71話 ようやく……ようやく温泉だぞ!
「お待ちしておりましたナツ様。こちらの湯着にお着替え下さいませ」
「うおお……あ、貴方は……?」
「ご主人様の命により、ナツ様のお着替えを担当させて頂く事になりましたマリラと申します」
えぇ……脱衣所に来たらメイド服を着た女の子が待っていた。どうやら俺の服を剥ぎ取って湯着とやらに着替えさせようとしているらしい……俺の……俺の思考が追いつかない!
お、女の子にお着替えさせちゃうなんて……色々と大変な事になっちゃうじゃねえか!
「えっと、その! 決して貴方だから嫌だとかそういうわけじゃなくてですね、あの、その、拙者、庶民故に着替えを人に任せるのは落ち着かないで仕るでござるなのであります!」
「?????」
うおおおお! 動揺して混乱して訳が分からん事を言ってしまった!
首を傾げながらも『まあいっか』と言った表情でジリジリとにじり寄るメイド少女!
まあいっかじゃねえよ! 良くねえよ! 良くないから! 自分で、自分で――
「じ、自分でやれますので!」
「えっ? あー、なるほど。そう言う意味でしたか! 申し訳ございません、勉強不足でナツ様の仰っていた意味がわからりませんでしたので……」
納得顔で謝るメイドの少女。いえいえ、悪いのはこっち……いや、男である俺の所に女性のメイドさんをつけたご主人様とやらが全面的に悪いと思います!
「では、こちらが湯着ですのでお着替え下さい。着るのが難しく感じましたらば、私がお手伝いしますので、遠慮無く、仰って下さいね」
「はい……わかりました……」
って、この湯着とやら、海パンじゃねえかよ。ハーフパンツ状の海パンだよこれ!
着るのが難しいってどういう状況だよ! ただわっと脱いでばばっと穿くだけじゃないか!
まったく……てっきり浴衣みたいな物が出てくると思っていたけど、まさか海パンだなんて……って、何この子、俺が着替える姿をガン見してるんですけどお……。
「あの……じっと見つめられているとその、着替えられないんですが……」
「あ、そうですよね。すいません、普段のクセでつい。失礼しました、どうぞお着替え下さい」
普段のクセって何だよおっかねえ。いやまあ、あれか? 俺の予想が正しければこの娘も領主様んちの子なんだろう?
普段は領主様のお着替えを手伝ったり、何か手助けが居るときは直ぐに駆けつけ手を貸す事が出来るように、じっと見守る必要がある、そう言う意味で『普段のクセ』と言ったんだろうな。
……何かハアハアと荒い息が聞こえるが……気にしない事にしよう。
無理だ! 何この子!? 俺の着替えがそんなに見たいの!? よく見たらがっつり鏡に映ってるじゃ無いのーやだー!
「あの……ほんとすいません……恥ずかしいので、鏡越しも勘弁して貰えると……」
「え? あら! 鏡があったんですね! 気づいていませんでした! では別の方向を向いていますので、遠慮なさらずに、さあ、さあ!」
「部屋から出て行くという選択肢は……」
「有りませんね。お着替えを見守るのも務めですので」
「さいですか……」
……なんだか無駄に時間がかかり、やたらと気疲れしてしまったが、なんとか湯着に着替えた俺は気分を切り替え、意気揚々と浴場へ続く曇りガラスの扉を開けた。
しかし、風呂で水着ってのは違和感が凄いな。地球でも海外ではそう言う文化であると知っては居るのだが、こちらの世界でも公衆浴場は皆全裸だっただろう?
怪しいメイドちゃんが言う事にゃ、今居る浴場――貴族用の貸し切り浴場――では湯着の着用が義務づけられてるとかなんとかで。
まったく純粋な日本人であり、庶民の俺としては微妙な気分になっちまうが……ただ、本来ならば入る事が出来ない貴族向けの特別なお風呂に入れるってのはいいよね。
控えめに身近なところで例えても、セレブ向けのくっそ高いリゾートホテルの風呂にタダで入れる感じじゃん? そんなコネが俺にあるわけじゃ無し。異世界ならではのラッキーイベントだよなあ。
浴場に入ると、湯気で良くは見えないけれど……これはこれは。予想を裏切ってきたぞ……。
てっきり、ゴテゴテとした成金デザインでは無いにしろ、何処かしらお金がかかっているのを匂わせるような内装のキラキラとしたお風呂なんじゃないの? って思ってたんだけれど、目の前のこれは……。
「何処だここ……? いやいや外じゃねえかよ! いや、まて露天風呂って事なのか? ええ? こんな地下深くで?」
湯気の向こうに見えるは雄大な山脈と、赤や黄色に染まった森の木々。
空は何処までも高くて……石畳になっている床を歩いて進んでいくと、小さな小川があり、飛び石を渡って進むようになっている。
少し進むと竹林が見えて来て、どうやらその向こう側に目指す温泉があるようで、湯煙はそちらからモワモワと流れてきている。
何処となく……いや、完全に和の気配がするこの特殊空間……確実に遠い過去に訪れた日本人の手が入ってるな。
我々は確かに全部回りきっては居なかったけれど、まさかこんな不思議空間が存在していたとはな。
いや、もしかすれば魔導炉が復活した後にこの空間も再生成されたのかもしれないな。
思えば何も無い、ただただ広いだけの部屋があった。そこにこう、拡張現実をもっと凄くしたような何かでこう……上手いこと露天風呂を持ってきてたりそう言うアレなんじゃ無かろうか。 知らんけど。
男湯がこんなに豪華なんだ、女湯もきっと素晴らしい光景なんだろうな。向こうは花畑の湯とかそういう感じだったりして。
後でミー君に聞いてみようっと。
「あ、ナツくん! 遅いよー! 皆もう入ってるよ! こっちこっち!」
噂をすればなんとやらだ。
「ああ、悪い悪い。着替えにちょっと戸惑ってな。今行くよ……って、ミー君!?」
「うん?」
な、なななななんでミー君が居るんだ?
竹で出来た衝立からひょっこりと姿を現したミー君は水色のビキニに身を包んでいて、ミー君のくせになかなかにけしからん……ではなくて、なんでミー君が?
「あ、わかった。ナツくん私が居たからびっくりしたんだよね。あのね、メイサさんが言ってたんだけど、ここって混浴なんだって! だから皆水着を着て入るんだってさ」
「な、なるほどそう言う事だったのか……って、今誰から聞いたって……ちょ、ミー君引っ張るな! おい! いてえって!」
「もー、話は後だよ! 身体が冷えちゃうじゃ無い! メイサさんもナツくんを待ってるよ? ほらほら早く、彼処で身体を洗って!」
「わ、わかったから! 押すなって! 色々と危ないから! ちょっとお!?」
余程温泉が嬉しいのだろうか、ミー君に凄まじい勢いで俺の背をグイグイと押され、さっさと汗を流せと洗い場に追いやられてしまった。
俺を洗い場に追いやったのだから、さっさと湯に戻れば良い物を、何故か背後で監視しているミー君からは強烈な圧が発せられていて……なんだか分からんが妙な勢いに乗せられてわわわっと身体を洗い上げると、終わったよの声を待たずにまたしてもグイグイと背中を押され、温泉まで運ばれていってしまった。
「全くなんなんだよ……ミー君は……」
「いいからいいから」
何がいいのかわからんが、温泉からはチャプチャプとした水音と、エミルやモモ、それに誰かの話し声が聞こえてくる。
「はいはい……じゃ、失礼しますよっと……」
木製の衝立についていた扉を開け、温泉内部に入ってみれば……
「む、ナツ殿ようやく来たか……待ちわびたぞ。本当に待ちわびたぞ!」
「おもしろいぞ! なつくん! みろー! 泉なのに暖かいんだぞー!」
「おお、ナツ殿、さあ、私の隣に来ると良い。君の話を聞くのを楽しみにしていたのだよ」
……あれあれあれ……?
エミルと、モモと……この、微妙にエミルとキャラ被った喋り方の人……みたことあるぞお?
「って、領主様じゃないですかーーー!」
「おお、ナツ殿に顔を覚えていて貰えたとは嬉しいな。急に呼びだてして済まなかったね。どうしても直接会って礼を言いたくてこのような場を設けさせて貰ったんだ」
……普通そういう台詞はその、執務室とか宿のVIPルーム的な所に呼び出して言うんじゃ無いんですかね?
武将と語らう殿様かよってんだ。
「別にそんな、お礼を言われるような事はしてませんよ?」
「ははは。流石はリトルオーガの二つ名を欲しいままにする冒険者だ! この程度は息を吸うようにこなしてしまうと言う事なのか」
欲しいがままにしてねえええええ! つうか何処までその二つ名広まってんだ? まさか国中とか言わないよな?
「ふむ、本当にどれだけの事をしてくれたか分かっていないようだな。いいかね、君は……」
と、領主様――メイサさんからお褒めの言葉が雨のように浴びせられる……のだと思っていたら、まずは愚痴から始まった。
「モールトン辺境伯領は他の辺境伯のように、国境沿ではなく、未開地を任されているのだ。
他の辺境伯領は国防上重要な拠点であるため、国からの援助も多く、また、隣接している国家とも現在の所は友好的に交流が出来ていてな。それはそれは流通面で潤っていてな……。
まったく! 我が領の様に真の意味での辺境を見てもまだ辺境伯と名乗れるのだろうか!」
余程腹に貯めかねていたのだろう、なんだか少々理不尽なキレ方をしていらっしゃるのだけれども、言いたい事は良くわかるし、何よりも怒りの余り腕を振り上げたり下ろしたりした際にお胸が揺れる揺れる……ああ、目に悪いったら無いな!
「我がモールトン辺境伯領も広大な未開地の開拓という、国家的に重要な役割を担っているのでな、国からもそれなりに援助は出ているが、それはあくまでも資金面だけであり、人材的な援助は頼んでも断られてばかりなのだ」
恐らくは、一応は要請を受けてはくれたんだろうな。ただ、場所が場所だけに名乗りを上げるような人は現れなかったと。
それでもダンジョンという旨味があったのだから、昔はまだダンジョン目当てで集まる冒険者が多く居たし、それに付随する形で生産職の方々や商人等も多く集まっていたため、領は上手く回っていたのだろう。
「先代、私の父親はな……薄々と感じては居たのだが、領主として生きるのが好きでは無かったのだ。
あれは私が14になった年だったろうか。最後のダンジョンが攻略されてしまってな。まあ、一応は街を上げて大いに盛り上がったさ。踏破という物は偉業であるからな。
しかし、それはダンジョンという魅力がこの領から消え去ってしまったと言う事になる。翌年からじわりじわりと衰退を始めた我が領を見た父親は……決心を固めたのだろうな。代替わりの支度が出来た瞬間、有無を言わさずさっさと隠居して王都の屋敷に夫婦共々引っ越してしまったのだ」
「ああ……それでお若いのに領主をしてらっしゃるんですか」
「そりゃあ、婿も取らずに好きな事をやっていた私も悪いのだがな? 何も私が16になった途端に隠居する事は無いだろう? いや、するならしてもいいさ。しかし、暫くの間は傍らに居て相談相手になってくれても良かったでは無いか!」
ああ、目に悪い、目に悪い。いやあ、本当に目に悪いので余り腕をブンブンとしないで下さい、ご馳走様です!
「私はね、このままこの街と共に寂しい人生をただただ浪費していく物だとばかり思っていたのだ。しかしだ、君たちがこの遺跡を再稼働させ、素晴らしき利用案を出してくれた。 噂を聞きつけた女性達がこの施設を放っておく筈は無い。きっと時期に護衛を付けてこの街にやってくる事だろう。
そしてその護衛は冒険者だ。ここの湯は古傷さえも癒やす素晴らしい効能を持つと言うでは無いか。怪我で引退した冒険者が療養に来るだろうし、傷を癒やしながら依頼に出れるとなれば現役の冒険者だって集まるようになる筈だ」
わーーーっとそこまで一気に言い切ったメイサさんはバシャリと音を立てて立ち上がると、俺の手をぎゅっと握って……あ、あのめっちゃ当たってるんですけど………!
「ありがとう! 本当にありがとうナツ殿! ミューラ殿にもエミル殿にモモ殿にも礼を言ったが、再稼働の直接的な切っ掛けを作ったナツ殿には何よりの感謝を伝えたい!」
誰だあ? 俺がやらかしたってバラしたの……あ、エミルが目をそらしたぞ。そうかあ、この調子でわーっとメイサさんに話しかけられ、咄嗟に俺をスケープゴートにしたなあ?
「どうだ!? ナツ殿! カリムに拠点を移す気は無いか? ナツ殿達のような冒険者パーティがこの街に居てくれればどれだけありがたい事か!」
「そこまで言っていただけるのは光栄なんですが……我々は今後、方々を巡る旅に出る予定がありまして……申し訳ありませんが、今のところはどこか特定の場所に永住する予定はないのですよ」
「そうか……それは残念だが仕方ない」
「ごめんね、メイサさん。私たちはもっと世界を見て色々な事を知らないと行けないんだよ」
「うむ、良いのだよミューラ殿。私も冒険者という存在をきちんと理解しているつもりだ。今の話はただのわがままさ。掃除屋の諸君はきっと行く先々で素晴らしき功績を残していく事だろう。
そろそろ依頼の任期も解け、一先ずメルフに戻ると聞いているが、良かったらまたいつか我が領に遊びに来て貰えると嬉しく思う」
「うん、勿論だよ! ね? ナツくん、エミルちゃん! モモちゃんも!」
「そうですね、何時になるとは言い切れませんが、ここの風呂はこの通り、最高ですからね。依頼抜きでノンビリ遊びに来ますよ」
「我はこの街の薬師や錬金術師達と縁を結んだからの。何時か落ち着いた頃にでも滞在しに来るとしよう」
「モモはまた黄色いふわふわを食べたいな!」
メイサさんは我々の言葉を聞き、それはそれは満足げに頷いて。
「ふう、暫くぶりに楽しい時間を過ごせた。私は長湯が苦手なのでな、今日の所は申し訳ないが先に失礼させて頂くよ。
……掃除屋の皆さん、今日は本当にありがとう……」
最後だけ、なんだか普通の女の子の様な言葉遣いで……なんだかとってもぐっときてしまったのだけれども、それは表情には出さず、にこやかに見送った。
俺も結構良い感じに茹だってきてるんだけど……ミー君達はまだまだ元気そうだな……。先に上がって待ってる……
「ナツくんナツくん! ねね、ちょっとこっち来てよ!」
「そうだ、ナツ殿! この浴場の仕組みについて語りたい事がだな!」
「なーつーくーん! モモのすさまじい泳ぎをみてよー!」
……事は出来なそうだな……もってくれよ、俺の身体……っ!




