98話 少年
「んん……いてて……ここは?」
少年が目を覚ましたようで、眩しそうに顔をしかめてキョロキョロとあたりを見渡している。
「目が覚めたかね、少年よ」
「あ、あんたは……?」
「俺達は……冒険者、そう俺は冒険者のナツ。向こうで肉を焼いているのが仲間のミー君だよ」
そう名乗った俺を少年は訝しげな顔で見つめている。なかなか失礼なショタだな。
こいつは見た目的に12歳位かな? エミルと同じくらいか、それより上に見える。
ボサッとした赤い髪にはぴょこんとケモミミが生えていて、フサりと垂れ下がるしっぽから推測すれば犬系の獣人族だろうか。
「何か疑っているようだが、俺達が冒険者なのは確かだぞ。今はその……証明できる物が手元にないが――そうだ、アレを見てくれ。さっき君が見て気を失ったヒッグ・ギッガの……」
「あ、ああああ! そ、そうだよ! ヒッグ・ギッガ! 奴が現れたんだ!
そんな化け物がこんな森の浅いところまで出てくるなんて……あんたらも逃げたほうが……ってそこにいるじゃねえかよお!」
怯えの表情を全身に浮かべ、わたわたと後ずさりをする少年。待て待て、何をそんなに慌ててるんだーーって!
「ミー君……なんたって君はそれをこっちに運んでくるのかな?」
「え? その子が寒いかなってお布団の代わりに持ってきたんだけど……」
「な……なななな……そ、それ……死んでるのか?」
ミー君が両手で担ぎ上げているヒッグ・ギッガの毛皮を震える手で指しながら少年が我々に尋ねる。死んでるも何も……。
「これは毛皮だよ。俺達が狩ったんだ」
「か、狩ったあ? う、うそだろお……そんな頼りない顔で出来るわけが……」
「こら! そんな事言わないんだよ? ナツくんはこう見えて結構強いんだから!」
「本当……なの?」
「うん! ほら見て、このお肉。さっきナツ君が狩った赤いクッカのお肉だよ。ねね、熱い内に食べて食べて?」
「あ、ああ……ありがと……って、赤いクッカ? それって……」
「いいから冷める前に食べる! いいね!」
「は、はい!」
なんだろうこのショタ、俺とミー君の反応が全然ちげえんですけど。
ま、理由は言われなくともわかるがね。あんくらいの年齢ってのは異性を意識し始める。
パッと見キレイなお姉さんであるミー君から『コラッ』ってされたら……たまらんよな。
俺も正直そんな子供時代を送りたかった。
しばしの間、焚き火を囲んでみんな仲良く肉をかじる。
いやあ、うめえなあこの肉。贅沢を言えば塩があればもっと良かったけど、胡椒代わりに使わせたラプルの実がいい具合に効いていて、やわらかジューシーな肉の甘味と爽やかなラプルが相まってなかなか美味い。
少年も腹が減っていたのか、ペロリペロリと2つばかり平らげ、なんとも満足げな顔をしている。
食後の薬草茶をやや渋い顔で口にしている少年は、何かを思い出したような顔をして、ババっとこちらを向いた。
「そ、そうだ! なあ、兄ちゃん! あんた冒険者なんだろ? だったら頼むよ! ヒッグ・ギッガやヒック・イドラを倒せる兄ちゃんに手伝ってほしい事があるんだ!」
何やらイベントが発生した音が聞こえたぞい。
藪から棒になんだろう。ミー君はもう既に手伝ってあげようって顔をしているし……まあ、そりゃいつものことか。
そうだな、まずは話だけでも聞いてみよう。
「俺がこの森に来たのはさ……」
……
…
……何も言えなかった。
少年――彼の名前はテッツ。この近くにある、犬系獣人族が多く暮らす村に住んでいるという。
現在我々が居るこの森は、浅い場所であれば強敵が出ることは滅多に無く、彼らはその辺りを狩場として長らく使っているとのことだ。
浅場で狩れるクッカ・ポーロやヒッグ・ホッグ、リブッカ等が主に彼らが狙う獲物なのだが、ここ数日、それらが数を減らしているらしい。
その原因であろうかと考えられるのがリッグ・ゴッブと呼ばれる魔物の存在。
強者の証たる白銀の肌に身を包んだ人型の恐ろしい魔物――3日ほど前からそれがこの周囲をうろつき、他の魔物を襲っている姿が目撃されたのだという。
森で何かが起きている。
村の狩人達はそう、確信したけれど誰一人としてそれをなんとかしようと立ち上がることが出来なかった。
恐ろしかったのだ。
リッグ・ゴッブの存在もそうだが、何より得体のしれない轟音。
恐らくリッグ・ゴッブはその音を出す存在によって森の浅場まで追い立てられた。
狩人たちでは歯が立たないリッグ・ゴッブが恐れるほどの存在が森にいる。
その正体は何なのか。それを突き止めないことにはリッグ・ゴッブがいつまで浅場に居座るか検討が付けられない。安全が確保できない以上、この森での狩りは暫くすることが出来ない。
調査員として冒険者を雇うことすら出来ない貧しい村にそれは大ダメージだ。
これが長期に渡れば食うに困って子を売りに出さねばならなくなるかも知れない。
大人たちがそんな事を話しているのを聞いたテッツ少年はたまらず駆け出してきたのだという。
いやあ……なんつうかこれ、なあ?
「ねね、ナツくん、ナツくん」
ミー君が小声で俺を呼びながら袖を引っ張っている。
「……なんだい」
「これさ、まさに『あれ、私達また何かやっちゃった?』って奴だよね」
「……そうだね」
森から溢れ出していた謎の轟音、それは間違いなく我々の街道作りが由来となるものだろう。
「そんなわけでさ……兄ちゃんの腕が確かなら、一緒に森の調査をしてくれないか?
……今は全くお金がないけど、報酬はいつかきっと働いて返すから! なあ、頼むよ、兄ちゃん!」
……やめろ! やめてくれ! そんな熱い眼差しで俺を見るんじゃない! 気まずくて仕方がない子達がいるんですよ!
お願いも何もさ……これは明らかに俺達が悪いんだよ。
そんなの自分たちで尻を拭うに決まってるじゃん!
「よし、手伝ってやろう」
「ほんとか!?」
「ただし、森の調査依頼は受けることが出来ない」
「なっ!?」
ゴメンな少年、困惑させちゃってさ。でもしょうがないじゃん。
「なぜなら、轟音の正体はもうわかってるからな」
「そうそう、その正体はなんと私――」
『ミー君ちょっと静かに!』
『もごもご……って、なんで急に口を塞いだの!?』
『いいからいいから。俺に任せとけって』
「轟音の正体? 姉ちゃん、何か知ってるのか!?」
「ミー君が言うまでもないさ。その正体はテッツ、君ももう見ているはずだよ」
じっと俺達を見つめるテッツ。いやいや正解だけど! 違うからね? 俺がいいたいのは違うから。
テッツは首をこてんと傾げ、何を言ってるのかわからないと言う表情を浮かべた。
察しが良ければわかると思ったんだけどな……答え言っちゃうか。
「それはほら、アレだよ」
「ヒッグ・ギッガ……!」
不敵に笑い、俺が指差す方向にはヒッグ・ギッガの毛皮。
『轟音の正体は俺達でした』と正直に話したとしよう。流れでここまで構築してしまった非常に歩きやすい街道を見せることになるはずだ。
するとどうだ。結果的にリッグ・ゴッブを追い立てた犯人も俺達であるということになってしまい(そうなんだけど)何らかの責任を追求されてしまう事になるかもしれない。
ずるいとは思うけれど、ここは未知の土地。なるべくならば敵は作りたくないし、逆に味方はたくさん作っておきたい。
……ミー君の使命のことも在るからね。
だから――
「そうだ、俺達はあいつを追ってここまでやってきたのさ」
――申し訳ないけれどここは嘘をつかせて頂く。
特と御覧じろ、聞くも涙、語るも涙の戦闘劇を!




