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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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489:止まない閃光2

前回のざっくりあらすじ:ニースたち同盟軍は、帝都グランドにほど近いシシアの町へ攻撃を仕掛けた。


*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激、残酷、痛ましい表現や描写が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月20日(金)となります。

 シシアの町の向こう、帝都の方角から放たれた閃光は、強い衝撃波を伴っていた。ニースは同盟軍の装甲車や戦車ごと紙切れのように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 何が起きたのかも理解出来ぬまま、ニースは一瞬のうちに意識を奪われた。


「……ス! ニース、しっかりしろ!」


 どれだけ時間が経ったのか。冷たく暗い闇の底にいたニースは、呼び掛けられる悲痛な声に薄らと目を開けた。


「……ベン?」


 ぼんやりとしたニースの目に、僅かに差し込む光と、涙目になったベンの顔が映った。朦朧としながら応えたニースの手を掴み、ベンは励ますように声をかけた。


「今、助けてやるから! もう少し待ってろ!」

「うん……」


 ニースが僅かに頷くと、ベンの背から掛け声と共に光が増えていく。

 ニースは、転がった車体の隙間に入り込むように倒れており、エルネストやルポル、レミスたちが、ニースを救い出そうと力を合わせて車体を押し上げていた。


「ベンジャミン、今のうちに……!」


 歯を食いしばるエルネストに促され、ベンはニースの身体を引っ張り上げる。ようやく空の下へ顔を出したニースは、眩しさに目を細めた。


「ニース、無事で良かった……!」

「血は出てないな。怪我はないか? 痛むところは?」


 ほっとしたニースの元へ、ルポルとエルネストも駆け寄る。口々に声をかけられ、ニースの意識は少しずつ明瞭さを取り戻していった。


「たぶん、大丈夫です。ぶつけた所が痛みますけど、骨が折れてる感じもないですし」

「そうか」


 身体の動きを確かめながら言ったニースに、エルネストたちは安堵の息を漏らす。ニースは、自分を取り囲む皆の顔を見回した。


「みんなは? 怪我してない?」


 ニースの護衛に付いていた面々は、誰一人欠けていない。ほっとしながらも問いかけたニースに、ベンが涙を拭った。


「俺たちは大丈夫。咄嗟に伏せたから。ただ……」


 ベンは口ごもり、周囲に目を向ける。ニースはベンの視線を追い、息を呑んだ。


「ねえ……みんなは無事なの?」


 シシアの町へ向かっていた同盟軍の隊列は崩れ、そこかしこに車が転がっている。ニースの他にも、下敷きにされたり車中に閉じ込められた兵士がいるようで、無事だった者たちが手分けして助け出していた。

 愕然とするニースに、エルネストが険しい表情で応えた。


「何とも言えねえな。司令とアンヘルは無事なようだが」


 ニースたちから少し離れた場所では、フィリップとアンヘルの乗っていた指揮装甲車が横転していた。その傍らで、二人は兵士の肩を借り、大声で救助と撤退の指示を出している。

 ニースは焦りを感じ、膝を立てた。


「ユリウスたちを探さないと……!」


 立ち上がろうとしたニースを、ルポルが押し留めた。


「みんなは俺たちで探してくるから。ニースはここにいて」

「でも……!」


 ルポルに言われても、ニースは、じっとしている事など出来なかった。ルポルの手を振り払い、動こうとするニースに、ベンが静かに語りかけた。


「ニース。もう少ししたら、ニースには歌ってもらわなきゃならない。だから、それまでは休んで」

「ベン……」

「今あっちで、イサク様を助け出そうとしてる。血が出てるみたいだから、最初に歌わなきゃならないと思うよ」

「イサクさんが⁉︎」


 歌の力を持つ者は、白い音風に抵抗力を持っている。ニースと同じ天の導きのイサクは、ニースの叫びの影響を受けなかったため回避が間に合わず、衝撃波を直に受けていた。

 声を震わせたニースに、ルポルが真剣な面持ちで口を開いた。


「ユリウスだってケイトさんだって、無事か分からないんだ。ニースは、いつでも歌えるように準備してて」

「……分かった」


 苦しげに言ったルポルに、ニースは頷くしかなかった。ベンだけを残し、ルポルやエルネスト、レミスたちは皆の捜索に向かう。

 その背を呆然と眺めたニースは、陣の後背、同盟軍が先ほど越えてきた山肌が大きく削れているのに気付いた。


「あれって、まさか……」


 セラたちは無事なのかと、ニースの手が震える。そんなニースの動揺を感じ取ったのだろう。ニースの胸元から、ココが顔を出した。


『セラたちなら無事よ』


 囁いたココを、ニースは、はっとして表へ出した。


「ココは怪我してない⁉︎」

『ええ。大丈夫よ』


 ニースの腕に乗り、柔らかな声音で答えたココに、ベンが、ふっと笑みを浮かべた。


「ココのおかげで、ニースの居場所が分かったんだよ。一生懸命鳴いて、俺たちを呼んでくれたんだ」


 ココは普段、鳥の鳴き真似をするのを嫌がっている。そんなココが、ニースのために鳴いたのだと聞き、ニースは胸が熱くなるのを感じた。


「そうだったんだ。ココ、ありがとう」

『いいのよ。セラたちもあなたを心配してるわ。早くみんなを助けて、一度戻りましょう。のんびりしてると、次が来るかもしれないから』


 緊張を滲ませたココの言葉に、ニースは眉根を寄せた。


「やっぱりこれ、帝国の攻撃なの?」

『ええ。これだけ離れてるから、撃ってくるなんて思わなかったけれど……。帝国軍から奪った〝天の(いかずち)〟があるでしょう? あれと同じものよ』

「あれと同じ⁉︎ でも、こんなに射程は広くなかったんじゃ……」


 共和国から王国へと入る国境線での戦いで、同盟軍は〝天の雷〟を使っている。その際ニースが歌の力を込めたため、その性能がどんなものかを、ニースは良く理解していた。

 しかし、〝天の雷〟の巨大な砲塔はどこにも見当たらず、攻撃を受けた範囲も威力も桁違いだ。ニースは同じものだと思えず、困惑した。

 信じられないと視線を彷徨わせるニースに、ベンが声を挟んだ。


「ニース。もしかしたら、帝国も共和国と同じなんじゃないか?」

「どういうこと?」

「ペルティナの地下遺跡で見ただろう? 天の雷が大量にあったのを」


 共和国の首都ペルティナの地下で、ニースたちは何機も並ぶ〝天の雷〟を見た。それを動かそうとしていたレイチェルの父ウィクトスを、ニースは止めたのだ。

 ベンは帝都グランドにも、それと同じだけあるのではないかと話す。ニースはペルティナで見た古代兵器が一斉に火を噴くのを想像し、身を竦ませた。


「あんなのを、一気に動かしたっていうの?」

「レイチェルさんは、ニースと同じ白い音風を使えるんだろう? それに帝国には、聖女の花の種もあるんだ。ドロモス博士が何か手を加えたかもしれないし、出来ないことはないと思うよ」

「レイチェルが、これを……」


 ニースは胸の痛みを感じ、拳を握りしめた。ココがニースの肩へ飛び移り、慰めるように頬をすり寄せた。


『操られているから、仕方ないのよ。とにかく今は、少しでも早く撤退して態勢を整えた方がいいわ。また撃たれたりしたら、今度こそおしまいよ』


 ニースは未だ見えない帝都へと目を向ける。視線の先に見えるシシアの町も、砲撃を受けて大きく形を変えていた。


「撤退するって言っても、町に行った人たちは……エドガーさんたちは無事なのかな」


 ぼそりと呟いたニースに、ベンが切なげに応えた。


「分からないけど、無事だって信じるしかないよ。とにかく今は、俺たちに出来ることをしよう」

「……うん」


 ニースは小さく頷いたものの、不安げなままだ。痛む身体を両手で抱きしめるニースに、ココは囁いた。


『私がエドガーたちを見てくるわ』

「ココ……いいの?」

『何も言われなくてもみんな撤退すると思うけど、誰かが伝えた方がいいでしょう? 誰より私が適任だと思うわ』

「無理はしないでね」

『ええ』


 ココは羽ばたく()()をして、ふわりと舞い上がる。明るい空を飛んでいくココを見つめ、ニースは、じくじくと疼くような鈍い痛みを、湧き上がる不安ごと押し込めた。


 エルネストやルポルたちに支えられ、ユリウスやケイト、ジミーたちが戻ってくる頃には、傷付いたイサクも助け出された。

 ユリウスたちはニースと同じく軽傷だったが、イサクの肋骨は折れ、内臓も一部損傷している。ニースはイサクや負傷兵のために祈歌を歌いながら、引き起こされた車両に乗り込んだ。

 ニースのいた本陣付近の兵士たちは、ほとんど無事だったものの、戦場全体で見れば、撤退する車の数はそう多くない。あまりの被害の大きさに呆然としながら、フィリップたちはただ静かに、ニースの歌声に耳を傾けた。



 砲撃の直前、戦場にはニースの叫びが響いたが、シシアの町へ乗り込んだエドガーたちの元には、それが届くはずもなかった。

 剣戟や怒号、発砲音が響いていた町は、朦々とした塵に覆われ、何も動くものはない。目も眩むような光の渦と共に強烈な風圧に晒されて、町は一瞬のうちに崩れ去っていた。

 しかし、ぴゅうと風が吹いて粉塵が消えると、まるで待っていたかのように、崩落した瓦礫の山がゴトリと動いた。


「おらぁぁぁ!」


 倒れた石壁を押し除け、カサンドラが立ち上がる。渾身の力を込めて、ようやく日の光を浴びたカサンドラは、大きく息を吸い込んだ。


「あー、死ぬかと思った。参ったね、こりゃ」


 髪についた埃を払い、肩を回すカサンドラに、マノロを庇っていたジェラルドが顔を上げた。


「よく一人で動かせましたね」

「怪我しないで済んだからね。ダナのおかげだよ」


 ふっと笑みを浮かべたカサンドラに、エドガーに抱き込まれていたダナが、小さく頭を振った。


「あたしじゃないよ。ガラナが教えてくれたから」


 衝撃波が町を襲う直前、ガラナの声を聞いたダナが皆を物陰に引き込んでいた。間一髪の所で、五人は事なきを得たのだ。

 エドガーは、ダナの腰に巻きついているガラナを、ベリッと引き剥がした。


「さすが蛇神様だな。こんなのが来るって分かるとは」


 エドガーに無造作に掴まれたガラナは、不服そうにシューシューと音を立てて身をよじる。ダナがエドガーの腕を、ポンポンと叩いた。


「エド。ガラナが、感謝してるなら丁重に扱えって言ってるよ」

「すまねえな。それとこれとは話が別なんだ」


 エドガーは、ガラナをポイっとカサンドラへ投げると、ダナに怪我はないかと確認し始めた。カサンドラはガラナを抱きとめ、はぁとため息を吐いた。


「リーダーに嫉妬されるなんて、あんたも大変だね」


 カサンドラの言葉に、ガラナは、そうだろうと言うように、チロチロと舌を出す。マノロがジェラルドの膝から降りて、ガラナをじっと見つめた。


「ガラナはさ、本当にただの蛇なのかな。こんなの、何で分かったわけ?」

「あー、それはあたいも思った」

「ガラナは蛇神ですから。特別なんでしょう」


 ガラナを囲むマノロとカサンドラに、ジェラルドは軽く相槌を打ち、周囲を見回した。


「そんなことより、生存者を探しますよ。奥へ誘い込もうとしてましたから、おかしいとは思いましたが。どれだけ残ってるか」


 帝国軍は、シシアへ乗り込んだ同盟軍の戦列を、縦に長く伸ばすように動いていた。その上、町には一般人の気配も一切なかった。

 それに気付いたジェラルドは、味方へ散らばるように声をかけながら戦っていた。それは幾多の戦いを乗り越えてきたジェラルドの、野生の勘のようなものだった。

 嘆息したジェラルドに、ダナの無事を確認し終えたエドガーが立ち上がった。


「全滅はしてないはずだ。味方ごと町を吹き飛ばすなんざ、正気とは思えないがな」

「ガラナ、埋まってる人を探せる?」


 ダナの問いかけに、ガラナは任せろというように鎌首をもたげ、スルスルと滑るように瓦礫の上を這っていく。

 エドガーたちが協力して次々に兵士たちを助けていると、足元に小さな影が揺れ動いた。


「あ、ココだ!」


 飛んできたココに気付き、マノロが手を上げる。ココは、すいとマノロの腕に舞い降り、ほっとした様子で囁いた。


『みんな無事だったのね』

「まあね。ガラナのおかげだよ。何かヤバいのが来るって、ダナに教えてくれたから」

『ガラナが? 古代種だから、予兆みたいなものを感じ取ったのかしら』


 エドガーたちを生存者の元へ案内するガラナを遠目に見つめ、ココは呟いた。聞き慣れない言葉に、マノロは首を傾げた。


「古代種って何?」

『古代の……今で言うと、超古代と言った方がいいわね。私が作られた古代文明よりもっと昔から、この星にいる種族のことよ。今はもう、ほとんど絶滅してるの』

「ガラナって、そんな珍しい蛇だったのか」


 感心したように頷くマノロに、ココは本題を切り出した。


『それより、早くこの町を離れてほしいの。ニースたちも撤退を始めてるから』


 マノロは目を瞬くと、ムッと顔をしかめた。


「ニースたちが撤退って……ボクたちを置いてく気なの?」

『向こうも大変なのよ。山も吹き飛んだの』

「はぁ⁉︎」


 唖然としたマノロが思わず大きな声を上げたため、エドガーたちが何事かと駆け寄ってきた。


「ココじゃないか。何かあったのか?」

『エドガー、すぐここを離れて』

「言われなくてもそのつもりだ。動けない奴らが何人もいるんだ。一度退く必要がある」

『そうじゃないのよ。本陣も攻撃を受けて、撤退を始めてるの』


 ココから同盟軍の現状を聞くと、エドガーは顔を歪めた。


「帝国のあれは、そんなに射程が長いのか」

『ええ。司令たちは無事だけど、こっちに助けを寄越せるほど余力はないわ。出来るだけ早く、自力で戻って』

「お前は鳥だからって、簡単に無茶を言うな」

『のんびりしてると、また撃たれるわよ? 今回は射線が上にずれたみたいだけど、次は直撃させてくると思うわ。そうなったら、骨も残らないのよ』


 真剣な声音で話すココに、エドガーは苦しげに呟いた。


「動けない奴らは、置いていくしかないか……」

『次にいつ撃たれるかは、私にも分からないの。ニースは違和感を感じていたみたいだけど、それも直前まで分からなかったわ。もし、ガラナが何か感じ取れるなら、ギリギリまで動けるでしょうけど』


 ココに視線を向けられ、ガラナはチロチロと舌を出す。ガラナの声を聞いたダナが、ゆっくり頭を振った。


「撃たれる直前になれば分かるけど、事前には無理だって」

「そうか……。動物は勘がいいからな。ガラナのそれも、似たようなものなのかもしれないな」

「ガラナは年の功だって言ってるけどね」


 頷いたエドガーに、ダナは肩をすくめる。ココは興味深げにガラナを見つめていたが、何も言わなかった。


 エドガーたちは、少しでも多くの兵を助けて撤退すべく、行動を再開した。そうして動ける者だけで山へ逃げ帰り、ニースたちと合流した直後。恐れていた二射目が、帝都から放たれた。

 地表すれすれを舐めるように這った閃光は、動かせずに残っていた車両や瀕死の兵士たちを跡形もなく消し去っていく。そのあまりの威力に、ニースたち同盟軍は戦慄し、動揺が広がっていった。

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