第39話 そしてミー君達は……
◇◆エミル◆◇
「わあ、人がいっぱいいるなあ。あっちはヒュームでそっちはにゃー族だー! 楽しいなあ! 賑やかだなあ! いい匂いもするなあ!」
「あれれ? いつの間に潜り込んでたの!?」
ミー殿の胸元から顔を出し、元気よく騒いでいるのは妖精だ。全くいつの間に潜り込んでいたのやら。
困り顔のミー殿や我を気にせずきゃいきゃいと騒いでいる。
「まあ……今向かってる場所には妖精に詳しいやつが居るからな、そいつがおっても悪いようにはならんだろうが……ただその……奴とは顔をあわせにくいのう」
「ふうん。喧嘩でもしているの?」
「喧嘩……か。いや、我が子供で、一方的に話を拗らせていただけ……なのだろうなあ」
「エミルちゃんは子供だけど子供じゃ無いよ?」
「……外見的特徴や実年齢の話では無くての……まあ、気にしないでくれ、ミー殿」
「うーん???」
我の足取りは重い。
向かう先はシュリの……いや、リヒト・ノートルマンの家だ。
リヒトとその妻シュリは我の幼馴染だ。かつては3人仲良く遊ぶこともあったが、何時までも子供時代のようにとは行かぬものだ。
我の目が黒いうちは嫁には出さぬぞと、親友であり大切な存在であったシュリに群がる男共に目を光らせていたが……まさか無いだろうと思っていたリヒトの奴があっさりとかっさらっていくとはな。
流石に我としても性を超えた恋愛感情という物をシュリに向けていたわけでは無いが……姉であり妹である、そんな存在のシュリをリヒトに奪われてしまったかのようで……奴と口をきくのも嫌になってしまったのは事実だ。
頭に血を上らせた勢いで『お前の顔はもう見たくない! 我はもう抜ける!』と、絶縁状を叩きつけるかの如くプレートを投げつけ、それっきり我は家に籠もって研究三昧の日々に。
……涙を飲んでシュリもろとも関係を絶ってしまったつもりだったのだが……。
決心と裏腹に我は無力だったからな……。
生活力のない我は周りが見ても分かる程度に日に日に痩せ衰え……ああ、そうだ。心労や病気等では無い。ただ純粋に食事を作るのが億劫で食わぬ日が続いた物だからな……。
噂は直ぐにシュリの元に届いてしまって、結果的に我が身を案じたシュリが我が家に通うようになってしまった。
こちらとしては縁を切ったつもりだったから、気まずくて仕方が無かったが……嬉しかったものだ。
しかし……死後、リッチと成り果てたあの日。
我に残されていた小さな嫉妬心は邪悪な意志に利用され、ヴェノムスライムをリヒトの池に召喚するという暴挙に出てしまった。
街が変わらず平穏なことから、リヒトを殺し、街を蹂躙するという目論見自体は運良く失敗に終わったようだが、あの綺麗な妖精の休憩所をヴェノムスライムが荒らしてしまったのは確かだ。
きっとリヒトの事だからもう既に休憩所は清浄化されている事だろうが……奴は穏やかな顔をして居るくせに実に執念深い奴だからな。
恐らく今でもその犯人を探し、静かに怒っていることだろう。
憎い奴を思えば自ら犯人であると名乗り出る気は起きないが……シュリの顔を見たら嘘をつけなくなりそうだ。
ああ、気が重い、気が重い。
気が重いといえば、ひとつ懸念もあるのだ。
リヒトは気持ちが悪いほどに妖精と精霊が好きなのである。
シュリと結婚した際に「人間にも興味があったのだな」と周囲から驚かれたほどにな。
故に我だってまさかリヒトのアホがシュリと結婚するとは夢にも思わず、完全にノーガードでかっさらわれる羽目になったわけなのだが……。
現在の我は最早人では無く、光の大精霊と化している。
普通の人間には少女にしか見えない様に姿を固定化しているが、リヒトならば一瞬で見抜くことだろうし、いらぬ興味を持つだろうし……なにより、妖精や精霊にしていたように頭をなでたり、猫なで声で話しかけてきたり……ぐああああ……これから我が身にそれらが降りかかってくるかも知れないと思うだけで身震いがする。
ミー殿はいいなあ。これから我の身に何が起こるか知らぬのだからな。ふふ、いつも通りに暢気な顔で歩いていて……非常に癒やされる管理者殿だ。
そして暫く歩いた後、懐かしくも忌々しい建物が見えてきた。
すると……。
「あれっ シュリさんちだ。へー! あのお池、だいぶ綺麗になったねえ」
「む、ミー殿はシュリの事を知っているのか?」
「うん。前にね、ナツくんと依頼で来てさ。お池の掃除をしたんだよ。なんだっけ? べのんすらいむ? 忘れたけど黒くてでっかいスライムをやっつけたんだ」
「そ、そうか……ヴェノムスライムを倒したのは……ミー殿達であったか……成程、お二人なら……」
ナツ殿とミー殿には邪悪な意思から解放して貰った恩だけでは無く、かつての友に降りかからんとしていた災厄を振り払って貰った恩まであったとはな……。
リッチと化していたとは言え、我が心にあったつまらぬ嫉妬心が招いた事だ。
我がこのまま口を噤んでいて良いものか? いいや、だめだ。
どう思われようと、何を言われようと。
池を汚したのはリッチであった自分であると。そして自分はエミル・ネイツであると打ち明けようと……うむ、決心は固まったぞ。
忌々しくも懐かしきこの家に……我は挑む!
……いや、少しだけ、少しだけ心の準備をしてからノックしよう……うん……!
「ごめんくださーい! ミューラです! シュリさん、居ますかー?」
「んにゃあ!? ミ、ミー殿ぉ!?」
遠慮なくドンドンとノックをするミー殿。ま、待ってくれ! 我にも心の準備という物が! 待ってくれ、頼む、せめてあと1分だけ、1分だけ待ってくれ!
しかし、現実は厳しい物だ。
「はーい」と、記憶よりも大分老けてはいるが、懐かしき声で返事があり……がちゃりと扉が開かれた。
「はいはい、ミューラさんと……あら、妖精さん!……と……え……あ、貴方は……?」
声を聞いてそうかと察してはいたが……現れた親友の顔は大分しわくちゃになって居て……。
そうか……そうだな。
リッチとなっていた間、時の感覚が曖昧になってはいたが……人の世はこんなにも流れていたのだな。
我は再び人と共に生きる時の流れに戻ってきた。その嬉しさを実感したからなのか、友に置いて行かれた切なさからなのか、あるいはその両方か……わからぬ、わからぬが……我の目からぽろりぽろりと涙が溢れ、恥ずかしながら止まらぬ……。
「あら? あらあら! どうしたの?」
「え? エミルちゃん? どうしたの? え? え?」
シュリとミー殿がオロオロしている声が聞こえる。すまぬな、二人とも……しかし、我にはこの涙を止められぬのだ……ええい、止まれ、止まってくれ、みっともない……。
「エミル……? 懐かしい名前ね……それに貴方……名前だけじゃなくてお顔まで私の親友にそっくり。見たときに驚いてしまったもの」
「ふぇ……うおおおおん! わ、我を親友と……うわあああああん」
「まあま! どうしたんでしょ? 取り敢えず中に入って頂戴。今お茶を入れますからね」
我の感情はどうしてしまったのだろう。良くわからない感情の波に押し流された涙が目と鼻から止めどなく流れ、一人ではまともに歩くことすら叶わぬ。
見かねたのか、ミー殿が我の手を引き椅子まで招き座らせてくださった。
ミー殿に頭を撫でられてしまい、なんだかとても恥ずかしかったが、それが良かったのか次第に我の心は落ち着きを取り戻してきた。
「どうしたのエミルちゃん? 何か変なものでも食べたの?」
「いや、なに。すまぬな、ミー殿。我とした事が感情が高ぶってしまってな」
「良かった。私ね、前に涙が止まらなくなる木の実を食べてさ、ナツ君に怒られてね」
「ふふ……ミー殿は……いや、ありがとう」
「うん? うん!」
ミー殿から良くわからない木の実の話を聞かされ、そのおかげで我の心は完全に平常に戻った。うむ、いつも通り。いつも通りだ。
タイミング良く戻ったシュリが茶と茶菓子を我らに勧めながら椅子に座った。
……ミー殿……少しは遠慮というものをだな……直ぐに菓子に手を出すのは我でもはしたないと思うぞ。
「落ち着いたかしら? えっと、エミルちゃん」
「うむ、突然泣いてしまって済まなかったな」
「ふふ、いいのよ。その、何処か尊大な口調。うふふ、ほんと貴方は私の友達に似ているわ」
シュリは笑いながらそう言うが、その瞳はどこか悲しげに揺れている。
……それに気づいてしまったせいだろうか、我の感情がまた昂ぶり、目元がじんわりと熱くなる。
「いや……それがの、シュリ。我は……その、我は! エミル、エミル・ネイツ……なのだ……信じてもらえないかも知れないが……我の名に誓って嘘はない」
くっ! 言ってやった! 言ってやったぞ! ああ、怖くてばつが悪くて、恐ろしくてシュリの顔が見れぬ!
うつむき、ワシワシと頭をかきながら横目でシュリの表情を伺うと……はっと目を見開き、じわじわと涙を溜めていた。
「その癖……負い目があるときにエミルがやっていた癖と同じだわ……エミル、本当に貴方なの?」
「ああ、ああ! そうだとも。訳合って光の大精霊として蘇ってしまったが……我はエミル・ネイツ……誰よりもシュリを大切に思うエミルだよ」
「ああ……その重たい友情……本当にエミルなのね……!」
「お、重たい友情!? ちょ、シュリお前ずっと我のことを……のわー!? 抱きつくなー」
「エミル! エミル! ああ、寂しかったわ! エミルー!」
「ちょ、シュリ、シュ……ミー殿! ケーキを食べとらんで我を、我をー!」
……
…
「そして……我はこうして光の大精霊になったようでの……今はナツ殿とミー殿と友にあの家で暮らして……ああ、そうじゃ。リヒトのアホは出かけているのか? 業腹だが、迷惑をかけたのには変わりはない。嫌々でも頭を下げてやろうじゃないか」
「ふふふ。本当にエミルは変わらないのね。まるであの日々が戻ってきたかのよう。でもね、エミル……リヒトはもう居ないのよ」
「居ない……?」
「ええ、3年前に流行病でね。あっさりと」
「そ、そんな……殺しても死なぬような男だったではないか」
「それがそうでもなかったのよ……ほら、私もこの通りおばあちゃんになっちゃったでしょう? リヒトだっておじいちゃんよ。年には勝てなかったのよ」
「そうか……やはり……人の世は短い……なあ……」
リヒトめ……我に断り無く逝ってしまうとは、本当に腹立たしい奴だ! 謝ることすら、和解することすらもう叶わぬ等……思ってもいなかった……ぞ……。
……もしかすればリヒト、お前も我が死んだとき、同じ事を思ったのかも知れぬなあ。
ふふ、となればおあいこ……と言う奴か? ひとまず今日の所はシュリに免じて許してやるわ。
「ふぁーー! よーく寝た。あ! 甘い匂いがするよ! ねえねえ食べて良い?」
と、しみじみと今は亡き友人に思いを馳せていると、妖精が空気を読まぬ脳天気な声を上げた。
静かだと思っていたら、こやつめ眠っておったのか。
「あらあら! 妖精ね!? 久しぶりに顔を見たわ! エミル達が連れてきたの?」
「うむ、今日来たのは我の顔を見せに来ただけではなくてな。森で妖精の集落を見つけたのだが……」
これまでの経緯をシュリに説明する。
当初の予定ではリヒトのクソッタレに話し、まるごと押しつけてやろうと思っていたのだが、肝心のアホが声の届かぬ場所に居るとなればこうするほかあるまいよ。
「それでうちの池に移住をね。誰かさんのせいでこの間まで池はめちゃくちゃだったのだけれども……ナツ君とミューラさんが綺麗にしてくれたからね。その妖精達が来れば直ぐに前のように草木が茂るはずよ」
「……その件についても……その、すまなかったな」
「ほんとにもう。貴方は昔からリヒトと良く喧嘩してたからね。妖精達には悪かったけれど……ふふ、なんだかほんと、貴方は昔と変わらないわね。リヒトが作った花壇に嫌がらせで虫を放して喧嘩したりしてたものね」
「やめてくれ! 未熟な頃の過ちというやつだ!」
「うふふ。まあいいわ。許してあげる。リヒトだってきっとどこかで笑ってみているわ」
「そうか? あいつなら渋い顔をして我を睨んでそうなものだがな」
シュリと暫くの間旧交を温め、数十年ぶりに胸の大きなつかえがスゥっと溶けて消え去った様な気分であった。
「妖精達の受け入れはいつでも良いからね」
「ああ、感謝するぞシュリ」
「ふふ、いいのよ。それと……何も無くてもたまには遊びに来るのよ?」
「む、そうだな! ああ、来るとも! 今の我はあの頃と違い活発になったのだからな!」
「本当かしら? ふふ、じゃあ、待っているからね、きっとよ」
「ああ、約束だ! では、また来るぞ! シュリ!」
さようならではなく、また来るぞとシュリに告げ、ミー殿の手を引いて家に向かう。
長らく親友に言いたかった言葉、言えないままだった言葉……。
まさかこうして再び言える日が来るとは……なあ、リヒト。何処かで見ているんだろう?
お前がうるさく言っていたとおりだ。家から出て……人と関わり合うのは悪いことばかりじゃあ無かったよ……。
今の我ならお前とだって再び共に……いや、続きはまたいつかだ。
やはり墓標に独り言というのは我の性に合わん。
故にその言葉はまた何時かの機会までとっておく。
とっておくから……リヒト、早まってさっさと転生せずに待っておれ。
共に語り合うその日まで……精々首を洗って置くが良いぞ……。




