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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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100:大聖堂2

前回のざっくりあらすじ:セラはあっさりと歌うことを決めた。

 タネリが部屋を出ている間、メグとニースは大人しく待っていた。大量のクッキーを朝まで焼いていたなど、外部の人間が知るはずもない。タネリの言葉が嘘ではないと、二人は分かっていた。


 お茶を運んできたタネリは、ニースが仮面を外していたので、驚いた。


「いいのかい?」


「はい。タネリさんは、もうぼくのことをご存知なわけですし、隠しても意味がありませんから」


「そうか。ありがとう」


 タネリは嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべて座ると、お茶を飲みながら、穏やかにニースたちの話を聞いた。


「そうか。君たちは、セラちゃんのことが心配で覗いてたというわけだね」


「はい。そうです」


 ニースが頷くと、メグが問いかけた。


「タネリさんは、なぜあんなところにいたんです?」


「ああ。それはね、君たちが覗いてるのが見えたからだよ」


「どこから見えたんですか?」


 不思議がるメグに、タネリは苦笑いを浮かべた。


「どこからって……中からに決まってるだろう? ガラスなんだから、内側からも見えるんだよ」


「あ……」


 メグが、しまったと言うように俯き、ニースが気まずそうにメグから視線をそらした。タネリが、はははと笑った。


「まあでも、気づいたのが私で良かったよ。他の修道士なら、真っ先に警備に通報していただろうからね」


 タネリは、お茶を飲み干すと、苦笑いを浮かべる二人に笑みを向けた。


「この後はどうするつもりなのかな? このまま帰るならそれでもいいが、中を見たいなら私が案内しよう」


 タネリの申し出に、ニースが言い辛そうに口を開いた。


「あの、タネリさん。ぼくは、さっきもお話したように、セラたちには何も言わずにここに来ています。それに、歌うかどうかも決めてなくて……」


 タネリは頷くと、優しい笑みを浮かべた。


「もちろん、わかっているよ。歌わなくて構わないし、案内するのは、セラちゃんたちがいる大聖堂ではなく、私の研究室だ」


「研究室……?」


「私は祈手だが、祈歌の研究者でもあるんだ。だから昨日、メグさんたちが来た時もいたんだけどね」


 訝しむように、メグがタネリにじっと目を向けた。


「タネリさん。それなら、セラのそばにいなくていいんですか? 研究者なんですよね?」


「私は、ラチェットさんの言うように、ハーモニーに鍵があると考えている。だから、今日の歌を聞く必要はないんだよ。ハーモニーをすぐに歌えるわけではないからね」


 ニースはタネリの話を聞いて、申し訳ない気持ちになった。しゅんと肩を落としたニースを気遣うように、タネリは微笑んだ。


「すまない、ニースくん。別に君に歌ってくれというわけではないんだ。ただ、この大聖堂の施設は、なかなか他にはないからね。一見の価値はあると思うよ」


「はい……」


 メグはタネリの言葉に嘘がないと感じ、選択をニースに任せる事に決めた。


「ニース。あなたが決めていいわよ」


「ぼくが?」


「ええ。私は大聖堂の周りの塔とか、ここの地下とか、どうなってるのか気になるけど、それはまた今度来たって構わないもの。きっとタネリさんは、あとで私が頼んでも、案内してくれると思うし」


 メグが視線を向けると、タネリは頷いた。


「ああ、もちろん。いつでも歓迎するよ。ドリタに伝えておいてくれれば、予定は空けられる」


「ありがとうございます」


 メグは礼を言うと、笑みを浮かべてニースに向き直った。


「ね? だから、今日どうしたいのかは、ニースが決めていいわ」


 ニースは、目を閉じて考えた。


 ――歌わなくていいなら、悩む必要ってあるのかな……?


 ニースは、ガラスで出来た大聖堂に興味津々だった。しばし迷ったが、ニースは自分の好奇心に負けた。


「タネリさん、お願いします」


 頭を下げたニースに、タネリは朗らかに頷いた。


「ああ。それじゃあ、行こうか」


 ニースは仮面を被りなおすと、メグと共にタネリの後について行った。




 自分の研究室へ案内すると言うタネリに付いて行くと、塔の中央部にたどり着いた。


 見上げても天辺が見えないほど高さのある塔を、縦に貫く巨大なガラスの筒があり、その中に小さな箱のようなガラスの小部屋があった。

 開け放たれた小部屋の壁三面と天井はガラスだか、床はつるりとした白っぽい石床で、入り口横の白壁には丸いボタンがいくつか付いていた。


「ここが研究室なんですか? 何もないですね」


「ずいぶん小さくて狭い部屋ね。天井は空いて見えるから、すごく綺麗だけど」


 不思議そうにニースたちがガラスの小部屋に入ると、タネリは、いたずらっ子のように笑った。


「驚かないでね」


 タネリが壁のボタンを押すと、部屋の入り口が引き戸のように勝手に閉まった。そのまま音もなく、箱の部屋はぐんぐんと上に上がり始め、ガラス越しの景色は下へと流れていった。


「うわ……!?」


「な、な、な、なんなのよ!?」


 ニースは、突然身体を襲った奇妙な感覚に唖然として床に手を付き、メグは、へたりと座り込んだ。程なくして箱が止まり扉が開くと、タネリが愉快そうに笑った。


「ふふ。さあ、着いたよ。初めてのエレベーターは、どうだったかな?」


「嘘でしょ……。()()()エレベーターだなんて……」


 メグがぽかんと口を開ける隣で、ニースは何が起きたのか理解出来ず、魂が抜けたように呆然としていた。

 二人がようやく立ち上がると、タネリはエレベーターから降りるよう促した。一歩踏み出したニースは、先ほどとは全く違う廊下の形に、目を白黒させた。


「ここって、どこですか……?」


「ああ、そうか。うっかりしてた。エレベーターって言うのは、階段みたいなものなんだよ。違う階層とあの箱で繋がっていて、高いところまですぐに来れるのさ」


 タネリの説明で、なんとなく意味がわかったニースは、近くの窓に駆け寄った。


「やっぱり……。メグ、見てごらんよ! ぼくたち、もう塔の高い場所まで来てる!」


「……え!?」


 メグは慌てて窓から外を見ると、目を見開いた。


「うそ……」


 窓からは、遥か下に大聖堂の箱型の建屋が見え、先ほど大聖堂に来た時に、大聖堂を囲む丘の頂上と同じ高さの場所にいることが分かった。

 メグは、へなへなと腰を抜かした。


「な、な、な、なによ、この高さわぁ……」


 涙目になるメグに、タネリは苦笑いを浮かべた。


「驚かせすぎちゃったかな?」


 ニースがメグをなだめると、三人は、ようやくタネリの研究室へと向かった。


「ここが私の研究室だ。置いてある物には触らないでね」


 研究室は、綺麗に整えられていたが、壁にぎっしりと大量の本が並んでいた。

 ニースは伯爵家にいた頃ですら見た事のない数の本に、目を輝かせた。


「こんなに本がある……!」


 タネリは手袋をはめると、ボロボロになった一冊の大きな本を二人に見せた。


「この本は、みんな祈歌に関することが書かれているんだ。これなんかは、八百年前の本だよ」


「は、八百年……」


「すごい……」


「でも、これを解読するのがなかなか難しくてね……」


 タネリが、そっとページを捲ると、傷んだ紙に滲んだ文字が書かれているのがわかった。


「これは……とても読めそうにないわね」


「まったく分かりません」


「そうだろう? 祈歌について書かれてることは分かったんだが、そこから先が進まなくてね。字体や文法も時代や場所で変わるから、ここにあるほとんどの本は、こういった本を読み解くためのものなんだよ」


 ニースとメグは、改めて部屋を見渡した。


「これ全部を使うんですか……?」


「とてもじゃないけど、私には無理ね……」


 タネリは慎重に本を閉じると、元の場所にしまった。


「調べるのに使うのは、これだけじゃない。他にも、様々な分析装置を使うんだ」


「分析装置?」


「古代文明の遺産のひとつでね。こことは別の遺跡で発掘されたものを使ってるんだ。気になるかい?」


「はい。気になります」


「私も見てみたいわ」


「よし。じゃあ行こうか」


 タネリは二人を連れて廊下へ出ると、再びエレベーターの前へやってきた。すると、メグが突然立ち止まった。


「ねえ……まさかと思うけど、またこれに乗らなきゃいけないの……?」


 タネリは苦笑いを浮かべながら答えた。


「乗らないと戻れないね。あとは一応、非常階段もあるが」


 メグはタネリの腕を掴むと、必死に頭を下げた。


「お願いします! 階段がいいです!」


「あ、ああ、わかった。でも、見てから決めた方がいいよ?」


 タネリは二人を階段へと連れて行ったが、階段は二人が想像していたものとは違った。


 穴の空いた鉄板で作られた、ぐるぐるとどこまでも下に続く階段の下は、底は見えるが、小さな丸にしか見えなかった。ラース山脈の崖を思い出し、ニースはぷるりと身を震わせ、メグに振り返った。


「メグ……本当にここを降りるの?」


 ニースの言葉にメグは答えず、無言のまま目に涙を浮かべて首を横に振った。

 ニースは苦笑いを浮かべて、タネリに声をかけた。


「タネリさん。エレベーターでお願いします」


「わかった」


 メグは、タネリに(すが)り付くように後退りし、エレベーターに向かった。ニースは、もしもラチェットがここにいたら、どうしただろうと考えた。




 最初は驚いたものの、エレベーターを気に入ったニースは、二度目の体験を楽しんだ。エレベーターが下がると、ガラス越しの景色は、どんどん上に上がっていくように見える。(ロープ)などで引っ張られるわけでもなく、勝手に上下に動くエレベーターに、ニースは楽しくて仕方なかった。


 げんなりしたメグと共に次の階層へ降りると、廊下には窓がなかった。塔のどの辺なのかがニースには分からなかったが、タネリの後をひたすらついて行った。


 やがて廊下の先に、大きなガラスで囲まれた部屋が見えてきた。部屋の中には真っ白なテーブルがいくつも置かれており、見たことのない機械が、いくつも並んでいた。


「ここが分析室だよ。どういう仕組みなのかはさっぱり分からないが、ここに調べたいものを置くと、どういうものなのか、()()()くれるんだ」


「教えてくれる?」


 首を傾げるニースに、タネリは首飾りを外して見せた。


「例えば、この首飾りを、この機械に入れるとね……」


 タネリが、首飾りを金属で出来た棚のような物に置き、ボタンを押す。

 すると、棚の中に光が走り、棚の横にある、細かい穴がいくつも空いた丸いボールのようなものから、()()()が聞こえてきた。


『コーネリアンシェル、ゴールド、シルバー、ブロンズ……』


「え!?」


「なに、これ!? どこに人がいるの!?」


 驚く二人に、タネリが笑った。


「はは。そう思うよね。でも、人はいないんだ。雷石で動いてることは分かってるんだが、それ以外はさっぱり分からない。この機械は、どうやら素材について教えてくれるっていうことは、分かってるんだけどね。

 他にも、作られた年代や作られた場所を教えてくれる機械もあるんだ。何を言われてるのか分からない物もあるが」


「すごいわ……こんな発掘品もあるのね……」


「マルコムさんの手品みたい……」


「私たちは、これらを使って解読や解析してるわけだ」


 その後もタネリの説明を聞きながら、しげしげと見ていると、三人に、不意に強烈な不快感が走った。


「うっ……なにこれ……」


「頭が痛い……」


「な、なんだ……?」


 ニースたちは、激しい頭痛と吐き気を感じ、頭を押さえ、(うずくま)った。すぐに不快な感覚は治まったが、しばらくするとまた強烈な不快感に襲われた。


「うう……これは、()で何かがあったのか……!?」


 再び不快感が和らぐと、タネリは慌てて二人を連れて部屋を出た。

 ふらふらと歩く二人を急かしながら、タネリはエレベーターへと急ぐ。さすがに今度ばかりは、メグも文句を言わずに、そのままエレベーターに乗り込んだ。




 塔の入り口の階層へエレベーターが止まると、タネリが猛然と駆け出して行ったので、ニースとメグも何事かと、慌てて追いかけた。外は日が暮れ始めており、オレンジ色に染まる空が大聖堂のガラスに映りこんでいたが、ニースは気づきもせずに走っていった。


 タネリは大聖堂へと入って行ったが、追いかけるのに夢中だったニースは、そのまま大聖堂へ足を踏み入れた。

 夕日に照らされる薄暗い大聖堂の中では、セラとメアリが、ぐったりと倒れており、周りにいたラチェットと修道士たちが、真っ青な顔で(うずくま)っていた。


 タネリが、黒いローブを着た最も年配の修道士に駆け寄った。


「司教閣下! 大丈夫ですか!?」


「うぅ……タネリか……」


 タネリが司教を助け起す横で、メグがラチェットに駆け寄り、ニースはセラに駆け寄った。


「ラチェット、大丈夫!?」


「セラ!」


 すると、異変に気付いたのか、ほかの修道士や警備兵たちも大聖堂へやってきた。

 マルコムもその中におり、慌ててメアリに駆け寄った。


「メアリさん!」


 集まった人々によって、修道士たちも助け起こされる。夕焼けが照らす大聖堂は、一気に騒然となった。

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