ、ティール! 何用で我らの家に来たのだ? 我はお前など招いた覚えは無いのだが?」
「まあ、そう怒るなよ小娘」
「こ、こここ、小娘ェ!?」
「俺から見たら今のお前もシュリも等しく小娘だっつーの。俺が見た目だけで言ってると思うなよ?」
「ぐ、ぐぬぬぬ! な、ナツ殿! こやつ、やはり我の事を感づいておるぞ! 危険じゃ! 今すぐ沼に沈めてしまおう!」
椅子から立ち上がり、両手を前に出して詠唱を始めるエミル。いやいや待てって! 今危険なのはティールさんじゃなくてお前だっつーの!
「エミル! ステイステイ!」
「しかしナツ殿!」
詠唱を止め、しかし構えを解かずにエミルが食い下がる。
エミルが言うことはもっともだ。エミルがエミルである事を知られると面倒ごとに繋がるだろうさ。けどさあ……なんつうか、その……今更なんだよなあ。
「いやあ……すげえ言いにくいんだが、ティールさんがお前について感づいてるって知ってたわ」
「んな!?」
「うんうん。エミルちゃんを知る古い知り合いの一人なんだなーって私も思ってた!」
「な、な……」
「そりゃ俺があんだけ言ってりゃな。つーか隠す気があんならせめて偽名使えよ。そのままエミルと名乗ってるってバッカじゃねえの。それでバレないと思ってたとかおめでてー奴だぜ。はっはっはー」
「ぬ、ぬ、ぬおおおおおお!!! ティール! やはりお前は今ここで我が――!」
「おいこら! エミル! やめ……くっそディレイスペルかよ! 破棄しねえでキープしてやがったな! 畜生間に合わねえ!」
「おうナツ俺に任せろ! 来いよ! 小娘! 全部俺が受け止めてやるぜ!」
「ティールさんもエミルを煽らな――うおおおお! ミー君、モモ! 待避! 待避だー!」
「くらえええええええ! 糞エルフめがああああ!! ライトニングレイ!!」
……
…
「……気が済んだかい? エミル」
「す、すまぬナツ殿……頭に血が上ってしまって我を忘れてしもうたわ……」
「くっそ、エミルの癖に随分と強くなりやがって……いてて……」
「ギルマスの様ともあろう方が人んちで大暴れするとかさあ……ありえなくねー?」
「悪かったって……くそー、簡単に捻りつぶせるはずだったんだぞ? コイツが粘るからよー」
「反省が足らないようだからマミさんにクレームレポート出しますね……」
「おい! こら! ナツ! 謝ってるだろ? マジでおい! やめて下さい! 書く手を止めろ! おい! ナツー!」
怒りで我を失ったエミルはティールさんにライトニングレイなる何やら物騒な光の矢をたくさんたくさん放ち、ティールさんはティールさんでそれを剣で弾いたり躱したりでどったんばったんと暴れまわり。
双方それなりに怪我を負い、現在ミー君から治療を受けているところだ。
エミルはミー君の影響で少なからず強くなってそうなもんだけど、それと対等にやり合うとは……流石はギルマスと言ったところだな。
ま、それはそれとしてティールさんの件は後でこそっとマミさんに報告しますがね。
「まったく。おうちの中でバタバタ遊んじゃダメなんだよ? 家が傷んじゃうでしょー? あ、モモちゃーん、そっちのお片付けできたー?」
「おう! フワちゃんと二人でがんばったぞー!」
「うん、モモちゃん偉い偉い!」
「やったー! モモは偉いんだぞー!」
「二人とも、モモちゃんを見たよね? いい子なんだよ? 二人もいい子にできるよね?」
ミー君に凄まじくバブみを感じる……オギャりてえとは思わないけれど、なんだこの強烈なママ感は。見ろ、荒ぶる獣2匹もすっかりママオーラに浄化されてしおらしくなってらあ。
「ミー殿ごめんなさいなのだ……」
「迷惑かけてすまねえ……」
意外と頑丈な室内は何とか破損を免れたけれど、様々な物があちらこちらに散らばって酷い有様だった。
けれど、それもモモとフワが……主にフワが一生懸命清掃をして何とか元通りだ。
暴れるわ散らかすわ……まったくほんと、何しに来たんだ!?
「……まあなんだ。花見に誘おうと思って来たのは本当だ。クルラの名所を見せてーっつーのもあるし、お前らまだエルフの国に行ったことねえだろ?」
「む……エルフの国か。文献にもあまり記述がない程に足を踏み入れた物がおらぬ特異な国と聞くの」
「そうだろう、そうだろう。クソ田舎過ぎて誰もこれねーんだよ。でよ、折角だからこの俺が有望なお前達を招待してやろうと思ってな」
そういやティールさんはエルフだったな……。
ガサツで近接職っぽいティールさんを見ていると忘れてしまいがちだが、よく見れば耳はスラリと長く、嫌でもエルフであると主張している。
大人しくさせて森っぽい服を着せて弓でも持たせたら、よくあるテンプレ美人エルフって感じなのに……現実は残酷。悲しいかな目の前にいるのは蛮族だ。
別に耳が長くはないと言うのに、エミルはその愛らしさと賢さ故、稀に『エルフかい?』と尋ねられる事があるらしいのだが、どんなに見た目がきちんとエルフだとしても、ティールさんはじっとしていない限りは『ゴリラかい?』と尋ねられるのではなかろうか。
「お前何か失礼なことを考えていないか?」
「いえ、なにも……」
エミルがエルフの国への誘いを聞いてからモジモジとし始めている。
この反応は知っている。何か欲しい物や見たい物がある時、何らかの事情で素直に口に出せないときにする仕草だ。
きっと今エミルの中では『ドヤ顔ティールにガイドをされている様子』と『未知の土地を調査する我が身の姿』を天秤にかけて居る事だろう。モジモジがどんどん強くなっているあたり、陥落するのは間もなくであろうな。
しかし……エルフの国か。
わざわざティールさんが『招待してやろう』とか言っているあたり、そこはやっぱりテンプレにありがちな多種族を好ましく思わないような国だったりするのだろうな。
きっと厳しい入国制限があって、入り口でティールさんが上手くこう、取りなしてようやく入れるような……。
そんな国に行くのは正直……胃が痛くなりそうでいやなのだが、美男美女がひしめく森の国と言うのはファンタジー好きとして興味がないわけでもない。
物語の主人公共を見てるとさ……初めはエルフ達から避けられ、陰口をたたかれたりすんだけどさ、どういうわけか徐々にエルフさん達と仲良くなって……最終的には美人のエルフさん達からこう、ちやほやと……やたらおモテになったりしてこう……種を下さい、外の強き種を我らの種族に下さい……! なんてこう……ねっ?
……俺にもワンちゃんあるかな……。
ちょ、ちょっとだけ話を聞いてから判断してみようかな? いやなに、俺にはミー君が居るからね。べ、別に変な事を期待しているわけじゃあないけれど……うん!
「エルフの国に我々の様な者が行って大丈夫なんですか?」
「うん? 別に問題ねえだろ。犯罪歴もねーしな」
「その……ヒュームが何をしに来たー! とか言われたりは……」
「は? 何言ってやがる……せいぜいチラチラみてヒソヒソ言われるだけだぞ」
「それはそれで嫌なんですけど!」
想像よりマシな感じではあるけれど……やはり少し引っかかる。もうちょっと情報を仕入れないと……。
「いやあ、エミルが行ったことが無いっていうし、普通に行けないような……その、特殊な国なのかなあって思っちゃって」
「ああ? 特殊な……あー、ナツって世間知らずなとこあったもんな。いやなんつうか……なあ?」
「ナツ殿。エルフの国、ユグドラールは別に閉鎖的なわけじゃないぞ。ただ単にギルドも無いようなクソ田舎で、他国へ繋がる街道も無いような凄まじい国なので冒険者や学者がわざわざ行くようなことは無いのだよ」
「てめえ、俺の実家をクソ田舎って言いやがったな……」
「フン。クソ田舎をクソ田舎と言って何が悪いのだ?」
「悪くねえよ! 俺の実家をよく理解してると感心しただけだっつーの!わははは」
クソ……田舎……? エルフの国ってこう……きらきらとした感じで……あれえ……?
あっでも、自然溢れる国の様子をクソ田舎と例えているだけなのかな……うん、そうだな、そうに違いない。
「えっと、あの? クソ田舎って言うのは……?」
「ああ、エミルが言う通りクソ田舎なんだよ。ギルドもねえ、ビールもねえ。若者はなんだかナヨナヨウジウジしていて、元気なのはジジイとババアだけ。山と畑ばっかでなんの面白みもねえクソ田舎だよ。なーんもおもしれえ事なんてねえの」
「俺たちを誘う感じの話してんのにネガティブな紹介しちゃだめでしょうが!」
「いやだってよう、マジでなんもねえクソ田舎なんだぞ? いやまあ、それでもな! 良いとこはあるんだ。クルラは綺麗だし、酒もうまいのがあるし、あとクルラが綺麗だし、酒もうまいぞ?」
「誇れるネタが少なすぎる……」
ていうか……わざわざギルドマスター様が花見のお誘いにだけで来るわけが無いよなあ。どう考えても何か企みがあってきてるよなあ、これ……。
聞きたくないけど、このままうだうだと故郷ネガキャントークをされ続けるのはもっと辛いので、ぶっちゃけた所を話してもらおう……。




