101:大聖堂3
*クリスマスSSを、短編集にUPしました*
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前回のざっくりあらすじ:謎の不快感に襲われた。
セラたちは、司教や倒れた修道士たちと共に、礼拝堂の奥にある治療院へと運ばれた。大聖堂の治療院は、教会上層部の関係者しか使えない場所となっており、患者の数の少なさに、付き添ったニースたちは驚いた。
修道士たちの中には仮面のニースを訝しむ者もいたが、仮面を外せという声は、メグが黙らせた。
「まだ小さな私の弟に、何をお疑いなんですか? 皆さんは尊い聖職者なのに、見た目で人を判断なさるんですか? 顔を隠さなければならないほどの事情を思いやる優しさが、聖カルデナにはあると思っておりましたが」
メグのこの言葉に反論する者は誰もいなかった。これには、タネリも感心した。
セラとメアリが目を覚まし、ラチェットが動けるようになる頃には、空には二つの月が上っていた。マルコムは三人を連れ帰るつもりでいたが、回復した司教が止めた。
「まだ不調の原因がはっきりしておりません。このままお三方をお帰しするのは、危険かと思います。
一晩、こちらでお泊りになられてはいかがですか。ここには、治癒士や祈手、医師もおりますから、何かあっても対応出来るかと思います。」
「しかしですね……」
「もちろん、仮面のお子さんも含めて、皆さまでお泊り頂けるよう手配いたします」
マルコムは、予想外にニースまで来ていたことが気がかりで、司教に頷けなかった。戸惑うマルコムに、メグは痺れを切らした。
「司教様がこんなに親身になって下さってるのに、なんで受けないのよ! 三人に何かあったら、マルコムは責任取れるの!?」
「だがな、お嬢……」
「私たちだって、具合は悪くなったのよ。ここに一晩ぐらいいたっていいでしょ!?」
ニースも、セラたち三人の事が心配でたまらなかった。
「ぼくのことなら、気にしなくて大丈夫ですから。セラたちを、ちゃんと休ませてあげてください」
結局マルコムは、二人に押し切られる形で司教に頭を下げた。司教は、ほっとした様子で笑みを浮かべた。
「それでは、宿に残る方々には、誰か知らせを送ることといたしましょう」
司教の言葉に、メグが声を挟んだ。
「それなら、タネリさんに連絡をお願い出来ませんか。タネリさんのお宅の宿に、私たちは泊まってますので」
「そうでしたか。では、タネリを送りましょう」
司教とメグの会話を聞いたマルコムは、ニースに顔を寄せ、小さな声で尋ねた。
「タネリって、誰だ?」
「宿屋のドリタさんの旦那さんで、メアリさんと同じ祈手の人です。ぼくのことも知ってるし、信頼出来るとメグは考えたんだと思います」
マルコムが納得する中、タネリは宿へ帰っていった。
ニースたちは治療院の一室に泊まる事となり、男女分かれて案内された。
「この部屋は普段は使っておりませんが、病室として使えるように、いつでも整えているんですよ」
案内した修道士の言葉通り、部屋の中は綺麗に整えられていた。つるりとした白壁の部屋には、四つのベッドが向かい合わせに並んでおり、入り口の近くには小さな洗面台があり、低いテーブルと椅子も数脚置かれていた。
司教はマルコムたちに、共に夕食をと誘ったが、マルコムは皆の体調を理由に断った。司教は断られても柔らかな態度を崩すことなく、部屋に食事を運ぶよう指示を出した。
食事を終えたニースは、司教の心遣いに感謝していた。
「セラたちも、ゆっくりご飯を食べてるんでしょうね。マルコムさんの言う通り、ここの人たちは良い人な気がします」
マルコムは、ニースの言葉に安堵の笑みを浮かべたが、肝心な事をまだ聞けていないと思い出した。
「ところで、ニース。どうしてここに来たんだ?」
「実は……」
ニースは、セラの事が気になって、メグと共に大聖堂へ来たこと。タネリと会ったこと、塔の中を見せてもらったことなどを、マルコムとラチェットに話した。
二人はそれぞれ、違う部分でニースの話に食いついた。マルコムは、メアリとタネリの関係について聞こうとし、ラチェットはメグが取り乱したと聞いて詳しく聞きたがった。
ニースは、丁寧に二人の疑問に答えた。
「メアリさんとタネリさんは、お知り合いのようでしたけど、詳しくは聞いていません。タネリさんは宿に毎日帰ってるみたいですし、明日帰ったら、直接聞いた方がいいと思います」
マルコムは、ニースの話に渋々頷いた。
「そうか……仕方ないな。タネリさんは結婚してるわけだから、何かあるわけはないんだが……」
ぶつぶつと呟くマルコムを横目に、ニースはラチェットに顔を向けた。
「メグは、高いところが苦手みたいです。塔の上から下を見たときも、非常階段を覗いた時も、震えていましたから」
ニースは何となく、メグがタネリに縋り付いた事は言わない方がいい気がして、言及を避けた。ラチェットは、笑みを浮かべ頷いた。
「わかった。メグはラース山脈でも震えていたし、高いところが苦手なのは確かだね。ありがとう、ニース」
「でもラチェットさん。それを聞いてどうするんですか?」
純粋な興味の目を向けるニースに、ラチェットは照れくさそうに頬をかいた。
「どうするって、その……。もし今後、二人でどこか出かけるってなった時に、うっかり高い場所に誘ったりしないように、かな」
「そうなんですね。メグはとても怖がってましたから、遊べる感じじゃなかったです」
ニースが納得したのを見て、ラチェットは、ほっと胸を撫で下ろし、マルコムがニヤニヤと笑みを浮かべた。
話が終わると、疲れていた三人はすぐにベッドに入った。大聖堂の静かな夜は、穏やかに過ぎていった。
翌朝。ニースは騒がしい声で目が覚めた。ニースが起き上がると、マルコムの姿はなく、ラチェットが扉から外の様子を伺っていた。
「ラチェットさん、おはようございます。どうかしたんですか?」
ラチェットは振り向くと、困ったような苦笑いを浮かべた。
「おはよう、ニース。僕にも何がなんだか……。大聖堂の入り口の方が騒がしくて目が覚めたんだけど、マルコムさんが様子を見に行ったまま、帰ってこないんだよ」
「ぼくが寝てたから、ラチェットさんは残っててくれたんですね。すみません」
ニースは、急いで顔を洗い仮面を被る。服を整えると、ラチェットと共に部屋を出た。
ニースとラチェットは、廊下でメグとセラに会った。二人も、様子を見に行ったまま戻らないメアリを心配して、部屋を出てきていた。
四人は連れ立って、騒ぎが聞こえる方へと歩いていった。
大聖堂の入り口では、白いローブを着た祈手たちが困惑した様子で、人集りを見つめていた。
彼らの心配そうな視線の先では、警備兵たちが囲む中で、グスタフ、ジーナ、マルコムが、青いローブを着た修道士たちと言い争い、メアリとタネリが必死に止めていた。
ニースたちが驚いていると、ジーナが気づき、ほっとした様子で駆け寄ってきた。
「メグちゃん! みんなも無事なのね! 良かったわー!」
ジーナが四人をまとめて抱きしめたので、押し潰されそうになったニースとセラは、小さな悲鳴をあげた。
ジーナは手を離すと、あははと笑った。
「二人とも、ごめーん。ついつい、安心しちゃったものだからー」
ラチェットがずれたメガネを直しながら、ジーナに頭を下げた。
「すみません、ジーナさん。僕たちが帰らなかったから、心配してくれたんですね」
「そうよー。それに、みんな具合が悪くなったっていうから、気が気じゃなかったのー。だから、こうして朝一番に来たんだけど……」
ジーナが困ったようにグスタフたちを振り返ったので、ニースも目を向けた。
よく見ると、グスタフが腕の中にバードとココを抱いているのが見えた。メグが驚き、目を見開いた。
「ちょ、ちょっと。あれってバードとココよね!? なんで連れてきたわけ!?」
ジーナが、しゅんと申し訳なさそうに肩を落とした。
「ごめんね、メグちゃん。グスタフが一人で行くって言ったんだけど、どーしても私も心配で、一緒に来たかったの。でも、宿に二羽だけ置いておくのも心配だってことになって、連れてきちゃったのよ。
目を閉じててもらえれば気づかれないと思ってたんだけど……ココちゃんが、目を開けちゃってね。見つかっちゃったの」
グスタフとジーナは、マルコムが帰ってこなかったため部屋に入れず、預かった二羽を鳥籠に入れる事が出来なかった。グスタフの馬車はマルコムが大聖堂へ乗って来てしまっていたため、二人は二羽を抱いたまま、辻馬車を拾って大聖堂へやって来ていたのだ。
「バカじゃないの!? それで教会の人たちと言い争いになってるなんて!」
メグはジーナに怒りをぶつけると、そのままグスタフたちの元に向かった。
「メグ!」「メグちゃん、行っちゃダメよ!」
ラチェットとジーナが慌ててメグを追いかけ、セラが困ったようにニースに目を向けた。
「どうしよう、ニース。バードちゃんたち、教会に連れて行かれちゃうの?」
「ぼくもわからない。どうなるんだろう……」
グスタフたちと修道士たちの言い争いは、終わりそうになかった。
修道士たちが、神の使いだと言って教会に引き渡すよう詰め寄り、グスタフたちは断固として断る。しかし周囲に司教の姿はなく、頭に血が上った修道士たちの暴走を止める者はいなかった。
メグが加わったことで言い争いは激しさを増し、止めようとするラチェットたちが苦労しているのが遠目にも見て取れた。
ニースは居ても立っても居られず、何かできないかと考えた。
――何か、バードたちから意識がそれればいいんだよね。そうすれば、その隙にグスタフさんたちはバードを連れて逃げられる……。
ニースが悩む中、さらに言い争いは激しくなり、ついに警備兵が動いた。無理やりバードに手を伸ばした修道士に、メグが突き飛ばされ、マルコムが手をあげたのだ。
バードとココが、グスタフの手を離れて飛び上がり、グスタフとマルコムは、警備兵と殴り合いを始めた。
しかし相手は警備兵だ。すぐに取り押さえられるだろう事は明白で、ジーナたちは、メグを助け起こしながら、おろおろしていた。
その様子を見たニースは、心を決めた。
――ぼくがやらなくちゃ。グスタフさんたちを、バードとココを、助けないと……!
ニースは真っ直ぐ祭壇に向かった。急に歩き出したニースを追いかけ、セラが声をあげた。
「ニース、どうしたの!? どこ行くの!?」
ニースは早足で歩きながら、セラに答えた。
「歌うんだ。歌を聞けば、きっとみんなの注意を引ける」
「こんなに騒ぎになってるのに、歌なんか誰も聞かないよ!」
「それでも、何かしなくちゃ! ぼくが祭壇で歌えば、少しはみんなが逃げる時間を稼げるはずなんだ! 捕まっちゃったら、どうなるのかわからないんだから!」
祭壇にたどり着き、仮面を脱いだニースの肩に、バードとココが舞い降りた。焦る気持ちを落ち着けるように、ニースは大きく息を吐く。
ニースの目に、グスタフたちが床に押し付けられ、取り押さえられる姿が映った。
――間に合わなかった……。でも!
ニースは一瞬顔を歪めたが、そのまま歌い出した。
ニースが歌ったのは、何度も聞いたメアリの祈歌だった。痛みを和らげる祈歌は、"調子外れ"のニースが歌っても効果はない。
しかし祈歌は、教会の人々が聞き慣れた歌だ。騒ぎの真っ只中にいる、頭に血が上った修道士たちの耳に、ニースの歌声はしっかり届いた。
「誰だ、こんな時に祈歌を歌うなんて……」
修道士の一人が祭壇に目を向け、はっと息を呑んだ。
「聖カルデナ……」
瞳の色が違う二羽の白い鳩を肩に乗せた、天の導きである黒いニースの姿は、カルデナ教を信仰する修道士や警備兵たちに、衝撃を与えるものだった。
一人の修道士の呟きに、皆が祭壇に目を向け、驚きに目を見開いた。
ニースは、メアリの動きをなぞるように、動作も交えて一心に歌い続ける。伸びやかに透き通る歌声は大聖堂に響き渡り、煌めく朝日に照らされて、慈愛のこもる微笑みを浮かべて歌う姿は、輝いて見えた。
セラは、固まる人々とニースを交互に見て呟いた。
「そっか……。ニースが、聖カルデナと同じ天の導きだから……」
グスタフたちは、警備兵に囲まれておりニースの姿は見えない。しかし歌声は、しっかりと聞こえ、何が起こったのかを悟った。
「ニース……こんな形で歌わせたくなかった……」
マルコムが悔しそうに呟き、人々が呆然と見守る中で歌い終えたニースは、頭を下げた。
「お願いします。グスタフさんたちを、離してあげてもらえませんか。ぼくの大事な仲間なんです」
ニースの言葉に警備兵たちは戸惑い、顔を見合わせた。すると入り口の外から、柔らかだが力強い声が響いた。
「離して差し上げなさい」
皆が振り返ると、司教と共に、銀糸で刺繍が施された黒いローブを纏う老婆が立っていた。
「大司教猊下!」
警備兵たちは、グスタフたちから手を離すと、手を合わせて頭を下げた。大司教は、優しい笑みを浮かべると、穏やかに声をかけた。
「みな、祈りを捧げる相手を間違っておりますよ。聖なる色を宿し、聖カルデナと同じく、御使いを連れておられるあちらの少年にこそ、祈りを捧げなければ」
大司教の言葉に、修道士も警備兵も、一斉にニースに振り向き、祈りを捧げ始めた。三十回の礼拝が始まった事に、ニースが苦笑いを浮かべていると、大司教は祭壇へと、ゆっくり歩いてきた。
「聖なるお方。お名前をお伺い出来ますか?」
「はい、大司教さま。ぼくはニースです。グスタフさんたちを離してくれて、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をするニースに、大司教は微笑んだ。その穏やかな笑みが、ニースには聖カルデナの像と同じように感じられた。




