456:天の導きたち3
前回のざっくりあらすじ:ニースは、聖皇国とカルマート国の天の導きと出会った。
*物語の進行上、一部にセンシティブな表現が含まれます。ご注意下さい*
*次話の投稿は、1月12日(日)となります。
皇国海軍の母艦ヒエロナは、一国の城のように広い。
何層もある艦内は、小型艇がいくつも収容出来る巨大な格納庫や、ニースたちが寝泊りする居住区、兵士が身体を鍛える訓練場、母艦の心臓である機関部など、用途別に様々な区画に分かれている。
そのうち、艦長カラボスが指揮を執る艦橋のそばには、重厚な会議室があった。洋上とは思えないほど立派な調度品が揃えられた部屋は、要人を集めた会議で使うための部屋だ。
母艦へ着いた日の午後。作戦会議に出席するべく、ニースはアンヘル、エルネスト、ベン、そして王国軍将軍と共に、その会議室へ向かった。
絨毯の敷かれた部屋には、大きな長机が置かれており、各国の司令官や代表者が揃っていた。
「ニース様、お久しぶりです」
「ここまで来られたのは、ニース様のおかげですよ」
「いえ。僕は歌っただけです。みなさんが戦ってくれたおかげで、王国を取り戻せました。本当にありがとうございました」
会議室にいるのは、ほとんどがニースと顔見知りの者だった。アンヘルが誇らしげに見守る中、ニースは戦いの中で出会った人々と朗らかに挨拶を交わす。
その中には、ベンの兄で、フェローシャス侯爵家の嫡男フィリップの姿もあった。
「ニース君……いや、もうニース殿だな。またよろしく頼む」
「フィリップ様。そんな堅苦しくならなくて大丈夫ですよ」
「そういうわけにはいかない。私はまだ嫡男だが、君は爵位を持ってる。立場的には、私の上になったのだからな」
「フィリップ様……」
苦笑したフィリップの言葉に、ニースは気まずさを感じて口籠った。フィリップは、ニースの後ろに立つベンにちらりと視線を向けたが、言葉は交わさずに各国の将校へ挨拶に向かう。
ニースは戸惑いながらベンに囁いた。
「ベン。まだフィリップさんと仲直りしてないの?」
「まあね」
「ごめんね、僕のせいで」
「ニースが謝る必要はないよ」
ベンは慰めるように話したが、ニースは釈然としなかった。
そうしているうちに、ルイサやイサク、ミランも続々とやって来る。皆が席に着くと、各自の自己紹介を経て、会議は静かに始まった。
同盟軍全体を統括する、ベンの叔父で皇国陸軍大将のフォルスが、作戦の大まかな流れを話す。大枠はすでに決まっているが、最新の情報を元に詳細な動きを詰めるのが、会議の目的だった。
「すでに多くの帝国艦を沈めたが、帝国近海は春であっても氷の漂う北海だ。敵の潜水艇も、あとどれだけあるのか分からない。慣れない海での海戦は、激しいものになるだろう。そこで、合衆国に先陣を切ってもらいたい」
「そうなると当艦は、後方待機でよろしいのですな」
「ああ、そうだ」
ヒエロナ艦長カラボスが声を挟み、フォルスが頷く。二人のやり取りを聞いて、アパシオナート合衆国の海軍大将が胸を張った。
「我が国の陸軍は残念ながら、大して強くはない。上陸後は活躍出来ないだろうからな。海は我らに任せてほしい」
冗談でも言うように、大将は軽やかに言った。その隣で、合衆国陸軍の将校は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、口は開かなかった。
副官を務める合衆国海軍中将ロシオが、言葉を足した。
「とはいえ、我が国の天の導きは国を出られませんでしたので、動くにも限界があります。皆様のお力をお借り出来れば」
ロシオは、共和国の港町コラルを守っていたため、同盟各国の将校たちとも顔を合わせている。頭を軽く下げたロシオに、各国代表は頷きを返した。
「北海は見知らぬ海流だろうが。合衆国なら、その流れも掴めるだろう」
「大地の裂け目に流れ込む大急流も、乗りこなしてしまう国ですからな」
「我らは、貴国の指揮下に入るよ」
「ありがとうございます」
ロシオは微笑みを浮かべ、ちらりとニースに目を向けた。ロシオが何を言わんとしているのかに気が付き、ニースはすぐ様頷いた。
「僕も手伝いますよ。王国には軍艦はありませんから。いいですよね、参謀長?」
「もちろんだ」
アンヘルはにこやかに同意を示す。ルイサとイサクが、ふっと笑って声を挟んだ。
「私は前線へは出られませんが。ヒエロナまで来て頂けるなら、どの国の船にも歌いますわ」
「教会の力は祈歌だけではありません。私ももちろん、協力させて頂きます」
和やかに話すニースたちを、ミランは忌々しげに見つめるだけで、何も言わない。それでも三人の天の導きに協力を取り付けただけで、ロシオにとっては充分だった。
「感謝申し上げます。皆様方のお力、存分に使わせて頂きます」
ロシオが満足げに礼を言うと、海戦の細かな流れについて話し合われる。そうして会議は、上陸後の動きを見越した部隊編成に話が及んだ。
ラソプノ大陸は広く、上陸可能な沿岸部も広大だ。海戦を制した後は、帝都を目指して複数の部隊で同時に侵攻する必要があるため、進軍経路を事前に決め、上陸作戦を進めなければならない。
海図がしまわれ帝国全土の地図が広げられると、アンヘルは声を上げた。
「まず最初に申し上げておくが。王国は、帝国の領土に興味はない」
同盟各国の思惑は、世界規模の戦争を引き起こした帝国を滅ぼし、その国土を奪う事にある。しかし、自国を奪い返したばかりのアマービレ王国に、領土を広げる余力はなかった。
アンヘルの話に、モレンド公国とアニマート共和国代表が同意を示した。
「モレンドも、帝国の地は必要としていない。雪深い彼の地は、我ら砂漠の民には合わないだろう」
「我が共和国も領土はいらない。国民は新たな戦火を望んではいない。歌姫の帰還さえ果たせればそれでいい」
モレンド公国は事実上、聖皇国の属国のため、領土を広げられない。共和国は王国と同じく疲弊しており、余裕はなかった。
野心はないと表明する三カ国に、スピリトーゾ皇国とカルマート国代表は、重々承知だと笑みを浮かべた。
「王国と共和国は、立て直しが急務でしょうからな」
「雪と砂では全く違う。モレンドと帝国では、相容れない部分があまりに大きすぎるだろう」
皇国とカルマートは、その豊富な軍事力を活かして領土拡大を狙っている。二カ国の代表は、満足げな笑みを浮かべた。
そんな中、会議をまとめるフォルスが静かに口を開いた。
「非道なやり方で人を操る帝国は、完全に叩き潰さなければならない。その気がなくとも、戦いによって手に入れた町は、支配下に置く必要がある」
窘めるようなフォルスの言葉に、アンヘルは苦笑した。
「それは存じております。ですが閣下もご存知のように、我が国の武力はあまりに弱い。唯一誇れるのはウォルンタス侯ニース殿の歌の力ですが、その身は一つです。陛下からは、必要とされる場所で手を貸すよう仰せつかっています」
王国にとって帝国戦は、各国に協力する事で同盟軍に借りを返すための場だ。これは共和国も同じであり、共和国代表はアンヘルの話に深く同意を示した。
「我々も大統領から、武器も兵も必要なだけ貸すよう言付かっている。補給部隊として後方で動いてもいいし、必要なら前線にも出よう」
二人の話に、フォルスは知っていると頷いた。
「アマービレ国王と共和国大統領からは、親書を頂いている。心強い申し出に感謝を伝えたいが、帝国は広大だ。各国の補助をするにしても、臨機応変な対応は難しいだろう。……そこでだ。ニース様と王国、共和国両軍は、混成軍としてフィリップ殿の指揮下に入ってもらおうと思う」
フォルスの話に、カルマート国陸軍中将インベルが、ムッとした様子で声を挟んだ。
「待って頂きたい。皇国には公主殿下がいらっしゃるだろう」
「ああ、そうだ。だが皇国軍はフィリップ殿ではなく、ゲイル殿が率いることになったのでね」
フォルスは、髭を蓄えた壮年の皇国将校に目を向けた。ゲイルは、肉付きの良い顔で意味ありげに笑った。
「フェローシャス侯ばかりに手柄を取られては堪らん。次は、我がアビシオン侯爵家の番というわけだ」
ゲイルは、皇国国内でフェローシャス侯爵家と対立しているアビシオン侯爵の嫡男だ。意地の悪い笑みを浮かべたゲイルの隣で、フィリップは悔しげに顔を歪めた。
「手柄など……」
フィリップは同盟軍を率いてラース山脈を越え、王国奪還に寄与した。それは、王国に恩を売る事で皇国の利益を得るためだった。
しかしフィリップは王国王太子キールに先手を打たれ、大した成果を上げられなかった。ベンの反発に合い、ニースも手に入れられなかったため、降格されていた。
膝の上で拳を握りしめたフィリップに、ゲイルは余裕の笑みを浮かべる。フォルスは表情を変えずに話を続けた。
「これまで同盟軍は、大きく三つに分かれて動いてきたが。帝都を目指すにしろ、帝国全土を制圧するとなるとさらに細かく軍を分ける必要がある。指揮系統も複雑になるから、これまでのように私が混成軍を率いるわけにはいかないのでね。フィリップ殿に任せたいのだ」
「帝国はあまりに広いからな……」
考え込むインベルに、フォルスは頷いた。
「カルマートには、ミラン様がいらっしゃる。これまでと違い、自軍で動きたいだろう? 混成軍は、王国軍とニース様を軸に、モレンドと共和国の兵士を加えて構成出来ればと思う」
「それは鬼神もか?」
「そうなるな」
「ずいぶん手厚くなるな。それで支配地域はどうするおつもりだ?」
「四カ国で公平に分ければいい」
フォルスの提案を聞いて、アパシオナート合衆国とカランド聖皇国の代表が口を開いた。
「先ほどロシオが言ったが。我が合衆国は海でしか活躍出来ない。内陸部はいらんが、沿岸部は少しばかり分けて頂ければありがたい。もちろん、それなりに働きは見せるつもりだ」
「教皇聖下は、帝国の地にも聖カルデナの教えを広めたいとお考えです。どの国の支配地域となっても、ラソプノ大陸全土で布教を許してもらえるなら、我が国は分割権利を手放しますよ」
沿岸部は広いといえど、ラソプノ大陸のほんの一部だ。そしてカルマート国は元々、聖皇国とは友好関係にあり、カルデナ教の布教は問題ない。
自軍の力を使わずに、支配地域を皇国と二分割出来るなら、カルマート国にとって大きな利点であり、インベルに断る理由はなかった。
インベルの視線を受けて、カルマート国代表がゆったりと頷いた。
「そういうことでしたら、構いません。天の導きのいる王国軍と、古代兵器を持つ共和国軍、兵数の多いモレンド公国軍なら、バランスも良い。帝都をいち早く押さえるためにも、部隊は多い方がいいでしょうからな」
「ご理解、感謝する。では、混成軍はフィリップ殿に任せるということで。アンヘル殿もよろしいかな」
「ええ。もちろんです」
王国軍の指揮は将軍が執るが、会議の場では静かに話を聞くだけだ。対外的な話や調整を全て任せられているアンヘルは、にこやかに頷いた。
フォルスは安堵した様子で話をまとめると、ルイサに目を向けた。
「殿下。これより先は、より細かな話となります。長くなりますので、ご退席頂いた方がよろしいかと」
「分かったわ」
ルイサは立ち上がると、微笑みをニースたち天の導きに向けた。
「ニース君。イサク殿とミラン殿も。良かったら、お茶でもいかがかしら」
突然の誘いに、ニースは驚き、思わず声を返した。
「いいんですか?」
「ええ。こんな機会は滅多にないもの。せっかくだから、親交を深めましょう」
「そうですね。……参謀長、よろしいですか」
「もちろんだ。ここは私に任せてくれ」
天の導きが国外に出る事は、滅多にない。その天の導きが四人も集まっているのだ。戦いが始まれば、それぞれ別の部隊として行軍するため、これが最初で最後かもしれない茶の誘いだった。
ニースがアンヘルに許可を得ると、イサクも立ち上がり柔和な笑みを浮かべた。
「公主殿下のお茶会ですか。国に帰れば自慢出来ますね」
「まあ。自慢だなんて」
ルイサは愉快げに笑うと、ミランに語りかけた。
「ミラン殿はいかがかしら。無理にとは言わないけれど」
「お美しい殿下のお誘いです。喜んで、ご一緒させて頂きますよ」
「あなたもお上手ね」
爽やかな笑みを浮かべたミランに、ルイサは微笑み、歩き出す。ニースは、エルネストとベンを連れて、後を付いて行った。
ルイサは、自身の夫ダンテの待つ応接室に、ニースたちを案内していった。
イサクやミランの護衛と一緒に、エルネストとベンは通路に立つ。四人だけで部屋へ入ると、ダンテが窓の外を眺めていた。
「ルイサ、お疲れ様」
「あなた。みなさんをお茶にご招待したのよ」
親しげに話すルイサとダンテを見て、ミランがつまらなそうにため息を吐いた。イサクが苦笑して、ミランに囁いた。
「公主殿下がご結婚されていると、知らなかったのか」
「いや、知ってたが。噂に聞くより仲が良さそうだと思っただけだよ」
「噂?」
二人の会話に、ニースは耳をそばだてる。しかし話が続くより前に、ルイサが三人へ振り返った。
「さあ、みなさんもお座りになって。フェム、お茶の用意を」
ルイサは自分付きの女官フェムに指示を出し、ダンテと共にゆったりと腰を下ろした。
応接室のソファは、三人掛けの大きなものだ。必然的に、ニースたちは三人揃って腰を下ろす事になった。
イサクとニースに挟まれ、ミランは小さく舌打ちした。




