◆《閑話〜アンヘルの手記》最終回
お話の切り替えとして、今回もアンヘル目線の閑話を書きました。本編で詳しく書けなかった設定などを、会話文なしで描いております。
読み飛ばしていただいても、本編ストーリーの進行には問題ありません。
ようやく続きを書くことが出来た。もう二度とペンを持てないかと思ったが、こうしてニアと生きて国へ戻れる事に、心から感謝したい。
どこから書き始めればいいか迷うが、順を追って書いていくとしよう。
皇国と聖皇国との国境で、事件は起きた。
皇国からの出国は問題なかった。問題だったのは、聖皇国への入国の際だ。
商人だと身分を偽ろうとしたのが良くなかった。いや、それでもあの蛍石の原石を買わなければ良かったのかもしれない。
アウクリシウムの町で買った大量の蛍石が問題となった。中身の一部が、数十年前に女盗賊が聖皇国から盗み出した特殊な石と似ているというのだ。
検問で蛍石に疑念を持たれると、アルファはすぐに動いた。あっという間に数名の兵士を倒して強行突破したのだ。
ベータもすぐに後を追ったが、私はとても追えなかった。やはり二人は凄腕の諜報員だったということだろう。
二人が強行突破したことで、蛍石への疑念は確信に変わり、私は即座に捕らえられた。
私は、アルファから持たされていた毒薬を使おうと考えたが、結局使えなかった。死を受け入れる勇気が出ず、迷ったのだ。
貴族としては恥ずべきことだが、私個人としてはこの臆病さで助かった。私が迷ってる間に、ニアに兵士たちが気づいたからだ。
聖皇国とは面白い国で、色や形を大切にする文化があるらしい。ニアの黒は敬うべき色だそうで、白い首輪の緑と青のガラス玉、鳩の留め具も見過ごせないものだったようだ。
ニアの飼い主である私は、酷い尋問を受けることもなく、しばらく国境近くの牢に入れられた。ニアは私から離されようとすると兵士たちを威嚇したため、牢に私と共に入れられた。ニアがいてくれたからか、牢内での生活もさして酷いものではなかった。
ニースを追い出した私が、ニースへの罪滅ぼしのつもりで助けたニアに救われる。何とも滑稽な話だった。
しかし私のこの手記が、再び事件を動かした。誰にも見つからないよう、鞄の二重底の中に入れて持ち歩いていたのだが、兵士たちにあっさり見つかったのだ。
聖皇国は皇国と同盟関係にある。その上、天の導きは、聖皇国では聖人と呼ばれる神に等しい存在らしい。
皇国の毒殺事件についての記載、私の弟ニースが天の導きであること、ニースに対して私がこれまで行ってきた事の全てが問題とされ、大騒ぎとなった。
私のこれまでの行いがあまりに複雑で、地方では裁ききれないという事で、私の身柄は聖皇国の中枢である聖地エレオスへ移される事になった。
私は、鉄製の牢で作られた護送馬車に乗せられ、聖地へ運ばれた。数名の兵士とひとりの修道女と共に進む旅だったが、これは惨めの一言だった。
私は道行く人々に罵声を浴びせられ、冷たい目で見られた。恥ずかしさで死にたくもなったが、すでにアルファからもらった毒は没収されて手元になく、どんな扱いを受けても逃げる事は叶わない。
それに、お世辞にも護送馬車の乗り心地は、良いとは言えなかった。硬い鉄床の上で揺られたため、私は身体中に痣が出来た。
修道女が一緒だったため、民衆から小石を投げられなかった分、まだマシだったと、自分を慰めるしかなかった。
ようやく聖地へ着くと、今度は度重なる尋問が待っていた。
拷問でないだけマシだったが、生きた心地はしなかった。私が黙秘しようにも、ほとんどの事は手記に書いてある。手記が聖皇国に渡った事は大きな痛手だった。
裁定が最悪の結果となった場合、最も恥ずかしく痛ましい方法で処刑される可能性もあった。私は緊張と不安で気がおかしくなりそうだったが、どうにか耐えた。
まず、蛍石についてだが、やはり数十年前に盗まれた物と同一の特殊な石が、一部に混ざっていたようだ。とはいえ、私が石の正体を全く知らずに購入していたため、全て没収となるが、罪には問われなかった。
次に、天の導きであるニースへの数々の仕打ちだが、これは不問となった。私がすでに贖罪の念を抱いているということと、危険を冒して解毒薬を仕込んだためだった。
そして、皇国の毒殺事件についてだが、私が実行犯ではない事、反対を表明していた事に加え、恩赦があったとの事で赦された。
毒殺対象となった皇国の天の導きが、事件の際に助けに駆けつけた護衛兵と婚約を結んだそうだ。この慶事がなければ、私は処刑されていたかもしれない。私は、すんでの所で助かったのだ。
アルファとベータは、行方が依然わからず、聖皇国と皇国が連携して血眼になって探しているらしい。
しかし今も、二人はニースの後を追っているはずだ。恐らくニースの近くの水面下で、彼らの攻防は繰り広げられるのだろう。
両国とも、我が王国とキール殿下に対しては、特に何も行動を起こさないようだ。理由は単純で、不用意に突けば戦争に発展する可能性のある国際問題だからだ。
アルファかベータ。どちらか片方でも捕まれば、何かが動くかもしれないが、そうでなければどうにもならないだろう。
ただ、王国の動きについては、今後両国は注視していくようだ。
私は、聖皇国への出入り禁止を言い渡された。
元々、聖皇国とアマービレ王国の関係はあまり良いとは言えない。過去、王国にはカルデナ教を弾圧した歴史があるからだ。
今はもう知る者は少ないが、王国では古来からの言い伝えに、地獄の底に住まう鬼たちは歌を歌うという話がある。今でこそ、歌い手はその力の有用性から重宝されるが、そもそも王国では歌い手は鬼に通ずる者であり、忌むべき存在だった。
そのため、王国には歌い手を蔑視してきた歴史があり、天の導きを神とするカルデナ教は弾圧されてきた。
今も王国に教会はひとつもなく、カルデナ教を知る者すらほとんどいない。私も文献で読んだことがわずかにある程度だ。
わざわざ問題を運んできた王国民の私を、聖皇国が国内に入れたくないのは当然だろう。
しかし皇国は、私を出入り禁止にはしなかった。どうやら皇国は、ニースを音楽家として欲しているらしい。
ニースを追い出したとはいえ、伯爵家はニースの生家であり、私は血の繋がった兄だ。私たち家族がニースと和解した時のことを考え、穏当な処分となったようだ。
ここでも私は、ニースに救われる形となった。
私は今、王国へ帰るべく、ニアと共に船に乗っている。
手記は写しを取られたが、原本はこうして手元に返された。性懲りも無く私は自分が体験した事を、ここに書き綴っているが、あのような目に合う事はそうそうないだろう。
王国へ着いても、今回強制帰国となった理由は、蛍石の件のみ報告するつもりだ。
毒殺事件の事については、両国ともアルファとベータが捕まらない限りは動くつもりはないのだ。わざわざ墓穴を掘る気はない。
しかし私は、密命を受けていたにも関わらず、失敗となったのだから、国へ帰っても死を賜る事になるかもしれない。それでも私は嬉しいのだ。家族には申し訳ないが、祖国の地で死ねるなら、よほどいいと思う。
気がかりなのはニアだが、王国にニアを知る者はいない。いざとなれば、首輪を外して逃してやってもいいが、この船旅で誰かに譲るのもいいかもしれない。
ニアにとって、最も幸せな選択は何だろうか。残り僅かな時間の中で、ゆっくり考えていきたいと思う。
◆◇◆◇◆◇
もう一度、こうしてペンを持てるとは思わなかった。私は柄にもなく、神に感謝したい気持ちでいっぱいだ。
王国へ帰り着いた私は真っ直ぐ王城へ出向き、キール殿下に任務失敗の報告を行い、謝罪した。
殿下に私は叱責を受けたが、意外にも処罰を受ける事はなかった。
どうやら皇都を出て以来、アルファとベータから何の音沙汰もなかったため、二人がどうにか聖皇国に入ったという話だけで、殿下は満足されたようだ。
そして殿下は、私が捕まった原因の蛍石によく似た石について興味を持たれた。私が聖皇国で知った話の全てをお伝えしたが、引き続き調査を行うお考えのようだった。
私は丸一年帰る事の出来なかった伯爵領への帰還を許され、ようやく家で落ち着いた所だ。
こんな事なら、ニアを人に渡さなければ良かったと思うが、こればかりは仕方ない。私の命が助かるかどうかはわからなかったのだから。
ニアは、今頃どこを旅しているのだろうか。観光旅行をしているという、ずいぶんと裕福そうな夫婦に引き取られていったが、幸せに暮らしてくれる事を願うばかりだ。
しかし最も気になるのはニースのことだ。その後アルファとベータの足取りは全く分からず、ニースもどこでどうしているのかが分からない。
私が聖皇国を出る時は、まだ聖地にいたはずだが、いつまでもあの地にいるという事はないだろう。
さらに南下するなら、戦後間もない砂漠を通るし、そうでなければ船に乗るだろう。
どちらにせよ、ニースの足取りを掴むのは容易ではないと思う。
もし陸路で南下するつもりなら、治安の悪い地域もあるはずだ。ニースが無事に通り抜けられるのか、非常に気掛かりだ。
私にはもはや何もする事は出来ない。だが、せめてニースの無事を祈り続けたいと思う。




