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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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496:鳥の船4

前回のざっくりあらすじ:ニースとココは、ラチェットたちに飛空船の話を明かした。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、4月3日(金)となります。

 まだ夜の明けない薄暗い庭を、四つの影が明かりもなく歩く。闇に溶けるように先頭を歩くのはエルネストで、その後ろを歩くのはニースとラチェット、ベンの三人だ。

 皆が寝静まる屋敷からこっそりと抜け出したニースたちは、遺跡の入り口のある庭の奥へたどり着くと、据え付けられた梯子を慎重に降り始めた。


「この穴、綺麗に整えたんですね」


 かつてニースがラチェットやイルモと降りた縦穴は、煉瓦を敷き詰め補強されており、土汚れを気にする必要はなかった。

 静寂の中で、ぼそりと呟いたニースに、ラチェットが梯子を軋ませながら頷いた。


「埋め戻そうかって話もあったらしいけどね。一応残しておいたみたいだよ」

「助かりました。あまり人に聞かれたくないので」


 ニースたちが早朝から遺跡へ降りたのは、遺跡の扉を開けるためだ。鍵石歌をイルモたちに聞かれたくないと、ニースがラチェットに頼んだのだった。

 遺跡特有のつるりとした白壁の通路へ降り立つと、ベンが携帯型の照明で照らす。ニースとラチェットも火石のランプに火を灯し、歩き出した。


「僕が歌う間、エルネストさんとベンも少し離れててね」


 古代船の部屋へと向かいながら、ニースは二人に釘を刺す。エルネストが呆れたように、肩をすくめた。


「何度も言いやがって。そんなに聞かれたくないのか」

「はい。それから、中に入るのは僕とラチェットさんだけですから。それも約束ですよ」

「そうまで言われると、かえって気になるな」


 茶化すように言ったエルネストに、ベンが不敵に笑った。


「エルネストのことは、俺がちゃんと抑えておくから。安心して」

「何だ、ベンジャミン。俺とやり合う気か?」

「必要ならね。手合わせしたいなら、いつでもどうぞ」

「ずいぶん自信が付いたみたいだな。初陣の時が嘘みたいだ」


 互いに牽制し合うようにエルネストとベンは話すが、言葉とは裏腹に二人は楽しげだ。そんな二人の様子に、ラチェットが微笑んだ。


「前に会った時より、さらに仲良くなったみたいだね」

「そうですね。あの後も、二人は何度も僕を助けてくれました。息もぴったりなんですよ」


 ふわりと笑みを浮かべたニースの言葉に、エルネストとベンは気恥ずかしさを誤魔化すように、舌戦を繰り広げる。そうして賑やかに歩くと、やがて目的の広間へとたどり着いた。


「じゃあ、二人とも。扉が開くまで、これを付けてね」

「何だこりゃ?」

「耳栓ですよ。いびき対策にって作られたパトリック商会の品ですから、効果は確実です」


 ニースはエルネストとベンに、耳栓を渡す。準備が終わると、ニースはセラから借りていた鍵石のペンダントを手に、鍵石歌を歌い出した。


 ニースの歌声と共に、中途半端に開いていた扉が音もなくスッと開ききる。歌い終えたニースの懐から、ココとバードが顔を出した。


『開いたわね。少し中を確認してくるから、バードと待ってて』

「分かった」


 ココは言い置いて、羽ばたきもせずに舞い上がる。ラチェットがベンとエルネストの肩を叩き、扉が開いた事を伝えた。


「あっさり開くんだな。もっと時間がかかるのかと思ったが」


 耳栓を外しながら、エルネストがぼそりと呟く。開かれた扉の先にある真っ暗な空間に、ベンが目を細めた。


「この遺跡は生きてはいないんだね」

『そうだねー。ニースっちが雷石歌を歌ってくれれば、電気はつくけどー。それもココが戻ってからかなー』


 バードがのんびりと答えると、確認を終えたのだろう。ココが、ふわりと舞い戻ってきた。


『中に入っていいわ。奥に雷石とコントロールパネルがあるから。そこまで行きましょう。エルネスト、ベン。ここには誰も近づけないでね』

「分かってるよ。こんな朝早くに、ここに来る奴が他にいるとは思えないがな」

「もし誰か来たら大声で知らせるね。いってらっしゃい」


 扉のすぐ向こう側は、高めの段差になっている。エルネストとベンを残し、ニースとラチェットはランプを手に、慎重に扉から降りた。


「ここには、災いの火種はなかったんだね」

『ええ。とりあえずは。でも、このさらに奥までは分からないから、それはバードに見てきてもらうわ』

「もっと奥があるの?」

『あるはずよ。残っていればだけれど。とにかくまずは、明かりを付けましょう』


 ココの案内で、ニースは空間の奥へと向かい、箱のような機材に向かって雷石歌を歌った。朗々と響くニースの歌声に、ラチェットが笑みを浮かべる。ココが紐のような物を繋いで何やら操作すると、ニースたちの視界は一気に光に覆われた。


「これはすごいな。本当にニースの絵、そのままだ」


 目の前に現れた巨大な船に、ラチェットが感嘆の声を漏らす。ラチェットが古代船を見たのは初めてだ。ラチェットの脳裏には、かつてニースが描いた鳥の形の船が浮かんでいた。


「確かに鳥の形だけれど、物凄い大きさだね。これが本当に飛ぶのかい?」

『ええ。飛ぶわ。さあ、中へ入るわよ』

『俺っちは、奥の方見てくるねー』


 バードがどこかへ飛び立つのを見送り、ニースたちは船の中へ足を踏み入れる。遺跡の壁とよく似た素材に見える船内は、軍艦よりずっと広々とした通路が続いている。

 ココは船底にある一室へ、真っ直ぐニースたちを案内した。


『ここが動力室よ』

「ここが?」


 船体の中央に位置する部屋には、円形の台座があるだけで、他に機械のようなものは見当たらない。軍艦や大型船とは全く違う造りに、ニースたちが唖然とする中、ココは台座の上へと舞い降りた。


『ここに空石を嵌めるの。ニース、空石歌は覚えてるわよね?』

「もちろん。もう歌えるよ」

『それなら歌石もここにあるから、先に歌を込めて』


 帝国からカルマート国への船旅で、ココは空石歌をニースに教えていた。今の時代に伝わっていた空石歌は、覚醒歌と同じく、歌言葉が変質していたのだ。


 ニースが台座の中心にある丸い窪みを覗き込むと、奥底に大きな歌石が見えた。ニースは真剣な眼差しで、空石歌を歌い出す。

 雄大で力強い歌声に、ラチェットは目を閉じて耳を傾けた。


「これが空石歌か……。こんなに良い歌なのに、みんなに聞かせられないなんて」

『仕方ないのよ。管理者の血筋も空石も、他の国だって手に入れる可能性があるわ。空を飛ぶのは、あまりに大きな力になる。どう扱うか分からない人たちに、石歌まで知られるわけにはいかないの』


 言い聞かせるように言ったココに、ラチェットは頷きを返した。


「もちろん、それは僕も分かってる。けれど、こうしてこれを動かした実績が出来上がれば、今度はニースが狙われるだろう。どうやって追及を躱すか、考えなければいけないね」

『そうね。その辺りは、ベンたちも考えてくれてるけれど。でもたぶんそう遠くない未来に、人類はもう一度空へ行くんだと思うわ』

「どういう意味だい?」


 首を傾げたラチェットに、ココは切なげに話を続けた。


『ジョルジュのような発明家がいるでしょう? 彼らは今ある技術で、発掘品と似たような動きを出来る機械を作り出している。きっと空石を使わずに飛ぶ方法も、いつか見つけると思うの』

「空石を使わずに、か。まあ確かに、ないとは言えないかな」

『大地を離れるのは、大きな危険を伴うわ。過去を繰り返さないようにしてほしいけれど、こればかりはどうしようもないでしょうね』

「過去か……」


 真剣に話すココを、ラチェットは、じっと見つめた。


「大崩壊の原因は、この船なのかい?」

『そうとも言えるし、違うとも言えるわね。複雑な要素がいくつも絡み合って、あの時代は終わったの』

「それでも、ここは残ったわけか」

『ええ。ここは白い天の導き(アルブム)隠れ家(オクルタ)のひとつだから』


 言いながらココは、歌うニースを見つめる。ラチェットは、眼鏡をくいと上げた。


「アルブムは、奴隷解放を目指す者たちだったね。僕のご先祖様は、アルブムだったんだね?」

『……そうね。あなたには話しておいた方がいいのかも』


 興味深げに問いかけたラチェットに、ココは向き直った。


『ニースに夢で見せた、カルデナの恋人の話を覚えてる?』

「ルーンだったかな、確か」

『そう。そのルーンの兄弟が、あなたのご先祖なの』


 淡々と話したココに、ラチェットは目を見開いた。


「ルーンの兄弟? じゃあルーンも、アルブムにいたのか」

『ええ。ルーンとカルデナは、アルブムの主要メンバーだったわ。私もカルデナと、ここへ来たことがあるの』

「聖カルデナが、ここへ……」


 ラチェットは感慨深げに周囲を見回す。ココは目を細め、言葉を継いだ。


『あなたがビオス家に生まれるなんて、何の因果があるのかしらね』

「ん? 因果?」

『何でもないわ。忘れて』


 ラチェットは訝しげにココを見つめる。しかし、ココはそれ以上答えずに、話を変えた。


『あなたがこの船に乗ると知ったら、メグは怒るでしょうね』

「ああ……。まあね。戦場にまた行かなきゃならないわけだし」


 気まずそうに頬をかくラチェットに、ココは申し訳なさそうに話した。


『ごめんなさい。こうなる前に、どうにか出来たら良かったのだけれど』

「ココが気にする必要はないよ。血を流さなくて済むってだけで、充分だから」

『あなたのことは、必ず守るわ。あなたたちの幸せを、壊したりしないから』

「ありがとう。でも、ココも無理をしてはダメだ。君だって、僕らの大事な仲間なんだから」

『ラチェット……ありがとう』


 ココとラチェットが話すうちに、ニースの歌は終わった。ココは空石を台座に嵌めると、二人を船の上部へ案内する。

 鳥の船の頭の部分が船橋となっており、お碗のように丸みを帯びた椅子が何脚も置かれていた。


『ニース。今度はこっちで雷石歌をお願い』

「分かった」


 ニースが石歌を歌う中、ココは一際大きな椅子にラチェットを連れて行った。


『ラチェットの席はここよ。一度座ってみてくれる?』

「ああ、構わないよ」


 ラチェットは言われた通りに、椅子へ腰を下ろす。ココが紐のような物を繋いで何やら操作すると、ラチェットの座る椅子を膜のような物が覆った。


「何だ、これは⁉︎」


 ラチェットの上げた声に、ニースは歌いながら振り向いた。ラチェットが椅子ごと、卵型の膜の中に閉じ込められているのを見て、ニースは思わず歌を止め、唖然とした。

 しかしココは何でもない様子で、膜越しにラチェットへ語りかけた。


『驚かなくて大丈夫よ。少し眩しいかもしれないから、気になるようなら目を閉じてて』


 ココの言葉と同時に、キラキラと輝く微細な粒子が、膜の中に満たされていく。ラチェットは、ぎゅっと目を閉じて、息も止めた。


『呼吸は止めないで。身体に害のあるものじゃないわ。深呼吸して、肺に満たして』


 無茶振りともいえるココの言葉に、ラチェットは混乱しながらも言われた通りに深呼吸する。謎の現象に、ニースは不安を感じて声を挟んだ。


「ココ、ラチェットさんは大丈夫なの?」

『もちろん、大丈夫よ。ニースは歌って。雷石歌が終わったら、火石歌と風石歌もお願いね』

「いいけど……」


 ニースは、光の中で見えなくなってしまったラチェットを気にしつつも、石歌を歌い出した。やがてラチェットを包んでいた光の粒は床へ降りていき、木々が根を伸ばすように、ラチェットの座る椅子の下から操舵室全体へ光の線が伸びていく。

 何かの紋様を描くような光の動きに、ニースは目を奪われながらも歌い続けた。


『うん。認証は終わったわ。とりあえずここまでやっておけば、後は見られても大丈夫ね。ラチェット、お疲れ様』


 まるで氷が溶けるかのように、薄く張っていた膜は消えて行った。


「助かった……」


 ラチェットは、ふらつきながら立ち上がり、別の椅子へ腰を下ろす。気持ちを落ち着けるように呼吸を繰り返すラチェットに、ココは、くすりと笑った。


『ごめんなさいね。あんなに驚くと思わなくて』

「あんなの、驚かずにいられるわけがない。何なんだい、あれは」

『あなたの血筋を確認して、新しい管理者として登録したのよ。次からは必要ないから』

「それは助かるよ。もう一度なんて言われたら、断ろうかと思った」


 緊張を解すように、ラチェットは軽く応える。意外と元気そうな姿に、ニースは、ほっと胸を撫で下ろした。

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