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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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102:音の重なり1

前回のざっくりあらすじ:みんなを守るために、ニースは歌った。

 大司教は見守っていた祈手たちや、メアリ、タネリから事情を聞き、警備兵たちに、グスタフたちではなく、殴り合いをしていた修道士たちを拘束させた。


 解放されたグスタフたちは、ニースの元へ駆け寄った。ほっと胸を撫で下ろしたニースに、メグが抱きついて泣いた。


「ごめん……ごめんね、ニース」


「いいんだよ。みんなが無事で良かった」


 グスタフとマルコムは、怪我の痛みを堪えながらニースに頭を下げた。


「本当にすまない。私がバードたちを連れて来てしまったばかりに」


「俺が手を出したのが、いけなかったんだ」


 ニースは微笑みながら、首を横に振った。


「気にしないでください。むしろ、これで良かったんだと思います。ぼく、何を大切にしたいのかが分かりましたから」


「ニース……」


 ラチェットが、切なげに微笑んでニースの頭をくしゃりと撫でた。


「僕たちやバードとココのことを、大切だと思ってくれたんだね」


「はい」


 ニースは、不思議と晴れやかな気持ちで笑った。グスタフたちは、ニースの努力を無駄にせず、バードたちを守りきろうと、硬く心に誓った。




 騒ぎが収まった大聖堂の一室。大きな会議室のような場所に、ニースたち旅の一座と、大司教、司教、祈歌の研究を行う修道士たちが集まっていた。朝の騒動と、前日の異変について話し合うためだ。


 話の最初に、大司教は一座へ謝罪を行った。


「修道士たちが取り乱し、皆さまに危害を加えましたこと、大変申し訳ございませんでした」


 医務室で簡単な手当てを受けたグスタフは、謝罪を受け入れながらも、毅然とした態度で応じた。


「いえ、大司教猊下。その件についてはもういいです。ただ、バードたちのことですが、我々は教会に二羽を渡すつもりはありません。それだけご了承頂ければ充分です」


「ええ、もちろんです。神の御使いは、聖なる色をお持ちのニース様のおそばにいるべきでしょう。皆には私から厳に戒めておきます」


 意外にもあっさりと受け入れた大司教に、グスタフたちは不気味に感じた。すると、メアリが声を上げた。


「猊下。発言をお許し頂けますか」


「構いませんよ」


「私は、テトラネマから一座の皆さまをお連れした、シスターメアリと申します。猊下の寛大なご配慮に感謝いたします」


 メアリは、朝の騒動に責任を感じていた。共に旅をする中で、メアリはニースたちとすっかり打ち解けており、自分が大聖堂に連れてきたために、一座を危険に晒してしまったと感じていたからだ。


 ――猊下は、何かを考えていらっしゃる。あれほど似ているのに、このままバードちゃんたちを手放すはずがないもの。私は、ニースくんたちを悲しませるために、ここへ連れてきたわけじゃないわ……。


 メアリは、強い決意を持って口を開いた。


「神の御使いですが、一座の皆さまはラース山脈で保護なさったそうです。幸い皇国は同盟国ですし、皇国のご協力を頂いて、生息地の捜索を行うことを、進言いたします」


 バードとココが機械である事を知らないメアリは、同じ種類の鳥を教会で確保出来る道があれば、二羽を手に入れようと強引な手法を取らないはずだと考えていた。

 大司教はメアリの話を聞いて、心から嬉しそうに笑った。


「そうでしたか。シスターメアリ、ご苦労様でした。それは大変素晴らしいことです。一刻も早く特定し、保護下に置く必要がありますね。聖下(せいか)もさぞお喜びになられることでしょう」


 メアリの提案を受け入れた大司教を見て、グスタフたちは、ようやく安堵する事が出来た。二人の会話を聞いて、ほっとしたニースは、隣に座るラチェットに囁いた。


「ラチェットさん。聖下って、教皇っていう人なんですよね。どんな人なんですか?」


「教皇は、カルデナ教の王様みたいなものさ。教会だけじゃなく、聖皇国も治めてるんだ。陛下と同じだと思えばいいよ」


「陛下と同じ……わかりました」


 ニースは、王国とも皇国とも、また違う国の形がある事に、驚きを感じていた。




 朝の騒動と二羽の対処についての話が終わると、多数の人が倒れた前日の異変について、意見が交わされた。

 ここまで黙していた司教が、話の口火を切った。


「本日、猊下にお越しいただいたのは、昨日の異変について意見を交わすためです。シスターメアリ。昨日起きた事について、猊下に再度ご説明を」


「はい、閣下。私は、テトラネマの町で大きな奇跡を目の当たりにし、先日聖庁へ報告しておりますが、猊下はご存知でしょうか」


「ええ、聞いております。あの話は、あなたが報告していたのね。ご苦労様でした」


「身に余るお言葉、ありがたく存じます。私は、その奇跡の再現のため、一座の皆さまのご協力を頂き、様々な試みを行っておりました。

 その調査の中で、ハーモニーが重要なのではと推測しまして、昨日は私とセラさんで試みたのですが……」


 メアリは、セラと二人でラチェットの歌のハーモニーに挑戦した。しかし何度やってみても、どちらかが他方の旋律に釣られてしまう。

 そうしている中で、突然あの異変が起きていた。


「なぜ突然起きたのか、私たちにもわからないのです。急に頭痛に襲われて、一度止めましたが、再度試みるとさらに酷くなりまして……」


「そうですか……。何か不調の理由が思いつく方は?」


 大司教の言葉に、タネリを含めた祈歌の研究をする修道士たちが手を挙げ、意見が交わされていく。しかし、なかなか納得のいくものがなかった。

 意見が出尽くしたかと思われた時、ラチェットが手を挙げた。


「あなたのお名前をお聞かせ頂けますか?」


「僕はラチェットと申します、大司教猊下。一座のピアニストをしております。発言をお許しいただけますか」


「ええ、もちろん。どうぞ、お聞かせ下さい」


 ラチェットは、メガネをくいと上げると、落ち着いた声で話し始めた。


「僕は、あの歌の作者です。どの音が和音や和声を形作るかを、よく理解しています。皆さんのお話を伺って思い出したのですが……。

 昨日のあの異変の時、二人の声はちょうど不協和音になっていたと思います」


「不協和音……ですか?」


「はい。音楽では、不協和音を曲の一部として使うこともあります。不快に感じる音の重なりを、インパクトとして使う時もあるんです。

 しかし、二人は歌い手です。歌の力を持つ二人だったから、不協和音の不快感が増幅された可能性があると、私は考えます」


「そうですね。その可能性はあるかもしれません。歌い手の力そのものの原理も、まだ解明されていませんし……」


 ラチェットの話に大司教だけでなく、皆一様に頷いた。大司教は、残念そうに表情を曇らせ、言葉を継いだ。


「しかし、ラチェット殿の仮説の通りならば、奇跡の再現を試みるのは、やめた方が良さそうですね。歌い手同士で音の重なりを再現するのは、危険が大きすぎます」


 大司教の言葉に、メアリが悲しそうに意見した。


「そんな……世界中の人々を癒せるかもしれないのに、諦めるんですか?」


「シスターメアリ。あなたの知らせは大変有意義なものでした。ですが、危険が伴うのであれば、これ以上の調査はやめておいた方がいいでしょう」


「はい……わかりました、猊下。仰せのままに……」


 落ち込むメアリを見て、ニースは胸がモヤモヤしていた。


 ――このままだと、もうあの奇跡の謎は解明されない。ぼくは本当に、このままでいいの? ほんの少しの勇気があれば、さっきみんなを助けられたように、苦しむ人たちも助けられるかもしれないのに。


 ニースが迷う内に、話し合いは終わりを迎え、大司教が立ち上がった。ニースは焦りを滲ませて、ぐるぐると考えた。


 ――これが最後のチャンスなんだ。ここを逃したら、ぼくは……。


 開かれた部屋の扉を大司教が通ろうとした時、ニースはガタリと立ち上がった。


「待ってください!」


 大司教が、何事かと驚き振り向いた。


「ニース様、どうなされましたか?」


 ニースは、ぎゅっと拳を握ると、大司教に真っ直ぐ目を向けた。


「ぼく……ぼく、歌います。セラとハーモニーが出来るのは、ぼくなんです。

 今まで注目されたり、患者さんたちが押し寄せたりして、すごく怖くて、隠れてたけど……でも、ぼくだけ助かって、苦しんでる人たちが救われないのは、ぼくは嫌です!」


 セラが驚き、目を見開いた。


「ニース……」


 ニースは、大司教にぺこりと頭を下げた。


「不協和音にはしませんから。もう一度、ぼくとセラに試させてください」


 セラも慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。


「わ、私も! ニースとなら、大丈夫です! それに、ニースに歌の力はないから、私と練習して失敗した時は、こんな気持ち悪くなるようなことはありませんでした。だから、きっと大丈夫です。お願いします!」


 大司教は驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「そうでしたか。ニース様は、歌の力のコントロールがまだ定かではないのですね」


 ニースは、大司教に頷きを返した。


「はい、そうです。でも、それでもテトラネマでは、みんなの痛みが消えました。ぼくには歌の力がないのに、奇跡が起きたんです」


「わかりました。テトラネマで、さぞ怖い思いをされたのでしょう。それにも関わらず、勇気あるお申し出を頂いたこと、敬服いたします。よろしくお願いいたします」


 大司教が微笑み、頭を下げた。ニースは緊張した面持ちでセラと頷き合い、メアリがぽろりと涙をこぼした。


「ニースくん……ありがとう」


 マルコムが、メアリにそっと手布(ハンカチ)を渡した。




 奇跡の再現が成功すれば、痛みが消える。その証明のために、大聖堂には数名の患者をこの数日待機させていたが、今はグスタフたちも怪我をしている。警備兵や修道士など、朝の騒動で傷を負った者たちも、皆大聖堂に集められた。

 バードとココは晴れて自由の身になると、大聖堂の外へ遊びに飛んでいってしまった。


 ニースとセラは、並んで祭壇の上に立った。神の御使いと言われた二羽がいなくとも、ニースの黒が特別なことに変わりはない。聖カルデナの再来となるかもしれないと、修道士たちは皆固唾を呑んで見守った。


 二人は、ゆっくりと歌い出す。ニースが選んだのは、アウクリシウムの町でラチェットが作った歌だった。


 命の喜びに満ち溢れる詞と旋律が、大聖堂に響き渡る。ガラスの天井から降り注ぐ陽の光に照らされる中、柔らかく温かな歌声が、集まった人々を包み込む。

 歌声が響く中、患者たちから驚きの声が上がった。


「痛みが……痛みが和らいでる!」


 修道士や警備兵たちも、痛めた腕や足をさする。


「本当だ……。本当に痛みが消えているぞ!」


「まさか祈歌ではない歌で、奇跡が起きるとは……!」


 半信半疑だった修道士たちも、皆の反応を見て信じざるを得なかった。


 二人の歌が終わると、さらにどよめきは大きくなった。


「歌が終わったのに、まだ痛みが戻りません……!」


 感動する患者たちの声に、大司教も目を見開いた。


「祈歌の奇跡が、そのまま続いているというのですか!?」


 司教や修道士、医師たちが、患者たちの状態を確認していく。後遺症で痛みだけが長引いていた患者たちが、皆穏やかな顔をしていた。


 セラが嬉しそうに笑みを浮かべる隣で、ニースは表情を曇らせていた。


 ――みんなが元気になったのはいいけど……。ぼくは、ちゃんと帰してもらえるのかな。


 ニースはうまくいったことに、ほっとすると同時に、不安を感じていた。それに気づいたタネリが、ニースの元へやってきた。


「ニースくん、大丈夫だ。安心してくれ。君たちがちゃんと帰れるように、猊下に頼んでおくから」


 不安な表情のまま、こくりと頷いたニースを見て、セラが優しく手を握った。


「私も一緒だよ、ニース。何があっても、ちゃんと私はニースと一緒にいるから」


「うん……」


 タネリはそのまま、大司教の元へ歩いて行った。


 ニースの心配は、タネリやメアリたちの協力もあり、杞憂に終わった。

 司教たちと話を続けるメアリ、グスタフ、ラチェットの三人を残して、ニースはマルコムたちと、先に宿へ戻った。もちろん、バードとココも一緒に連れ帰った。


 ようやく宿について、ほっと安心したニースは、どっと疲れを感じ、自分のベッドに倒れ込んだ。まだ夕暮れ前だというのに、ニースはあっという間に寝入った。

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