490:止まない閃光3
前回のざっくりあらすじ:帝都からの遠距離砲を受けて、同盟軍は大敗した。
*物語の進行上、一部にセンシティブ、及び、過激な表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、3月22日(日)となります。
一時撤退した同盟軍は、山裾に置いていた野営地を大きく後退させた。帝都からの超遠距離砲撃が断続的に続いた上、その射程範囲の予測が難しかったからだ。
しかしここまで負け続けていた帝国軍も余力はないようで、同盟軍を追撃してくる様子はない。かといって攻めるに攻められず、戦況は膠着した。
「総司令に指示を仰いでいるが、返事を待つ間、このままというわけにもいかない。今後どう動くべきか、意見を聞かせてほしい」
前線全体の指揮を任されているフィリップは、各国司令とニース、アグネス、エドガーを集めて作戦会議を行った。会議が始まると、集まった司令たちは口々に意見を交わした。
「これ以上攻めるのが無理ならば、諦めて撤退するしかあるまい」
「しかし、あれだけ強力なビーム兵器を放置するわけにはいかないだろう」
「帝都には人も多い。周辺を包囲し長期戦に持ち込めば、いずれ倒れるのではないか」
「だが帝都には、遺跡を利用した農業区があったはずだ。食料不足を狙うには無理がある」
「ならばやはり、帝都以外を手中に収めるだけで終わらせるべきでは」
「それでは問題の先送りにしかならん。皇帝は世界征服を目論んでいるのだ。あの力を手にしている限り、いずれ牙を向いてくるぞ」
帝都からの古代兵器を使った攻撃は、同盟軍に多くの損失と衝撃を与えたが、同時に根深い恐怖心も植え付けた。それは、ニースたちが危惧していた歌の力に対するものではなく、強大な武力を躊躇なく使う皇帝に対してのものだ。
ニースやセラ、ユリウスたちが音楽の歌を歌い続けた事で、同盟軍の焦点は歌そのものにではなく、力の扱い方に集まった。その結果、歌を楽しむニースたち歌い手への恐怖感には繋がらずに済んだのだ。
一般兵は怖気付いているものの、シシア一帯が更地になる様を見た同盟軍幹部は、そのあまりに大きな力に危機感を強めた。
たとえ和平交渉に持ち込んだとしても、対抗策を持たない以上、安心は出来ない。大人しく指示を待って撤退するべきという案は早々に却下され、どうやって攻め込むかに話し合いは集中していった。
「外からではどうあっても近づけないだろう。帝都以外を制圧し、包囲するのはもちろんだが、内側から崩す方法を考えねばなるまい」
「やはり、ダナ殿を旗印に立てるしかないのではないか」
再び蒸し返された話に、エドガーはテーブルを強く叩いた。
「何度も言わせるな。ダナを出す気なら、俺たちは手を引く」
「だが他にどうしろと? 鬼神を擁する貴殿らでも、あれには対抗出来ないだろう」
「だからといって、ダナを使うなど俺は許さん!」
エドガーは強く拒否しているが、追い詰められた司令たちもなかなか引かない。一触即発の雰囲気となった幕舎に、アンヘルの静かな声が響いた。
「内側から崩すなら、ダナ殿を立てる以外にも方法はある」
ぴくりとエドガーの眉が動き、各国司令も口を閉ざす。フィリップがひとつ息を吐き、続きを促した。
「参謀長、詳しく聞かせてくれるか」
「ダナ殿を立てたとしても、敵内部でどれだけ動揺が生まれるかは未知数です。それより確実な方法を取るべきでしょう」
「確実とは?」
「敵の頭を取る。それが定石かと」
皇帝を暗殺すべきと言ったアンヘルに、エドガーは顔を歪めた。
「それを俺たちにしろと?」
「貴殿らにも協力してもらう必要はあるだろうが。ここは潜入が得意な者に任せるべきだと、私は考えている」
「……エルネストか」
幕舎の片隅に控えていたエルネストに、皆の視線が集まる。エルネストは眉根を寄せ、アンヘルを見つめた。
「参謀長直々の指名とあれば、俺は動くが。本気なのか?」
「ああ。帝国は独裁国家だ。皇帝が倒れれば、動きは止まる。その隙に攻めればいい」
エルネストは今でこそニースの護衛に就いているが、元々は暗殺専門の工作員で、その手腕は一流だ。しかし、遠く離れた帝都に乗り込み、警戒の厳重な皇帝の首を取るのは、いくらエルネストといえど容易ではない。真剣な視線を交わす二人に、ニースは不安を感じた。
だが、各国司令はアンヘルの案に口々に賛同していく。皇帝暗殺を行う方向に進んでいく話に、ニースが焦りを感じていると、意外にもアグネスがその流れを止めた。
「皇帝を倒しても、解決しないと思うわ」
「教授。それはどういう意味でしょうか」
訝しげなアンヘルに、アグネスは真っ直ぐ視線を返した。
「あれを実際に動かしているのは、エクシプナやドロモスよ。彼らは今、皇帝の命令で動いているけれど、その皇帝が倒れたらどう動くかしら」
「……研究のために、箍が外れると?」
「ええ。仮にそこで彼らが何もしなかったとしても、彼らは技術も知識も手にしている。ここにいるどこかの国が二人を取り込めば、第二第三の帝国が生まれるでしょうね」
アグネスは厳しい目を各国司令に向ける。司令たちが気まずそうにする中、フィリップは大きく息を吐いた。
「殺すなら、皇帝と一緒にその二人も殺すべきか」
「むしろ皇帝より先に、そちらを抑えるべきだと私は思うわ」
二人の話に、アンヘルは小さく唸った。
「しかしそれを、エルネスト一人でやるには無理がある。暗殺に長けた者は他にもいるが、エルネストほどの腕はない。どうすべきか……」
考え込むアンヘルに、カルマート国軍司令が口を開いた。
「参謀長殿。一人しか殺せないなら、倒すべきなのは決まっているのでは」
「誰だとお考えですか?」
「歌姫ですよ」
予想もしていなかった冷たい言葉に、ニースは、はっとして息を呑む。カルマート国軍司令は、淡々と話を続けた。
「歌姫が消えれば、一時的にでも攻撃は止まるでしょう。そうなれば、我々は直に攻め込める。これ以上ない良策だと思うが」
レイチェルが倒れても、帝国には捕虜とされた音楽院の学生たちがいる。重唱で白い音風を作れば、聖女の花の種を動かせるため、完全に攻撃を封じる事は出来ない。
しかし帝都とシシアを結ぶ一帯は、すでに草木のない更地となっている。暗殺による混乱がどれだけ続くかは分からないものの、何の障害物もない一本道を全力で駆け抜ければ、帝都へ攻め込む事は出来るだろう。
だが、いかに理にかなっていようとも、レイチェルはニースの大切な友人だ。簡単に許すわけにいかず、アンヘルは困惑し、眉根を寄せた。
「それはそうだが、しかし……」
「共和国の歌姫を殺すのに抵抗がおありかな?」
口ごもったアンヘルから、カルマート国軍司令は共和国軍司令に目を向ける。共和国軍司令は、固い表情で応えた。
「それしか方法がないなら仕方あるまい。我が国は反対しない」
渋々ながらも言った共和国軍司令に、ニースはカッとして声を荒げた。
「何でですか! レイチェルは操られてるだけなんですよ!」
「しかしニース様。このままレイチェル様を敵の手中に置いておくわけにもいかないのですよ」
「だからってそんな!」
どうにかして止めなければと、ニースは助けを求めて、エルネストに目を向けた。
「エルネストさん、レイチェルを殺すなんてしないですよね? ううん、それなら帝都に忍び込んで、レイチェルを助けてくれればいい。レイチェルを連れて来て下さい!」
必死に言い募るニースに、エルネストは苦しげに頭を振った。
「殺して逃げるだけならまだしも、助け出すのはさすがに無理だ。俺だって、命がけで動くんだ。良くて、二人一緒に殺されるだけだろう」
「そんな、でも……」
「俺は命じられたら動くしかない。嫌なら対案を出せ」
「そんなこと言われたって……」
ぐっと拳を握りしめたニースを見て、アグネスが立ち上がった。
「私は反対だわ。教皇聖下の代理人として要請します。天の導きレイチェルに罪はありません。被害者である彼女を犠牲にして勝利を得るなんて、考えないで」
重苦しい空気が、幕舎を包み込む。フィリップは、静かに頷いた。
「そうだな。他の方法を考えるべきだろう」
「フィリップさん……」
期待を滲ませたニースに、フィリップは冷ややかな声で話を続けた。
「今は一度休憩を挟む。だが他に対案がない場合、歌姫暗殺を作戦案として上げざるを得ない。教授もニース殿も、歌姫を助けたいならば、何か方策を考えてきてほしい」
「そんな……」
「続きは夜に。各自頭を冷やして、案を練ってくれ」
フィリップは会議を打ち切り、幕舎を出て行く。呆然と立ち尽くすニースに、アグネスが去り際に語りかけた。
「ニース、しっかりしなさい」
「アグネス先生……」
「諦めたら終わりよ。私もイサク様と相談してくるわ。あなたも何か方法がないか考えてみて」
「……はい」
イサクは今も治療を続けている。カルデナ教に伝わる祈歌では、内臓に負った傷を治せないからだ。励ますように言ったアグネスを見送り、ニースは唇を噛んだ。
――帝都に行かなきゃレイチェルは助けられない。でも、あれを止めないと帝都には行けない。エルネストさんには頼れないし、どうしたら……。
黙り込むニースに、エドガーが顔を歪めて歩み寄った。
「すまないな。力になれなくて」
「エドガーさん……」
「ダナを危険には晒せないが、レイチェルの嬢ちゃんを見捨てる気もない。帝都から連れ出せるルートがないか、カサンドラが狙撃出来る場所がないか。俺たちも色々考えてみる。一人で背負い込むなよ」
「……分かりました」
ニースは絞り出すように応え、エルネストやベン、ルポルと共に自分の幕舎へ戻る。何か方法がないかと考えながら歩くニースの足取りは、鉛のように重かった。
ニースの幕舎では、会議の行方を気にしていたセラとユリウス、ジミーが、バードと共に待っていた。
「ニース、お疲れ様!」
「意外と早かったね。どうなったの?」
幕舎の外にはマルコとエリック、レミスがいるが、中にいるのはニースたちだけだ。ニースは懐からココを出すと、どう話せばいいのか悩みながら、会議の内容をそのまま伝えた。
話を聞いたセラは絶句し、ユリウスは怒りに肩を震わせた。
「レイを殺す⁉︎ 何でそんなことになるんだよ!」
「僕も言ったんだ。でも、他の案を出さないと止められなくて」
「そんなこと、オレがさせない! こんなところで待ってられるか!」
激昂して飛び出そうとするユリウスを、ジミーが捕まえた。
「お待ち下さい、ユリウス様」
「離してください! 命令が出る前に、助けに行かないと! ジミーさんだって、レイを見捨てる気はないでしょう⁉︎」
「もちろんそうですが、あまりに危険すぎます。帝都には私が行きますから、ユリウス様はお待ち下さい」
「ジミーさん……」
二人の会話に、エルネストが鼻で笑った。
「ジミー。お前の腕は確かだが、隠密行動は得意じゃないだろう。どうやって行く気だよ」
「帝都なら古代遺跡の通路もあるはずだ。違いますか、ココ殿」
ジミーはココに期待の眼差しを向けた。しかしココは、ゆっくり頭を振った。
『あるけど、使えないわ。入り口はシシアの向こうだし、帝国軍は遺跡を完全に使ってるの。隠れて通ろうとするのは無理よ』
「無理だってよ。地下通路は使えないんだ。行くのは諦めろ」
言い聞かせるように話したエルネストに、ユリウスが苦しげに顔を歪める。だがジミーは、瞳に力を込めた。
「ユリウス様。諦める必要はありません。地下通路が使えなくても、方法ならいくらでもあります。まだ制圧していない町なら、帝都への補給路があるでしょうから」
「ジミーさん、それならオレも連れて行ってもらえませんか」
「いえ。悔しいですが、エルネストの言うように私は隠密が得意なわけではありません。ユリウス様をお連れするのはさすがに無理かと」
「そうですか……」
ユリウスは己の力不足を嘆くように、ギリリと歯噛みした。ユリウスとジミーが自ら乗り込もうとする姿を見て、ニースは拳を握りしめた。
――そうだ。助けてくれる誰かを探すんじゃなく、自分から動けばいい。ジミーさんの言うように、帝都に行く方法は他にもあるし、レイチェルを助けるのだって色んなやり方があるんだ。
ニースは考えをまとめると、大きく息を吐き、声を上げた。
「エルネストさん。ジミーさんもユリウスも。みんな落ち着いて下さい」
「ニース?」「ニース様……」
「潜入するだけでも難しいことなんです。それなのに、ジミーさんが一人で行ったって、レイチェルを助け出すのは無理ですよ」
「なら、どうしろって言うんだよ!」
悔しげに叫んだユリウスに、ニースは心を決めて口を開いた。
「僕が帝都に行く。聖女の花の種に歌って、レイチェルを元に戻すよ」
「え?」
唖然としたユリウスたちに、ニースは真顔で言葉を継いだ。
「レイチェルを連れ帰れなくたって、正気に戻せれば攻撃は止まるよ。その間に、みんなで帝都を攻めたらいい」
「おい、ニース。お前な……」
「正気に戻すって、どうやって帝都に行く気なの? 潜入は難しいって、今言ったばかりだろう?」
顔をしかめたエルネストの言葉を遮り、ユリウスが困惑して問いかけた。ニースは淡々と話を続けた。
「ミランさんは指輪を付けられなかった。僕はミランさんと同じ男の天の導きだよ」
「まさか、ニース……」
「バードとココはドロモス博士を知ってるし、帝国と通信も出来る。それにエクシプナは元々、僕を攫う気だった。あの人や博士と連絡を取って帝都に行けば、種やレイチェルに近付けると思うんだ」
ニースが思い付いた案は、ドロモスの研究に協力する事をほのめかし、敵の懐に入り込むものだ。突拍子もない策に、ユリウスたちは息を飲んだ。




