72話 そして再び呼ばれまして。
温泉オープンからもうかれこれ何日だ? 毎日飽きもせず温泉に通っていたせいで、気づけばもう明日には依頼が終わる日という、なんだかあっという間に月日が流れた感が凄いです。
あれからまだ10日と少し程度しか経っていないと思うのだけれども、一昨日辺りから噂を聞きつけた人々がじわりじわりと街に訪れ始めていて、中には冒険者や商人の姿もあり、なんだかもうすっかり我々が居なくてもなんとかなりそうな感じになっている。
昨日、温泉でばったりとギルマスに遭遇しちまってさ。
「いやあ、一時は軽くナツの事を呪いかけたりしたんだが、今では感謝しかねえよ。ありがとな! おかげで冬だってのに、今まで見ないほど冒険者が来てくれてるぜ」
なんて、背中をバシバシと叩かれちまった。痛えやら、なんだか気持ち悪いやらでちょっとうんざりしてしまったけれど、結果的に良い方向に転んだようで何よりだわ。
早くも目ざとい商人達がわらわらと集まり始めたのもあり、街の流通は復活。なんだか寂しげだった広場には屋台がどんどん出店しているし、そこには明るい表情をした薬師や錬金術師達の姿もあった。
それについてはエミルが何か語っていたな。
『我とモモが依頼をこなしてやって睡眠時間が取れるようになったのもあるだろうが、何より商人達の訪れが彼らの心労を癒やしたのだろう。
これまで素材の入手はこの辺りに自生する物を採取するしかなかったからのう。商人達が出入りするようになり、この辺りでは手に入らない物の入手が叶うようになったとなれば、彼らの表情も明るくなるだろうて』
とかなんとか。
それに、冒険者達が余所からやってきたお陰で素材採取依頼もきちんと消化されるようになったからな。あの様子ならもう俺が依頼を片付ける必要も無いだろうさ。
こうして余裕が出来た今こそ、ちょっぴり気になっている未開地の調査依頼を受けてみたいよなあなんてちょっぴり思ったけれど、冬はまだまだこれからが本番だ。
現地の依頼も流石にそろそろ下火になる頃だろうし、何よりこのくっそ寒い中じゃ冒険もなんもあったもんじゃあ無い。
それに、折角の年越しはちゃんと我が家で、メルフの我が家でゆっくりと過ごしたいという、ささやかな野望もあるからな。
これから俺達はあちらこちらと旅に出る事になるんだろうけども、この街にもう二度と来ないという訳じゃあ無い。
だから、お楽しみはまた次回、今度は暖かい時期に来てゆっくりとって感じで良いかなって思う。
……出張とは言え、2ヶ月程滞在したせいか少しだけしんみりしてきたなあ……なんて思っていると、お約束ですよね、何者かが玄関をノックする音が聞こえます。
「おーい、エミルー出てくれーって……、そうか今日は俺しかいねえんだ」
例によって例の如く。エミルとモモは薬師の家に、ミー君は日課の温泉に出かけているため、俺一人なのであった。
「はいはい、今でますよーって……貴方は!」
「お休みの所、失礼します。唐突な話で非常に申し訳無いのですが……当主がナツ殿を屋敷まで招待するようにと……お迎えに上がったのですが、ご都合の程は如何でしょうか?」
玄関に居たのはいつぞやのナイスミドル!
何やら領主のメイサさんが我々を呼んでいるとの事だけれども……
「俺の事は予定が無いので構いませんが、他の者は既に出かけていまして……」
「そうですか……ふうむ、ナツ殿達は明後日にはこの街を経たれるのですよね?」
「ですね。明日、ギルドで完了手続きをしたら後は帰宅の支度がありますので、明日は……」
「であれば、今回の所はナツ殿だけ来て頂く事に致しましょう」
「えっ俺だけ……ですか?」
「ナツ殿はパーティーリーダーであるという事ですので、問題無いかと思います」
「そう言う事なら……では、案内お願いします」
「はい。では、外でお待ちしていますので、ごゆっくり支度をなさって下さい」
一体何の用事なのだろうか? どうやら本来ならば俺だけでは無く、パーティ全員招待するという感じだったっぽいので、俺と個人的に会いたい――みたいな身分差を超えたハーレム加入イベントなどでは無さそうなのだが。
まあ、アレだよね。お約束のお礼イベントだよな。温泉を作ってくれた礼をちゃんとしてなかったから云々のアレだろう。
もしそうで有れば、きっと家やら金やらを褒美に考えていそうな物だけれども、まだまだこれからお金がかかるこの領に負担がかかるような真似はしたくない。
ま、もしも俺の予想通りに『お礼を』という流れなら、アレで済ませればいいよな。
……
…
いやあ、立派な馬車でした。何がって、今俺が身体を小さくして座っているこの部屋があるご立派なお屋敷までの間、俺のような庶民を運んで下さった豪華な足の事ですよ。
恐らくは景気が良かった頃に先代が買ったのでしょうな。いかにも貴族が乗っているんだぞー! ってオーラをバシバシに出している白い綺麗な馬車。
着替えた俺を待っていたのはそれだったのだが。
これだけ立派な馬車なら……なんて思ったけれど、だめなんだなこれが。
こうしてフカフカのソファに腰掛けている今でもまだケツが痛えよ。
移動距離はそこまで長くは無かったと思うんだけどなあ。
と、尻の鈍痛からミー君の顔を思い浮かべていると、ガチャリとドアが開き例の危ないメイドさんが現れた。
また妙な視線で見られちゃ敵わねーぞ! なんて思っていると、その後ろからにこやかな顔を浮かべたメイサさんが顔を出し、メイドに何かを伝えて部屋から追い立ててくれた。
助かった……!
「この間はあの様な格好で失礼したね。本来ならばこうして屋敷に呼んで親睦を深めてからあの様な場を設けるのが筋だとは思うのだが、早く君たちと話をしたくて居ても経っても居られなくなってしまってね……本当にはしゃぎすぎてしまって失礼した」
「いえいえ、お気になさらず。お陰で我々もあの様な貴重な経験が出来たのですから、お礼を言う事はあっても文句なんてひとつも出ませんよ」
「ふふ、そう言ってくれると助かる。さて……君をこうして呼んだのは他でもない。きちんと正式な礼をしたいと思ってね」
はいきました。予想通りのテンプレ展開ですわ。たまにはこうしてテンプレ通りに話が進んでくれないと。
いやあ、こうやって貴族と会話をするのはめんどくせえなあとは思うけれど、それはそれとしてちょっぴり憧れはあったんだよな。ほら、なんか異世界物の主人公っぽいじゃん?
それに、メイサさんは『家名では無く名前で呼んで欲しい』なんて言っちゃうほどにフレンドリーな人だ。息苦しいお堅い貴族じゃないから気が楽だしな。
「正式な礼……ですか?」
なんてとぼけて見ちゃう。みろ、メイサさんが嬉しそうな顔をしているぞ。
「ああ、と言っても言葉だけでは無くてな。何か褒賞をと思うのだが……生憎、我が領は未だこのカリムくらいしか街が無くてな……君の働きならば、我が領の子として男爵位をやりたいところなのだが、それには治めさせる町を用意する必要があるのだが、今のところは開拓村が精々でな……」
「いえいえ! そんなとんでもない! この間、温泉で言ったとおり俺達は長い旅に出る予定ですので、とても頂けませんよ!」
「ふふふ、そうであったな。なに、与えたくとも与えられぬのだ。それだけの感謝をしているくらいに思って貰えればそれで良いのだよ。
それで、何か欲しいものはあるだろうか? 金や屋敷で有ればなんとかする事は可能であるが」
あぶねえあぶねえ。このねーちゃん領内に他の町でもあったら無理にでも爵位押しつけたんじゃねえかな。
しかし、思った通りの展開過ぎて笑いそうになるな。ああ、当然用意していた答えを言いますとも。
「お金も屋敷も必要ありませんよ。それらはこれからこの領に必要となる物です。我々に寄越すくらいならば、領の発展に役立てて下さい」
「君は何処まで私を……いや、ならば何が欲しいのだ? 憧れはしたが、なれはしなかったのでな。冒険者が欲しがるような物に検討がつかぬのだ」
貴族令嬢だからなあ。しかも爵位を継承している辺り、他に兄弟等も居ないのだろうし、冒険者になるという夢は到底叶えられなかったのだろうな……。
「俺もまあ、普通の冒険者とは違うらしいので、一般的な冒険者が欲しがる物は分からないのですが、可能であればこう言う物を作って貰う事は出来ますでしょうか……これこれこういう感じで……」
「ふむ……なるほどな。ふふ、ミューラ殿が羨ましいな。私もこれほど強く想われてみたい物だよ」
そ、そんな儚げな顔で見つめるのはよして欲しい! メイサさんってば口調と反して顔はめちゃくちゃ可愛らしいんだからさ……二人っきりという状況だし、余計にやべーってば!
「つ、強く想ってるとかそういうんじゃないですよ。あの施設はあいつの熱意があってこそ話が進んだような物ですからね。
それに、あいつはあの温泉を凄く気に入ってるもんで……遠く離れていても温泉に分け身が入っていると思えば喜ぶと思うんですよ」
「ふふふ、結局想っているでは無いか……全く本当に君は……私もこのような身分でなければな……いや、わかった。ではその様に職人に伝えておこう」
「ありがとうございます。次また来れるのは何時になるかは分かりませんが、その時見るのを楽しみにしていますね」
「ああ、きっと良い物を作ると約束しよう。だから……その、是非また我が領に来て欲しい。今度は依頼では無く、ゆっくりと遊びに……な」
「ええ、勿論! 2ヶ月という短い期間でしたが、なんだか長く住んだかのように愛着がありますしね。次来るときにどこまで賑やかになっているか期待していますよ」
「ふふふ。ああ、期待していてくれ。きっと君が驚くほどに盛り立てて待っているからな。きっと、きっとまた来てくれたまえ」
メイサさんと堅く握手を交わし、再開を約束して屋敷を後にした。
別れる際、なんだか寂しげな表情を浮かべていたが……正直かなりクラッと来たので勘弁して欲しい。
別に何かフラグが立っていたとか思わねーけどさ、女の子のああいう表情って勘違いしちゃうじゃんな。
さて、明後日はもう出発だぞー? ミー君達は帰りの支度出来てんだろうなあ?
◆◇メイサ◆◇
「よろしかったのですか? お嬢様が是非にと言えば叙爵も出来たでしょうに」
「アルフレードか……確かに一先ず叙爵だけして後から場を用意――散々催促されている中間拠点を町に昇格して任せる――なんて事も出来たかも知れないわ」
けれど。
ナツくんには既にミューラさんという最愛の人が居るもの。
それに、きっとナツくんは冒険者として自由に過ごしているのが一番輝いている。
私がどうこう言って押さえつけてしまえばその輝きは失せてしまうだろう。
「だったら――」
「だからいいの。今の私は領主で有り、辺境伯令嬢ではないの。自分のわがままでどうこうできる立場では無いわ」
「お嬢様……」
「ふふ、こうしてアルフレードと二人で居るとつい元の口調に戻ってしまうわね。でも、あともう暫くの間……たまには令嬢に戻ってもいいわよね」
「仰せのままに、お嬢様」
「ありがとう、アルフレード」
ナツくんは覚えて居ないだろう。
あの日、森で私を救ってくれた事を。
屋敷の薬が切れかけていると聞いた私は、変装し、こっそりと屋敷を抜け出して森へ採取へとでかけた。
子供の頃に護衛と共に採取をした事はあったし、これでも領主として剣の鍛錬はしている。大人になって身体も大きくなったし、きっと大丈夫だろうと思っていたんだけれども……。
突如現れたファウル・ワウル達に取り込まれた瞬間、頭が真っ白になってしまった。
想像と実戦は全然違う物だった。
生きている魔物はこんなにも大きく見えるのかと、牙を剥いた其れに獲物として見られているのだと気づいた瞬間、腰がストンと抜けてへたり込んでしまった。
自然と悲鳴が口から漏れ、もうダメだと全てを諦め、残される者達に謝罪をしていたその時……ナツくんが現れた。
その時はまだ彼がこの街に派遣された冒険者だとは思っていなかったけれど、後から写し絵が添えられた報告書を見てびっくりしたな。
どうにかもう一度その姿を見られないものか、お礼をする事は叶わなくとも、何か理由を付けて会話をすることくらいは出来ないものか?
結局良い案は浮かばなかったけれど、結果として向こうからその機会を持ってきてくれた。
これについては感謝しても仕切れない。
あの施設があればこの領は息を吹き返す。
領主としての喜びと、メイサとしての喜びが混じり合った結果……あの様なはしたない場を設けることになってしまった。
冷静になった後に頭を抱えることになってしまったけれど、あの時間はかけがえのない素晴らしい時間だった。
ナツくんと共に湯に浸かれたのは勿論のこと、ミューラさんやエミルちゃん、それにモモちゃん。彼女たちは私を領主では無く、一個人として、メイサとして接してくれているかのように気安く言葉を交わしてくれた。
こんな辺境に領主として閉じ込められ早8年。今では友達だって足を運ぶことは無くなってしまい、寂しい日々を過ごしていた。
だからだろうな、なんだかとても暫くぶりにゆったりとした気分で過ごすことが出来た。
もしも叶うならば……今度会うときには領主としてでは無く、メイサとして彼らと同じ時間を過ごし……友達として縁を結びたい。
だからナツくん。
絶対にまた……私の領地に遊びに来て下さいね。




