★[幕間劇〜とある修道士たちの話]
お話の区切りとして、コメディ色強めの幕間劇を書きました。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行に問題ありません。
聖歌隊の初披露となる日。
大聖堂の一室で、グノムは聖歌隊とムルキ、シルフを前に気合を入れていた。皆、いつものローブ姿ではなく、動きやすい綿の服だった。
「いいか、お前たち! いい顔、いい声、いい心だ! 今日がいよいよ本番だ! 気合を入れていくぞー!」
「はい!」
一斉に返事をした聖歌隊の面々とは違い、ムルキとシルフは、げんなりとした表情を浮かべていた。
「私もやらなければならないのか」
「私も嫌ですわ。汗だくになりますし」
グノムは、二人をびしっと指差した。
「二人とも! そんな腑抜けてどうする! この後いよいよ本番なんだ! 何事も気合だ! 気合を入れろ!」
グノムの言葉に二人は返事を返さなかったが、そのままグノムの掛け声に合わせて全員が体をほぐし始めた。
ニースとラチェットは大聖堂へ着くと、メアリから聖歌隊が本番前の声出しをしていると聞いた。
教えられた部屋へ向かうと、中からグノムの熱い掛け声が聞こえてきたので、ラチェットは足を止めて、苦笑いを浮かべた。
「グノムさん、またやってるみたいだね」
ニースは、ぷるりと震えると、ラチェットの後ろに隠れた。
「ぼく、今日は歌わないから、グノム体操はしなくていいですよね?」
「それは……僕はそう思うけど、グノムさん次第なんじゃないかな」
「そんな……! 体操が終わってからにしませんか?」
扉を叩こうとするラチェットの手を、ニースが必死に止めていると、二人の背後から声がした。
「ニース様、どうなされたんですか?」
二人が振り返ると、大きなポットを両手で抱えたウンダが立っていた。二人は、ウンダが手に持つポットを見て、顔を引きつらせた。
「あ……」
すると、中から終了を告げるグノムの声が響いた。ウンダは首を傾げながら、扉をちらりと見た。
「もう体操は終わったみたいですよ? 入りましょう」
二人が躊躇していると、扉の中からグノムが顔を出した。額に汗をかき、首から布を下げたグノムは、白い歯を見せ、にこやかな笑みを浮かべていた。
「ニース様、ラチェット様! 本番前にお越し頂けるとは、感激の極みです! さあ、どうぞ中へ! みんな喜びます!」
グノムに引きずられるように、控え室へ入った二人の目の前には、十五人の聖歌隊の面々と共に、ムルキとシルフが床に転がってるのが見えた。
ニースは勧められた椅子に腰を下ろしながら、苦笑いを浮かべた。
「あの……グノムさん。本番前に、これはやりすぎなんじゃ……」
グノムは、はははと笑った。
「いやいや。何を言いますか。いつもより少し短くしたんですよ。でも、ニース様がいらっしゃるなら、もう少しやっても……」
ニースは立ち上がり、必死にウンダを指差した。
「いや、でもほら! もうウンダさんが、いつもの飲み物を配ってますから!」
ウンダは、倒れている聖歌隊の面々を助け起こすと、微笑みと共に怪しげな色をした液体の入るグラスを、次々と押しつけていた。
グラスを受け取った者から順に、目に涙を浮かべて聖印を切り、覚悟を決めたようにグラスをあおる。
飲んだ反応は様々で、魂が抜けたように呆然とする者、お腹を押さえてうずくまる者、吐き出さないように必死に口を押さえる者など、皆それぞれに苦悶に呻いていた。
グノムはウンダを見やり、はぁとため息を吐くと、ニースに目を向けた。
「仕方ありませんね。ああなっては、もう続きは無理ですから」
ニースは複雑な気持ちを抱えたまま、椅子に座り直す。ニースの視界の端に、ムルキとシルフが今生最期の別れをするかのように、グラスをカチリと合わせて、一気に飲み干すのが見えた。
全員に配り終えたウンダは、三人の元へやってきた。
「お待たせいたしました。ちゃんと、ニース様たちの分もありますよ」
ウンダが手渡したグラスに、ニースとラチェットは息を呑んだ。
「飲まないとダメですか……?」
「僕たちは遠慮しても……?」
二人の言葉にウンダは答えない。微笑んで見つめるウンダに、二人は覚悟を決めてグラスを一気に傾けた。
口中に苦味と酸味がほとばしり、胃の中が大きくうねり、全身の力が抜けた。
ニースは焦点が合わないまま、宙空を見つめ、ラチェットはメガネを外す間もなく、テーブルに倒れ伏した。
グノムは澄ました顔で一気に飲むと、ウンダにグラスを返した。
「ありがとな、ウンダ。体にいいから、まあいいが、もう少し味はどうにかならないのか?」
「これでも今日のは自信作だったんですけど……やっぱりダメでしたか」
「私は元々の味が好きだからなぁ……。何を足したんだ、今回は」
「いつものレモンだけでなく、さらに柑橘系の果汁を足しただけですよ。あとお酢の量も増やしました」
「そうか。悪くない選択だと思うが、なんでみんなはダメなんだろうな……」
「それがわかったら苦労しません」
「そうだよな……」
グノムは魂が抜けたような皆を見回し、はぁとため息を吐いた。
ニースとラチェットは、意識を取り戻すと大聖堂へ戻っていった。
グノムは聖歌隊とムルキ、シルフと共に、大聖堂の地下へと降りる。
浄化の部屋へ男女分かれて入ると、皆それぞれにカーテンと衝立で仕切られた個室に入り、蛇口をひねった。
女性の個室では、隣り合ったウンダとシルフが話をしながら湯を浴びていた。
「シルフ、シャンプー貸してー」
「いいわよ。はい」
衝立の下から小瓶を受け取ると、ウンダは液体を手に垂らし泡立てた。
「いい香り。やっぱりシルフのシャンプーって、特別よね」
「そうかしら。普通だと思うけど」
「ううん、特別よ。シルフの髪はいつもさらさらで、いい香りだもの。私も最近ようやく枝毛が減ってきたけれど」
「それはほら。きっと歌のおかげよ」
「そうね。それもあるかも」
身を清めると、二人はローブを身に纏い、頭に布を巻いて鏡の前に座る。
鏡台に備え付けられた温風機を使って、髪を丁寧に乾かすと、艶めいた髪の乾き具合を確かめるように、ウンダはさらりと髪をかきあげた。
「はぁ。こんな風にさらさらにしても、男の子に興味を持ってもらえないんだもんね……」
ため息を吐くウンダに、シルフは首を傾げた。
「あら、ウンダ。異性に興味があるのに、教会へ入ったの?」
「え? うん。まあ、ね……」
シルフは化粧水を肌に馴染ませると、小瓶をウンダに渡した。
「そういえば、ここに来てからあなたと知り合ったけど、お互いのことまだ全然知らないわね」
ウンダは礼を言って受け取ると、小瓶をじっと見つめた。
「そうね……。私ね、実はモレンドの出身なのよ。孤児だったの」
「そうだったの……。ごめんなさいね、ウンダ。私、別に無理に聞くつもりじゃ……」
「いいのよ」
ウンダは笑みを浮かべると、化粧水を手に取った。
「私が孤児になった時はまだ小さくてね。両親のことも全然覚えてないの。戦争が始まっても、一人で生き延びてきたけど、お世話になった故郷の人たちは、私一人を残してみんな死んじゃった」
「まあ……」
絶句するシルフに、ウンダは悲しさを紛らわすように微笑んだ。
「私は聖皇国の老兵に運良く助けられて、養子になったの。おじいちゃんは、戦争が終わる少し前から北のロッシーノ村ってところで門兵を始めてね。優しくて、いい人なの」
「そう。新しい家族が出来たのね」
ウンダは頬に手を当て、思い出したように笑った。
「だからね。教会で働いて、おじいちゃんに恩返ししたいと思ったのよ。それで村の教会にいたんだけど、たまたまそこでニース様にお会いしたの! 歌声が本当に素晴らしかったのよ」
嬉しそうに笑うウンダに、シルフは笑みをこぼした。
「ウンダ、そんな最近まで北の村にいたの?」
「ええ。これも聖カルデナの風のお導きなのかしら。ニース様がその後、テトラネマで奇跡を起こされたんだけど、その町の司祭様がおじいちゃんの妹でね。その方のお話を受けて、私は聖地に来たのよ」
「そうなのね。何の用事だったの?」
「ロッシーノ村で、ニース様が歌われた際の様子を知らせるためよ。村の司祭様からも色々言付かってね。ちょうど聖地へ罪人を運ぶ警備隊の方がいたから、一緒に連れてきてもらったの」
ウンダは乳液を手に伸ばしながら、穏やかに話を続けた。
「そしたら、聖庁で大司教様からお声をかけられたのよ。私がテトラネマの司祭様の親戚で、ニース様の歌を聞いたことがあるっていうのが、お耳に入ったらしいの」
「すごいわね。トントン拍子じゃない。お導きとしか言いようがないわ」
笑うシルフに、ウンダは切なげに小さくため息を吐いた。
「でも私、歌は楽しいけど、結婚せずにずっと教会に身を捧げるかっていうと、迷っちゃうな。やっぱり恋をしてみたいもの」
「誰か気になる人がいるの?」
「えっとね……」
ウンダは、シルフの耳元に囁いた。
「実は私ね、グノムのこと、気になってるんだ」
シルフは目を見開いた。
「え!? なんで!?」
ウンダは、赤らめた頬に両手を添えて、気恥ずかしそうに身をよじった。
「だって。私のあの栄養ドリンクを美味しく飲んでくれるのよ? あれの元のレシピは、私の故郷のなんだけど、この国に来てから美味しく飲んでくれるのって、グノムだけなんだもの」
シルフは先ほどの味を思い出し、胃に不快感を感じながら、苦笑いを浮かべた。
「……それはそうでしょうね。グノム以外にあれを美味しく飲める人はいないと思うわ」
「でしょ!? だから私ね、グノムと一緒にいたいなって」
照れながらも楽しそうに笑っていたウンダだったが、ふっと笑みをひそめた。
「でも……私は祈手じゃないから、無理な話ね。それに、グノムだって祈手じゃないし。私が世俗に戻ったって、結局は無理な話だわ」
ウンダの言葉に、シルフは首を横に振った。
「ウンダ、そんなことはないわよ」
「ううん、いいの」
シルフの言葉を遮るように、ウンダは立ち上がった。
「さあ、もう行かないと。遅れちゃうわ」
「でも、ウンダ……」
さっさと先に部屋を出ようとしたウンダは、くるりとシルフに振り返り、笑みを浮かべた。
「私のこと、たくさん話したから、今夜はシルフのことを教えてね!」
「わかったわ」
微笑みを浮かべ、立ち上がったシルフに、ウンダは手を差し伸べた。
「ほら、行こう!」
二人は緊張を滲ませながらも、ムルキたちと合流し、大聖堂へ歩いていった。初めての聖歌隊の歌声が大きな奇跡を起こし、この夜ウンダは、シルフが教皇の孫だと知るのだった。




