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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
139/647

112:離れていても2

前回のざっくりあらすじ:バードとココは、引き続きマルコムが面倒を見ることになった。

 宮殿での宴から数日後に、一座は聖地エレオスから旅立つ事となった。

 数ヶ月の滞在で、充分すぎるほどに旅路の情報は集まり、陸路でアルモニア音楽院のあるカルマート国を目指すことを、グスタフは決めた。


「カルマートまであと少しだが、船は使わずに砂漠を越えようと思う」


 陸路でカルマートへ至るには、砂漠の国モレンド公国を通る必要がある。グスタフが皆に告げると、ラチェットが不安を口にした。


「ですが座長。モレンドは去年まで戦時下にあった国です。いくら政情が安定してきたと言っても、まだ危ないのでは?」


「いや、聖皇国や皇国の軍がまだ中に入ってる。砂漠の盗賊団も、数を減らしてるらしい。北部を抜けるまでは町が少なくて補給が大変だそうだが、それ以外は活気も戻りつつあって、通りやすいそうだ」


「そうですか。それなら、まあ何とかなるのかな……。南部に行けば、カルマートも近いですからね」


 納得するラチェットの向かいで、メグは、なおも不安を口にした。


「でもお父さん。確かルイサ様を狙ってたのって、その砂漠の国の人たちでしょう? 本当に大丈夫なの?」


 メグの言葉に、ニースとセラが、ぶるりと震えた。


「それって、毒の……?」


 震えるニースの声に、メグは気まずそうに答えた。


「ごめん、二人とも。怖がらせるつもりはなかったんだけど……」


 マルコムが、ニースたちを安心させるように、穏やかな声で話した。


「ニース、セラちゃん。怖がらなくても大丈夫だ。あの時の犯人たちは、旧モレンド王国の強硬派だったやつらだ。あの後、もうみんな捕まったんだよ。だから、心配しなくていい」


 グスタフが頷き、言葉を継いだ。


「万が一何かあっても、私たちが君たちを守る。安全を確保出来るようにするから、安心してほしい」


 ニースは、少し不安が残っていたが我儘になってはいけないと頷いた。


「……わかりました」


「セラちゃんも、それでいいか?」


 マルコムの言葉に、セラも戸惑いながら頷いた。


「はい。怖いですけど、ニースが一緒だから」


 グスタフは、柔らかな笑みを浮かべた。


「ありがとう。無理をさせてすまない。二人を必ず無事に、カルマートへ連れて行くからな」


 二人の不安を少しでも解消しようと、グスタフたちは砂漠に入るまで、入念に情報を集めながら行くことを決めた。




 旅立ちが決まると、ジーナは、これで最後と言うように、大量のお菓子を作った。グスタフは運営に役立ててほしいと、ジーナのお菓子と共に、聖地エレオスでの稼ぎの一部を孤児院に寄付した。

 ジーナはそこで、あの日盗みを働いた幼い子どもと会う事が出来た。子どもは、捕まってしばらくは心を閉ざしていたが、ジーナのお菓子を食べる中で少しずつ心を開いていた。

 甘いお菓子の作り手であるジーナと初めて会った子どもは、緊張した面持ちながらも、嬉しそうにクッキーを受け取った。


「おばちゃん、ありがとう」


 ジーナは一瞬、眉をぴくりと動かしたが、優しい笑みを浮かべて子どもの頭をくしゃりと撫でた。


「ジーナって呼んでねー。あなたの名前は何ていうのー?」


「ぼくはエスピダだよ、ジーナさん」


「そっかー。エスピダくん、元気でねー。またいつか、この国に来たらお菓子を届けに来るからー」


「うん!」


 笑顔で頷いたエスピダを、ジーナは、ぎゅっと抱きしめた。そんな二人を、グスタフが切なげに微笑んで見つめていた。




 ニースとラチェットは、ムルキたちや聖歌隊の祈手たちと別れの食事会をした。食事会は、正式に婚約が決まったシルフとムルキのお祝いでもあり、二人は心からシルフたちを祝福した。


「おめでとうございます。ムルキさん、シルフさん」


「良かったですね、お二人とも。いつ式を挙げるんですか?」


 微笑むラチェットの問いかけに、ムルキは照れくさそうに笑った。


「出来るだけ早い方が良いと聖下が仰るので、準備が出来次第ですね」


 ニースたちが住む世界では、女性は十五歳で成人すると同時に結婚する者がほとんどだ。二十歳を過ぎると晩婚となるため、教皇はシルフの結婚を急いでいた。


 ウンダが優しい笑みをシルフに向けた。


「話を聞いた時は驚いたけど、幸せそうで何よりだわ。シルフ、良かったね」


 シルフは、幸せそうに笑った。


「おじいさまったら、早く孫の顔が見たいんですって。気が早過ぎて困ってしまいますわ」


 グノムが愉快そうに、あははと笑った。


「それなら、ニース様じゃなくてムルキで正解だったな。ニース様とじゃ、孫なんてまだまだ先だったろうに、なんで聖下は、ニース様と結婚させようとしてたんだか」


 話を聞いていたニースは、不思議そうに問いかけた。


「どうして、ぼくとだと遅くなるんですか?」


「え……?」


 固まる一同に、ニースは問いかけた。


「赤ちゃんを産むのは女の人ですよね。ぼくは男だから関係ないのに、どうしてですか?」


 ラチェットが、気まずさを誤魔化すように、笑いながら答えた。


「ニース。子どもを育てるために、仕事をしなくちゃいけないだろう?」


 ラチェットの説明にも、ニースは首を傾げたままで、納得しなかった。


「舞台で歌うのは、仕事にならないんですか?」


「そういうわけじゃないけど……」


 困りきったラチェットを見て、ウンダが話を変えようと声を上げた。


「うっかりしてました! 私、ニース様たちに栄養ドリンクを持ってきたんです!」


 ウンダは慌てて大きな酒瓶を二本取り出した。中身はドロドロとしたどす黒い液体で満たされており、ニースとラチェットは戦慄した。


「これって……」


「私の特製です。ニース様たちはお嫌いでしたけど、砂漠に行くなら体力を付けないと、体が保ちませんから」


 ウンダの特製栄養ドリンクには、様々な生薬が配合されており、身体には良いものの、()()()()()が強烈で、ニースは数回、失神した経験があった。


「本当は、一座の皆さま全員の分をお渡ししたかったのですが……ニース様とラチェット様の分しかご用意出来ず、申し訳ありません」


「そこまで無理して頂かなくても……」


 顔を引きつらせたラチェットに、ウンダは、にっこり微笑んだ。


「私、戦時中はこの国の南部に住んでたんです。ですから、砂漠の暮らしは良く知ってます。これを飲んでおけば、数日迷うことがあっても、耐えられますから」


 ウンダの話に、ニースはぷるりと震えた。


「そんなことには、なりたくないです……!」


 二人は断りたくて仕方なかったが、ウンダが引き下がる事はなく、仕方なしに受け取るしかなかった。


「ありがとうございます……」


「心して飲みます……」


 ウンダのおかげで、ニースの疑問はどこかへ消え去った。食事会が終わり別れの時には、ニースとラチェットは涙を浮かべたが、寂しさの涙なのか、ウンダの餞別を受け取った()()の涙なのかが、分からなかった。




 一座は旅立ちの前日には、教会で蒸し風呂を楽しんだ。聖地エレオスでの滞在中、週に一度は必ず蒸し風呂へ入っていたニースたちだが、全員が揃って入るのは数ヶ月ぶりだった。


 ニースは、マッサージまで全て終えて着替えると、グスタフ、マルコム、ラチェットと共に、教会の中庭のベンチで涼んでいた。

 ニースは、そこでふと、あることに気がついた。


「そういえば、マルコムさん」


「ん? なんだ、ニース」


「最近は町を出る時に、ほっぺに紅葉みたいな痕がつかなくなったんですね」


 ニースの言葉に、グスタフが笑い声を上げた。


「ははは。そうだな、ニース。よく見てるな」


 なぜ笑われたのか分からないニースに、マルコムが困ったような表情を浮かべた。


「ニース。俺はな、好きであの痕を付けてるわけじゃないんだ」


「そうなんですか?」


 首を傾げるニースにグスタフが笑い転げる隣で、ラチェットが、気遣うようにマルコムに問いかけた。


「マルコムさん、結婚を諦めたんですか?」


「ん? いや、そういうわけじゃなくてだな……」


 気まずそうに視線をそらし、頬をかくマルコムに、グスタフがニヨニヨと笑みを向けた。


「なんだ、マルコム。もしかして、うまくいってるのか?」


 マルコムは、じろりとグスタフを見ると、大きなため息を吐いた。


「そういうわけじゃないんだ。ただ、俺はどうしたいのか、自分でも良く分からなくてな……」


 ニースは、ますます首を傾げた。


「どうしたいのかって、何がですか?」


 グスタフとラチェットが、困ったように顔を見合わせる中で、マルコムは真剣な眼差しでニースに問いかけた。


「なあ、ニース。ニースには、大好きだけど、大切すぎて触れないものって、何かあるか?」


 きょとんとするニースに、マルコムは切なそうに笑った。


「わからないよな……。まだニースは、わからなくていいんだ。ただな。俺はいま、そういう大切なものを、どうしたいのかが分からないんだよ」


「大好きで大切なのに、分からないんですか?」


 不思議そうなニースの問いかけに、マルコムは自分の手をじっと見つめた。


「ああ。本当はな、俺はその大切なものに触れたくて仕方ないんだ。自分だけのものにしてしまいたくて。

 でもな、その勇気が出ない。触れたら、消えてしまいそうで、掴もうとしたら、泡みたいにすり抜けそうで、怖くて仕方ないんだ」


 ニースは真剣なマルコムのために、何か出来ないかと考えた。


「ええと。そしたら、掴まないで囲えばいいんじゃないんですか? そしたら、見ていられますよね」


 マルコムは、首を横に振った。


「それは、俺はもうやってるんだよ。触れずにじっと眺めるのは、ずっとやってるんだ。でも、それももう出来なくなる」


「なんでですか?」


「その大切なものが、この聖地にあるからだ」


 ニースは腕を組み、再び考えた。


「うーんと、それって、移せないんですか? 箱に入れて馬車に移せば……」


 マルコムは、ニースの優しさを有り難く感じながらも、苦笑いを浮かべた。


「それは無理だな。ちゃんと納得してもらわないと無理だ。勝手に移すことは出来ないんだよ。俺の大切なものには、意思があるんだ」


「意思ですか。バードとココみたいですね。……バードたちみたいに、離れていても話が出来たらいいのに」


 ニースが呟いた言葉に、ラチェットが首を傾げた。


「ニース。バードとココって、離れていても話が出来るのかい?」


 ニースは、ラチェットに頷いた。


「はい。……そういえば、ラチェットさんにちゃんと話してませんでした。ええと……」


 ニースは、周りをキョロキョロと見回して、声を落とした。


「あの、ぼくが見た夢でですけど、バードとココが離れてても話が出来るって言ってたんです。内緒話をしたいって」


 囁くニースの声を、顔を近づけて聞いたグスタフが、はははと笑った。


「なんだ。ニースの夢の話か」


 ラチェットは苦笑いを浮かべたが、マルコムは思いついたように笑みを浮かべた。


「そうか。離れていても、話が出来ればいいんだ」


 晴れやかな笑顔で立ち上がったマルコムに、グスタフが困った顔で声をかけた。


「おい、マルコム。今のはニースの夢の話だぞ?」


「わかってるよ。だが、うちにはいるじゃないか。()()()()()()()()も」


 マルコムの言葉に、ニースは首を傾げ、ラチェットは固まった。グスタフが、頬を引きつらせながら声を絞り出した。


「マルコム、まさかお前……。バードとココに、手紙を運ばせる気か?」


「ああ、そうだよ」


 歩き出すマルコムを、グスタフは必死に追いかけた。


「だがマルコム。手紙を運んでる最中に、バードたちに何かあったらどうするんだ」


「わかってるさ。だからもちろん、本人たちの意思を尊重する。嫌だと言うなら、やらせないよ」


「意思を尊重ってどうやって確認する気だよ……」


 言い合いをしながらどんどん歩いていく二人を見て、ニースは固まるラチェットの袖を引いた。


「ラチェットさん。マルコムさんの大切なものって、手紙を読めるってことは、賢い動物なんですか?」


 ラチェットは、ニースの言葉に意識を引き戻し、苦笑いを浮かべた。


「……ああ。賢いと思うよ。かなりね」


 ラチェットは、ため息を吐きながら歩き出す。ニースは、ラチェットの後ろをついて歩きながら、手紙を読めるほどの賢い動物が、いったい何なのか、想像を膨らませた。




 翌朝。一座はメアリとタネリ夫妻に見送られて、聖地エレオスを後にした。

 メグが別れの挨拶で泣いたが、ニースたちは寂しさを胸に感じつつ、また必ず会おうと約束し、礼を言って出発した。


 ニースはオルガン馬車の荷台に乗り、ラチェットが馬車の手綱を握った。マルコムが、道をバードに覚えさせようと、グスタフの馬車に乗ったからだ。

 今まではグスタフの馬車が先頭だったが、聖皇国を抜けるまではオルガン馬車が先頭を走ることになった。二台の馬車は、柔らかな日差しに照らされて、聖地エレオスに別れを告げた。

これにて、第7章終了となります。

このあと、閑話、幕間劇、人物紹介を挟みまして、第8章へと続きます。


戦後間もない砂漠の国で、新たな出会いがニースを待っています。とある恋の話をきっかけに、ニースの歌がまたひとつ成長します。

引き続きよろしくお願い致します。

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