69話 そして温泉へ……
「ほほう。それでナツ殿達は単独パーティでダンジョンの踏破を成したというわけか」
「いやあ……ははは……別にそこまで凄いことじゃあ無いですよ……」
今、我々の前に居るのはモールトン領、領主メイサ・ナール・モールトン。何故彼女が我々と共に肩を並べて湯に浸かっているのか……話はオープンセレモニー後にまで遡る。
……
…
会場である温泉施設に到着すると、入口前には『美容と回復 カリムの湯』と書かれた大きな看板が掲げられているのが目に入った。
施設の前には既に多くの人々が集っていて、壇上で挨拶をしている女性――金髪碧眼の美しいお姉さんが語る今後の展望を嬉しそうに聞いていた。
『カリムはかつて無いほどに困窮していた。しかし、とある冒険者パーティによって活路は見いだされた!
本来ならばここで彼らの紹介をしたい所だったのだが……英雄は目立つのが苦手らしいのでな。今日のところはこの素晴らしき施設の誕生に英雄的存在の功績が陰ながらあったという事だけ皆に伝えておこう!」
「「「「わあああああああああ!!!」」」」
ひぃ……アレってもしかしなくとも我々の事だよなあ……もし、参加を快諾していたらあそこに立って、ああやって歓声を浴びていたのかあ……うっわあ、無理無理!
あんな所に立ったら作り笑顔が固まったまま3日は戻らなくなるぜ。
しかし、中々に綺麗なお姉さんだが、見た目に反するあの口調……あれって多分噂の領主様ってやつなのかな? なんだか何処かで聞いたような声だが……。
「今こちらを見ていたあの方こそが領主のメイサ・ナール・モールトン様ですよ」
「わっ! びっくりした……って、ニーファさんかあ」
突然背後から声をかけられたため、びっくりして飛び上がりそうになってしまった。
まったく、ニーファさんといい、マミさんといい。ギルドの人らは無駄に気配消すの上手いから嫌になるよ……。
つか、背後から急に来るなってーの。
「今まで姿が見えなかったようですが、どちらにいらしたんですか?」
「ニーファさん聞いてよ! ナツくんね、早く行って待つのも馬鹿らしいからゆっくり行こうってわざと遅刻してきたんだよ」
失敬な! わざとじゃないぞ。遅れて出たのは敢えてだぞ! 領主様とやらを最前で見たいわけじゃなし、用があるのはどうせ温泉だろうと遅く出たんじゃないか。
それにここまで遅れたのはミー君達のせいだろう?
「いやいや……挨拶が始まるまでに着くつもりで家を出たんですけどね? ミー君とモモが屋台の菓子に捕まってしまいましてねえ」
「あ、あれはしょうがないじゃん! ね、ねえ? モモちゃん」
「うん? 黄色のフワフワか? アレはうまかったな!」
こいつらは黄色のフワフワ事、屋台で売っていたパンケーキのような物を見つけるやいなや夢中になって動かなくなったのである。
「フワフワですか?」
「ほら、パンケーキですよ。ミカンやらリンゴやらとクリームが乗ったやつ。あれの屋台に文字通りかじりついて動かなくなっちまったんですよ」
「ああ……あれは確かに美味しいですものね……と、それでですね、この後皆さんはお風呂に入っていかれるんですよね?」
「勿論! 入るよ! ね!? ナツくん!」
「圧が強いから……ええ、ミー君がずっと楽しみにしてましたからね。今日入らないわけには行かないでしょうて」
「良かった。まずはこちらのチケットを」
「これは……? 何やら豪華な紙ですな」
「ええ。丁度領主様のお話も終わったようですので、このまま説明しますね……」
……なんの説明が始まるのかと思ったら、温泉の説明でした。これにはミー君も大興奮!
まず、この施設では大小4種類の湯を楽しめるようになっているそうな。
普通の浴場に、より効果が高い薬湯、それと雰囲気を楽しむ変わり種風呂が2種類。
変わり種風呂っていうのは、男湯のジャングル湯や女湯の庭園風呂の様なやつね。ちゃんと全部探索しきってなかったけれど、どうやら我々が見た以外にも、いくつか浴場があったようだな。
そして、その他にもう1種類、特別な浴場があるようで。
「この施設には一般向けの浴場の他に、ゆっくりと入浴をしたい貴族向けの浴場も設けられました」
「こういっちゃなんですけど、貴族の方があんな大衆向けの施設に来たがるもんですかね?」
「普通の公衆浴場であればそうでしょうね。例え、稼働中のダンジョンを利用したものであっても興味は示さないでしょう」
「ですよn……」
「しかし! この浴場は違います! 肌のハリ・ツヤが蘇るんですよ!? 貴族であろうとも、女性の方々が放っておくわけがありません!
ですので、領主様は後から要らぬトラブルが起きぬようにと、予め貴族向けの特別区画を設けるようおっしゃってくださったのです」
うっわ、めっちゃ早口だ……。
つまり、後になって湯の効能に気づいた令嬢等が 『下々の者と同じ湯に入るなんて嫌よ! ねえ、お父様! いっその事、下々の者が入られないようにして下さらない? モールトン卿には貸しがあるのでしょう?』等とわがままを言って取り上げられることがなくなるよう、予め貴族向けの場所を設けて不満が発生しないようにしたってわけか。
「……何を想像しているのか大体わかりますが、概ねその考えであっています。わがままな御令嬢と言うのはアチラコチラの領にいらっしゃいますからねえ……」
な、な、ななな? ニーファさんい心を読まれた……だと?
「ナツくん……ナツくんね、考えてることが顔に出やすいんだよ。
ナツくんは私に『目がお金のマークになっている』とか『バッテンになっている』とか言って馬鹿にするけどさ、ナツくんも結構顔に出るタイプだよ?」
ミー君のアレと一緒にされるのは不本意なのだが……そうか、俺ってそんなに表情に出やすいのか……やっぱり貴族の方とあれこれ腹芸対決するような主人公にはなれねえな。
やっぱり俺は貴族と関わりにならない方が身のためだ……って!
「あの、話の流れから考えるとですね、このチケットって……?」
「はい、想像通りですね。今話していた貴族向けの区画に入るために必要となる物です」
「やっぱりいいいい! いや、あの無理ですって! 俺みたいのが貴族様とご一緒するとか無理ですよ! どこぞの令嬢様に『爺、あいつキモいから処して?』とか言われちゃいますって!」
「そこまで卑屈にならなくても……ナツさんなら別に……いえ、というかですね、今日は特別なんですよ」
「特別?」
「はい。そもそもですね、ここは本当の意味での辺境です。他の領ともう少し近い場所に街があったら今の惨状はありません。つまり、浴場の噂が他領の貴い方々のお耳に入るのはまだ先の事……入ったとしても直ぐに来られるような距離ではありません」
「つ、つまり?」
「今日、他領から来ている貴族の方々はいらっしゃいません。それもあって今日だけ特別にナツさん達に貴族専用区画への入場が許されたのですよ」
「凄いよナツくん! これって庶民で私達だけが特別なお風呂に入れるってことなんだよ? 特別だよ、特別!」
「お、おう……」
庶民って言ってるけれど、ミー君さあ、貴方それでも一応神様よ? 庶民やら貴族やらなんて外界のしょうもない階級を超越した上の存在よ?
今は一応普通の人間って事になってるけどさあ、ミー君、馴染み過ぎてるよな。
「というわけで、この後の昼食時間をはさみまして午後1時より入浴可能となりますので、ごゆっくりと特別な時間をお楽しみになって下さいね」
ニーファさんはパチリと上手にウインクをし 『残念ながら私はまだ仕事がありますので』と、本当に残念そうな顔をしてギルドに向かって戻っていった。
「さて、どうやら施設の食堂でメシを食えるようだけど……俺とエミルはいいとして、ミー君たち……お腹に余裕はあるのか?」
「大丈夫!」
「よゆー!」
「そ、そうか……じゃ、じゃあ中で食べるってことでいいよな、エミル」
「む? あ、ああそうじゃな」
「どうした? なんだか難しい顔をして考え込んでいたじゃないか」
「なあに、少しだけ嫌な予感がしての。考え込んでいただけだ」
「嫌な……予感?」
「ああ、なに。何か我らや街が不利益を被るような不味い物ではないよ。ただ、我やナツ殿にとって面倒が訪れそうな予感がしただけだ」
「……十分に嫌なんですけど」
最後の最後にエミルが不穏な事を言い、なんとも微妙な感じで昼食へ向かう羽目になったけれど……いやホント頼むぜ? これ以上面倒事はゴメンだからな!




