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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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497:空へ1

前回のざっくりあらすじ:ニースとラチェットは、皆に内緒で飛空船の部屋を開いた。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、4月5日(日)となります。

 ニースとラチェットが秘密裏に遺跡へ降りた日から、一行は毎日のように飛空船へ向かい、出発の準備を行った。


 カルマート国軍は、シーラを通じてニースたちの動向を探ろうとしたが、シーラはその目をうまく誤魔化した。

 しかし動きを気にしているのは、カルマート国軍だけではない。他国の間者と思われる者たちも、町にいくつかある入り口から遺跡へ侵入しようとしたため、ビオス家の私兵が取り押さえたり、バードが遺跡の通路を閉じたりして侵入を防いだ。


 メグやグスタフたちも、ニースたちは地下で何をしているのかと興味を持ったが、誰一人として遺跡へ降りる事は許されない。

 エルネストやベンたちが、屋敷の庭を中心に厳重な警備を行う中、慌ただしくも穏やかな春の日々は、どんどん過ぎて行った。


 さすがに試運転は出来ないものの、ラチェットはココから船の動かし方を習う。ジョルジュが船の整備を行う際には、ニースも手伝った。

 ジャンは各地の情報を集めて精査し、イルモは船の出入口を調査する。幸いな事に、出入口は町の近くにある湖になっていたが、湖面には小舟が何艘も繋がれている。飛び立つ際に巻き込まれては大変だと、ラチェットはエルトンに相談を持ちかけた。


「湖から釣船を引き揚げる? 何故そんなことを?」

「理由は言えません。ただ、湖近辺をしばらく立ち入り禁止にしてもらいたいんです」


 ビオス家の当主はラチェットではなくエルトンだ。エルトンは町長ではないが、人望と家柄から町の相談役のような立場にある。

 詳細を伏せられたまま話を聞いたエルトンは、訝しげな目をラチェットに返した。


「ニース君が必要としてる発掘品に関係があるのか。遺跡がいくら広いといっても、丘に収まる程度だと思ったが」

「それが、新しい通路が見つかったんですよ。そこと湖が繋がってるので、父さんの力を借りたいんです」

「新しい通路か……。まさかここに来て、そんなものが見つかるとは」


 屋敷の執務室には、ラチェットとエルトンの二人しかいない。ラチェットの頼みを聞いて、エルトンは真剣な眼差しで言葉を継いだ。


「詳しい内容は、後からなら言えると言ったな」

「はい。どちらにせよ、出発したら分かることなので。父さんには、イルモ先生から話してもらえるよう頼んであります」

「そうか……。分かった。お前とニース君がやることなら、そうおかしなことではないだろう」

「ありがとうございます」


 エルトンは、考え込むように腕を組みながらも頷いた。ラチェットは、ほっと安堵の声を漏らす。しかしエルトンは、厳しい眼差しのままラチェットを見つめた。


「それでラチェット。本当にメグさんに言わずに行くつもりか?」


 ラチェットはエルトンに、ニースたちと共に帝国へ向かう事を伝えていたが、メグには言っていない。窘めるように言ったエルトンに、ラチェットは苦笑いを浮かべた。


「ええ。メグに言ったら、母さんにも伝わるでしょう。また前みたいなことになっても困るので」

「共和国へ行った時か……」


 以前、覚醒歌への対抗策を考えるためにラチェットが共和国へ行った際、メグとオリビアは猛反発していた。その時の怒りは激しいもので、エルトンとラチェットが軍の召喚だからと話しても、なかなか納得は得られなかったのだ。

 当時の苦労を思い出し、エルトンは頭痛を抑えるように額に手を当てた。


「まあ、気持ちは分かる。分かるがな……」

「今回はニースたちと一緒ですし、前よりずっと危険は少ないと思います。でも、メグと母さんがそれを理解してくれるとは思えなくて。あの時みたいに、また出発が遅れても困るんですよ」

「それはそうだろうが……説明する私の身にもなってもらいたいな」

「それはすみません、としか言いようが」


 エルトンがいくら話しても、ラチェットの決意は固い。気まずげながらも意見を変えないラチェットに、エルトンはため息を吐いた。


「絶対に帰ってくるんだぞ。メグさんとニコルを悲しませるな」

「それだけは必ずお約束します。それから、お義父さんたちにですが……」

「もちろん、お前が出発するまで黙っているよ。帰ったら殴られる覚悟はあるんだろう?」

「ええ、まあ」


 頬を引きつらせながらも頷いたラチェットに、エルトンは呆れたように笑った。


「そこまでの気持ちがあるなら、もう何も言えないな。教え子たちを助けて、勝って帰ってきなさい」

「はい。ありがとうございます」


 ラチェットは深々と頭を下げて、部屋を去って行った。エルトンは切なげな眼差しで、その背を見送る。エルトンの心を表すように、窓の外では開花の始まった桜の木々が、ゆらゆらと揺れていた。



 柔らかな月明かりが、満開の桜を照らす。ニースたちがビオスタクトへ着いてから十日あまりが経ち、いよいよ飛空船出航の日がやって来た。出来る限り人目に付かないようにと、出発は真夜中の予定だ。

 準備を終えたニースとセラは、またしばらくは見れなくなる景色を楽しもうと、屋敷のバルコニーから桜の咲く庭と町を眺めた。


「桜、綺麗に咲いたね」


 月明かりと街灯に照らされた夜桜は、幻想的に見える。感嘆の声を漏らしたニースに、セラは微笑んだ。


「うん。満開になったからって、今日はメグさんたちとお庭でお花見してきたの。楽しかったけど、ニースにもお昼の桜、見せたかったな」

「ごめんね。忙しかったから」


 セラの声音は明るいが、その横顔は寂しげに見えた。ニースはセラの肩を抱き寄せ、赤い髪に唇を寄せた。


「でもこうやって、セラと桜を見れて良かったよ」

「うん……。今度はレイチェルたちとも一緒に見たいね」


 セラは照れくささを誤魔化すように、小さく身動いだ。ニースは宥めるようにセラの髪に触れながら、町の明かりに目を向けた。


「そうだね。グスタフさんたちの演奏も聞きたいし」


 グスタフとマルコム、ジーナの三人は、双子とビビアンをメアリに預け、町の酒場で演奏している。ニースはグスタフたちが桜の下で演奏している様を思い浮かべた。

 二人はしばし寄り添い、柔らかな春の景色を心に刻む。すると不意に、痺れを切らしたような声が響いた。


「いつまでくっ付いてるんだ。そろそろ行くぞ」

「ひゃっ!」

「エルネストさん……」


 背後からかけられたエルネストの声に、セラは慌てた様子でニースから離れる。ニースは物足りなさを感じ、口を尖らせた。


「今行きますよ。そんなに怒らなくても」

「嫌なら自重しろ。さっさと行かねえと朝になるぞ。そういうのは全部終わってからやれ」

「朝になるなんて、言い過ぎですよ」

「どうだかな」


 呆れたように話すエルネストに、ニースはムッとしながらも、セラと手を繋ぎ歩き出した。


 出発前のニースたちに付いているのは、エルネスト、ベン、ルポルの三人だ。

 エルネストが二人を先導するように進み、二人の後ろをルポルとベンが歩く。ほんのり頬を染めたセラを見て、ルポルが悶えるように小さく唸った。


「恥ずかしがるセラちゃんも可愛いなぁ。俺はいつまででも眺めていられるけど、時間は時間だからなぁ。隊長が止めるのも仕方ないか」


 ルポルは、ニースたちから少し離れた後ろを歩きながら、一人で呟き納得した。そんなルポルに、ベンが意味ありげな笑みを浮かべた。


「それだけじゃないと思うよ」

「どういう意味です?」

「一緒に桜を見れるって幸せだろう?」

「……は?」

「俺もいつか、カミラさんと見たいな」


 ふっと笑ったベンの言葉に、ルポルは首を傾げた。ルポルがその意味を掴む前に、先を行くニースたちが屋敷の裏口から外へ出る。

 裏庭でレミスやマルコたちと合流すると、一行は誰にも見つからぬよう、口を閉ざして歩いた。遺跡の入り口へ繋がる小道には、桜越しに優しい月明かりが溢れていた。



 遺跡の底では、ラチェットたちがニースとセラを待っていた。メグがニコルを寝かしつけに行き、ビアンカがシャワーを浴びに行った隙に、ラチェットとイルモは屋敷を離れたのだった。


「お待たせしてすみません」

「いいよ。僕たちも最後の確認をしてたから。いよいよ出発だね」

「はい。よろしくお願いします」


 ニースはラチェットたちと挨拶を交わす。飛空船に乗るのは、ニースとセラ、エルネストやルポル、ベンたち護衛と、ラチェット、シーラ、ジャン、ジョルジュだ。

 イルモは遺跡に残り、中央制御室から出入口の操作を行う事になっていた。


『イルモ。ある程度の距離までは、通信は繋いでおくから。遺跡の操作で迷ったら、すぐに聞いてちょうだい』

「大丈夫だ。勝手な操作で壊したりはしないよ」

『私たちが出たら、防衛プログラムを忘れずに起動させてね。ニースが歌を込めたから、しばらくは遺跡は生きてるはずだから』

「分かってる」


 ニースたちから少し離れた場所では、ココがイルモに小声で何度も念を押す。そんな皆を横目に、セラはようやく見れた飛空船に目を輝かせた。


「すごい綺麗……。それに、やっぱり大きいね。砂漠のお船より、大きいんじゃないかな」


 動力が入った飛空船の外壁は、ただの白ではなく、不思議な光沢を放っていた。感嘆の声を漏らしたセラの肩に、バードが舞い降りた。


『そんなわけないでしょー。どっちもアルブムの船だから、同じ大きさだよー』

「アルブムのじゃないお船は、もっと大きいの?」

『そうだねー。俺っちそんなに覚えてないけど、大きいのも小さいのも色々あったと思うよー』


 セラの耳元で囁いたバードに、セラは、なるほどと頷いた。


「お船の入り口はどこなの?」

『何箇所かあるけど、今回は後ろのハッチから入るよー。あそこが一番低いからー』

「ハッチって……あの鳥さんのお尻の方?」

『そうだよー。でもお尻とか言わないでよー。せめて尾翼って言ってほしいなー』

「お尻はお尻だと思うけど……。でも、そうだね。あそこから乗るんだし、言い方は変えた方がいいかも」


 セラはバードを撫でながら、真剣な眼差しで相槌を打つ。そうしてる間にニースたちは話を終え、一行はイルモを残して船へと乗り込んだ。


「うわあ……すごい! ここがブリッジなの?」


 初めて足を踏み入れた船橋に、セラは目を瞬かせた。興奮した面持ちのセラに、ニースは微笑みを浮かべた。


「そうだよ。鳥の頭のあたりなんだ」

「窓とか全然なかったし、こんなにお外が見えるなんて思わなかったよ」


 ニースとラチェットが事前準備のために訪れた際、操舵室はただの白壁だった。しかし今は、扉と床、椅子はあるものの、壁と天井からは外が丸見えだ。

 まるで宙に浮いてるかのような部屋に、セラだけでなくマルコやエリックたちも唖然とした。


「古代人の船って、こんなスケスケなのか⁉︎」

「柵ぐらい付けたらいいのに。落ちそうで怖すぎるよ」


 屋敷から遺跡にかけての警備を任されていたマルコたちは、セラと同じく、この日初めて飛空船に乗り込んだ。船橋は飛空船上部にあるため、その高さはかなりのものだ。

 落ちたら死ぬかもしれないと顔を青ざめたエリックに、ジャンが、はははと笑った。


「心配しなくても落ちないよ。これは幻影だから」

「げんえい?」

「本当はこれは壁なんだよ」


 どう見ても外にしか見えない壁に、ジャンは無造作に背を預ける。そのまま落ちそうだと、マルコたち王国兵は悲鳴を上げたが、普通に寄りかかっているジャンの姿に呆気に取られた。


「うわ、マジかよ」

「壁ってことは、この船が動いても風が入ったりは……」

「しないよ。安全快適そのものさ」


 爽やかな笑みを浮かべたジャンに、マルコたちは感心しきりだ。セラは愉快げに、ふふふと笑った。


「そっか。みんな知らないんだもんね」

「うん。王国には遺跡がないから。幻影なんて、みんな初めてなんだよ」


 セラの呟きに、ニースは微笑みを返す。すると、外の景色の一部が切り取られ、イルモの顔が浮かび上がった。


『こっちの準備は整った。そっちの様子はどうかな?』


 中央制御室だろう、椅子や机が並ぶ部屋に立つイルモは、かなり大きく映し出されていた。マルコたちがその大きさに面食らう中、シーラが声を上げた。


「全員乗り込みましたが、これから持ち場へ着く所です。もう少しお待ち下さい」

『分かった。……ん? あっ!』

「イルモ先生? どうかなさいました?」


 不意に焦りを滲ませたイルモに、シーラは冷静に問いかける。しかしイルモは答えずに、慌てた様子で視線を彷徨わせるだけだ。

 ジョルジュが椅子の一つに腰を下ろし、肘掛け部分にあるガラス板のような物に手を伸ばした。


「ちょっとこっちからも見させてもらいますね」


 ジョルジュは指で軽く板に触れ、何やら操作すると、ぴたりと動きを止めた。


「……マーガレット先生?」

「まずい……!」


 囁くようなジョルジュの呟きに、ラチェットは弾かれたように走り出す。エルネストが外の景色を眺め、ああと声を漏らした。


「見つかったみたいだな。これは修羅場か?」


 愉快げに言ったエルネストの視線の先には、怒りで顔を真っ赤に染めたメグの姿があった。全力で走ってきたのだろう、息を整えているようで、メグは片手で広間入り口の壁に手を付き、鬼のような形相で古代船を睨み付けている。

 そのあまりの恐ろしさにセラたちは固まり、ニースは大変な事になると、バード、ココと共に慌ててラチェットの後を追った。

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