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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第28章 決戦】
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488:止まない閃光1

前回のざっくりあらすじ:ニースやマルコの歌を聞いて、ヘロスの人々は同盟軍への見方を変え始めた。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、3月18日(水)となります。

 葬送式が終わると、ダンテは亡くなった皇国兵の遺骨と共に帰国の途についた。その一方で、ルイサと皇国軍主力部隊のほとんどを失った同盟軍は、一致団結して帝都グランドを目指す事となった。別行動を取っていたカルマート国軍と聖皇国軍は、最低限の防衛部隊を制圧した町に残し、混成軍のいるヘロスに集結した。

 星の北に位置するラソプノ大陸の春は短い。ニースたち同盟軍が全軍で出発する頃には、グラーヴェ帝国は夏を迎えようとしていた。


 夏といっても、帝国のものはニースたちの知るそれとは違い、気温は暑いというより涼しく過ごしやすい。そして夜になっても太陽が沈まず、白夜と呼ばれる日が続くのだ。

 時間の感覚が曖昧となる中、同盟軍は昼夜問わず行軍を続け、破竹の勢いで帝都グランドへ近づいていった。


 ラソプノ大陸中央部は世界最大級の盆地となっており、その中心に帝都はある。広大な平地には、帝都を守るように複数の町が点在し、盆地全体は山々に囲われている。

 連なる山の標高は低めで、それほど険しくはないものの、帝国軍にとっては国の中枢一帯を守る重要な防衛線だ。

 山を越ようとすれば激しい反撃にあうと予想され、同盟軍は裾野の野営地で作戦会議を行った。


「参謀長。降伏の呼びかけに返答は?」


 口火を切ったのは、混成軍司令のフィリップだ。フィリップは、同盟軍総司令で叔父のフォルスから前線全体の指揮を任されていた。

 フィリップたち同盟軍は発掘品の通信機を使い、進軍前に攻め入る町へ降伏勧告を行なっている。戦いは同盟軍が押してるといっても、帝国軍の力は強く、犠牲も多いのだ。流す血を減らせるものなら減らしたいと、これまで欠かさず呼びかけを続けてきたが、どこの町も徹底交戦の構えで、一度も受け入れられた事はなかった。


 大型の幕舎には、各国軍司令官とニース、イサク、ミラン、アグネス、そしてエドガーが座っている。皆の注目が集まる中、問いかけられたアンヘルは顔を歪めた。


「今回は、妙な返事が来ました」

「妙とは?」

「白い女を使者とするなら、話し合いに応じると」


 山向こうにある、帝都へ繋がる最後の町シシアへ伝えた降伏勧告も、これまでと同じものだ。突き返されると思っていた話に、条件付きでも応じる姿勢を見せられた事は本来喜ぶべき事だろう。

 しかしアンヘルの言葉に、集まった将校たちは顔を見合わせた。


「白い女とは誰だ?」

「それが分からないので、何とも返事に困っています。ヘロスの研究所へ攻め入った者の中にいると、言われたのですが」


 ガヤガヤと騒がしくなった幕舎で、ニースは、あっと声を上げた。


「それってもしかして、ダナさんじゃないですか?」

「エドガー隊のか」

「はい。帝国の人に、皇帝と同じ地の民の末裔って言われたって聞きました」


 ニースの話を聞いて、エドガーに視線が集まる。エドガーは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。


「あの時、ダナの顔を見られてたのか……」

「でも本当にダナさんなら、これって罠なんじゃないでしょうか」


 ニースは、セラやマノロから聞いた皇帝の話を伝えた。フィリップは顎に手を当て、小さく唸った。


「精霊の祝福か。ダナ殿は確か、白蛇と共に神と祀られていたのだったな」

「神はガラナの方だ。ダナは蛇神に仕える巫女の家系ってだけだ」


 エドガーは、ムッとしたまま声を挟んだ。フィリップは、困惑した様子で問いかけた。


「それでも、蛇と話せるという不思議な力があるのは間違いない。エドガー殿。ダナ殿は、その地の民とかいうものと関係あるのか?」

「確実なことは分からない。ダナの一族はみんな滅んでるからな。だが、ダナたちは代々モレンドで暮らしてきた。北の帝国との関係は、恐らくないだろう」

「ダナ殿の白蛇も、精霊というものに関係はないと?」

「逆に聞くが、司令殿。ガラナが精霊なんて曖昧なものに見えるか?」

「……見えないな」


 苦笑したフィリップに、アンヘルが静かに語りかけた。


「司令。恐らく敵は、皇帝と同じ色を持つダナ殿が我らに付いていることで、軍内に乱れが出ることを懸念してるのではないかと」

「ニース殿の言うように、罠の可能性が高いか」

「ええ。殺す気なのか、奪う気なのかは分かりませんが」


 アンヘルの言葉に、各国司令たちも口々に同意する。アンヘルは、淡々と言葉を継いだ。


「精霊の祝福とやらを渇望しているのなら、むしろダナ殿を全面に出して揺さぶりをかけては?」

「おい、参謀長。それは俺が許さない」


 エドガーが放った低い声に、幕舎内の空気が一気に冷え込んだ。


「ダナを表に出す? 冗談じゃない。さっきも言ったが、ダナは皇帝と関係ないんだ」

「それは、我々しか知らないことだ。勘違いさせることで隙が生まれるのなら、有効な策だと思うが」

「そうなったら、この戦いが終わった後、ダナはどうなるんだ? 勘違いされて帝国の奴らに担がれそうになっても、あんたらはダナを切り捨てるだけだろう? そんな策を取るなら、俺たちはこの戦いから抜ける」


 鬼のような形相で話すエドガーに、フィリップが小さくため息を吐いた。


「エドガー殿。その策は取らないから安心してほしい」

「交渉にも行かせないぞ」

「ああ。それで構わない。どの道、こちらから懐に飛び込む必要は、今のところないからな。……いいな、参謀長」

「分かりました」


 フィリップの言葉に、アンヘルが仕方ないと頷くと、エドガーは纏っていた殺気を押し込めた。ようやく軽くなった空気に、ニースは、ほっと息を漏らす。

 シシアの町へは、条件付きの交渉には応じられないと返す事となり、同盟軍は真正面から山越えする事を決めた。作戦会議は、その日夜遅くまで続けられるのだった。



 シシアの町に返された同盟軍の答えは、帝都グランドの皇城にも速やかに届けられた。発掘品の通信機を使えば、ほとんど時間差を作る事なく情報共有出来るのだ。

 執務を終えて自室へ戻ろうとしていた皇帝ルートスは、報告を持ってきた補佐官に、薄い笑みを向けた。


「条件を受け入れられない、か。カデラの言った通り、同盟軍に白い女がいるのだな」

「そのようです。やはり、陛下と同じとお考えで?」

「可能性は高いだろう。我らは元々、一つだったのだから」


 ルートスは冷たく笑うと、踵を返した。


「戻るぞ。所長と繋げ」

「はっ」


 通路に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめ、ルートスは執務室へ戻る。落ち着いた調度品で纏められた執務室で机のボタンを押すと、部屋の壁にエクシプナの姿が浮かび上がった。


「陛下。お呼びですか」


 恭しく頭を下げたエクシプナに、ルートスは淡々と話した。


「種の準備は終わってるか?」

「はい。全て滞りなく」

「明日には同盟軍が山を越えるだろう。ドロモスに急ぐよう伝えろ」

「シシアはどうされますか」


 確かめるように目を細めたエクシプナに、ルートスは口角を上げた。


「民はすでに退避させている。思う存分やれ」

「かしこまりました。全滅させてもよろしいのですね?」

「出来るのならな。ヘロスのように、悟られることはないな?」

「化け物じみていますが、ニースも人の子です。さすがにこの距離は無理かと」

「あれが人とは、面白いことを言うな」


 ルートスは赤い瞳に冷たさを宿し、言葉を継いだ。


「油断して、ここを突破されるわけにはいかぬ。全力を持って当たれ」

「はっ」


 ルートスがエクシプナとの通信を切ると、部屋の片隅から帝国の女スパイ、カデラが姿を現した。


「よろしいのですか。同胞ごと殺しても」

「玉座は一つしかない。余に与するつもりがないなら、憂いは早めに断つべきだろう。第一……本当に同胞かは分からぬよ」


 目を眇めたルートスに、カデラは表情を固くした。


「調べによれば、白蛇と言葉を交わすとか。精霊の御使いなのでは?」

「それが本当に()()()()()なら、その可能性を考えてもいいが」

「逃げ出したバードのような存在だとお考えで?」

「そう考えた方が自然だろう。カデラ、余はな……」


 ルートスはカデラに歩み寄り、耳元で囁いた。


「本当は精霊の祝福など、信じておらぬのだよ」

「陛下……」


 カサンドラの銃撃を受けたカデラは、少し前まで肩口に包帯を巻いていたが、傷が癒えた今はいつもの軍服姿だ。だがルートスは、その傷痕を確かめるように、カデラの肩口を上着越しに撫でた。


「かつてはいたのかもしれないが。今の世に、そのようなものがあるはずもない。地の民が作り上げた楽園は、全て破壊されたのだ。黒にな」


 底冷えのするようなルートスの声音に、カデラは身を固くした。ルートスはカデラの肩を叩くと、窓辺から夜でも沈まぬ太陽を眺めた。


「せっかく空を取り戻したのだ。三千年続いた平和を、暗闇に戻すなど余が許さぬ。精霊の力などなくとも、あの光のようにこの世から黒を排してみせる。歌など二度と聞こえぬよう、消し去ってやるわ」


 ルートスの赤い瞳が、ギラリと光る。窓ガラスに映るルートスの顔は、憎しみの色に染まっていた。



 明るい空の下、実感の湧かない朝を迎えたニースは、同盟軍と共にシシアの町を目指した。予想通り、帝国軍の激しい攻撃に遭いながらも、どうにか山を越え、前日の作戦会議で決めた通りに布陣を敷いた。


 山を降りた天の導きは、ニースとイサクの二人だ。ミランはセラやアグネスと共に、前夜の野営地でもある聖皇国軍の救護所におり、バードもセラの元に残っている。

 ユリウスやケイト、ポールたちは、それぞれ手分けして、戦車や古代兵器に付いていた。


 シシアの町を守る帝国軍は懸命に戦っているが、不思議なことに敵側に大型兵器の姿はない。ニースは拭きれない違和感を感じ、戦場に目を凝らした。


「絶対何かあるはずなんだけど……」


 何の根拠もないが、予感のようなものに突き動かされ、ニースはただじっと戦場を眺める。

 そうこうしてる間にシシアの市門が開き、歌い手と共に同盟軍は次々に中へなだれ込んでいった。

 不安を感じながら、その様を見つめるニースに、マノロが駆け寄ってきた。


「ニース。ボクたちも行ってくるよ」


 常に最前線で戦ってきたエドガーたちだが、今回ばかりはエドガーがダナを前線に出したがらなかったため、エルネストやベンたちと共に、砂漠の護衛たちもニースのそばに付いていた。

 しかし、戦いを見ていたジェラルドが自分も出ると言い出したようで、マノロが知らせに来たのだ。

 ニースは、ココを入れている胸元を、ぎゅっと掴んだ。


「マノロさん。嫌な予感がするんです」

「予感?」

「はい。なので、行くなら気をつけてください」


 真剣に話したニースに、マノロは眉根を寄せた。


「それって、ただの勘? それとも……」


 ニースが胸元で握る拳を見て、マノロは言った。ココが言ったのかと問われている事に気付き、ニースは、ゆるゆると頭を振った。


「ただの、僕の勘です」

「……そう。まあ、もちろん気をつけるよ。戦いに行くんだから」


 マノロは苦笑し、手を振り去っていく。ニースは息苦しさを感じながら、その背を見送った。

 そこへ、イサクが顔をしかめてやって来た。


「ニース、ちょっといいかな」

「イサクさん。どうしたんですか」

「何か変な感じがしてね」


 困惑した様子のイサクに、ニースは表情を引き締めた。


「イサクさんも、やっぱり感じますか?」

「胸騒ぎというか……こんなことは初めてでね。アグネスに聞ければ良かったが、ここにはいないから」

「僕もさっきから、その元を探してるんです。でも、何か石音があるわけでもないですし……」

「ニースでも、この違和感の正体は分からないか」


 イサクは考えるように目を伏せ、小さく頷いた。


「どちらにせよ、警戒は強めるべきだな。司令に伝えてくる」

「はい。お願いします」


 イサクを見送ると、ニースはココのいる胸元を撫でた。


 ――これだけ僕たちが話してても何も言わないってことは、ココは何も感じてないんだよね。僕の勘違いなのかもしれないけど、イサクさんもああ言ってたし……。


 何の反応も返さないココに、ニースは戸惑った。だが次の瞬間、ニースは言い知れぬ大きな力が大気を震わせるのを、はっきりと感じた。


「みんな伏せて!」


 思わず叫んだニースの声には、白い音風が強く籠もっていた。

 近くにいたベンやエルネストだけでなく、少し離れた所にいるユリウスやケイト、ポールたち。そして、今しがた別れたイサクが向かったフィリップたちの元にまで、ニースの音風は伝わった。


 皆、自分の意思に関係なく身を屈める。それと同時に、辺りを真っ白な光が包み、耳を劈く轟音と大きな揺れが一帯を襲った。

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