102:音の重なり1
前回のざっくりあらすじ:みんなを守るために、ニースは歌った。
大司教は見守っていた祈手たちや、メアリ、タネリから事情を聞き、警備兵たちに、グスタフたちではなく、殴り合いをしていた修道士たちを拘束させた。
解放されたグスタフたちは、ニースの元へ駆け寄った。ほっと胸を撫で下ろしたニースに、メグが抱きついて泣いた。
「ごめん……ごめんね、ニース」
「いいんだよ。みんなが無事で良かった」
グスタフとマルコムは、怪我の痛みを堪えながらニースに頭を下げた。
「本当にすまない。私がバードたちを連れて来てしまったばかりに」
「俺が手を出したのが、いけなかったんだ」
ニースは微笑みながら、首を横に振った。
「気にしないでください。むしろ、これで良かったんだと思います。ぼく、何を大切にしたいのかが分かりましたから」
「ニース……」
ラチェットが、切なげに微笑んでニースの頭をくしゃりと撫でた。
「僕たちやバードとココのことを、大切だと思ってくれたんだね」
「はい」
ニースは、不思議と晴れやかな気持ちで笑った。グスタフたちは、ニースの努力を無駄にせず、バードたちを守りきろうと、硬く心に誓った。
騒ぎが収まった大聖堂の一室。大きな会議室のような場所に、ニースたち旅の一座と、大司教、司教、祈歌の研究を行う修道士たちが集まっていた。朝の騒動と、前日の異変について話し合うためだ。
話の最初に、大司教は一座へ謝罪を行った。
「修道士たちが取り乱し、皆さまに危害を加えましたこと、大変申し訳ございませんでした」
医務室で簡単な手当てを受けたグスタフは、謝罪を受け入れながらも、毅然とした態度で応じた。
「いえ、大司教猊下。その件についてはもういいです。ただ、バードたちのことですが、我々は教会に二羽を渡すつもりはありません。それだけご了承頂ければ充分です」
「ええ、もちろんです。神の御使いは、聖なる色をお持ちのニース様のおそばにいるべきでしょう。皆には私から厳に戒めておきます」
意外にもあっさりと受け入れた大司教に、グスタフたちは不気味に感じた。すると、メアリが声を上げた。
「猊下。発言をお許し頂けますか」
「構いませんよ」
「私は、テトラネマから一座の皆さまをお連れした、シスターメアリと申します。猊下の寛大なご配慮に感謝いたします」
メアリは、朝の騒動に責任を感じていた。共に旅をする中で、メアリはニースたちとすっかり打ち解けており、自分が大聖堂に連れてきたために、一座を危険に晒してしまったと感じていたからだ。
――猊下は、何かを考えていらっしゃる。あれほど似ているのに、このままバードちゃんたちを手放すはずがないもの。私は、ニースくんたちを悲しませるために、ここへ連れてきたわけじゃないわ……。
メアリは、強い決意を持って口を開いた。
「神の御使いですが、一座の皆さまはラース山脈で保護なさったそうです。幸い皇国は同盟国ですし、皇国のご協力を頂いて、生息地の捜索を行うことを、進言いたします」
バードとココが機械である事を知らないメアリは、同じ種類の鳥を教会で確保出来る道があれば、二羽を手に入れようと強引な手法を取らないはずだと考えていた。
大司教はメアリの話を聞いて、心から嬉しそうに笑った。
「そうでしたか。シスターメアリ、ご苦労様でした。それは大変素晴らしいことです。一刻も早く特定し、保護下に置く必要がありますね。聖下もさぞお喜びになられることでしょう」
メアリの提案を受け入れた大司教を見て、グスタフたちは、ようやく安堵する事が出来た。二人の会話を聞いて、ほっとしたニースは、隣に座るラチェットに囁いた。
「ラチェットさん。聖下って、教皇っていう人なんですよね。どんな人なんですか?」
「教皇は、カルデナ教の王様みたいなものさ。教会だけじゃなく、聖皇国も治めてるんだ。陛下と同じだと思えばいいよ」
「陛下と同じ……わかりました」
ニースは、王国とも皇国とも、また違う国の形がある事に、驚きを感じていた。
朝の騒動と二羽の対処についての話が終わると、多数の人が倒れた前日の異変について、意見が交わされた。
ここまで黙していた司教が、話の口火を切った。
「本日、猊下にお越しいただいたのは、昨日の異変について意見を交わすためです。シスターメアリ。昨日起きた事について、猊下に再度ご説明を」
「はい、閣下。私は、テトラネマの町で大きな奇跡を目の当たりにし、先日聖庁へ報告しておりますが、猊下はご存知でしょうか」
「ええ、聞いております。あの話は、あなたが報告していたのね。ご苦労様でした」
「身に余るお言葉、ありがたく存じます。私は、その奇跡の再現のため、一座の皆さまのご協力を頂き、様々な試みを行っておりました。
その調査の中で、ハーモニーが重要なのではと推測しまして、昨日は私とセラさんで試みたのですが……」
メアリは、セラと二人でラチェットの歌のハーモニーに挑戦した。しかし何度やってみても、どちらかが他方の旋律に釣られてしまう。
そうしている中で、突然あの異変が起きていた。
「なぜ突然起きたのか、私たちにもわからないのです。急に頭痛に襲われて、一度止めましたが、再度試みるとさらに酷くなりまして……」
「そうですか……。何か不調の理由が思いつく方は?」
大司教の言葉に、タネリを含めた祈歌の研究をする修道士たちが手を挙げ、意見が交わされていく。しかし、なかなか納得のいくものがなかった。
意見が出尽くしたかと思われた時、ラチェットが手を挙げた。
「あなたのお名前をお聞かせ頂けますか?」
「僕はラチェットと申します、大司教猊下。一座のピアニストをしております。発言をお許しいただけますか」
「ええ、もちろん。どうぞ、お聞かせ下さい」
ラチェットは、メガネをくいと上げると、落ち着いた声で話し始めた。
「僕は、あの歌の作者です。どの音が和音や和声を形作るかを、よく理解しています。皆さんのお話を伺って思い出したのですが……。
昨日のあの異変の時、二人の声はちょうど不協和音になっていたと思います」
「不協和音……ですか?」
「はい。音楽では、不協和音を曲の一部として使うこともあります。不快に感じる音の重なりを、インパクトとして使う時もあるんです。
しかし、二人は歌い手です。歌の力を持つ二人だったから、不協和音の不快感が増幅された可能性があると、私は考えます」
「そうですね。その可能性はあるかもしれません。歌い手の力そのものの原理も、まだ解明されていませんし……」
ラチェットの話に大司教だけでなく、皆一様に頷いた。大司教は、残念そうに表情を曇らせ、言葉を継いだ。
「しかし、ラチェット殿の仮説の通りならば、奇跡の再現を試みるのは、やめた方が良さそうですね。歌い手同士で音の重なりを再現するのは、危険が大きすぎます」
大司教の言葉に、メアリが悲しそうに意見した。
「そんな……世界中の人々を癒せるかもしれないのに、諦めるんですか?」
「シスターメアリ。あなたの知らせは大変有意義なものでした。ですが、危険が伴うのであれば、これ以上の調査はやめておいた方がいいでしょう」
「はい……わかりました、猊下。仰せのままに……」
落ち込むメアリを見て、ニースは胸がモヤモヤしていた。
――このままだと、もうあの奇跡の謎は解明されない。ぼくは本当に、このままでいいの? ほんの少しの勇気があれば、さっきみんなを助けられたように、苦しむ人たちも助けられるかもしれないのに。
ニースが迷う内に、話し合いは終わりを迎え、大司教が立ち上がった。ニースは焦りを滲ませて、ぐるぐると考えた。
――これが最後のチャンスなんだ。ここを逃したら、ぼくは……。
開かれた部屋の扉を大司教が通ろうとした時、ニースはガタリと立ち上がった。
「待ってください!」
大司教が、何事かと驚き振り向いた。
「ニース様、どうなされましたか?」
ニースは、ぎゅっと拳を握ると、大司教に真っ直ぐ目を向けた。
「ぼく……ぼく、歌います。セラとハーモニーが出来るのは、ぼくなんです。
今まで注目されたり、患者さんたちが押し寄せたりして、すごく怖くて、隠れてたけど……でも、ぼくだけ助かって、苦しんでる人たちが救われないのは、ぼくは嫌です!」
セラが驚き、目を見開いた。
「ニース……」
ニースは、大司教にぺこりと頭を下げた。
「不協和音にはしませんから。もう一度、ぼくとセラに試させてください」
セラも慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「わ、私も! ニースとなら、大丈夫です! それに、ニースに歌の力はないから、私と練習して失敗した時は、こんな気持ち悪くなるようなことはありませんでした。だから、きっと大丈夫です。お願いします!」
大司教は驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「そうでしたか。ニース様は、歌の力のコントロールがまだ定かではないのですね」
ニースは、大司教に頷きを返した。
「はい、そうです。でも、それでもテトラネマでは、みんなの痛みが消えました。ぼくには歌の力がないのに、奇跡が起きたんです」
「わかりました。テトラネマで、さぞ怖い思いをされたのでしょう。それにも関わらず、勇気あるお申し出を頂いたこと、敬服いたします。よろしくお願いいたします」
大司教が微笑み、頭を下げた。ニースは緊張した面持ちでセラと頷き合い、メアリがぽろりと涙をこぼした。
「ニースくん……ありがとう」
マルコムが、メアリにそっと手布を渡した。
奇跡の再現が成功すれば、痛みが消える。その証明のために、大聖堂には数名の患者をこの数日待機させていたが、今はグスタフたちも怪我をしている。警備兵や修道士など、朝の騒動で傷を負った者たちも、皆大聖堂に集められた。
バードとココは晴れて自由の身になると、大聖堂の外へ遊びに飛んでいってしまった。
ニースとセラは、並んで祭壇の上に立った。神の御使いと言われた二羽がいなくとも、ニースの黒が特別なことに変わりはない。聖カルデナの再来となるかもしれないと、修道士たちは皆固唾を呑んで見守った。
二人は、ゆっくりと歌い出す。ニースが選んだのは、アウクリシウムの町でラチェットが作った歌だった。
命の喜びに満ち溢れる詞と旋律が、大聖堂に響き渡る。ガラスの天井から降り注ぐ陽の光に照らされる中、柔らかく温かな歌声が、集まった人々を包み込む。
歌声が響く中、患者たちから驚きの声が上がった。
「痛みが……痛みが和らいでる!」
修道士や警備兵たちも、痛めた腕や足をさする。
「本当だ……。本当に痛みが消えているぞ!」
「まさか祈歌ではない歌で、奇跡が起きるとは……!」
半信半疑だった修道士たちも、皆の反応を見て信じざるを得なかった。
二人の歌が終わると、さらにどよめきは大きくなった。
「歌が終わったのに、まだ痛みが戻りません……!」
感動する患者たちの声に、大司教も目を見開いた。
「祈歌の奇跡が、そのまま続いているというのですか!?」
司教や修道士、医師たちが、患者たちの状態を確認していく。後遺症で痛みだけが長引いていた患者たちが、皆穏やかな顔をしていた。
セラが嬉しそうに笑みを浮かべる隣で、ニースは表情を曇らせていた。
――みんなが元気になったのはいいけど……。ぼくは、ちゃんと帰してもらえるのかな。
ニースはうまくいったことに、ほっとすると同時に、不安を感じていた。それに気づいたタネリが、ニースの元へやってきた。
「ニースくん、大丈夫だ。安心してくれ。君たちがちゃんと帰れるように、猊下に頼んでおくから」
不安な表情のまま、こくりと頷いたニースを見て、セラが優しく手を握った。
「私も一緒だよ、ニース。何があっても、ちゃんと私はニースと一緒にいるから」
「うん……」
タネリはそのまま、大司教の元へ歩いて行った。
ニースの心配は、タネリやメアリたちの協力もあり、杞憂に終わった。
司教たちと話を続けるメアリ、グスタフ、ラチェットの三人を残して、ニースはマルコムたちと、先に宿へ戻った。もちろん、バードとココも一緒に連れ帰った。
ようやく宿について、ほっと安心したニースは、どっと疲れを感じ、自分のベッドに倒れ込んだ。まだ夕暮れ前だというのに、ニースはあっという間に寝入った。




