表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
582/647

498:空へ2

前回のざっくりあらすじ:出発の準備を終えたニースたちの元へ、メグがやって来た。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます、ご注意下さい*


*次話の投稿は、4月7日(火)となります。

 ジョルジュの呟きで、メグが来た事に気付いたラチェットは、船内を駆け下りながら、どう説明しようかと考えを巡らせた。


 ――何を話しても絶対にメグは納得しないだろうな。ひたすら謝るしかないか……。


 ラチェットは胃が痛くなるのを感じたが、足を止めるわけにはいかない。気持ちを奮い立たせて必死に走り、ラチェットはメグの元へ向かう。

 怒りを全て受け入れようと、覚悟を決めたラチェットだったが、メグの顔を見た瞬間、それまでの考えは全て霧散していった。


 ――メグが、泣いてる?


 壁に手を付き、古代船を睨み付けるメグの目には、薄らと涙が滲んでいた。

 そんなメグの呼吸はあまりに荒く、足も小さく震えている。怒っているというよりは恐怖を堪えているような姿に、ラチェットは、はっとした。


 ――そうだ。ここはメグにとって、トラウマなんだ。それなのに……。


 ビオスタクトの遺跡は、モレンドにあった蛇穴の遺跡と造りが似ている。古代船のある巨大な広間へ繋がる部屋は、かつてラチェットが銃撃を受けた場所と酷似しており、メグにとって忌まわしい記憶を呼び起こさせるものだ。

 駆け寄ったラチェットを見て、メグの顔が苦しげに歪む。過呼吸を起こしているメグの肩を、ラチェットは支えた。


「メグ、大丈夫かい? どうしてここに……」


 ラチェットは言いながら、メグの華奢な背中をさすった。

 メグは呼吸が落ち着いてくると、心配するラチェットを咎めるように、肩に置かれたラチェットの手を強く掴んだ。


「……たのよ」

「え?」

「ニコルが寝たから、桜を見に行こうって誘おうと思ったのに。コートを取りに行ったら、あなたの服がなかったのよ」


 まるで旅に出たかのように、ラチェットの荷物がなくなっているのに気付いたメグは、眠ったニコルをビアンカに頼み、遺跡へ降りてきていた。

 メグは涙を堪えるように、ラチェットをキッと睨み上げる。ラチェットは、問いたかった事はそれじゃないと頭を振った。


「それでも、ここに来るのは辛かったろう?」

「仕方ないじゃない。ニースたちもいないのに、軍の車は残ってるんだもの。ずっと遺跡には入れなかったし、絶対にここに何かあると思ったのよ」


 屋敷の庭から遺跡に降りれば、古代船のある広間までは一本道だ。元々は複雑な造りの遺跡だが、皆が道に迷わないようにと、バードが通路を調整したままだった。

 ラチェットは、メグが地下で迷子にならずに済んだ事を喜ぶべきか、ここへたどり着いてしまった事を悔やむべきか、複雑な思いで項垂れた。


「ごめん……」

「何が? 私とニコルを置いてくこと? 黙ってたこと? それとも、ここに来させたこと?」

「……全部だよ」


 目を合わせず、気まずそうに言ったラチェットに、メグは眉を吊り上げた。


「何で謝るのよ! 謝るぐらいなら、行かないでよ!」

「メグ……」

「ずっとそばにいてくれるって約束したのに! ニースたちと帝国に行く気なんでしょう⁉︎ 黙って動くぐらいだもの、私に分からないとでも思った⁉︎」


 メグは金切り声を上げながら、ラチェットの胸を思い切り叩く。ラチェットはメグを見つめ、肩を掴む手に力を込めた。


「ごめん。でも、僕が行かないといけないんだ」

「何でよ! あなたが行ったって、戦えないじゃない!」

「あの船を動かせるのは、僕だけなんだよ」

「船?」

「あの大きな鳥みたいな建造物は、古代の船なんだ」


 ラチェットは、背後にある古代船に目を向けた。

 巨大な鳥の船の前では、ニースとバード、ココが心配そうに二人を見つめている。その向こう側から、セラとルポル、ベンもやって来るのが、メグの目に映った。

 メグはラチェットを叩く手を止め、訝しげに眉根を寄せた。


「これが船だなんて……。帝都に行くのに、川下りでもするっていうの?」

「それは……」


 メグの問いかけに、ラチェットは話していいのかと悩み、言い淀む。ラチェットの迷いを見て取り、ニースは一歩踏み出した。


「メグ、違うんだ。この船は、空を飛ぶんだよ」

「空を、飛ぶ? そんな……嘘でしょ?」

「本当だよ。バードやココみたいに、これで飛ぶんだ。そうしないと帝都に行けなくて」

「そんな、だってそれじゃ……」


 空を飛ぶと聞いて、メグの顔から一気に血の気が引いた。ニースは、メグが高所恐怖症なのを思い出し、慌てて言葉を継いだ。


「落ちたりはしないから。バードたちが一緒だし、ラチェットさんに危険はないよ」

「でも、だって……」

「この船を使わないと、レイチェルが殺されちゃうんだ」


 ニースの言葉に、メグは息を呑む。唇を震わせたメグを、ラチェットは抱き寄せた。


「メグ。黙って行こうとしたことは、本当にごめん。でも僕は、レイチェル君を見捨てることは出来ない。それは君も同じだろう?」

「でも、もしそれで、あなたに何かあったら……」

「僕は、必ず帰ってくるよ」


 ラチェットはメグの目を見つめ、言い聞かせるように言った。ニースたちは静かに話の成り行きを見守るが、ニースの肩に乗ったバードが、食い入るように二人を見つめる。

 ラチェットは、目に涙を溜めたメグの頬を撫で、穏やかに言葉を継いだ。


「僕は死んだりしない。ニコルと待ってて」

「ラチェット……」

「君がここにいてくれなきゃ、僕はただいまって言えないだろう?」


 メグの瞳から、ぽろりと涙が一筋溢れた。するとバードが不意に、あっと声を上げた。


『ダメ! ダメだよ!』

「バード⁉︎」


 突然肩の上で喚き出したバードを、ニースは慌てて掴んだ。しかしニースが嘴を抑えても、バードの声は止まらない。

 バードは暴れるように翼をばたつかせ、喚き続けた。


『何で俺っちを止めるの! 止めるならあっちでしょ!』

「バード、静かにして!」

『これじゃダメだよ! このままじゃまた……』

『バード、しっかりしなさい!』


 叫ぶバードの頭を、ココが、ぺしりと翼で叩いた。


『……ココ?』

『バード、よく見て。あそこにいるのは、ラチェットとメグよ』


 ココに窘められ、バードは瞳を瞬かせた。大人しくなったバードがこれ以上何かを叫ばないようにと、ニースは二羽を懐へ押し込める。

 その様を唖然として見ていたラチェットは、小さく咳払いをして、メグに向き直った。


「メグ、とにかく約束するから。泣かないで」

「ラチェット……」

「帰ったら、君のお味噌汁飲ませてくれる?」


 ラチェットは請うように、メグの顔を覗き込む。ラチェットに涙を拭われ、メグは苦しさを堪えるように微笑んだ。


「私ので良ければ、いくらでも作るわ」

「君が作ったのがいいんだよ。たくさん食べるから、鍋いっぱいに作れるように準備して待ってて」

「絶対よ。約束、破ったら承知しないから」

「何があっても帰ってくるよ。大事な君を、一人きりで残したりしない」


 ラチェットは想いの全てを込めるように、メグと深い口付けを交わす。

 ニースは胸元でゴソゴソと動く二羽に気を取られていたが、ルポルが顔を赤くして目を逸らし、ベンが苦笑して俯いた。

 そんな中でセラは一人、メグの心中を察し、苦しげに顔を歪めた。



 二人の熱い口付けが終わる頃には、ニースの懐で動いていた二羽も落ち着きを取り戻した。

 ニースは、ほっと安堵しながら、頬を上気させて見つめ合うラチェットとメグに語りかけた。


「メグ。ラチェットさんのことは、必ず帰すから。心配しないで」

「ニース……」


 メグは照れくさそうに微笑むと、ラチェットの手を握り、ニースに向き直った。


「あなたとセラのことだって、私は待ってるから。無茶しちゃダメよ」

「うん。ありがとう」

「そう、ですね。私たちも危ないんですよね……」


 優しいメグの声に、ニースは微笑んで応えたが、セラは、はっとして視線を落とした。ベンとルポルが口々に、自分が守るから大丈夫だと話す。

 そこへイルモが、慌てた様子で駆け寄って来た。


「マーガレット先生。これは、その……」


 中央制御室から走ってきたイルモは、ラチェットとメグの話がついた事を知らない。どうにかして取りなそうと話すイルモに、メグは微笑んだ。


「イルモ先生はお留守番なんですね」

「あ、ああ。そうだが……」

「私も見送らせてもらいます。どこからなら、安全に見送れますか」


 メグの声音は吹っ切れたように聞こえるが、その瞳には拒否を許さない力強い光がこもっている。イルモは頬を引きつらせ、来た道を指し示した。


「私と一緒に、見送るかい……?」

「ええ。そうさせてもらいます」


 メグは、にっこり笑うと、ラチェットの頬に口付けた。


「あなたが帰るまで、ずっと待ってるわ。いってらっしゃい」

「ありがとう。行ってくるよ」


 メグは手を振って、イルモと共に歩き出す。ラチェットは拳を固く握ると、ニースたちに笑いかけた。


「お待たせしてごめんね。行こうか」

「はい。行きましょう」


 ニースたちは、飛空船へと再び乗り込む。船橋からも一部始終が見えていたようで、エルネストたちがラチェットを茶化すように迎えた。


「ずいぶん手厚い見送りだったみたいだな」

「ええ、まあ。おかげで元気が出ましたよ」

「そうかよ。ならさっさと行くぞ。お前らが遊んでる間に、こっちの準備はもう終わってる」


 エルネストの指示で、マルコやエリック、レミスたち護衛隊の面々は、各自の持ち場となる船内に散っている。操舵室に残るシーラたちは椅子に腰を下ろしており、後はニースたちの着席を待つばかりだ。

 ラチェットが中央の椅子に。その隣にある席に、ニースとセラも座る。エルネストとルポル、ベンの三人は、シーラたちと同じ並びの壁際の席に腰を下ろした。


 皆が席に着くと、ニースの胸元からココが出てきて、ラチェットの肩に飛び乗った。


『じゃあ、教えた通りに動かしていくわよ。私とバードでサポートするから。肩の力は抜いてね』

「ああ。よろしく頼むよ」


 ニースの肩にバードも出てきて、紐のようなものを肘掛の先にあるガラスのような板に繋ぐ。二羽の指示に従い、シーラたちもそれぞれ手元の操作板に手を伸ばした。

 すると、外の景色が映る操舵室の壁に、イルモの顔が浮かび上がり、その横からメグがひょっこりと顔を出した。


『これ、すごいですね。ラチェットたちが見えるなんて』

『マーガレット先生、近すぎだ。向こうからもこっちが見えてるんだよ』

『え⁉︎ そうなんですか⁉︎』


 間の抜けたやり取りに、緊張していた操舵室の空気が緩む。ニースは、ふっと笑みをこぼした。


「メグ、そっちからはどう見えてるの?」

『どうって、窓から眺めてるみたいよ。でも、あなたたちの姿だけじゃなくて、その鳥の船全体も見えるの。まるで色んな所から同時に覗いてるみたいよ。……それにしても、そっちの声まで聞こえるのね。本当に不思議だわ』


 ぶつぶつと呟くメグに苦笑し、イルモが口を開いた。


『念のため、庭から繋がる通路は封鎖した。これ以上、誰かが侵入することはないはずだ』


 力強く言ったイルモに、ラチェットは笑みを返した。


「ありがとうございます。出口はどうですか」

『湖にも人の反応はない。扉もすでに開けてあるよ』

「分かりました。では、出発します」

『幸運を祈るよ。吉報を待ってる』


 ラチェットに続き、ニースたちも口々に行ってきますと声を上げる。景色の中に映り込んでいたイルモとメグの姿が消えると、ラチェットは、肘掛の先に付いている水晶球のような物に手をかざした。


「まずは浮上。それから方向転換して、前進……」


 ラチェットが意図するのに合わせて、飛空船は床から離れて浮かび上がる。船内には、エレベーターに乗っているかのような不思議な揺れが微かに走った。

 飛空船は、そのまま広間の奥に続く巨大な通路へと進んでいく。突き当たりで一度止まると、船の周りには水が満たされていき、操舵室の壁には水泡が映し出された。


「これから空を飛ぶのに、水の中にいるなんて。何か、変な感じだね」


 思わずといった風に呟いたセラに、ニースは深い頷きを返した。


「うん。水槽が映ってるみたいに見えるけど、実際は僕たちの方が中にいるんだもんね」

「ここから本当に飛ぶのかな」

「飛ぶはずだよ。……たぶん」


 鳥のように空を飛ぶなど、これまで誰一人として経験した事はない。ニースたちの瞳に、期待と不安が入り混じる。

 水中をゆっくりと浮上していった船は、やがて真っ暗な空の下へと姿を現した。


『さあ、飛ぶわよ』


 ココの掛け声と共に、そのまま飛空船は宙に浮かび上がる。ほとんど振動がないため、空を飛んでいるという実感は全く湧かないが、薄暗い湖の周りに立つ木々が下になり、町の明かりが見え始める。

 星のように光るその明かりに、ニースたちは感嘆の声を漏らした。


「これ、今飛んでるってことだよね?」

『そうだよー。もっと高度を上げて、雲の上まで行くんだよー』


 胸を張ったバードを横目に見ながら、ココはラチェットに語りかけた。


『バードの言う通りなんだけど、今のうちから操作に慣れましょう。水平は保っておくから、針路通りに前進させて』

「ああ」


 ラチェットは緊張を滲ませ、壁に映る空を見つめる。その様を見て、セラは首を傾げた。


「針路ってココちゃんは言ったけど、どうやって方角が分かるんだろう?」

「……そう言われればそうだね。羅針盤みたいのもないけど、星を見てるのかな?」


 ニースとセラの会話に、バードが得意げに頭を振った。


『それはねー。メガネっちには違う景色が見えてるんだよー』

「違う景色?」

『ニースっちたちには、ただの外の景色にしか見えないだろうけど、メガネっちの目には、矢印みたいに道を示す印が見えてるんだー』


 意外な話を聞いて、ニースは目を瞬かせた。


「なんでそんなのが見えてるの?」

『メガネっちが管理者だからだよー。管理者は船と一部で繋がってるから。他にも、管理者にしか分からないものがいっぱいあるんだよー』

「だからラチェットさんにしか動かせないんだね」

『そういうことー』


 ニースたちが話してるうちに、町の明かりは眼下をどんどん流れていく。最初はガタガタと不可思議な揺れが起きたが、ラチェットがコツを掴んだのか、やがて揺れはほとんどなくなっていった。


 夜の空に浮かび上がった飛空船は、そのまま北の大地を目指して飛んで行く。人知れず飛ぶ鳥の船は、一陣の風と桜吹雪をビオスタクトの町に残して、月明かりに消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ