115話 前兆
◆◇ガツ◇◆
「ちっ! また出やがったか! カイ! 援護を頼む! マサとアシュは下がって後ろを固めろ!」
鈍く空を切る音、それと共に俺の鼻っ柱を鋭い風が通り過ぎていく。
カアッと鼻が熱くなり、思わず手で触るとぬるりとした感触。
一瞬、鼻を持ってかれちまったかと焦ったが、どうやら掠っただけで大事には至らなかったようだ。
しかし、一体何だってんだ、この化け物は。一見すれば単なる浅黒いオークにしかみえねえが、奴が振るう棍棒は目で追うのがやっとの速度で、風圧だけでこの通り鼻が切れちまうんだからたまらねえ。
そんでまた、こいつらが堅ェのなんの。
正直俺達は調子に乗っていた。ナツさん達から力を貰い、ゴッブ共を紙くずのように切り伏せられるようになって敵はもう居ねえと思ってた。
これはなにかの罰なのか? 調子に乗った俺らに対する罰なのか?
ある日ぬるりと深部から現れたこのオーク。
オークなんて久しく見てねえが、それの色違いたぁまた輪をかけて珍しいのが出やがった。
だが、オーク如き俺らに掛かれば――なんて飛びかかったのが間違いだった。奴の直撃を受けたラックの野郎は今も寝込んだままだし、シャックやモールも浅くはない怪我を追って療養中だ。
だもんで、今日も3-4の2パーティに別れて狩りをしてるって訳なんだが……今の俺達にはこの人数でギリギリ倒せる状況だ。
幸いな事にコイツは1体でしか現れねえ。だからなんとかなってるとも言えるんだが、正直こいつが2体、3体と群れで現れたらどうなるかわかんねえ。
……以前より森の様子が悪化しているようにも思える。
ナツさんと狩って回ったのがなにかの先触れだったとすれば……少しでもレベルを上げて強くなっておかねえといよいよヤベえな。
「ガツさん!」
「おう!」
カイの放った矢がオークの右目を射貫いた。いくら頑丈な身体でも弱点ってのはあるもんさ!
雄叫びを上げ、顔を覆って身悶えをするオークに斬りかかる。
今の俺はLV38、以前とは比べように無いほど膂力が上がり、この重魔鉄鋼の片手剣も両手でなら振れるようになったんだ。
「おるぁあああああ!!」
剣の重さを使い、全身のばねを総動員してオークの脛を叩く。
まだナツさんみてえに軽々とは振れねえが……このくらいなら俺でもな。
ガキンと、およそ皮膚を斬った音とは思えぬ音が鳴り響き、オークの身体に浅く傷をつけた。
傷は浅い、けれど俺の斬撃は奴の骨を痛めつけ、蹲らせることに成功する。
ゴッブもそうだが、こいつらが堅ェのは素材としてはありがてぇその皮膚のお陰だ。
それを無視しちまえば内側はそこらの魔物とそう変わらねえ。
重てぇ武器で殴りつけたら流石の此奴もひとたまりねえってわけさ。
「今だ! マサ! アシュ! のすぞ!」
「「おう!」」
重魔鉄鋼の片手剣が、鉈が、手斧が次々とオークに襲い掛かる。
時折片手で応戦してくるが、ここまで態勢を崩した獲物に後れを取る俺達じゃねえ。
この状況……ナツさんが見てたらきっと石を投げつけてくんだろうなあ。
そんで、パァンと一撃で……いや、流石のナツさんでもこいつは無理か?
いや、あの人であればやってのけちまうだろうな。
なんたって、大剣程もある妙に細なげえ重魔鉄鋼の剣を軽々片手で振り回しちまうんだ。
ああ、今この村にナツさんが戻ってくれば……なんて甘えた気持ちが芽生えちまった。
クソっ、約束したじゃねえか。俺達で護り抜くってさ。
ナツさん、俺たち頑張ってるからな、どうか見守っていてくれよ!
◇◆ナツ◆◇
「……?」
「どしたのナツ君」
「いや、今何か体がぽかぽかとしたような感じがしたんだけど……まあ気のせいだろ」
「それってもしかして誰かがナツ君を信仰したのかもしれないよ」
「まさかー。俺ってただのヒュームじゃん」
「そ、そうだよねえ……あはは」
……そういや前にユウさんがメールで何か不穏な事を書いてた気がするな……亜神がどうとかこうとか。
もしかして俺、いよいよ神界に片足つっこんじゃった? さっきのぽかぽか、ミー君が時折悩ましい表情を浮かべて感じている信仰心って奴なのか……?
いきなりそんな事されてもなんだかとっても困るんだけど、もしそうならかわいい女のからだったらいいなあ……いや、きっとそうだ。そうに違いない。
ククリ村か……ユグドラールか……意外とガムリかもしんねえな。
そういやガムリで女の子助けたっけなあ……ふふ、そうかそういう事か。そう思えばなんだか力がムクムクと湧いてくる気がせんでもないな。
「どしたのナツ君、今度はニヤニヤしちゃってさ」
「別に何でもないぞ、ミー君。さあ、今日も婦女子をつけ狙う不届き者を狩ろうじゃないか」
「変なナツ君だなあ」
というわけで、我々は今日も森である。
シルバーランクに上がった我々は無敵だ。例の森への探索が可能となった今、無限に金を吐き出すATMを手に入れたに等しい。
しかし、あまり同じ魔物ばかり納品していてもいい顔はされない。なのでゴッブだけではなく、幅広く色々と狩ってやろう、そう思っていたのだが、どうも最近魔物のポップ傾向に変化が現れ、ゴッブが数を減らした代わりに現れたのがオークさんだ。
この大陸で『オーク』と呼ばれる魔物は我らが知る豚さんの様な顔をしたアレではなく、どちらかと言えばふっくらとしてスキンヘッドになった鬼さんみたいな感じ。
大陸に来て早々に遭遇したイベント用のオークさんはよく知るオークさんだった気がするのだが……もしかすればそれは記憶の混濁という奴だったのかも知れない。
そんなメタい経緯があったため、この大陸特有らしい浅黒い肌をした筋肉デブと言った具合の巨体であるナルガ産オークさんをを始めてみた時は、もしかして森で遭難した巨人族のおじさんかしらと、のこのこと近づいて声をかけてしまって……。
「まいどー! 掃除にゃですが、何かお困りですかー!?」
「G!? Grraaaaa!!」
なんてね。お返事代わりに明らかに理性なき魔物感あふれる咆哮と共にバットでホムーランされちまったんですよねえ……まあ、意外と無傷だったんで良かったんだけど、流石にビビったビビった。
まあ、けろっとした顔で戻ってきた俺を見たオークさんはもっとびっくりした顔をしてましたがね。
いやあ、万能言語翻訳さんがあって本当によかったよ。もしそれがなかったらば、言葉が通じないだけかな? なんて勘違いして、熱心に分かり合おうとしたかもしれねえからなあ……客観的に考えりゃそんな絵面見たくねえわ。
ま、そんな異大陸版オークさんも今では我々の収入源。
この浅黒いおっさん、1体当たり800コロンで売れるんですわ。
どうもボッチ体質みたいで、群れを成さないためにあまりたくさん狩れないんだけど、このおっさんを見つければ日の稼ぎがまあまあ保証されますからね。
今ではいいお友達ですよ。
「む、ミー君。右から来るぞ」
「ほいよナツ君。えーい!」
言ってるそばから現れるおっさん、いいですよね。
緊張感のないミー君の掛け声とともにピキピキと足元から凍らされていきますわ。
「女性の敵として生まれたことを恨むこったね」
礼儀とばかりに一声かけ、脳天をコツーンと闇烏で一撃、試合終了。
「ねえね、さっきからさ、どうしてオークが女性の敵みたいなお話してるのかな?」
「えっ!? そ、そりゃあ……オークと言えば……その……」
「うん? ねえね、どうして? どうして?」
「オークはね、女性を攫ってね……その、えっとあの……子……子作りを……」
「あっ……そ、そういう……あー、な、なるほどね、確かになにかのノベルで……あ! そ! それはゆるせないよねえ……ううう」
真っ赤になって俯くミー君、そして俺。
……うるせえな! この手のアレにはピュアっピュアなんだよ、俺もミー君も!
生暖かく見守っとけこんにゃろ!
なんて、誰に言うでもなく一人で勝手に逆切れして恥ずかしさを霧散させる行為に及んでいると……どうやらまた新手の様だ。
ガサリゴソリと茂みから現れた……っていうかデケえから頭が先に見えてたんですけどね。
こいつぁ、ゲームなんかで見た覚えがある奴だわ。強キャラなのだわ。こいつは――
「わあ、みてみて! このライオンさん、顔がおじさんだよ。ちょっと面白いね!」
「そんな風に言われちゃうと確かに少し面白いけど……アレたぶん強敵だよ」
「あれ? そうなんだ。じゃあ、危ないね、やっつけないと!」
「う、うん!」
ミー君のノリが軽すぎて折角の登場が台無しなのはマンティコアと推定される魔物だ。
彼女が嬉し気に言っていた通り、おっさんみたいな顔にライオンの鬣がついていて……いや、ライオンの顔がおっさんになっているというべきか。
背中には役に立つのか怪しげな羽が生え、何故かしっぽはサソリであるというみょうちくりんな生き物なのだが……。
この手のどこにでも居る魔物を見るたび思うんだけどさ、絶対神界でそういうアセットか何か売ってるよね?
ファンタジー系魔物セット(北欧神話)とかそういう感じでさ。
じゃなきゃここまで見た事ある感じの魔物が出る事ってないと思うんだよ。
それを言ってしまえば人種とかもそんな疑惑がわいてきちゃうけど……ってあほな事考えている場合じゃねえな。
「よし、ミー君。まずは俺が様子を見てみるから、周囲に警戒しながら見ててくれ」
「うん! 気を付けてね、ナツ君」
まずは……いつもの力加減で頭をコツーンと……ッ!?
おおっとこれはこれは……弾かれましたなあ。ゴッブやおっさんならストンと終わる力加減だったのだけれども、流石は強者オーラを出しているだけありますなっと、あぶねえ。
中々良い感じの猫パンチを放ちやがるぜ。
じゃあ、今度はこれでどうだっ!
やや本気を出して尻尾を斬りつけてみると、スッパァンと気持ちよく切れちゃいましたな。マンティのおっさんも別の意味でキレちまいましたが、こんくらいの力加減でやれば良さそうだ。
「Graaaaaaaaoooo!!!」
「鳴き声がワンパターンなんだよ! ワンとかニャアとかなけっつうの!」
「にゃーん!?」
「鳴けんのかよ……って、やっべ」
思わず力が入りすぎてしまい、バッサリと首を跳ねてしまった。くそう、ほぼ無傷で持ち帰りたかったのに……。
「見た目おじさんなのに、声はねこさんだったね」
「おじさん部分は顔だけだったでしょうに……」
なんとも緊張感がない感じにサクッと倒しちゃったけど、これはちょっとアレですよね。
これまで見たことが無い魔物が現れている、しかも段々と強くなっている――
めっちゃ不穏な予感しかしない。
……狩人の連中、無事かなあ……。




