111:離れていても1
前回のざっくりあらすじ:教皇と話を終えた。
空高く上った二つの月が、聖地エレオスを照らす。教皇の住まう宮殿に泊まったニースは、その夜、夢を見た。それは、またココの記憶の夢だった。
しかし今まで見てきた夢とは違い、高い山の上のような、眼下に雲が広がる展望台にニースはいた。
――またココの夢……なのかな?
ニースは初めて見る景色に戸惑い、自分の周りを見回した。ニースは、展望台の長椅子に座る若い女性の膝の上に座っていた。
――少し若いけど、カルデナだ……。ということは、カルデナが聖地にいた頃より、もっと昔なのかな……?
カルデナの姿を見て、ココの夢だと理解したニースは、カルデナの隣に座る若い男に気がついた。男は、カルデナと同じく真っ黒な天の導きで、美しい顔立ちの青年だった。
――この人は誰だろう? それに、この人の鳥は……もしかしてバード?
男の膝の上には、バードにそっくりな鳥が座っており、嘴を動かすこともなく話しかけてきた。
『俺っち、バードっていうんだー。よろしくねー』
ニースがやっぱりと思っていると、頭の中で声が響いた。
『私はココよ。よろしくね』
ニースは二羽の会話を聞いて、ふと教皇の話を思い出した。
――ココはカルデナの大切な人をずっと探していたけど……。バードをカルデナが探し続けてたってことは、もしかしてこの人が、カルデナが探していた、あの人?
ニースは、これまでのココの夢の中で、カルデナがどれだけ恋人に会いたがっていたかを見てきた。そのカルデナと恋人かもしれない男の様子をしっかり目に焼き付けようと、じっと二人を見つめた。
男は、柔らかな笑みを浮かべ、カルデナに話しかけた。
「ココって名付けたんだね」
カルデナは、ふわりと優しい笑みを男に返した。
「可愛い名前でしょう? こんなに本物そっくりなのに、型番で呼んだら可哀想だもの。ルーンも新しい名前を付けてあげたらいいのに」
ルーンと呼ばれた男は、笑って肩をすくめた。
「仕方ないさ。バードはプロトタイプだったからね。名前を変えるなら、データを消去しないといけないんだ」
「それは可哀想ね……。あなたとの想い出を、もし忘れてしまったらって思うと悲しくなるわ」
寂しそうに俯いたカルデナの手を、ルーンは、そっと握った。
「大丈夫、忘れないよ。もし君が忘れても、僕が忘れない。何度だって、振り向かせる」
「ルーン……」
照れたように頬を染めるカルデナに、ルーンは、からかうような笑みを向けた。
「それにね、君が忘れてもココに教えてもらえばいい。実はバードたちには、ライブラリの機能があるんだ」
「え!?」
カルデナは、慌ててニースに目を向けた。
「ココ! ルーンの話は本当なの!?」
ニースの頭の中に、ココの声が響く。
『本当よ、カルデナ。あなたの寝顔もお風呂の様子も、全部残してあるわ』
ココの声に、ルーンは楽しそうに、くつくつと笑った。
「カルデナ。君はお風呂にまでココを連れて行ったの? 防水機能は付いてるから、壊れることはないけど」
「だ、だって! まさか、ライブラリが付いてるなんて、思わなかったんだもの!」
ぷぅと頬を膨らませるカルデナの頬に、ルーンは手を添えて笑いかけた。
「そんなに怒らないで、カルデナ。ロックをかけることも出来るから」
「ロック?」
「そう。パスコードも入れられるし、閲覧者の制限も出来る。バードのライブラリは、僕しか見れないようにしてあるんだ」
カルデナは、頬からゆっくり空気を抜いた。
「それって、範囲指定も出来るの?」
「出来るよ。ライブラリ内の指定だけじゃなく、通信にも対応出来る。今してある設定は、バードとココの極秘回線での通信だけど」
「そうなのね。でも、それは使うことはなさそうね。私とあなたで直接通話出来るのだし」
カルデナに、バードが顔を向けた。
『俺っち使いたいよー。ココと話したいー』
「バードが使いたいの?」
『そうだよー。離れてても、いつでもどこでも話が出来るんでしょー? ココと俺っちの内緒話、サイコーじゃーん!』
ルーンは、バードに苦笑いを向けた。
「バード。僕の悪口を、ココに言わないでね?」
『安心しろって、ルーン。俺っち、ルーンの相棒だから、そんなことしないよー』
カルデナが、ふふふと笑った。
「バードは、ルーンと仲がいいのね」
ルーンは、カルデナに微笑んだ。
「ああ。バードは僕の大事な助手だからね。ココも、カルデナの大事なペットになってくれたらいいけど」
「もちろん、大切にするわ。あなたからの贈り物だもの」
ルーンは、嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえて良かったよ。ココが君の信頼に値する動きが出来るようになったら、閲覧者の判別を任せてもいいかもしれないね」
「ココに判断が出来るの?」
「ココが君の好みや性格を把握すればね。あとは、開示する相手の判断基準も設定しておくといいよ。
例えば僕たちみたいに、歌を楽しもうとする気持ちを持つ人にだけ閲覧許可を出すとか。そういう基準を設けておけば、閲覧者の特定をしておかなくても、ココが判別してくれる。
逆に、こういう人には見せたくないって、除外者の設定も出来るし」
カルデナは、安心したように微笑んだ。
「それなら、ルーンに見えないようにすることも出来るわけね」
「僕に見せてくれないのかい?」
「お風呂の姿なんて、あなたに見せられないでしょ?」
ルーンが、はははと笑った。
「今更だろう? 恥ずかしがらなくてもいいのに」
カルデナは、ルーンの胸を優しく叩いた。
「もうっ。なんでそういうこと言うのよ! ルーンのバカ!」
「ごめん、ごめん。そんなに怒らないで」
ルーンは微笑むと、カルデナの手を取り、じっと見つめた。カルデナが戸惑いながら目を閉じると、ルーンが顔を近づける。すると、急にニースの視界が乱れて暗くなり、意識が遠退き始めた。
――あれ……。これで終わりなの? 二人がすごく仲良しだったのは、分かったけど……。
不思議に感じながらも、薄れ行くニースの意識に、ココの声が響いた。
『ニース。私、いやよ。置いていかないで。あなたたちと一緒にいたい。他の人になんか、見せるつもりはないわ。あなたは特別だったから、見せたのよ……』
――ココ……。ぼくに、気持ちを伝えるために見せたの……?
ニースの意識は夢を離れて、深い眠りの底へ落ちていった。
カーテンの隙間から差し込む光に、ニースが目を覚ますと、枕元にココがいた。
ニースは、むくりと起き上がり、目をこすりながら昨夜のことを思い返した。
――ええと、教皇さまの宮殿に泊めてもらって、ココは……マルコムさんの部屋にいたんじゃなかった?
ニースの意識がはっきりするのと同時に、扉を叩く音とマルコムの声がした。
「ニース! また、またココが!」
ニースはベッドから降りて、扉を開けた。
「おはようございます、マルコムさん。ココならいます」
マルコムは、ニースの言葉を確かめるようにベッドに目を向けた。白いシーツの上で見分けがつき難かったが、確かにココが体を丸めて座っているのが見えた。
マルコムは、へなへなと膝をついた。
「良かった……。昨日あんな話があったばかりだから、本当に心配したんだ」
涙目になるマルコムを見て、ニースはぼんやりと思い返した。
――そういえば、昨日ココの夢をまた見たんだった。バードは、ルーンって男の人の鳥だったっぽくて……。それより、何か最後に大切なことを言われたような?
ニースが首をひねっていると、マルコムはゆっくり立ち上がり、ニースのベッドに腰を下ろした。マルコムは、優しくココの頭を撫でながら、はぁとため息を吐いた。
「ココ。俺はどうしたらいいんだ。お前たちは、どうしたい……?」
ニースは、はっと思い出し、急いで扉を閉めて鍵をかけた。その様子を見て、マルコムはニースに問いかけた。
「なんだ、ニース。どうした?」
ニースは真剣な面持ちで、椅子をベッドのそばに運び、マルコムと向かい合って座った。
「マルコムさん。大事な話があります」
「お、おう……」
ニースは、これまでココの記憶を何度も夢に見ていたこと。ラチェットがそれを知っていること。昨夜見た新しい夢で、バードがカルデナと親しい男の鳥だったと分かったこと。そして最後に、ココ自身がニースに言った言葉を伝えた。
マルコムは、ニースの話を驚きの表情で聞いた。ココは、ニースがマルコムに話す姿をじっと見つめていた。
ニースの話が終わると、マルコムは考え込んだ。
「わかった。だか、あまりにスケールが大きくて、理解が追いつかない……」
マルコムは考えをまとめるように、ゆっくりと口を開いた。
「俄かには信じがたいが、昨日の教皇様のお話もあるからな……。その夢が本当にココの記憶なら、教皇様の言っていた通りになる。それは間違いなく、ココの記憶なのか?」
「それは……ぼくには、そう思えるとしか、言いようがないです」
しゅんと肩を落としたニースを見て、マルコムは真剣な眼差しをココに向けた。
「ココ。お前、本当にカルデナの鳥だったのか? そして、俺たちと一緒にいたいって?」
ココが、そうだと言わんばかりに、くるっぽーと鳴いたので、マルコムは目を見開いた。
「こ、ココが、返事をした!?」
ニースはマルコムに頷いた。
「これで、ココが返事をしたのは、三回目です。この前は、ぼくとラチェットさんが話をしていた時に、返事をしてくれました。ココは、相当大事な時じゃないと、返事をしないみたいです」
ニースの言葉に、マルコムは苦笑いを浮かべた。
「どうやら、信じるしかないみたいだな。……そして、俺たちと一緒にいたいというのは、ココにとって相当大事だってことだな」
ココは返事をしなかったが、マルコムの言葉を肯定するように、じっとマルコムの目を見つめた。
マルコムは、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「よし。そういうことなら、二羽とも俺がしっかり面倒を見よう。お前たちが飽きるまで、俺たちと一緒にいたらいい。旅の一座は、来るもの拒まずだ」
マルコムの言葉を聞くとココは舞い上がり、マルコムの肩に乗った。そして嬉しさを伝えるように、頬をすり寄せた。
ニースは、ココの仕草に微笑んだ。
「やっぱりマルコムさんは、女の人と仲良くなるのが得意ですよね」
マルコムは、ココに擦り寄られて目を細めていたが、ニースの言葉に顔を凍らせた。
「な、なんでそうなるんだ!?」
ニースは真面目な顔でマルコムに答えた。
「ココは、女の子みたいなんです。バードは男の子みたいでした。声だけの話ですけど……」
「いや、それも気になるが、そっちじゃなくてだな……。やっぱりっていうのは何なんだ!?」
頬を引きつらせるマルコムに、ニースは大真面目に答えた。
「マルコムさんの手品を見ると、女の人たちはみんな喜びますよね。それに、最近は全然見ないですけど、皇都までの旅の間は、マルコムさんが留守の時は、部屋から色んな女の人が出てきましたから」
ニースの話にマルコムは、頭を抱えた。
「嘘だろ……ニースに知られてたなんて……」
呆れたとでも言うように、ココがマルコムの肩から飛び上がり、ニースの膝に座って目を閉じた。
ニースは、羞恥に悶えるマルコムに首を傾げた。
「ぼく、何か変なこと言いましたか?」
マルコムがニースの問いに答えることはなかった。
その日のうちにマルコムは、教会に二羽を渡すことはないと教皇に告げ、頭を下げた。教皇は、前日に言っていた通りに、笑顔で受け入れた。
ニースは、ココがなぜ自分にだけ夢を見せたのかを不思議に感じながらも、二羽と旅を続けられる事に、心から安堵した。




