116:鉄の味2
*物語の進行上、一部に暴力的表現が含まれます。ご注意下さい*
前回のざっくりあらすじ:戦争の悲惨さを知った。
レベリオの町の中心部にある、領主の館に一座の馬車は入っていった。
館の周囲には補強された跡がいくつも見える高い塀が張り巡らされ、物々しい護衛たちが何人も見張りに立っていた。些か厳重すぎるように見える警戒に、ニースは驚いたが、ラチェットはオルガンに危険が及ぶ事はなさそうだと、胸を撫で下ろした。
館の裏手に馬車を止め、厩に駱駝と馬を繋ぐと、一行は鳥籠と荷物を持って館へ入った。鳥籠には布をかけてあり、バードたちは静かに体を丸めていた。
領主の館そのものも、壊れて修復した箇所がいくつも見え、戦争中は激しい戦闘が行われていた事が見て取れた。
しかし不思議と使用人たちの服装は小綺麗にまとまっており、ニースは町の景色との差に違和感を感じた。
グスタフとマルコムが、エドガー、ジェラルドと共に領主に挨拶に向かっている間に、ニースたちは部屋へと案内された。
「こちらが、みなさまにお貸しできる部屋になります。屋敷の中は修復中の箇所が多く、一部屋しかご案内出来ませんことをお許しください」
申し訳なさそうに頭を下げる使用人に、ジーナは笑みを返した。
「いいえー。ありがとうございますー」
使用人が部屋を去ると、メグは寝床をどう振り分けたらいいかと頭をひねった。
「二つあるベッドは私たち女の子で使うとして、ソファが二つと長椅子がひとつ。あとはテーブルと椅子ね。どうしたらいいかしら……」
メグの言葉に、カサンドラが声を挟んだ。
「あたいらは交代で見張りに立つから、椅子だけもらえれば充分だよ。ダナだけ、メグ嬢たちとお願い出来るかい? ガラナは夜行性だから、一晩中見張りに立てる」
「わかったわ」
「それじゃあ、エドガーたちが来るまで、あたいとダナは見張りに立ってるよ。少し気になることがあるからね……」
ニースは、カサンドラの話に首を傾げた。
「気になることですか?」
「ああ。坊やたちは気にしなくて大丈夫だよ。あたいらでちゃんと守るから」
カサンドラは安心させるように、にっこり笑みを向けると、ダナと共に部屋を出た。
メグが安心したように、ラチェットとニースに笑いかけた。
「良かったわ。みんな床で寝なくて済むわね。ニースは私たちとベッドで寝ましょう」
セラが嬉しそうにニースの手を掴んだ。
「ニース! 一緒だって!」
ニースは、困ったようにラチェットを見た。
「ラチェットさん。こういうのはいいんですか?」
ラチェットは真剣な表情で、首を横に振った。
「いや。ダメだ」
メグが、ぷぅと頬を膨らませた。
「なんでダメなのよ! ニースが私たちと同じベッドで寝たって、いいじゃない! それに、ラチェットにいちいち許可を取る必要もないでしょ!?」
メグの剣幕に、ニースはびくりと身を震わせたが、ラチェットは譲らなかった。
「いや。こういう所はちゃんとしておかないと。ニースは男だ。僕たち男は、男らしく、女性にベッドを譲るべきなんだ。ニースはソファを使って。僕は床で寝るよ」
ジーナが、あははと笑いながらラチェットの背を叩いた。
「言うわねー、ラチェットー! 男らしくていいじゃなーい!」
よろめいたラチェットは、テーブルに手をつくと、そのまま椅子にすとんと腰を下ろし、メガネをくいと上げた。
「まあ、僕もまたひとつ歳を重ねますから。少しは男らしくなりたいんです」
ラチェットの言葉に、メグとジーナは固まった。
「あ……あれ? もうそんな時期?」
「あらー。……もう、そうなのねー」
二人に助け船を出すように、セラが大げさに声をあげた。
「ラチェットさんのお誕生日パーティを、この町でしなくちゃですね!」
ニースは、セラに苦笑いを向けた。
「セラ、それは無理じゃないかな。この町、そういう雰囲気じゃないし……カサンドラさんも、何か気になるって言ってたから」
固まっていたメグとジーナが、ニースの言葉に顔を見合わせ、大きく頷いた。
「そ、そうよ! こんな陰気な町でラチェットのお誕生日を祝うなんて、そんなのダメだわ!」
「そうねー! メグちゃんの言う通りよー! ラチェットのお誕生日なんだから、ちゃーんと楽しい町に着いてからお祝いしましょー!」
ラチェットは、じっとメグとジーナを見つめていたが、悲しそうに視線を逸らした。
「いいんですよ。無理してお祝いしてもらわなくても。僕はカルマートの出身ですから、年始に祝えればそれでいいんです……」
慌てた様子で、メグとジーナは声をあげた。
「や、やあね。そんな、無理してお祝いだなんて! そろそろラチェットのお誕生日だから、お祝いしようって、私たち前からちゃんと話してたのよ!」
「そ、そうよー! ちゃーんと、お誕生日当日にお祝いしようって、計画を立ててたんだからー!」
必死に言い募る二人を見て、セラが顔を青ざめた。
「あ、あの。お誕生日当日って……」
メグがセラの言葉を遮り、大きく頷いた。
「そうよ、セラ。去年はすっぽかしちゃったんだし、今度こそちゃんと当日にお祝いしないとね」
ニースも、青ざめた顔でメグに話しかけようとした。
「で、でも……」
しかしラチェットがニースの言葉を遮り、メグに、ふわりと笑みを向けた。
「僕のお誕生日当日に祝ってくれるんだね。ありがとう。それで、その日はいつって思ってるの?」
メグとジーナは、気まずそうに顔を見合わせた。
「えっと……そ、それは……」
「明日とか、かなー?」
二人の言葉に、ニースが思わず声をあげた。
「あ、あの! ラチェットさんのお誕生日は、今日なんです!」
「「え?」」
ジーナとメグは、顔を引きつらせてラチェットを見た。ラチェットは悲しそうな笑みを浮かべ、立ち上がった。
「やっぱり僕は、馬車で寝ます」
部屋を出るラチェットの後を、ニースが慌てて追いかけた。
「ラチェットさん! ぼくも一緒に寝ます!」
呆然と見送るジーナとメグの隣で、困りきったセラが顔を手で覆った。
部屋を出て足早に馬車へ向かおうとするラチェットに、カサンドラが声をかけた。
「ラチェットくん、どこに行くんだい?」
ラチェットは俯いたまま、無言で歩く。後ろをついてきたニースを、カサンドラは捕まえた。
「坊や、何があったんだ?」
「あ、ええと……。ラチェットさんは、メグたちと喧嘩しちゃって、馬車で今夜は寝るって……」
「そうか……」
カサンドラは困ったように顔を歪めたが、すぐに小さく微笑んだ。
「かえって丁度いいか……?」
「……え?」
カサンドラは、ニースに笑みを向けた。
「坊やも、ラチェットくんと馬車で寝るつもりかい?」
「はい……」
「それなら、さっき運んだ荷物を、持って行ってあげてくれ。あたいは、ちょっと話をしてくる」
カサンドラはニースに告げると、ラチェットを追いかけて行った。
ニースは意味がわからなかったが、荷物を取りに部屋に戻った。部屋ではジーナとメグが、セラに怒られていた。
「誤魔化そうとしちゃダメじゃないですか! ラチェットさん、すっごく悲しんでましたよ!?」
「ごめんなさい、セラ……」
「セラちゃん許してー」
「謝るのは私にじゃないです! なんでさっき、ラチェットさんにすぐ謝らなかったんですか!」
ニースは、セラが怒っている事に驚いたが、巻き込まれないようにそっと荷物を持って部屋を出た。
ニースが荷物を持ち、馬車へ向かうと、カサンドラがラチェットに何かを話し終えたところだった。
真剣な面持ちで話を聞いていたラチェットは、ニースに気づき笑みを向けた。
「ニース。荷物を持ってきてくれたんだね。忘れてたよ。ありがとう」
「いえ。……何かあったんですか?」
「ああ、ちょっとね」
ラチェットは、ニースに詳しく語ろうとはせず、カサンドラに目を向けた。
「カサンドラさん。お話の件は分かりました。ありがとうございます」
「これが仕事だからね。それじゃ、あたいは行くよ。……またね、坊や」
カサンドラは、ニースに笑いかけると帰って行った。
その後、一座は領主に請われて、館で小さな演奏会を行った。
ニースとセラは聖歌ではなく、ラチェットが作った歌だけを歌った。マルコムは鳩を出す手品は使わず、ラチェットはフルートで演奏をした。
いつもよりずっとこじんまりとした舞台となったが、戦後の娯楽のない中だ。領主は演奏を喜び、一座を夕食の席に誘った。
町の様子から、料理に期待をしていなかったニースたちだったが、肉や魚、新鮮な野菜などが使われており、予想以上に豪勢な夕食となった。
食事が終わると、ニースはラチェットと共にグスタフの馬車で眠った。すぐ隣にはオルガン馬車があり、少し離れた厩では、馬と駱駝たちが休んでいた。
皆が寝静まり、二つの月が空高く上る。ぐっすり眠るニースの耳に、バンバンと激しく扉を叩く音が聞こえた。
「ん……」
椅子の上で身をよじったニースは、突然口を塞がれ、床へと引きずり降ろされた。
「……!?」
ニースが目を開けると、ラチェットが口元に指を当て、静かにするよう仕草で告げた。
ニースが緊張した面持ちで、こくりと頷くと、ラチェットはニースの口から手を離し、二人は息を潜めて、外の様子を伺った。
馬車の外からは、遠くで何かが起こっているのだろう、喧騒が薄っすらと聞こえ、馬車の屋根や側面に、何かがゴンと当たる音が度々響いた。
程なくして、外がぶわりと明るく照らされたので、二人は馬車の扉のガラス窓から外を覗き見た。すると、館の塀の外側に、炎が上がっているのが見え、二人は息を呑んだ。
ニースは思わず、ラチェットの袖を引いた。
「ラチェットさん……!」
「これはまずいな……」
ラチェットは俯き、しばし思案した後、扉を薄く開いた。外の様子を確認すると、ラチェットは扉を閉め、ニースに目を向けた。
「ニース、よく聞いて。僕は今から、馬と駱駝を連れてくる。だから、ここから絶対に動かないで。いいね?」
ニースは、真剣なラチェットの眼差しに、こくりと頷いた。
ラチェットは静かに扉を開けると、暗闇を一気に走り抜けていった。
塀の外にはたくさんの人がいるのだろう、喧騒が溢れており、館の正面の方からは、争うような大きな物音が響いていた。
ニースは、扉を閉めようと手を伸ばし、ふと気がついた。館の護衛兵の一人が、額から血を流して馬車のそばに倒れていたのだ。助けるべきか迷うニースのすぐそばに、拳大ほどの小石が降ってきた。
「うわっ!?」
ニースは思わず馬車の中に身を引き戻し、扉を閉めた。
よく見ると、塀の向こう側からいくつも小石が投げ込まれているのがわかった。周囲を警戒していた護衛兵たちは、皆どこかへ行っているようで、倒れている者以外に姿は見えなかった。
ニースは状況が理解できず、馬車の片隅でうずくまる。やがて、何かの足音が近づいてくると、突然扉が開けられた。
「ひっ!?」
ニースが思わず小さな悲鳴をあげると、鳥籠を抱えたメグとセラが乗り込んできた。セラは顔を真っ青にして震えていた。
「ニース。こっちに来て」
メグは、小さな声でニースを馬車の奥へ呼び、震えるセラと共に座らせた。
すると、再び扉が開いた。ジーナとマルコムが鞄を次々と中へ押し込み、メグがさらに奥へと荷物をずらす。馬を連れてきたのだろう、ラチェットがやってくると、マルコムは入れ替わるように外へ出ていった。外の喧騒はいつの間にかさらに大きくなっており、すぐ近くで争うような音が聞こえた。
ジーナとラチェットが乗り込み、しっかりと扉を閉めると、ほぼ同時に馬車は動き出した。セラの手を握っていたニースは、恐怖に震えて叫んだ。
「これからどうするんですか!?」
メグが鳥籠を押さえながら、答える代わりにニースに叫んだ。
「二人とも口を閉じて、衝撃に備えて!」
ニースは意味がわからなかったが、ぎゅっと目を閉じ、セラを抱きしめた。
御者台のグスタフが、大声で何かを叫んだ。
ドンという衝撃の後に、何かの上を馬車は通り、ガタガタと大きく揺れた。棚の上の荷物が落ちてくるのを、ジーナとラチェットが必死に押さえる。大きな怒号と悲鳴が外から響いていたが、やがて揺れは収まり、声も外から聞こえなくなった。
それでもニースは、セラを抱きしめたまま、目を閉じて小さくぷるぷると震えていた。




