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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第7部 願い【第27章 海を越えて】
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455:天の導きたち2

前回のざっくりあらすじ:ニースたちは王国の港から旅立った。


*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*


*次話の投稿は、1月10日(金)となります。

 北へ向かえば向かうほど、季節は冬へと逆戻りしていくが、航海は順調そのものだった。

 帝国海軍はラソプノ大陸近辺まで後退しており、アマービレ王国とスピリトーゾ皇国を繋ぐ海域は同盟軍の手の内だ。つい先日まで砲弾が飛び交い、いくつもの船が沈んだ海だとは思えないほどだった。

 穏やかな船旅が続く中。ニースは自分の指揮下に入った歌い手たちに、歌の指導をする日々を過ごした。


 そうして、王国の港から十日ほどかけて、ニースたちを乗せた軍艦は、北海との境に浮かぶ皇国海軍の第三母艦ヒエロナと合流した。

 各国から派遣された天の導きの顔合わせと、帝国への上陸作戦を詰めるためだった。


 霧の漂う薄暗い海に、船明かりがいくつも揺れる。ほぼ一年ぶりに見るヒエロナの姿は、以前と変わりなく巨大なものだ。ヒエロナも激しい戦いで何度となく攻撃を受けただろうが、全ての修理は完璧に終わっているようだった。


 まだ軍艦内での仕事が残っているアンヘルを残し、ニースはセラやユリウスたちと、小型艇を使って母艦へ乗り移る。格納庫へ降り立った一行を、艦長のカラボスが、にこやかに出迎えた。


「お久しぶりです、ニース様」

「カラボスさん、またお世話になります」

「ずいぶん逞しくなられた。軍服も似合っておりますね。王国解放おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ニースはカラボスと固い握手を交わした。カラボスはセラやベン、エルネストとも挨拶を終えると、ユリウスに語りかけた。


「貴殿がユリウス殿かな」

「そうです。閣下には、父がお世話になっております」

「商会の御曹司も戦場に立つか。ヘンリーはともかく、夫人がよく許したな」

「ベンジャミン少尉からお話を頂きましたので」

「侯爵家には逆えないか」


 カラボスは、パトリック商会と長年の付き合いがあるようだった。ユリウスと和やかに話を終えたカラボスだったが、ルポルたちに目を向けると、雰囲気を一変させた。


「そちらは王国の護衛の方々ですな。本艦が、よほど珍しいと見える」


 初めて見る巨大な船に圧倒されていたルポルたちは、低いカラボスの声に、はっとして姿勢を正した。ニースは頷き、微笑んだ。


「はい。王国にはこんな船はないので。前より人数が多くなっちゃいますけど、すみません」

「構いませんよ。部屋は用意してありますから。王国兵の方々と会う機会は滅多にありませんので、ぜひ交流させて頂きたいですな」


 カラボスは力量を測るように、ルポルたちを見ながら言った。最前線で戦ってきた海の男の目は、圧が強い。ニースが心配に感じて見守る中、ルポルたちは冷や汗を滲ませた。

 そんな引き締まった空気を緩ませたのは、セラだった。


「カラボスさん。ケイトさんは元気ですか?」


 キョロキョロと辺りを見回したセラに、カラボスは苦笑した。


「元気にしていますよ。ケイトも迎えに出るはずだったのですが……何をしているのやら」

「あ、お仕事中ならいいんです」

「いえ。仕事というほどのことは今はないのですよ。何せ……」


 言いかけたカラボスの声は、不意に響いた怒声にかき消された。


「いい加減にしろ。これは俺と彼女の問題だ」

「見過ごすわけにはいきませんよ。彼女は嫌がっているでしょう」


 艦内通路の方から響く二人の男の声を聞いて、ニースは眉根を寄せた。


「この声……もしかして、天の導きがもう来てるんですか?」


 姿の見えない男たちを、壁越しに睨むようにして言ったニースに、カラボスは驚いた。


「さすがはニース様です。よくお分かりになりましたね」

「音風がいくつもあるので。それに、これは……」


 ニースは言いながら、早足で格納庫の出入口へ向かう。突然歩き出したニースを、カラボスやセラ、ユリウスたちが、慌てた様子で追った。



 ニースが通路へ出ると、口論する天の導きの男二人の姿が見えた。


 ――あれは、カルデナ教の……。


 一人はカランド聖皇国の天の導きのようで、金糸で花と鳥が刺繍された、漆黒のローブを身に纏った壮年の男だ。

 後ろには四聖のグノムとウンダがおり、拳で口論に割って入りそうなグノムを、ウンダが必死に宥めていた。


 ――ウンダさんも来てたんだ。グノムさんが、あんなに怒るなんて。


 ニースは何があったのかと、聖皇国の天の導きと睨み合う男に目を向けた。もう一人の天の導きは、洒落たスーツを纏った壮年男性だった。


 ――確か兄様は、聖皇国とカルマートの天の導きが来てるって言ってたから……。


 カルマート国の天の導きなのだろう。スーツ姿の男は、一人の女性を壁際に追い込んでいる。男に手を握られ、困惑した様子の女性は、皇国軍の歌い手ケイトだった。


 ――やっぱり。ケイトさんの音風が混ざってたんだ。グノムさんたちは、ケイトさんを助けようとしてるんだ。


 言い争う二人を横目に、ニースは、おろおろとしているケイトに近付き、男からケイトの手を奪った。


「ケイトさん」

「ニース様⁉︎」


 横から突然現れたニースに、ケイトだけでなく、グノムとウンダも驚き、声を上げる。カルマート国の天の導きが、はっとして振り向いた。


「何だ、君は」


 ニースはケイトを背後に隠し、スーツ姿の男と向き合った。


「初めまして。僕は王国の天の導き、ニースです」


 真面目に答えたニースを、聖皇国の天の導きは黙って見守る。対照的にカルマート国の天の導きは、ニースの返事を聞くと、嘲るように鼻で笑った。


「そんなことは聞かなくても分かる。それより、彼女に手を出さないでもらおうか」

「僕は名乗りました。あなたは挨拶も出来ない方なんですか」

「何?」


 スーツ姿の男の雰囲気が、重く冷たいものに変わる。ピリピリとした空気が漂う中、追い付いたカラボスが声を挟んだ。


「これはこれは。イサク様にミラン様。いかがなさいましたか」

「……カラボスか」


 ニースを睨んでいたスーツ姿の男は、ニヤリと笑みを浮かべた。何かを言おうと口を開きかけたスーツ姿の男だったが、カラボスの後ろから走って来たセラを見て、口を噤んだ。


「ケイトさん!」

「セラちゃん!」


 セラは真っ直ぐにケイトへ駆け寄り、ケイトと抱き合った。ニースは、セラを見つめるスーツ姿の男の視線を切るように、体をずらす。

 すると男は、意地の悪い笑みを浮かべた。


「なんだ、お前。女を二人も囲う気か? ああ、そういや王国は、一夫多妻が認められた国だったか」


 馬鹿にするような口調で言った男に、ニースは、ムッとして答えた。


「王国だって、貴族じゃなければそんなことはありませんよ」

「だが、お前は天の導きだ。貴族なんだろ?」

「そうですけど、僕はケイトさんとは友達なだけです」

「なら、俺が彼女と仲良くやろうが、関係ないだろう」

「ありますよ。ケイトさんは困ってましたから」


 ニースの後ろからエルネストやルポルたちも、剣呑な目付きで見つめる。カルマートの天の導きは、エルネストたちを挑発する様に言葉を継いだ。


「ずいぶん仰々しい護衛を連れてるな。王国は装備が貧弱だから、数でどうにかしようってか? 数だけあっても、意味がないのにな」

「数だけじゃありませんよ。みんな強いんです」

「あの腰の剣しかないのにか」


 鼻で笑う男に、ルポルが口を開きかける。しかしそこへ、諫めるような声が響いた。


「ミラン、何やってる!」


 大股でやって来たのは、アルモニア音楽院の歌実習の講師、ハロルドだった。ミランと呼ばれたスーツ姿の天の導きは舌打ちしたものの、すぐに爽やかな笑みを浮かべた。


「やあ、ハロルド先生。何って俺は、皇国の歌姫にご挨拶をしようと来てただけですよ。まあ、会えたのは王国の天の導きでしたが」

「また女性に言い寄ってたんじゃないのか?」

「それは勘違いですよ。女の方から寄ってくるんです」

「それはカルマートでの話だろう」


 親しい者に注意するような語り口で、話しながら近付いてきたハロルドは、ミランの後ろにいるニースに気が付くと、ふっと表情を緩めた。


「ニース君。セラ君にユリウス君も。みんな着いたんだね」

「ハロルド先生、お久しぶりです」


 ニースたちは安堵の息を吐き、口々にハロルドと挨拶を交わした。その様子を見て、ミランは、へぇと声を漏らした。


「こいつらが後輩ってわけですか」

「ああ、そうだ」

「後輩?」


 首を傾げたニースに、ハロルドは柔らかな笑みで頷いた。


「ニース君。ミランは音楽院の卒業生なんだよ。だから君たちの先輩だ」


 話を聞いて、ニースたちは表情を引き締める。ミランは意味ありげな笑みを、ケイトに向けた。


「可愛い後輩の友達なら、また後で会えるか。今は引くよ。ケイトちゃん、またね」


 ひらひらと手を振り、ミランは去っていく。息を詰めていたケイトが、セラにもたれかかるように膝から崩れた。


「ケイトさん、大丈夫ですか⁉︎」

「あ、ありがとぉ。すごく怖かったのぉ」


 涙目で何度も頷くケイトを、セラと共にニースも支える。すると、成り行きを見守っていた聖皇国の天の導きが、穏やかに声を挟んだ。


「休ませてあげた方がいい。念のため、グノムに救護室まで運ばせよう」

「ケイト殿! よく頑張ったな!」


 ケイトの返事を聞く前に、グノムはケイトを抱え上げた。心配そうにケイトを見つめるセラに、ウンダが、ぱちりと片目を瞑った。


「セラ様、大丈夫ですよ。またあの人が何かしにきたら、グノムがやっつけますから」

「ええと……はい」


 セラは苦笑しながら頷く。ケイトを抱えて歩き出したグノムとウンダを見送ると、聖皇国の天の導きはニースに手を差し出した。


「直接話すのは初めてだね。カランド聖皇国の天の導きで、枢機卿のイサクだ」

「ニースです。イサク様、初めまして」

「君は侯爵になったと聞いているよ。国内の立場的には、枢機卿もそう変わりはない。それにお互い、天の導き同士だ。敬称はいらないよ」

「分かりました、イサクさん。よろしくお願いします」

「ああ。よろしく、ニース」


 柔和な笑みを浮かべ、ニースと握手を交わすと、イサクはカラボスに目を向けた。


「艦長。公主殿下はこれからか?」

「ええ。間もなくお着きになるかと」

「それなら、私も共に出迎えさせてもらおう」

「分かりました」

「ニース、また後でゆっくり話そう」


 イサクはカラボスと共に去って行く。静かになった通路で、ハロルドが、はぁとため息を吐いた。


「ニース君とレイチェル君が並ぶだけでも圧巻だったが。天の導きが三人もいると強烈なものがあるね」

「ハロルド先生……」

「ミランがすまなかった。あいつは昔から、ああなんだ」


 案内役の兵士に連れられ、ニースたちは船室へ向かいながらハロルドの話を聞いた。


「ミランは、私が講師になって初めて教えた学生たちの一人でね。ニース君とユリウス君は分かると思うが、女子学生の人気が凄くて……。言い寄られるのが当たり前になって、女性にだらしなくなってしまった」


 悲しげに言うハロルドの話に、ニースは気の毒に感じて顔を歪めた。


「変わっちゃったんですね、ミランさんは」

「変な方向にね。卒業してからも女性には事欠かなかったみたいだが、軍に女性はいないだろう?」

「そうですね。数はすごく少ないです」

「あいつはもういい年だが、国を出たのはこれが初めてだ。その上、周りは男だらけで、かなりストレスが溜まってたみたいでね。ケイト君は気さくな人柄だから、癒してもらえると思ったんだろう」


 困ったものだと頭を振るハロルドに、ニースは小さく唸った。


「癒し……。確かにケイトさんは優しいですけど。無理強いは良くないと思います」

「それはその通りだよ。もしケイト君に何かするようだったら、教えてほしい」

「分かりました」

「セラ君も、気をつけるんだよ」

「はい!」


 ニースとセラが神妙な面持ちで頷くと、ハロルドは安心したように微笑んで、仕事があるからと去って行った。



 ニースたちに用意された部屋は、一年前と同じだった。セラはケイトとの二人部屋で、ニースは上級将校用の個室だ。

 セラの部屋へ向かいながら、ニースは眉根を寄せた。


「もしミランさんが、セラたちの部屋に行ったら……」


 不安を感じるニースに、セラは微笑んだ。


「大丈夫だよ。前みたいに誰かが迎えに来てくれるまで、お部屋から出ないから」

「でも、もし押し入られたら? 相手は大人の男なんだよ?」

「扉に鍵をかけておくから、大丈夫だよ」


 セラが安心させようとしても、ニースの表情は曇ったままだ。すると案内役の兵士が、トンと胸を叩いた。


「ニース様、ご安心ください。カラボス艦長は、ちゃんと考えておられます」

「どういうことですか?」

「護衛兵の皆様は大部屋になりますが、ユリウス様や護衛隊長殿のお部屋は、セラ様のお部屋の近くにご用意させて頂きましたから」


 艦内の船室は階級別に分けられており、ベンの部下や、マルコ、エリックたち王国兵は、所属国別に十人単位の大部屋となる。

 ベンは下級将校用の小さめの個室だが、ユリウスはジミーと二人部屋。護衛隊の隊長と副隊長であるエルネストとルポルは同室に。レミスも、他部隊の副隊長との二人部屋に回されていた。

 ニースは、ムッとして顔を歪めた。


「ユリウスもルポルもずるい。セラの部屋の近くなんて」

「オレにそう言われても」


 肩をすくめたユリウスと対照的に、ルポルはニッと笑った。


「安心しなよ。セラちゃんのことは、義兄として俺がちゃんと守るから」

「ルポルはセラのこと、変な目で見てたでしょ」

「何言ってるんだよ。俺は最初から、可愛い義妹だとしか思ってないって」

「本当に?」

「本当、本当」


 どうにも怪しいと見つめるニースに、ジミーが宥めるように声を挟んだ。


「ニース様。私がセラ様を見ておきますよ」

「ジミーさんなら安心です。よろしくお願いします」

「ニース! それ酷くない⁉︎」


 わいわいと言い合うニースとルポルを眺め、セラたちはくすくすと笑う。たった二週間しか生まれに差のない兄弟の喧嘩は、重苦しかった空気を吹き飛ばしていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帝国以外の天の導きの揃い組。レイチェルはいないけど、なかなか強烈な性格の人もいてまた一波乱ありそうですね。 王国奪還編はめちゃくちゃ面白かったです。 今後のニースの活躍も楽しみに読みます。…
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