496:鳥の船4
前回のざっくりあらすじ:ニースとココは、ラチェットたちに飛空船の話を明かした。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、4月3日(金)となります。
まだ夜の明けない薄暗い庭を、四つの影が明かりもなく歩く。闇に溶けるように先頭を歩くのはエルネストで、その後ろを歩くのはニースとラチェット、ベンの三人だ。
皆が寝静まる屋敷からこっそりと抜け出したニースたちは、遺跡の入り口のある庭の奥へたどり着くと、据え付けられた梯子を慎重に降り始めた。
「この穴、綺麗に整えたんですね」
かつてニースがラチェットやイルモと降りた縦穴は、煉瓦を敷き詰め補強されており、土汚れを気にする必要はなかった。
静寂の中で、ぼそりと呟いたニースに、ラチェットが梯子を軋ませながら頷いた。
「埋め戻そうかって話もあったらしいけどね。一応残しておいたみたいだよ」
「助かりました。あまり人に聞かれたくないので」
ニースたちが早朝から遺跡へ降りたのは、遺跡の扉を開けるためだ。鍵石歌をイルモたちに聞かれたくないと、ニースがラチェットに頼んだのだった。
遺跡特有のつるりとした白壁の通路へ降り立つと、ベンが携帯型の照明で照らす。ニースとラチェットも火石のランプに火を灯し、歩き出した。
「僕が歌う間、エルネストさんとベンも少し離れててね」
古代船の部屋へと向かいながら、ニースは二人に釘を刺す。エルネストが呆れたように、肩をすくめた。
「何度も言いやがって。そんなに聞かれたくないのか」
「はい。それから、中に入るのは僕とラチェットさんだけですから。それも約束ですよ」
「そうまで言われると、かえって気になるな」
茶化すように言ったエルネストに、ベンが不敵に笑った。
「エルネストのことは、俺がちゃんと抑えておくから。安心して」
「何だ、ベンジャミン。俺とやり合う気か?」
「必要ならね。手合わせしたいなら、いつでもどうぞ」
「ずいぶん自信が付いたみたいだな。初陣の時が嘘みたいだ」
互いに牽制し合うようにエルネストとベンは話すが、言葉とは裏腹に二人は楽しげだ。そんな二人の様子に、ラチェットが微笑んだ。
「前に会った時より、さらに仲良くなったみたいだね」
「そうですね。あの後も、二人は何度も僕を助けてくれました。息もぴったりなんですよ」
ふわりと笑みを浮かべたニースの言葉に、エルネストとベンは気恥ずかしさを誤魔化すように、舌戦を繰り広げる。そうして賑やかに歩くと、やがて目的の広間へとたどり着いた。
「じゃあ、二人とも。扉が開くまで、これを付けてね」
「何だこりゃ?」
「耳栓ですよ。いびき対策にって作られたパトリック商会の品ですから、効果は確実です」
ニースはエルネストとベンに、耳栓を渡す。準備が終わると、ニースはセラから借りていた鍵石のペンダントを手に、鍵石歌を歌い出した。
ニースの歌声と共に、中途半端に開いていた扉が音もなくスッと開ききる。歌い終えたニースの懐から、ココとバードが顔を出した。
『開いたわね。少し中を確認してくるから、バードと待ってて』
「分かった」
ココは言い置いて、羽ばたきもせずに舞い上がる。ラチェットがベンとエルネストの肩を叩き、扉が開いた事を伝えた。
「あっさり開くんだな。もっと時間がかかるのかと思ったが」
耳栓を外しながら、エルネストがぼそりと呟く。開かれた扉の先にある真っ暗な空間に、ベンが目を細めた。
「この遺跡は生きてはいないんだね」
『そうだねー。ニースっちが雷石歌を歌ってくれれば、電気はつくけどー。それもココが戻ってからかなー』
バードがのんびりと答えると、確認を終えたのだろう。ココが、ふわりと舞い戻ってきた。
『中に入っていいわ。奥に雷石とコントロールパネルがあるから。そこまで行きましょう。エルネスト、ベン。ここには誰も近づけないでね』
「分かってるよ。こんな朝早くに、ここに来る奴が他にいるとは思えないがな」
「もし誰か来たら大声で知らせるね。いってらっしゃい」
扉のすぐ向こう側は、高めの段差になっている。エルネストとベンを残し、ニースとラチェットはランプを手に、慎重に扉から降りた。
「ここには、災いの火種はなかったんだね」
『ええ。とりあえずは。でも、このさらに奥までは分からないから、それはバードに見てきてもらうわ』
「もっと奥があるの?」
『あるはずよ。残っていればだけれど。とにかくまずは、明かりを付けましょう』
ココの案内で、ニースは空間の奥へと向かい、箱のような機材に向かって雷石歌を歌った。朗々と響くニースの歌声に、ラチェットが笑みを浮かべる。ココが紐のような物を繋いで何やら操作すると、ニースたちの視界は一気に光に覆われた。
「これはすごいな。本当にニースの絵、そのままだ」
目の前に現れた巨大な船に、ラチェットが感嘆の声を漏らす。ラチェットが古代船を見たのは初めてだ。ラチェットの脳裏には、かつてニースが描いた鳥の形の船が浮かんでいた。
「確かに鳥の形だけれど、物凄い大きさだね。これが本当に飛ぶのかい?」
『ええ。飛ぶわ。さあ、中へ入るわよ』
『俺っちは、奥の方見てくるねー』
バードがどこかへ飛び立つのを見送り、ニースたちは船の中へ足を踏み入れる。遺跡の壁とよく似た素材に見える船内は、軍艦よりずっと広々とした通路が続いている。
ココは船底にある一室へ、真っ直ぐニースたちを案内した。
『ここが動力室よ』
「ここが?」
船体の中央に位置する部屋には、円形の台座があるだけで、他に機械のようなものは見当たらない。軍艦や大型船とは全く違う造りに、ニースたちが唖然とする中、ココは台座の上へと舞い降りた。
『ここに空石を嵌めるの。ニース、空石歌は覚えてるわよね?』
「もちろん。もう歌えるよ」
『それなら歌石もここにあるから、先に歌を込めて』
帝国からカルマート国への船旅で、ココは空石歌をニースに教えていた。今の時代に伝わっていた空石歌は、覚醒歌と同じく、歌言葉が変質していたのだ。
ニースが台座の中心にある丸い窪みを覗き込むと、奥底に大きな歌石が見えた。ニースは真剣な眼差しで、空石歌を歌い出す。
雄大で力強い歌声に、ラチェットは目を閉じて耳を傾けた。
「これが空石歌か……。こんなに良い歌なのに、みんなに聞かせられないなんて」
『仕方ないのよ。管理者の血筋も空石も、他の国だって手に入れる可能性があるわ。空を飛ぶのは、あまりに大きな力になる。どう扱うか分からない人たちに、石歌まで知られるわけにはいかないの』
言い聞かせるように言ったココに、ラチェットは頷きを返した。
「もちろん、それは僕も分かってる。けれど、こうしてこれを動かした実績が出来上がれば、今度はニースが狙われるだろう。どうやって追及を躱すか、考えなければいけないね」
『そうね。その辺りは、ベンたちも考えてくれてるけれど。でもたぶんそう遠くない未来に、人類はもう一度空へ行くんだと思うわ』
「どういう意味だい?」
首を傾げたラチェットに、ココは切なげに話を続けた。
『ジョルジュのような発明家がいるでしょう? 彼らは今ある技術で、発掘品と似たような動きを出来る機械を作り出している。きっと空石を使わずに飛ぶ方法も、いつか見つけると思うの』
「空石を使わずに、か。まあ確かに、ないとは言えないかな」
『大地を離れるのは、大きな危険を伴うわ。過去を繰り返さないようにしてほしいけれど、こればかりはどうしようもないでしょうね』
「過去か……」
真剣に話すココを、ラチェットは、じっと見つめた。
「大崩壊の原因は、この船なのかい?」
『そうとも言えるし、違うとも言えるわね。複雑な要素がいくつも絡み合って、あの時代は終わったの』
「それでも、ここは残ったわけか」
『ええ。ここは白い天の導きの隠れ家のひとつだから』
言いながらココは、歌うニースを見つめる。ラチェットは、眼鏡をくいと上げた。
「アルブムは、奴隷解放を目指す者たちだったね。僕のご先祖様は、アルブムだったんだね?」
『……そうね。あなたには話しておいた方がいいのかも』
興味深げに問いかけたラチェットに、ココは向き直った。
『ニースに夢で見せた、カルデナの恋人の話を覚えてる?』
「ルーンだったかな、確か」
『そう。そのルーンの兄弟が、あなたのご先祖なの』
淡々と話したココに、ラチェットは目を見開いた。
「ルーンの兄弟? じゃあルーンも、アルブムにいたのか」
『ええ。ルーンとカルデナは、アルブムの主要メンバーだったわ。私もカルデナと、ここへ来たことがあるの』
「聖カルデナが、ここへ……」
ラチェットは感慨深げに周囲を見回す。ココは目を細め、言葉を継いだ。
『あなたがビオス家に生まれるなんて、何の因果があるのかしらね』
「ん? 因果?」
『何でもないわ。忘れて』
ラチェットは訝しげにココを見つめる。しかし、ココはそれ以上答えずに、話を変えた。
『あなたがこの船に乗ると知ったら、メグは怒るでしょうね』
「ああ……。まあね。戦場にまた行かなきゃならないわけだし」
気まずそうに頬をかくラチェットに、ココは申し訳なさそうに話した。
『ごめんなさい。こうなる前に、どうにか出来たら良かったのだけれど』
「ココが気にする必要はないよ。血を流さなくて済むってだけで、充分だから」
『あなたのことは、必ず守るわ。あなたたちの幸せを、壊したりしないから』
「ありがとう。でも、ココも無理をしてはダメだ。君だって、僕らの大事な仲間なんだから」
『ラチェット……ありがとう』
ココとラチェットが話すうちに、ニースの歌は終わった。ココは空石を台座に嵌めると、二人を船の上部へ案内する。
鳥の船の頭の部分が船橋となっており、お碗のように丸みを帯びた椅子が何脚も置かれていた。
『ニース。今度はこっちで雷石歌をお願い』
「分かった」
ニースが石歌を歌う中、ココは一際大きな椅子にラチェットを連れて行った。
『ラチェットの席はここよ。一度座ってみてくれる?』
「ああ、構わないよ」
ラチェットは言われた通りに、椅子へ腰を下ろす。ココが紐のような物を繋いで何やら操作すると、ラチェットの座る椅子を膜のような物が覆った。
「何だ、これは⁉︎」
ラチェットの上げた声に、ニースは歌いながら振り向いた。ラチェットが椅子ごと、卵型の膜の中に閉じ込められているのを見て、ニースは思わず歌を止め、唖然とした。
しかしココは何でもない様子で、膜越しにラチェットへ語りかけた。
『驚かなくて大丈夫よ。少し眩しいかもしれないから、気になるようなら目を閉じてて』
ココの言葉と同時に、キラキラと輝く微細な粒子が、膜の中に満たされていく。ラチェットは、ぎゅっと目を閉じて、息も止めた。
『呼吸は止めないで。身体に害のあるものじゃないわ。深呼吸して、肺に満たして』
無茶振りともいえるココの言葉に、ラチェットは混乱しながらも言われた通りに深呼吸する。謎の現象に、ニースは不安を感じて声を挟んだ。
「ココ、ラチェットさんは大丈夫なの?」
『もちろん、大丈夫よ。ニースは歌って。雷石歌が終わったら、火石歌と風石歌もお願いね』
「いいけど……」
ニースは、光の中で見えなくなってしまったラチェットを気にしつつも、石歌を歌い出した。やがてラチェットを包んでいた光の粒は床へ降りていき、木々が根を伸ばすように、ラチェットの座る椅子の下から操舵室全体へ光の線が伸びていく。
何かの紋様を描くような光の動きに、ニースは目を奪われながらも歌い続けた。
『うん。認証は終わったわ。とりあえずここまでやっておけば、後は見られても大丈夫ね。ラチェット、お疲れ様』
まるで氷が溶けるかのように、薄く張っていた膜は消えて行った。
「助かった……」
ラチェットは、ふらつきながら立ち上がり、別の椅子へ腰を下ろす。気持ちを落ち着けるように呼吸を繰り返すラチェットに、ココは、くすりと笑った。
『ごめんなさいね。あんなに驚くと思わなくて』
「あんなの、驚かずにいられるわけがない。何なんだい、あれは」
『あなたの血筋を確認して、新しい管理者として登録したのよ。次からは必要ないから』
「それは助かるよ。もう一度なんて言われたら、断ろうかと思った」
緊張を解すように、ラチェットは軽く応える。意外と元気そうな姿に、ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。




