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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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★[幕間劇〜とある修道士たちの話]

お話の区切りとして、コメディ色強めの幕間劇を書きました。

読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。

 聖歌隊の初披露となる日。

 大聖堂の一室で、グノムは聖歌隊とムルキ、シルフを前に気合を入れていた。皆、いつものローブ姿ではなく、動きやすい綿の服だった。


「いいか、お前たち! いい顔、いい声、いい心だ! 今日がいよいよ本番だ! 気合を入れていくぞー!」


「はい!」


 一斉に返事をした聖歌隊の面々とは違い、ムルキとシルフは、げんなりとした表情を浮かべていた。


「私もやらなければならないのか」


「私も嫌ですわ。汗だくになりますし」


 グノムは、二人をびしっと指差した。


「二人とも! そんな腑抜けてどうする! この後いよいよ本番なんだ! 何事も気合だ! 気合を入れろ!」


 グノムの言葉に二人は返事を返さなかったが、そのままグノムの掛け声に合わせて全員が体をほぐし始めた。




 ニースとラチェットは大聖堂へ着くと、メアリから聖歌隊が本番前の声出しをしていると聞いた。

 教えられた部屋へ向かうと、中からグノムの熱い掛け声が聞こえてきたので、ラチェットは足を止めて、苦笑いを浮かべた。


「グノムさん、またやってるみたいだね」


 ニースは、ぷるりと震えると、ラチェットの後ろに隠れた。


「ぼく、今日は歌わないから、()()()()()はしなくていいですよね?」


「それは……僕はそう思うけど、グノムさん次第なんじゃないかな」


「そんな……! 体操が終わってからにしませんか?」


 扉を叩こうとするラチェットの手を、ニースが必死に止めていると、二人の背後から声がした。


「ニース様、どうなされたんですか?」


 二人が振り返ると、大きなポットを両手で抱えたウンダが立っていた。二人は、ウンダが手に持つポットを見て、顔を引きつらせた。


「あ……」


 すると、中から終了を告げるグノムの声が響いた。ウンダは首を傾げながら、扉をちらりと見た。


「もう体操は終わったみたいですよ? 入りましょう」


 二人が躊躇していると、扉の中からグノムが顔を出した。額に汗をかき、首から布を下げたグノムは、白い歯を見せ、にこやかな笑みを浮かべていた。


「ニース様、ラチェット様! 本番前にお越し頂けるとは、感激の極みです! さあ、どうぞ中へ! みんな喜びます!」


 グノムに引きずられるように、控え室へ入った二人の目の前には、十五人の聖歌隊の面々と共に、ムルキとシルフが床に転がってるのが見えた。


 ニースは勧められた椅子に腰を下ろしながら、苦笑いを浮かべた。


「あの……グノムさん。本番前に、これはやりすぎなんじゃ……」


 グノムは、はははと笑った。


「いやいや。何を言いますか。いつもより少し短くしたんですよ。でも、ニース様がいらっしゃるなら、もう少しやっても……」


 ニースは立ち上がり、必死にウンダを指差した。


「いや、でもほら! もうウンダさんが、()()()()()()()を配ってますから!」


 ウンダは、倒れている聖歌隊の面々を助け起こすと、微笑みと共に怪しげな色をした液体の入るグラスを、次々と()()()()()いた。

 グラスを受け取った者から順に、目に涙を浮かべて聖印を切り、覚悟を決めたようにグラスをあおる。

 飲んだ反応は様々で、魂が抜けたように呆然とする者、お腹を押さえてうずくまる者、吐き出さないように必死に口を押さえる者など、皆それぞれに苦悶に呻いていた。


 グノムはウンダを見やり、はぁとため息を吐くと、ニースに目を向けた。


「仕方ありませんね。ああなっては、もう続きは無理ですから」


 ニースは複雑な気持ちを抱えたまま、椅子に座り直す。ニースの視界の端に、ムルキとシルフが今生最期の別れをするかのように、グラスをカチリと合わせて、一気に飲み干すのが見えた。


 全員に配り終えたウンダは、三人の元へやってきた。


「お待たせいたしました。ちゃんと、ニース様たちの分もありますよ」


 ウンダが手渡したグラスに、ニースとラチェットは息を呑んだ。


「飲まないとダメですか……?」


「僕たちは遠慮しても……?」


 二人の言葉にウンダは答えない。微笑んで見つめるウンダに、二人は覚悟を決めてグラスを一気に傾けた。


 口中に苦味と酸味がほとばしり、胃の中が大きくうねり、全身の力が抜けた。

 ニースは焦点が合わないまま、宙空を見つめ、ラチェットはメガネを外す間もなく、テーブルに倒れ伏した。


 グノムは澄ました顔で一気に飲むと、ウンダにグラスを返した。


「ありがとな、ウンダ。体にいいから、まあいいが、もう少し味はどうにかならないのか?」


「これでも今日のは自信作だったんですけど……やっぱりダメでしたか」


「私は元々の味が好きだからなぁ……。何を足したんだ、今回は」


「いつものレモンだけでなく、さらに柑橘系の果汁を足しただけですよ。あとお酢の量も増やしました」


「そうか。悪くない選択だと思うが、なんでみんなはダメなんだろうな……」


「それがわかったら苦労しません」


「そうだよな……」


 グノムは魂が抜けたような皆を見回し、はぁとため息を吐いた。




 ニースとラチェットは、意識を取り戻すと大聖堂へ戻っていった。

 グノムは聖歌隊とムルキ、シルフと共に、大聖堂の地下へと降りる。

 ()()()()()へ男女分かれて入ると、皆それぞれにカーテンと衝立で仕切られた個室に入り、蛇口をひねった。


 女性の個室では、隣り合ったウンダとシルフが話をしながら湯を浴びていた。


「シルフ、シャンプー貸してー」


「いいわよ。はい」


 衝立の下から小瓶を受け取ると、ウンダは液体を手に垂らし泡立てた。


「いい香り。やっぱりシルフのシャンプーって、特別よね」


「そうかしら。普通だと思うけど」


「ううん、特別よ。シルフの髪はいつもさらさらで、いい香りだもの。私も最近ようやく枝毛が減ってきたけれど」


「それはほら。きっと歌のおかげよ」


「そうね。それもあるかも」


 身を清めると、二人はローブを身に纏い、頭に布を巻いて鏡の前に座る。

 鏡台に備え付けられた温風機を使って、髪を丁寧に乾かすと、艶めいた髪の乾き具合を確かめるように、ウンダはさらりと髪をかきあげた。


「はぁ。こんな風にさらさらにしても、男の子に興味を持ってもらえないんだもんね……」


 ため息を吐くウンダに、シルフは首を傾げた。


「あら、ウンダ。異性に興味があるのに、教会へ入ったの?」


「え? うん。まあ、ね……」


 シルフは化粧水を肌に馴染ませると、小瓶をウンダに渡した。


「そういえば、ここに来てからあなたと知り合ったけど、お互いのことまだ全然知らないわね」


 ウンダは礼を言って受け取ると、小瓶をじっと見つめた。


「そうね……。私ね、実はモレンドの出身なのよ。孤児だったの」


「そうだったの……。ごめんなさいね、ウンダ。私、別に無理に聞くつもりじゃ……」


「いいのよ」


 ウンダは笑みを浮かべると、化粧水を手に取った。


「私が孤児になった時はまだ小さくてね。両親のことも全然覚えてないの。戦争が始まっても、一人で生き延びてきたけど、お世話になった故郷の人たちは、私一人を残してみんな死んじゃった」


「まあ……」


 絶句するシルフに、ウンダは悲しさを紛らわすように微笑んだ。


「私は聖皇国の老兵に運良く助けられて、養子になったの。おじいちゃんは、戦争が終わる少し前から北のロッシーノ村ってところで門兵を始めてね。優しくて、いい人なの」


「そう。新しい家族が出来たのね」


 ウンダは頬に手を当て、思い出したように笑った。


「だからね。教会で働いて、おじいちゃんに恩返ししたいと思ったのよ。それで村の教会にいたんだけど、たまたまそこでニース様にお会いしたの! 歌声が本当に素晴らしかったのよ」


 嬉しそうに笑うウンダに、シルフは笑みをこぼした。


「ウンダ、そんな最近まで北の村にいたの?」


「ええ。これも聖カルデナの風のお導きなのかしら。ニース様がその後、テトラネマで奇跡を起こされたんだけど、その町の司祭様がおじいちゃんの妹でね。その方のお話を受けて、私は聖地に来たのよ」


「そうなのね。何の用事だったの?」


「ロッシーノ村で、ニース様が歌われた際の様子を知らせるためよ。村の司祭様からも色々言付かってね。ちょうど聖地へ罪人を運ぶ警備隊の方がいたから、一緒に連れてきてもらったの」


 ウンダは乳液を手に伸ばしながら、穏やかに話を続けた。


「そしたら、聖庁で大司教様からお声をかけられたのよ。私がテトラネマの司祭様の親戚で、ニース様の歌を聞いたことがあるっていうのが、お耳に入ったらしいの」


「すごいわね。トントン拍子じゃない。お導きとしか言いようがないわ」


 笑うシルフに、ウンダは切なげに小さくため息を吐いた。


「でも私、歌は楽しいけど、結婚せずにずっと教会に身を捧げるかっていうと、迷っちゃうな。やっぱり恋をしてみたいもの」


「誰か気になる人がいるの?」


「えっとね……」


 ウンダは、シルフの耳元に囁いた。


「実は私ね、グノムのこと、気になってるんだ」


 シルフは目を見開いた。


「え!? なんで!?」


 ウンダは、赤らめた頬に両手を添えて、気恥ずかしそうに身をよじった。


「だって。私のあの栄養ドリンクを美味しく飲んでくれるのよ? あれの元のレシピは、私の故郷のなんだけど、この国に来てから美味しく飲んでくれるのって、グノムだけなんだもの」


 シルフは先ほどの味を思い出し、胃に不快感を感じながら、苦笑いを浮かべた。


「……それはそうでしょうね。グノム以外にあれを美味しく飲める人はいないと思うわ」


「でしょ!? だから私ね、グノムと一緒にいたいなって」


 照れながらも楽しそうに笑っていたウンダだったが、ふっと笑みをひそめた。


「でも……私は祈手じゃないから、無理な話ね。それに、グノムだって祈手じゃないし。私が世俗に戻ったって、結局は無理な話だわ」


 ウンダの言葉に、シルフは首を横に振った。


「ウンダ、そんなことはないわよ」


「ううん、いいの」


 シルフの言葉を遮るように、ウンダは立ち上がった。


「さあ、もう行かないと。遅れちゃうわ」


「でも、ウンダ……」


 さっさと先に部屋を出ようとしたウンダは、くるりとシルフに振り返り、笑みを浮かべた。


「私のこと、たくさん話したから、今夜はシルフのことを教えてね!」


「わかったわ」


 微笑みを浮かべ、立ち上がったシルフに、ウンダは手を差し伸べた。


「ほら、行こう!」


 二人は緊張を滲ませながらも、ムルキたちと合流し、大聖堂へ歩いていった。初めての聖歌隊の歌声が大きな奇跡を起こし、この夜ウンダは、シルフが教皇の孫だと知るのだった。

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