113:砂漠の護衛1
前回のざっくりあらすじ:聖地エレオスを旅立った。
聖地エレオスを旅立った一座は、聖皇国の南の国境へ向けて馬車を進めた。
一行は途中、街道沿いの町や村の教会に立ち寄りながら旅を進めていった。聖地を出る際に、教皇からの依頼を受けていたためだった。
一座は教会へ立ち寄ると、慰問演奏会と同時にニースとセラによる聖歌の演奏を行った。ニースは歌の力を持たないが、二人の聖歌はハーモニーの響きのおかげで、セラ一人の祈歌よりも効果は高かった。
二人は、行く先々で様々な奇跡を起こし、苦しむ人々を救った。教皇からの依頼とあって、テトラネマのような騒動が起きる事もなく、ニースたちは安全な旅を続けていった。
そうして、幾日も旅を続けた一行だが、だんだんとニースたちの間に重苦しい空気が漂い始めた。
立ち寄る治療院にいる患者たちの数が、聖皇国の南の国境へ近づくにつれて、どんどん膨れ上がっていき、患者たちが抱える傷も、より酷くなっていったからだ。
また、大きな町の周りには、難民も数多くいた。家や家族を失くした人々の姿に、心を痛めたグスタフたちは、難民街の中で無償で小さな演奏会を行う事もあった。
難民たちは、教会の施しは嫌っても、旅の一座の演奏は歓迎した。グスタフのバイオリンと、ラチェットのフルート、マルコムの太鼓にニースとセラの歌を合わせ、メグが華麗に舞う。
そうして人々の身体と心を癒しながら、一行は国境へ向けて馬車を進めていった。
街道沿いの景色は、南下する毎にだんだんと緑が減っていき、ついには草木の生えない岩だらけとなった。
ごつごつした奇岩がいくつも立ち並ぶ風景に、ニースは驚いた。
「岩しかない……。絵本で見た地獄の底みたい……」
ニースは、セラたちと共にグスタフの馬車に乗っていた。ニースの声に、セラもニースに並んで突き出し窓から外を眺めた。
「本当だ……なんか怖いね、ニース」
震える二人に、ジーナが笑いかけた。
「あながち間違ってはいないかもー。生き物が暮らすには辛すぎるものねー」
ニースは座り直すと、ジーナに尋ねた。
「どうして辛いんですか?」
「それはねー。一年中暑いのに、夜だけすごく冷えるのー。気温差が激しすぎて、大変なのよー。それに、一年中ほとんど雨が降らないしー」
「でもラチェットさんが、聖皇国には雨季っていう、雨がたくさん降る季節があるって言ってましたけど……」
首を傾げるニースに、ジーナは丁寧に説明した。
「そうねー。確かに雨季は聖皇国の多くの場所にあるけど、もうこの辺りはモレンド公国のそばだから、砂漠になっちゃってるのよー。
砂漠にも、雨が降りやすい季節はあるけど、雨季っていうほどまとまって長くは降らなくてねー。一日に何回かザーッと降る感じかなー。
だから、砂漠に住む生き物って、私たちが普段見るのとは違うのよー。少ない水で生きていけるようにとか、気温の変化に耐えれるようにとか、特別じゃないと生きていけないのねー。
砂漠の町も、住みやすいように色々工夫がしてあって、面白いわよー」
ニースと入れ替わるようにして外を眺めていたメグが、ジーナに声をかけた。
「ねえ、お母さん。それって、あの町もそうなの?」
「どれどれー?」
メグが指し示したのは、一座が目指していた、聖皇国とモレンド公国の国境の町、テュラーだった。
テュラーは、頑強な石造りの砦を囲むように町が作られていたが、ニースたちからは、それほど大きな町には見えなかった。
「そうそう。あの町もそうよー。中に入ればわかるわー」
ニースたちは首を傾げたが、町の中に入ると、ジーナが言っていた事の意味がわかった。
テュラーの町には、広大な地下空間が作られていた。町の家々のほとんどが、洞穴のような場所に作られており、地下通路が蟻の巣のように張り巡らされていた。
日中の焼け付くような日差しも、夜との激しい気温差も、地面の下では関係ない。雨水を貯めておく用水路や貯水池なども作られており、特殊な気候で暮らしていくための知恵が、至る所に見受けられた。
この特殊な街並みは、戦時下でも役に立った。モレンドとの最前線の砦でもあったテュラーには、今も多くの傭兵達や商人、負傷者や難民がいる。
ニースはたくさんの人々がひしめく町に、雑多な印象を受けた。
一行は、テュラーの教会でも教皇からの依頼に基づき、聖歌と慰問演奏を行った。演奏会が終わると、ニースたちは蒸し風呂で疲れを癒し、宿として教会から借りた男女別の部屋で寛いだ。
一座は数日疲れを癒し、砂漠越えの準備を整えてから、出発する予定だった。
ニースが蒸し風呂の余韻に浸りながら、ベッドの上でぼんやりしていると、突然、外で轟々と強い風の音が響き、パラパラと何かが壁を打ち付ける音が聞こえた。
ニースは、あまりの轟音に驚き、毛布に包まった。
「な、なんですか!? このすごい風……」
机に向かい手紙を書いていたマルコムが、ニースの声に顔を上げた。
「この音は砂嵐だな」
「砂嵐?」
「国境を越えた先は砂の砂漠なんだ。砂嵐っていうのはな、強い風に砂が巻き上げられて、細かな砂粒が叩きつけるんだよ。この風が止むまでは、ここにいる羽目になるな。馬も御者台にいる俺たちも、砂嵐の中じゃ死にかねない」
マルコムの話にニースは、ぷるりと身を震わせた。
「そ、そんなに大変なんですか……」
皆にお茶を入れたラチェットが、ニースにカップを手渡した。
「マルコムさんの言う通りだよ。もうすぐ終わるはずだけど、今の砂漠は砂嵐の季節なんだ。だからニースも、もし外で砂嵐にあったら、すぐに建物の中に逃げてね。
まあ、この町なら地下で行き来出来るから、そんなに危ない事にはならないと思うけど」
椅子で寛ぐグスタフは、お茶を一口飲むと、マルコムに声をかけた。
「マルコム。手紙をバードに運ばせるのは、やめた方がいい。砂嵐だけでなく、今バードを放したら、次にバードが戻って来る頃はモレンド公国に入ってからだ。バードの姿を、公国で見られるのはまずい」
マルコムは、聖地エレオスを発ってから、度々メアリと手紙のやり取りをしていた。届けていたのはもちろんバードだ。
バードは、マルコムがどこにいても、必ずマルコムの元へ帰ってきた。マルコムが大して教えなくとも、普通の伝書鳩以上の技能を、バードは身につけていた。これは、ココも同様だった。
マルコムは手紙を書き進めながら、グスタフの言葉に頷いた。
「わかってるよ。バードをみすみす危険に晒す気はない。この手紙は、聖地へ向かう人に預けてもらえるよう、教会の連中に頼むさ」
ニースはカップに息を吹きかけながら、首を傾げた。
「バードが危なくなるんですか?」
ラチェットが椅子に腰を下ろし、ニースに答えた。
「公国では、空を飛ぶ鳥や虫が毛嫌いされてるんだよ。だから王国時代に、聖皇国とずっと戦争していたみたいだよ。教会に鳥を飾ってるから」
ニースは、ぽかんと口を開いた。
「そ、そんな理由で戦争してたんですか!?」
ラチェットは、ニースの声に肩をすくめた。
「そう。僕たちからすれば、くだらない理由だけど、公国の人たちにとっては大事な事なんだよ。だからニース。そんな理由なんて、言っちゃダメだよ。
僕たちに理解出来ない考え方でも、相手の意思を尊重しないと、大問題になる事もあるんだから」
グスタフが、ラチェットの言葉に頷いた。
「そうだな。特に公国の人々は、気性が激しい人が多い。うっかり怒らせたら、あっという間に殴り合いだ。
今はまだ戦後間もないから、治安が不安定な場所もある。ニースは絶対に私たちから離れるな。セラやメグたちの事も守ってやってくれ」
ニースは真剣に頷いた。
「わかりました。……でも、バードたちはどうするんです? ずっと籠の中になるんですか?」
手紙を書き終えたマルコムが、丁寧に封をしながら答えた。
「そうだな。バードとココには悪いが、しばらくは籠の中にいてもらうしかない。それに、他の鳩たちもだな。あの国で鳥を表に出したら、殺されかねない」
「こ、殺され!?」
マルコムは立ち上がると、ニースを安心させるように笑みを向けた。
「まあ、姿さえ見せなければ大丈夫だ。それに、何があっても俺の大事な鳥たちに手は出させないよ。
……ちょっと手紙を頼んでくる」
マルコムが部屋を出ると、ニースは椅子の背に並んで止まるバードとココを見た。
「二人とも、絶対に大人しくしててね? ここから先は危ないみたいだから」
ココは相変わらず返事をしなかったが、バードは、わかったというように、くるっぽーと鳴いた。
手紙を頼みに行ったマルコムは、困った顔をして部屋へ戻ると、グスタフと共にどこかへ出かけていった。
ニースは不安を誤魔化すように、お茶を飲みながらラチェットと話をして過ごした。
グスタフたちが部屋へ戻ると、ラチェットが心配そうに声をかけた。
「座長、何かあったんですか」
グスタフは、どかっと椅子に座ると、苦笑いを浮かべた。
「ああ、まあな。聖地で調べていたのと、少し状況が変わっていた。だが、まあなんとかなる。二人は心配しなくていい」
マルコムはグラスに水を注ぎ、グスタフに渡した。
「グスタフ。それだけじゃ、ニースの心配は消えないぞ」
マルコムの言う通り、ニースは青ざめた顔で、ぷるぷると震えていた。
――聖地の話と違う? もしかして、歌い手を嫌う人たちが、まだいるのかな……。
ニースは、皇国でルイサが毒殺されかけた事を思い浮かべ、震える声で尋ねた。
「あ、あの……調べていたのと違うなら、船には変えないんですか?」
グスタフが、気まずそうにニースに目を向けた。
「すまないな、ニース。怖がらせるつもりはなかったんだが……」
グスタフは水を飲むと、小さくため息を吐いた。
「船に乗ることも考えたんだがな。ジーナがどうしても公国を通りたがってな……」
グスタフの言葉に、ラチェットが首を傾げた。
「ジーナさんが、なぜ公国にこだわるんです?」
グスタフの代わりに、マルコムが答えた。
「モレンドには、昔、俺たちの仲間だった踊り子がいてな。そいつは、ジーナの親友だったんだ。戦争で連絡がつかなくなったから、ジーナは行方を知りたいのさ」
「仲間だった方ですか……それは気になりますね」
納得して頷くラチェットの隣で、ニースは心配そうに、しゅんと肩を落とした。
「ジーナさんのお友達、元気でいるんでしょうか」
グスタフは、柔らかな笑みをニースに向けた。
「そればかりは分からないな。たとえ生きていても、今回の旅で会えるとは限らない。だが、それでもジーナが、少しでも気が楽になるようにしてやりたいんだ。私のわがままになるが、付き合ってくれるか?」
ニースは迷い、自分の気持ちを確かめた。
――またあんな事件に巻き込まれたらって思うと怖い。でも、友達の行方が分からないのは心配だよね……。ぼくだって、セラがどこに行ったか分からなかった時、怖かった……。
ニースはラメンタでの出来事を思い出し、覚悟を決めるように、ぎゅっと拳を握りしめた。
「はい。友達の行方が分からないままなんて、ぼくも嫌です。探すのにお付き合いします」
「ありがとう。ニースたちに危険はないように手は打つから、安心してくれ」
「はい」
微笑むニースに、グスタフたちは安堵の息を漏らした。
一行は砂嵐が落ち着くのを待つ間、砂漠越えの準備を入念に行った。グスタフたちは水や食料を準備するのと同時に、駱駝を数頭用意した。そして、教会の薦めで護衛を雇う事となった。
ニースは初めての砂漠越えに、緊張と不安がない交ぜになりながら、出発の日を待った。




