96話 その頃のユグドラール
◆◇エミル◇◆
「一体何が起きてしまったのか……」
あの日、華やかで楽しげな花見の席から一転して我々に動揺と悲しみが広がった。
ナツ殿がミー殿を探しに行って間もなくして立ち上った光の柱。
その現象はしばらくの間続いていたが、やがて消え去った。
ティール達が何か細々と調べていたが、何もわからず……しかし、そこにはミー殿が大切そうに持ち歩いていた轟天号とナツ殿の財布が残されていた。
あの二人がここに居たのは間違いない。
彼らが遺物に寄ってなにかに巻き込まれてしまうのは何時もの事……迂闊だった。
きっと、今回もまたこの大樹に触るかなにかをして――あの現象を呼び起こし……考えたくはないが、それに巻き込まれ姿を消した、そう言う事なのだろうな。
ティールやトゥール殿、ファラ殿に心当たりを聞いてみたが、エルフ達にも想定外の出来事だったようで、手がかりとなりそうな言葉は戻ってこなかった。
ただ、一つだけヒントとなりうる話があった。
この大樹は内側に巨大な魔導具を内包していて、それはこの大陸に住むヒュームやエルフの先祖がかつて眠りについていた場所であったと。
我らの先祖がここから出てきたのであれば、中に入ることが出来るのであろう。
となればナツ殿達はこの中に入っていったのだろうか? そう考えたのだが、それは直ぐに否定された。
『中に入ってなにかが原因で出れなくなったらヤベえだろ? これを作った先祖も同じ様に思ったんだろうな。ここを見ろ。何か書いてあるだろ? 中に誰かいるとこの文字が青く光るんだとよ。それが今は光ってねえ、つまりはそういうこった』
本当は秘密なのだと言いながら教えてくれた情報は確かに重要な物ではあったが、それと共に我の気持ちを落とさせるには十分な物でもあった。
「エミル……なつくんたち、どっかいっちゃったのか?」
「うむ……何かに巻き込まれ、姿を消してしまったようだの」
「さっきのブワーって光な、馬車でぐにゃーってなった時のあれとおなじだった」
「む? モモ、あれを見て何か感じたのか?」
「わかんないけどな、まながわーって広がってぎゅーっとしてぴゅーんとする感じ!」
「ムムム……我にはそこまで感じ取れんかったが……あの光も転移術式に関する何かに由る物であったと……つまりはナツ殿達は何処かに転移させられた……?」
その話をティール達に伝えると、驚いた顔をされたが、直ぐにその理由が分かった。
『アレの中に入る方法ってのがまた、転移術なんだよな。あそこまで派手な光に包まれる事はねえんだが……あいつらだからなあ。
しかし、そうなると中に居ねえらしいのが気にかかるな……ぶっ壊れてるのかもしれねえし、念のために確認しとくか』
そして日を改め、翌日ティールとトゥール殿の二人が代表で大木の中に入り調査をする事となった。
気持ちとしては我も同行したかった――興味本位ではなく純粋にナツ殿達の身を案じての事だ――しかし、あれは見方を変えれば一種の霊廟の様なものだ。
それを護る一族であるティール達が入る事はあっても、部外者である我が立ち入って良いものではなかろう。
故に我はモモと共に二人を見送り、周辺を調査しながら帰りを待っていたのだ。
ティール達の帰還は思っていたよりだいぶ早く、30分もかからなかったのではなかろうか。
彼らの報告によれば中に誰かが入った形跡は見られず、当然ナツ殿やミー殿の姿も見つけられなかったと。
ただし、本来であれば消灯しているはずの板が緑色に発光していて、少なくとも何かしらが起きている、それによって二人が何処かに飛ばされてしまったのではないかと言う事だった。
あの中ではない何処かへ転移させられてしまった、それが分かった事を一歩前進と考えるべきなのか、振出しに戻ったと考えるべきなのか――いや、ここは前向きに一歩前進と考えよう。
屋敷に戻り、対策会議をしているとアヤ殿が良い情報を出してくれた。
それはなにか事態が進展するような物では無かったが、今後を考えれば大いに安心させてくれる物で有った。
「ナツ君もミューラ様も腕が立ちますので、たとえどこに転移していたとしても後れを取ることはないでしょう……愛用されている武具や道具をお持ちいただけていないのは気がかりですが。
そして彼らは恐らく転移先で街を目指すはずです。着の身着のままで転移してしまったお二人はお金を稼ぐためにギルドに向かい、素材の納品をすると思われます。
ギルドの情報は大陸を隔てていても本部を経由し共有されます。お二人がギルドに立ち寄り、カードを提示した時点でその場所が明らかとなる……そうなればこちらから連絡をする事も出来ますし、迎えに行く事だって可能です」
少しでも情報が欲しい我らにとってその話は光明であった。
……懸念すべきはナツ殿がカードを所持しているかどうかであるが。
残念な事に、ミー殿のカードはきちんと部屋に置かれたままになっていたからな。
ナツ殿はいつ何時でも道具を入れたカバンを持ち歩いていたし、カードだってきちんと身に着けている……はずであろう。
まさかカバンや財布に入れたままであると言う事はあるまいな……。
恐れ多すぎて中を確認することは出来ぬのだが……まさか、まさかな。
……ナツ殿もああ見えて抜けているところがあるからの……。
確認しておきたいところだが、この事を話せば……ティールのアホはガサツ故に遠慮なくカバンや財布を漁ろうとするであろう。
カバンや財布は持ち主の聖域だ。故に他者が無遠慮に立ち入って良い物では無い。
勝手に中を改められてしまったとナツ殿が知ったらどんな顔をする事か。
カードがカバンや財布に入ったままであるかもしれない、その懸念がある事はもうしばらく黙っておくこととしよう。
とはいえ、このまま何の進展も無かったらば、その時はナツ殿に泣いてもらって調べさせてもらうしかないがの。
……どうか、ナツ殿、カードを所持していてくれよ。お主の嫌がる顔は見たくはないのでな。
◆◇ナツ◇◆
「まあこんなもんか」
我々の目の前に並んでいるのはこれから旅をするにあたって用意した道具たちである。
大ぶりの背負い籠に肩掛けのカバン、こまごまとした道具に食料たち。
素晴らしきかな細工スキル。余り立派な物ではないけれど、十分実用に耐える道具がずらりと作れてしまった。
これだけあれば街まで何とかつけるはずだ。
道中は狩りや採取をして、それをギルドに納品すれば少なからずお金も手に入るはず。
お金があれば何でもできる! そう、帰る事だってね!
となれば目的地は最寄りの街! そしてギルドだ!
……ギルド?
ギルド、ギルドねえ……あっ……。
「時にミー君。その、君さあ」
「どしたのナツ君。もじもじしちゃってさ」
「いやね? ミー君さあ、ギルドカードってさ今……」
「うん? 今もってないよ? 大事なものだもんね、ちゃんと無くさないようにユグドラールのおうちにしまってあるよ!」
「そっかあ、そっかーミー君は偉いなあ」
「えへへー」
……やべえよやべえよ。
俺のカード……つうかお財布ごとねえよお! 向こうに置いてきちゃったのかなー?
再発行……出来るかなあ……出来るといいなあ……はあ……。




