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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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107:教会の守人4

*物語の展開上、一部に残酷描写が含まれます。ご注意ください*


前回のざっくりあらすじ:災いの火種を見た。

 ニースたちが地上のアトモス家に戻ると、焼菓子の良い香りが漂っており、その香りのおかげでニースの震えはようやく止まった。


 フィラカスに居間へ案内されると、優しそうな壮年の女性が、シルフと共に茶を運んだ。


「初めまして。フィラカスの妻アポイナと申します。お二人ともお疲れでしょう。パイを焼きましたから、ぜひ召し上がってください」


「ニース様。このパイは、聖皇国では一般的なお菓子ですの。とても甘いので、こちらのミントティーとご一緒にどうぞ」


 ニースとラチェットは礼を言うと、早速パイに手を伸ばした。

 小さな四角いパイは、表面が砂糖蜜でしっとりしており、断面は刻んだ木の実がパイ生地と層を作っていた。ぱくりと口に入れると、サク、シャリリと食感がたまらなく、口中に甘さが広がった。


「すごく甘い!」


「これは甘い……けど、美味しいな」


 二人はお茶にも手を伸ばす。ミントティーはさっぱりと口の甘さを拭い去るので、とても甘いパイでも、ついつい手が伸びた。

 二人の喜びように、シルフが笑った。


「ふふ。お二人とも、気に入って下さったようで何よりですわ。でも、食べすぎにはお気を付けくださいね」


 ニースとラチェットは、恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。


 お腹も心も落ち着いた二人は、改めてフィラカスに顔を向けた。


「さっきはすみません。ぼく、びっくりしちゃって……」


「お気になさらないでください。いくつも初めての体験をされたのです。ニース様が耐えられなくとも、恥ずかしいことではありませんよ」


 フィラカスは優しく微笑むと、話しだした。


「先ほどの、災いの火種ですが……。あれが何なのかは、実の所、我々にもわかっておりません」


 ラチェットが、メガネをくいと上げた。


「調べられたりはしていないのですか?」


「はい。あの物体に触れた物は、死に至ると伝えられておりますので」


「え……!?」


 ニースは、びくりと体を震わせた。フィラカスは悲しそうな顔で話を続ける。


「実はこれには、我が家の成り立ちと深い関係があります。アネモス家は枢機卿を輩出する家柄ですが、それとは別に教会での立場があります」


「それは、守人とは違うんですか?」


「ええ。我々は愚かな使徒という立場の一族です」


「愚かな……?」


 首を傾げるニースに、アポイナが声を挟んだ。


「聖カルデナには、弟子が何人もいたと言われています。その弟子たちのことを、教会では使徒と呼んでいます。

 この家の遺跡は、聖カルデナが使徒たちに祈歌を教えたと言われている場所なのですが……。あの箱の蓋は、ガラスでしたでしょう?」


「はい。ガラスでした」


「元はあの蓋は、ガラスではなかったと伝えられています。決して開けてはいけないと、聖カルデナが教えていたにも関わらず、アネモス家の先祖は開けてしまったんです」


 ニースは、嫌な予感がして、ぷるりと身を震わせた。


「それって、まさか……」


 フィラカスが頷き、言葉を継いだ。


「そうです。我が家の先祖であり愚かな使徒は、そのために命を落としました。その最期は、お二人に詳細をお話出来ないほど、悲惨なものだったと伝わっています」


「そんな……」


 恐ろしさに小さく震えるニースが落ち着くようにと、アポイナが茶を勧めた。ラチェットは、カップに口をつけるニースを見ながら、フィラカスに尋ねた。


「愚かな使徒という名の謂れは分かりました。でも、教えを破ったのに、守人という重要な役目を持つのはなぜなんです?」


「それは、身をもって怖さを体感したからです。亡くなった先祖には、妻と子がいました。聖カルデナは、その妻と子に、あの箱を誰にも開けさせないように、子々孫々守るよう命じました。そのため、アネモス家は愚かな使徒の末裔として、守人を引き受けてきたのです」


 シルフが、ラチェットをじっと見つめた。


「大司教様と私が、ニース様の同行者としてラチェット様を選んだのも、そこに理由があります。ラチェット様は、この秘密に触れることがいかに危険であるかを、最初から理解していらっしゃいましたから。

 少しでも教会の秘密に興味を示す者を、アネモス家に近づけてはならないという聖カルデナの戒めを、今も私たちは大切に守っているのです」


 ラチェットは納得して頷いた。


「そういうことでしたか。わずかな好奇心でも危険に繋がるのなら、教会が秘匿してきた理由も理解出来ます」


 フィラカスが、ニースに気遣うような目を向けた。


「ニース様。あのガラスは、中を安全に確認するために、聖カルデナが設置したものです。ですので、ご安心ください」


 ニースは、こくりと頷いたが、不安そうな目をフィラカスに返した。


「あの……それであれは、触ると死んじゃうから、災いの火種と呼ばれているんですか?」


「いいえ、違います。災いの火種と呼ばれる所以(ゆえん)は、先祖代々、我が家に口伝で伝わる内容からです」


「口伝……?」


 ラチェットが、首を傾げるニースに答えた。


「口伝っていうのは、文字を使わずに、口で言い伝えてるってことだよ。古代文明の遺跡からは、本などの紙類は見つかっていないんだ。当時の人たちは、何か特殊な方法で記録を残していたと言われている。

 でも、大きな災いで古代文明の多くは失われたから、聖カルデナの時代には、後世に残せる方法が口伝えでしかなかったんだと思うよ」


 フィラカスは、ラチェットの考えに頷いた。


「その通りです。先ほどお見せした、聖カルデナの幻影のような騙し絵が、恐らくその方法だと思います。もしかしたら、ほかの遺跡にもそういった記録が残っているのかもしれませんが、聖皇国であの騙し絵を見れるのはここだけです。

 他国でそのようなものが見つかったと聞いたことはありませんので、何らかの仕掛けを解かなければ、当時の記録を我々が見ることは出来ないでしょうね」


 ニースが納得して頷くのを見ると、フィラカスは話を続けた。


「そして、口伝の内容ですが……。古代文明を終わりに導いた、大きな災いの原因が、あの箱の中身だと伝えられているんです」


「え……!?」


「あの物体は、まるで熱で溶けたかのような形状ですが、元からあの形ではなかったようです。大きな災いが、どのような事柄で、あれがどういった力を持つ物なのかは、一切分かっていません。

 しかし災いを残した結果、あの物体はあの形になった。つまりあれは、災いの火種の一部……欠片でしかないのです」


「欠片ってことは……あんなのが、他にもあるんですか!?」


 再び震えるニースに、フィラカスは頷いた。


「必ずどこかにあるはずです。ですが、この長い時の中で、そのような話は一切聞いたことがありませんので、どこか地中深くか海の底、大穴や大地の裂け目のどこかにあるのかもしれません。

 聖カルデナが回収して隠したように、古代文明の生き残りの人々が、遺跡の奥深くに隠した可能性もあります」


 震えるニースの背を撫でながら、ラチェットはフィラカスに目を向けた。


「たとえ小さな欠片でも、見つかったら何に悪用されるか、わかったものではありませんね。だから遺跡で鍵歌を気軽に歌わないようにと、ニースに災いの火種を見せたんですね?」


「それもあるのですが、実は他に懸念があります」


 フィラカスの言葉に、ラチェットは顔をしかめた。


「……と言いますと?」


「口伝で残る話で最も重要なのは、あの災いの火種が人の手で作られたという点です。古代文明は、自らの手で生み出したもので、滅んだんですよ」


 ニースだけでなく、ラチェットも顔を青ざめ、震える声で、呟いた。


「それはつまり……古代文明の遺跡の中から、あの物体の元となる物や設計図のようなものが、発見されたりしたら……」


 フィラカスは、ゆっくり頷きを返した。


「とんでもないことになります。古代文明の力は分からないことだらけです。それなのに、災いの火種が本来の姿を現したりしたら、当時の被害どころではない、さらなる災いを呼び起こすでしょう」


 二人は絶句するしかなかった。驚き固まる二人に、シルフが柔らかな声をかけた。


「良かったですわ。ニース様もラチェット様も、ちゃんと危険性をご理解くださった。我が家は愚かな使徒の一族ですが、同時に賢者の称号も教会から頂いております。

 愚かさを知る者は正しい選択を選び取ることが出来る。お二人が、世界を守る行動を選んで下さることを、確信致しましたわ」


 ニースはシルフの言葉を聞いて、はっとした。


 ――ぼくは、怖がるためにここに来たんじゃない。何があるのかを知って考えるために、ここに来たんだ。この歌は、絶対に表に出しちゃいけない……。


 ニースは、きゅっと拳を握りしめ、顔を上げた。


「ぼくは鍵歌と一緒に、このお話をずっと胸に閉まっておきます。誰も傷つけたくないですから」


 ラチェットも真剣な面持ちで頷いた。


「僕も同じです。決して誰にも漏らさず、墓場まで持っていきます」


 フィラカスたちは、二人の決意を聞き、笑みを浮かべた。


 二人は話を終えると、砂糖蜜をかけたパイ(バクラヴァ)の残りを包んでもらい、帰路についた。

 宿で待っていたメグたちに、二人は質問攻めにあったが、決して話すことはなく、メグたちの非難の声は甘いパイで声をひそめた。

 ニースとラチェットは、パイを持たせたアポイナに心から感謝した。




 ニースはその夜、再び不思議な夢を見た。自分が鳥になって空を飛ぶ夢に、今度はニースは驚かなかった。


 ――また、ココの夢だ。きっとこれは、あの騙し絵みたいな、記録……。ココの記憶なんだ。


 ニースはしっかり目に焼き付けようと、周囲を見回した。

 眼下に広がる景色は、あたり一面焼け野原で、地獄の業火を思わせる火の手が、あちらこちらで上がり、たくさんの屍が転がっていた。


 ――酷い……。これは、大きな災いの記憶?


 すると、頭の中で心配そうな声が響いた。


『カルデナ、どこにいるの……?』


 ニースはココの声だと察し、考えた。


 ――ココとカルデナは、離れ離れだったのかな。そうすると、やっぱりこれは、あの祠の前の出来事……大きな災いの記憶で間違いないよね。


 ニースは目を背けたい気持ちでいっぱいだったが、シルフの家で話を聞いたばかりだ。大きな災いとは何だったのかを知ろうと、怖くてもちゃんと見ようと決めた。


 ――昔は、天の導きはいっぱいいたのかな……。


 たくさんの屍の中には、ニースと同じく全身が真っ黒な人の姿が見えた。その数は、希少と呼べるようなものではなく、ニースは不思議に感じた。

 ココの体は、ふわりと体の向きを変える。ニースの目に、生きている人の姿がちらほらと見え始めた。しかし、様々な色の人々が立ち上がり動く中に、天の導きの姿は見当たらなかった。

 ニースは必死に飛び回るココの気持ちを考え、悲しい気持ちでいっぱいになった。


 ――ココはきっと、カルデナのことが心配でたまらなかったんだろうな……。


 ニースが考えている間も、ニースの意識と関係なく、ココの体は動く。ココは注意深く人々の動きを目で追っていた。

 生き残った人々は、まだ息のある人を見つけては助けようと駆け寄る。しかし生きている天の導きを見つけると、()()()()()()()まわっていた。


 ――え!? うそ……!


 天の導きに対する攻撃は容赦なく、様々な武器や農具のようなもので、息絶えても執拗に何度も攻撃を加えられていた。


 ――ひ、ひどい! なんで、こんな……!


 ニースは、あまりの悲惨な光景に目を閉じたかったが、ココはその光景をじっと見ていたようで、ニースは見続けるしかなかった。

 ニースは、強烈な吐き気を感じて目を覚ました。




 がばりとニースが起き上がると、ニースの胸元から、パタパタとココが羽ばたき、椅子の背に飛び移った。


「うぅ……」


 ニースは、胃から込み上がる物を必死に堪えた。ようやく落ち着くと、荒い息を吐き、脂汗を流しながら、ニースはココに目を向けた。


「こ、ココ! あれはどういうことなの!?」


 涙を滲ませ、突然叫んだニースの声に、ラチェットが目を覚ました。


「ニース……どうしたんだ?」


 ニースは、はっとラチェットに振り返り、苦しそうに顔を歪めた。


「ぼく、ぼく……また夢を見たんです。でもその夢は、酷い夢で……」


 涙を流し、鼻をすするニースに驚いたラチェットは、ニースの隣に腰を下ろすと、宥めるように背を撫でた。


「それって、フィラカスさんに話した、鳥の夢かい?」


 ニースが、こくりと頷くのを見ていたラチェットは、ふと部屋の中にココがいるのに気がつき、首を傾げた。


「……ココ? 部屋には鍵をかけていたのに、どうやって……?」


 ラチェットは不思議に感じたが、はっと何かに思い至った。


「もしかしてニースが見た夢に、ココが関係してるの?」


 ニースは、こくりと頷くと、涙を袖で拭った。


「ぼくが見た夢は、ココの記憶みたいなんです。この前もいつの間にか、ココはこの部屋にいて、ぼくの胸の上にいました。ココが寝ているぼくの胸に乗ると、夢を見るみたいなんです」


 ラチェットは驚き、目を見開く。ニースは、話し終えるとまた、ぐすりと鼻をすすり、涙をこぼした。

 ラチェットはニースが落ち着くまで、優しく背を撫で続けた。

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