115:鉄の味1
*物語の進行上、痛ましい表現が含まれます。ご注意ください*
前回のざっくりあらすじ:砂漠を共に旅する護衛たちと出会った。
砂漠で二台の馬車を引くのはテュラーの町で用意した駱駝だ。馬車から外された四頭の馬は、二台の馬車に挟まれるようにして走る。馬車の両脇を、駱駝に乗ったエドガーとジェラルドが警戒しながら進んでいった。
モレンド公国へ入りしばらくすると、街道の景色はがらりと変わった。聖皇国から続いていた石畳は途切れて砂に変わり、景色を見ただけではどの方角から来てどこに向かっているのかがわからなくなった。
グスタフは時折、方位磁針を懐から出して地図と見比べ、エドガーたちと確認しあいながら、道なき道に馬車を進ませた。
国境を越えてしばらく進んでも、町や村を見ることはなかった。
ようやく通りかかった町は、半分以上が砂に埋もれた瓦礫の山と化したもので、人の気配が全くなかった。オルガン馬車の中から外を覗き見たニースは、その光景に寒気を感じた。
「誰もいない町だね……」
不安げなニースの言葉に、ダナが頷いた。
「仕方ないんだ。国境に近い町はみんな戦争で壊れたから」
セラが悲しそうに呟いた。
「戦争って、こんなに町がボロボロになっちゃうものなんですね……」
「こうなったのは、皇国が手を貸してからかな」
ダナの言葉に、ニースとセラは驚いた。
「え!?」「皇国のせいなんですか?」
御者台に座るマルコムが、苦笑いを浮かべた。
「ニース。覚えてるか? ルイサ様が狙われた時の、犯行予告」
ニースは戸惑い目を泳がせたが、こくりと頷いた。
「はい。『皇国の歌い手に天誅を下す』でしたよね」
「それの原因がこれだよ」
辛そうなマルコムに、荷台で休んでいたラチェットが気遣うように声をかけた。
「マルコムさん、後は僕が話しますよ。窓、閉めますね」
「ああ……悪いな」
ニースは、窓を閉めたラチェットに問いかけた。
「マルコムさんはこの前も様子が変でしたけど、また何かあったんですか?」
「え? ええと……」
ニースは、マルコムとルイサの関係を知らない。ラチェットは、どう説明したものかと、言葉を詰まらせた。
事情を知るセラが、誤魔化すように、話を元に戻した。
「ラチェットさん! どうして犯行予告と、壊れた町が関係してるんですか?」
「あ、ああ、それはね……聖皇国と皇国が、同盟国だって話は知ってるかな?」
「知ってます!」
「ぼくも知ってます」
ニースが話に乗ったので、ラチェットは心の内でセラに感謝し、安堵の息を漏らした。
「知ってるなら良かったよ。聖皇国は、王国時代のモレンドと小競り合いが絶えなかったんだけど、それがここ十年ぐらいで、急に悪化してね。なかなか戦争が終わらないから、皇国が手を貸したんだけど……」
皇国の介入は、最初は兵士の派遣や後方支援のみだった。しかし一向に終わりが見えない争いに業を煮やし、皇国はルイサ始めとする歌い手たちの力で、古代文明の発掘兵器による攻撃を始めた。
その威力は凄まじく、多くの人々を巻き込みながら、町を壊していった。
ダナが、ラチェットの言葉に付け足した。
「皇国の発掘兵器は物凄くてね。遠くから一気に町を討ち滅ぼしていったんだ。あんな攻撃、見たことないよ。モレンドの人たちは手も足も出なかった。
……でも、町から人がいなくなった理由は、他にあるんだよ」
ラチェットは、興味深そうにダナに目を向けた。
「その辺は、実際にここで戦っていたダナさんの方が詳しそうだね。僕も教えてほしいな」
ラチェットに見つめられたダナは、ほんのり頬を染めて頷いた。
「町が壊れたって言っても、人がいきなり全員消えるわけじゃない。怪我をしながらも生き残った人もたくさんいたんだ」
ダナは悲しそうに顔を歪め、言葉を継いだ。
「聖皇国は医療の国で、元々国家を越えて誰でも助けようとする国だから、怪我をしていても治してもらって、町を再建出来るはずだった。でも生き残った人々は、それを拒んだ」
「拒んだって……。まさか……!」
何かに思い至ったラチェットに、ダナは頷いた。
「動ける奴らは町を捨てて逃げた。その時に、そいつらは動けない人たちに引導を渡したんだ。悪魔を信仰する奴らに体をいじられたら、地に還れないって言って、助けを求める人ですら無理やり殺された。家族も、兄弟も、友達も、容赦なくね」
ニースとセラは、息を呑んだ。
「嘘……」「そんな……」
二人とも、家族からの酷い仕打ちを受けた過去がある。とても他人事とは思えなかった。
ダナは、切なげな笑みを浮かべた。
「あたしもね、町の大人たちに殺されそうになった一人なんだ。ガラナがいたから助かったけど。あたしはリーダーに拾われて、そこから傭兵になったんだ。
この辺りは、昔はすごく栄えてたよ。いくつも町や村があって、みんな笑って暮らしてたのに。最後はそんな理由で殺し合って、みんな死んだ。命さえあれば、やり直せたのに。馬鹿だよ……」
ニースたちは、あまりに悲惨な出来事に押し黙った。ダナはガラナを撫でると、気持ちを切り替えるように明るい声を出した。
「さあ。この話はこれでおしまい。これから先も、誰もいない壊れた町や村がいくつも続くはずだよ。砂嵐を避けるのには使えるかな。
次に人がいる町はレベリオだね。新しい領主が来たって話だけど、復興してるといいなぁ」
ニースたちはダナの気持ちを汲んで、楽しい話をしながら馬車に揺られた。ニースは話をしながらも、悲しい気持ちでいっぱいだった。
――ぼくの時は、ぼくが失敗したから、父さまはぼくに剣を向けた。でも、この国の人たちは違う。何も悪いことなんかしてないのに、助けを求めても味方に殺されるなんて……。
到底理解出来ない出来事に、衝撃を受けるニースを乗せて、馬車は走る。廃墟となった町や村で、砂嵐をやり過ごしながら、一行は砂漠を進んでいった。
程なくして砂嵐の季節は終わりを迎え、一行は人の住むレベリオの町が見える場所までやって来た。オアシスの緑と混じり合うような市壁が遠目に見えると、二台の馬車は足を止めた。
公国に来てから、人がいる町へ初めて入るという事で、マルコムは鳥たちが心配だとグスタフの馬車へ乗り込み、ラチェットがオルガン馬車の手綱を握った。
再び進み始めた馬車の小窓から、ニースはラチェットに笑いかけた。
「ラチェットさんのお誕生日に、町に着いて良かったですね」
「そうだね。さすがに廃墟で誕生日は嫌だったから」
嬉しそうに笑ったラチェットに、セラが、はっとした。
「ラチェットさんのお誕生日、今日でしたっけ?」
「ああ、そうだよ」
セラは、しゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい。私、全然覚えてなかったです……」
ニースは、セラを庇うように慌てて話した。
「ぼくは、たまたま覚えていただけなんです。熊に襲われた日だって、ラチェットさんが言ってたから。だから、セラが分からなくても仕方ないんです。怒らないであげて下さい」
ラチェットは前を向いたまま、はははと笑った。
「怒ったりしないさ。セラちゃんは、ちゃんと気付いて謝ってくれたしね。ずっと一緒だったメグたちに忘れられてたぐらいなんだから……」
しんみりと声を落としたラチェットに、ダナが不思議そうに尋ねた。
「誕生日って、出生日のことだよね。そんなに大事なこと?」
ニースとセラは驚いて、ダナに答えた。
「大事ですよ。だって生まれた日ですよ? 命をもらった日ですから」
「そうです! ラチェットさんたちは、みんな毎年お誕生日をお祝いしてくれるんですよ。私もお祝いしてもらいました!」
「へえ。ニースくんたちは、出生日に祝うんだね。あたしは年始にしか祝ったことがないから、よく分からないや」
ダナの言葉に、ラチェットが笑った。
「そうだよね。僕もカルマートの生まれだから、年始にしか祝わなかったんだ。誕生日が大事だって思うようになったのは、一座に入ってからかな」
「そうか。ラチェットさんは、カルマートが故郷なんだね。今日で何歳になったの?」
「僕は今日で十七歳になったんだ。カルマートの数え方なら、僕は今、十八歳だよ」
ラチェットの言葉に、ダナが嬉しそうに笑った。
「え! それなら、あたしと同い年だよ! ラチェットって呼んでいいかな。あたしのこともダナって呼んでほしい」
ラチェットは戸惑ったが、頷いた。
「あ、ああ。いいよ。よろしくね、ダナ」
「うん。ラチェット、よろしくね!」
頬を染めて喜ぶダナを、じっとセラが見つめた。
「ダナさん、もしかして……」
「……なに?」
「いえ。何でもないです」
セラの言葉に首を傾げるダナを横目に、ニースは納得したように頷いた。
「カルマートとモレンドって、お誕生日の祝い方が同じなんですね」
「ああ。そうだね。たぶん、バトス大陸の文化なんだと思う。聖皇国南部の砂漠地帯も、同じ文化だったはずだから」
ニースに答えるラチェットを見て、ダナが感心したように笑いかけた。
「ラチェットって物知りなんだね。学者みたいだ」
「そ、そうかい?」
照れくさそうなラチェットの後ろ姿に、セラが慌てた様子で話を変えた。
「じゃ、じゃあ。お誕生日が今日なら、町に着いたらお祝いしないとですね!」
セラの言葉に、ラチェットは笑みをひそめた。
「それなんだけどさ、セラちゃん。ニースとダナにもお願いがあるんだけど……。メグたちに、僕の誕生日のことを言わないでもらえるかな」
「え!? なんでですか!?」
驚くセラに、ラチェットが苦笑いを浮かべて振り返った。
「また忘れられてるかもしれないから。覚えててくれてるのか、ちょっと気になるんだよ……」
ラチェットの言葉に、三人は気まずそうに顔を見合わせた。ニースは心の中で、メグたちがちゃんと覚えているようにと、願った。
ニースたちが話をしているうちに、馬車は町へとたどり着いた。間近で見てみると、レベリオの町は立派とは言い難かった。
市壁は崩れ、ほとんど意味を成しておらず、検問もない。町の外周には多くの人々がテントを張って暮らしており、一行は奇異の目で見られた。
派手な装飾の二台の馬車は、どこからどう見ても目立ちすぎていた。ギラギラと殺気立つ視線が、馬車にいくつも向けられ、ニースは身を震わせた。
「ラチェットさん。ぼく、なんだか怖いです」
「僕も実はちょっと怖いかな。なんていうか、こう……みんな切羽詰まった目をしてるね」
二台の馬車は、人々の注目から逃げるように町の中心部へと向かった。
中心部へ向かうほど、修復された家々が増えたが、人々の暮らしは貧しいようで、痩せ細った人々が継ぎ接ぎだらけの薄汚れた衣服を身に纏っていた。ニースはその様子に、聖皇国の難民街で見た人々の姿を思い出した。
前を行くグスタフの馬車は、領主の館へたどり着くと、門の前で止まった。すると、マルコムがエドガーと共に、館の中へ入っていった。
ニースは、不思議そうにラチェットに尋ねた。
「ラチェットさん。なんでここに来たんでしょうか?」
「んー。たぶん町が復興途中だから、宿屋がないんじゃないかな」
ラチェットの言葉に、ダナが頷いた。
「ラチェットの言う通りだと、あたしも思うよ。町のあの感じだと、宿がないだけじゃなく、町で野宿するにも少し危なそうだし。
たぶんリーダーたちが提案して、領主に一晩泊めてもらえるよう頼みに来たんだと思う。もし部屋を貸してもらえなくても、館の敷地内に場所を貸してもらうんじゃないかな」
ダナの話を聞いて、ニースは悲しくなった。
「領主さまのところじゃないと、旅人は安全に眠れないぐらい、この町の人たちは貧しいってことなんですね」
ダナは、困ったように苦笑いを浮かべた。
「貧しいだけが、問題じゃないと思うけどね。この町の今の領主は、新しく中央から派遣された、穏健派の貴族だったはずだ。聖皇国から来たあたしたちの安全を、保障してくれるはずだよ」
ニースは驚き、不安な表情を浮かべた。
「ぼくたちが聖皇国の方から来たから、町の人たちはあんなに怖い目で、ぼくたちを見てたんですか?」
「たぶんね。あたしはそう思う。でも、領主なら守ってくれるはずだし、あたしたちもいるから大丈夫だよ。ガラナがちゃんとニースくんたちを守るから」
「本当ですか?」
ニースの呟きに、ガラナが任せろというように、ちろちろと舌を出した。ニースはその姿に、小さく微笑んだ。
「……怖いけど、きっとみなさんなら守ってくれますよね」
「もちろん」
ダナの自信溢れる返事に、ニースは笑って礼をいい、ガラナを撫でた。やがて、マルコムたちが戻ってくると馬車はゆっくり館の敷地へと入っていった。




