114:砂漠の護衛2
前回のざっくりあらすじ:聖皇国の南の国境付近にある、テュラーの町に着いた。
出発を前にして、ニースは馬車置き場で、砂漠の旅を共にする護衛たちと、初めて顔を合わせた。マルコムに連れられてやってきた護衛は、戦争で傭兵として活躍していたという若い四人の男女だった。
「エドガー来たか」
「グスタフの旦那、よろしくな」
最年長の男エドガーは、マルコムより若く見え、グスタフ以上の強面の顔だった。がっしりとした体躯には身体中に傷があり、背中に大きな盾を背負い、分厚い手袋と金属の輪のような物を手に嵌めていた。
グスタフとエドガーが、がっしりと握手を交わし、ニッと笑い合う姿を見て、セラが呟いた
「山賊と、砂漠の盗賊団が握手してるみたい……」
ニースは、セラの言葉に首を傾げた。
「セラ、砂漠の盗賊団ってなに?」
「女将さんが読んでくれたお話にあったの。砂漠の遺跡を荒らす大盗賊のお話だよ」
エドガーはグスタフと挨拶を終えると、ニースたちにニッと白い歯を見せて笑った。
「俺はエドガー。このチームのリーダーをやってる。あんたらの話は旦那から聞いてる。よろしくな」
ニースたちが口々に挨拶すると、エドガーは後ろに連れてきた三人を紹介した。
「さて、昨日話していた俺の仲間たちを紹介するよ。ジェラルド、カサンドラ、ダナだ」
聖地で分かれたメアリと同じぐらいの年齢に見える、スラリとした青年が、優しい笑みを浮かべ、優雅に頭を下げた。
「ジェラルドです。よろしくお願いしますね」
頭に布を巻き、腰にサーベルを下げたジェラルドは、紳士的で柔らかな印象だった。
「傭兵っていうより、騎士みたいだわー」
「彫刻みたいで綺麗な顔ね」
「メグさんやメアリさんと同じ、綺麗な小麦色の肌ですね!」
女性三人がジェラルドの微笑みに頬を染めたので、ニースは、ジェラルドがマルコムのように女性に好かれる人なのだと思った。
メグたちの様子に顔を引きつらせたグスタフとラチェットの肩を、マルコムはニヤニヤとしながら叩いた。
「グスタフ、ラチェット。二人とも大変だな、気をつけろよ」
すると、エドガーが三人にだけ聞こえるように囁いた。
「いや、奥方たちの心配は必要ない。あいつは、既婚者と子どもには手を出さないし、そもそも女には興味がないんだ」
「「「は?」」」
ぽかんとする三人に、エドガーは言葉を継いだ。
「グスタフの旦那は問題ないが、マルコムの旦那たちは気をつけろ。あいつは特に整った顔立ちの男が好みなんだ。ラチェットの坊主はメガネを外さない方がいい。幾分誤魔化せる。マルコムの旦那は……」
エドガーは考え込むように、マルコムをじっと見つめたが、諦めて笑った。
「ジェラルドと二人きりにならないように、気をつけるんだな。あいつは、ああ見えて力が強いんだ」
「嘘だろ……」
マルコムは顔を青ざめ、ラチェットはメガネをしっかりとかけ直し、グスタフは苦笑いを浮かべた。その様に、大人たちの話が聞こえなかったニースは、首を傾げた。
ジェラルドにむらがる女三人を横目に、エドガーがカサンドラと呼んだ、筋肉質の女性がわざとらしく咳払いをした。
「あたいも名乗りたいんだが」
カサンドラは、ジェラルドと同じぐらいの年齢に見え、長い赤髪をポニーテールに結び、砂色の迷彩柄の服を着ていた。
まるで男のように見える出で立ちだったが、ニースは見たことのない服装に、興味津々で見入った。
ジーナたちが、はっとして目を向けると、カサンドラは笑った。
「カサンドラだ。あたいはクロスボウがメインだけど、トマホークでも銃でも何でも使うよ。よろしくね」
カサンドラの聞きなれない単語に、ニースは問いかけた。
「あの。クロスボウと、トマホークと……何だっけ。それって、何ですか?」
「はは。坊やは知らないんだね」
カサンドラは、荷物と一緒に傍らに置いていた大きな弓をひょいと手に持ち、ニースたちに見せた。
「これがクロスボウ。普通の弓より何倍も威力が強くて、遠くまで飛ばせるんだ」
セラが、目をまん丸に開いた。
「これ、鉄で出来てるんですか?」
「そうだよ。こうして引いておけば、引き金を引くだけで、ピューッと矢が飛んでくってわけさ」
カサンドラは、クロスボウの弦を引いて見せた。グスタフとマルコムが、その様子に唖然とした。
「し、信じられない……あんなに軽々と……」
「嘘だろ……足じゃなく、片手で引くのか!?」
「なんだい、いい男が二人して。情けないね」
カサンドラは笑いながら、トマホークもニースに見せた。
「そしてこれがトマホークだよ。小さな斧なんだ」
カサンドラの言葉を聞いて、ニースは不思議に感じた。ニースにとって、斧は木を切るものだからだ。
「斧で戦うんですか?」
「便利なんだよ。遠くの敵には投げればいいし、近くてもこれで殴ればいいだけだから」
ニースは斧で殴ると聞いて、顔を青ざめた。カサンドラは、ニースの頭をくしゃりと撫でた。
「そんな怖がらなくても大丈夫さ。坊やたちを怖い目に合わせないための、あたいらなんだから」
カサンドラは得物を見せ終えると、最後の一人に声をかけた。
「ダナ。長くなって悪かったね。あんたの番だよ」
「別に……」
気怠そうに返事をする、背中に大きな籠を背負ったダナは、白いローブを身に纏い、深くフードを被り俯いていたので、顔はよく見えなかった。
声からかろうじて女性だと分かったが、ニースは、ほんの少しだけ薄気味悪く感じた。
やる気のなさそうなダナに、エドガーが肩をすくめた。
「ダナは、ちょいと訳ありでね。だが腕は保証するよ」
ダナは、気怠げに頭を下げた。
「よろしく。あと、あたしの友達がいるけど、驚かせちゃうから、籠には触らないでね……」
ジェラルドが、ジーナたちに笑みを向けた。
「ダナは、蛇使いなんです。女性の方は蛇は苦手ですよね?」
ジーナとメグは、頬を引きつらせて頷いたが、セラは目を輝かせた。
「蛇ですか!? 蛇さん、私は好きです!」
セラの言葉に、ダナが顔を上げた。ニースはその姿を見て目を見張った。
――真っ白だ……!
ダナはメグより少し年上に見える女性で、顔と髪は驚くほど白く、瞳は赤かった。その透き通るような姿に、ニースが感じた先ほどまでの薄気味悪さは、すっかり消え去っていた。
ダナは期待のこもった笑みを、セラに向けた。
「ほ、ほんとに!? 君は蛇が好きなの!?」
気怠げだった声が一転して明るくなったダナに、セラはにっこり笑みを返した。
「はい! 見せてもらえませんか?」
「もちろん、いいよ!」
ダナが喜んで籠を地面に置いたので、ジーナとメグは慌てて馬車の陰に隠れた。
ダナが籠の蓋を外すと、セラが覗いて声をあげた。
「うわあ! 可愛い!」
「ほ、ほんとに!? この子、ガラナっていうんだ! ……リーダー、出してもいい?」
ダナに尋ねられたエドガーが、グスタフに尋ねた。
「ちょいと大きい蛇だが、噛んだりはしないんだ。いいか?」
「ああ。構わないよ」
にこやかに答えたグスタフだったが、次の瞬間、顔を青ざめた。
「お、大きい……!」
ダナが背負っていた大きな籠の中から出てきた、一匹の真っ白な大蛇は、どこまで体が続くのかと思うほど長く、太かった。
「可愛いー!」
セラがガラナに抱きつくと、ガラナは嬉しそうに、ちろちろと舌を出す。ダナが幸せそうにガラナを撫でた。
「良かったね、ガラナ。お前のことを気に入ってくれる友達が出来たね!」
嬉しそうなセラを見て、ニースが恐々とダナに声をかけた。
「あの……ほんとに噛まないんですか?」
「うん。噛まないよ。君も触る?」
ニースは、そっとガラナに手を触れた。ひんやりと滑らかな感触が、上質な布のように感じられ、ニースは微笑んだ。
「すごく滑らかですね」
ニースの声に、ラチェットとマルコムもガラナに触れた。
「へえ。蛇ってこんなにすべすべしてるんだ」
「これはすごいな。かなり力もありそうだ」
ダナはガラナを褒められて嬉しかったようで、胸を張った。
「ガラナは、悪いやつを絞め殺すだけじゃなく、牙には毒もあるんだ。悪いやつはみんなあっという間に倒せるし、解毒薬もあたしは持ってるから、噛んだ相手を生かしておきたければ調節もできるよ」
ダナの言葉に、グスタフが小さな悲鳴をあげた。
「ど、毒蛇なのか!?」
グスタフの言葉に、ダナは慌てて言葉を継いだ。
「毒蛇だけどガラナは賢いんだ! あたしの言うことは、ちゃんと聞くから!」
セラがガラナを抱きしめたまま、悲しそうにグスタフに目を向けた。
「ガラナちゃんがいたらダメなんですか?」
怯えるグスタフに代わり、マルコムが答えた。
「大丈夫だよ、二人とも。ちゃんとダナちゃんに懐いてるなら、問題ないさ」
ガラナを気に入ったセラは、ダナと一緒にグスタフの馬車に乗りたいと言い出したが、グスタフ、ジーナ、メグは猛反対した。
話し合いの末、ダナはニース、セラと共にオルガン馬車に乗る事になり、グスタフの馬車にはカサンドラが。エドガーとジェラルドは駱駝に乗る事になった。
ニースは、頼もしい護衛たちとの砂漠の旅を、ほんの少し楽しみに感じ始めた。
一座は準備を整えると、砂嵐が止んでいる間に町を出ようと、教会を出発した。先頭は再びグスタフの馬車が進む事になった。
オルガン馬車の御者台には、マルコムとラチェットが座っており、セラはダナに頼んでガラナと荷台で遊んでいた。
ニースは、地下に広がる不思議な町を目に焼き付けておこうと、小窓から外を覗いていた。
すると、大通りに人がたくさん集まっているのが見えた。
「なんでしょう? お祭りですか?」
ラチェットが目を凝らし、答えた。
「瓦版売りがいるみたいだね」
すると、前を行くグスタフの馬車が止まった。あまりの人の多さに、進めなくなったのだ。
マルコムが、ラチェットに手綱を預け、馬車を降りた。
「何の情報なのか、少し見てくる。あと、人も避けないといけないからな」
程なくして、駱駝に乗ったエドガーとジェラルドが道を開き、グスタフの馬車はゆっくり動き出した。マルコムはまだ戻っていなかったが、人だかりを先に抜けようと、ラチェットはオルガン馬車を進めた。
人の流れが落ち着いた所で、二台の馬車は道の端に止まった。
グスタフがそわそわした様子で、群衆を見つめた。
「マルコムのやつ、遅いな。何かあったのか?」
不安げなグスタフの言葉に、カサンドラが立ち上がった。
「旦那。あたいと探しに行こう」
二人は馬車を降りて、マルコムを探しに行った。
しばらくすると、気落ちした様子のマルコムが、グスタフに連れられて戻ってきたので、ラチェットは心配そうに問いかけた。
「座長、マルコムさん。何があったんですか?」
ラチェットの問いかけに、マルコムは答えなかった。グスタフは、苦笑いをラチェットに向けた。
「悪いが、しばらくオルガン馬車の手綱を頼む。マルコムはこっちで預かるよ」
不思議そうに見つめるラチェットに、カサンドラが瓦版を一部渡した。
「これが原因らしい。喜ばしいことなんだがな」
瓦版には、皇国の慶事が書かれていた。皇国の歌姫ルイサが婚約をしたという内容で、婚約相手は毒殺未遂事件の時に、最初に駆けつけた護衛兵だった。
ラチェットから瓦版を見せられると、ニースは歓声を上げた。
「わあ! ルイサ様、結婚されるんですね! それなのに、マルコムさんはどうしちゃったんだろう?」
ニースの言葉に、ラチェットとセラは苦笑いを浮かべた。
マルコムは、国境を越えてしばらく経つまで、オルガン馬車に戻って来なかった。
マルコムが戻ってくると、体力を温存するため、ラチェットはマルコムと交代で御者台へ上がるようになった。二台の馬車は、砂の砂漠へ続く街道を南下していった。




