99:大聖堂1
前回のざっくりあらすじ:大聖堂で歌ってほしいと言われたが、ニースは悩んだ。
ニースは答えを出せないまま、一夜を過ごした。
眩しい朝を迎えたニースがラチェットと共に一階へ降りると、ジーナが驚くほどの量のクッキーを用意していた。
「二人とも、おはよー。朝ごはんを食べたら、これを包んでねー」
ニースたちは、昨夜の残りのスープとパン、割れたクッキーという、とても簡単な朝食を与えられ、あっという間に食べ終えた。
前日に焼いた分で、すでに包み紙は使いきっていたため、ジーナが用意した小さな布を使って、ニースたちはクッキーを包む。グスタフたちも朝食にやってくると、ニースたちと同じく、ジーナから指示を受けた。
皆がげんなりする中、メアリは感激しきりで、熱心に包んでいった。
「ジーナさんは、本当に素晴らしいです。これだけあれば、聖地のすべての孤児院に送っても、子どもたち全員が何日も楽しめます」
徹夜でクッキーを焼いていたジーナは、そんなメアリに全てを任せ、眠ってしまった。
皆で協力してクッキーを包み終えると木箱に詰め、車庫から出した馬車に乗せる。元々大聖堂へ向かう予定だったメアリとラチェットに加え、マルコムも、クッキーを寄贈する一座の代表として、出かけることになった。
マルコムたちが、いざ出かけようとすると、セラが声をあげた。
「私も、クッキーを届けに行きたいです!」
するとメグが、セラを止めた。
「セラはダメよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……。大聖堂で歌わされるかもしれないから……」
昨夜は寝てしまったため事情を知らないセラに、マルコムが説明をした。話を聞いたセラは、笑顔で即座に頷いた。
「私は歌っても平気です。困ってる人を助けたい気持ちは、私にもあります。それに、酷いことはされないんですよね?」
セラが信頼の笑みを浮かべたので、マルコムは一瞬怯んだ。しかし、ぐっと拳を握りしめ、覚悟を決めるように頷きを返した。
「ああ。もし何かあっても、俺が必ずセラちゃんを守ると、約束する」
「それなら安心です。マルコムさんなら、手品で悪い人も倒せそうですし」
キラキラと笑みを浮かべるセラに、マルコムは苦笑いを浮かべた。
「セラちゃん……俺でもさすがに、手品で悪人を倒すことは出来ないぞ?」
しかし、それでもセラは、一緒に行くと言い張った。最後にはメグも折れて、セラはクッキーを届けながら、大聖堂で歌うこととなった。
ニースはセラの決意に驚き、戸惑った。
――セラは、こんなにすぐに決められるんだ。それなのに、ぼくは……。
ニースは疎まれても喜ばれても、どちらでも辛い事が起きるのではと、不安を感じていた。まだニースは、自分がどうしたいのか決められなかった。
悩むニースを残して、セラはマルコムたちと大聖堂へ出かけていった。セラを見送るニースの姿が、メグの目には心細さを我慢しているように見えた。
ニースは宿の裏庭で、バードとココが遊ぶ姿をのんびりと眺めていた。
二羽の鳥はいつも一緒で、仲が良い。ニースは、隣にセラがいないことを寂しく感じた。
――セラは今頃、歌ってるのかな……。
ぼんやりしているニースの目を、誰かが後ろから両手で塞いだ。
「だーれだ?」
「メグでしょ?」
ニースが苦笑いを浮かべながら、すぐに振り返ったので、メグが、あははと笑い声をあげた。
「ニース、答えるのが早すぎるわ。でも、やっぱりわかっちゃうわよね」
メグは隣に腰を下ろし、空を見上げた。
「いいお天気ね」
「そうだね」
「ねえ、ニース。暇なら、町に散歩に行かない?」
「町に?」
ニースが思いがけない一言に驚いていると、メグは微笑みながらバードとココに目を向けた。
「あの二羽は、本当に仲が良いわね。ニースとセラみたい」
「うん……そう、だね」
俯くニースに、メグは気遣うような柔らかい笑みを向けた。
「私ね、昨日大聖堂に行ったでしょ?」
「うん」
「ニースは大聖堂って、どんな建物だと思う?」
突然の問いかけに、ニースは首を傾げた。
「どんな建物……? 普通の教会が大きくなった感じか……それか、お城みたいな感じかな……?」
メグは愉快そうに、ふふふと笑った。
「私もそう思ってたんだけどね、全然違ったの。見ると驚くわよ? それに……」
メグはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「大聖堂は、すごく不思議な建物でね。セラがどうしてるのかも、外から見れるかもよ?」
ニースは、さっぱり意味が分からず、問いかけた。
「外から……? 屋根がなかったりするの?」
「それは行ってみてからのお楽しみよ。行きましょう?」
メグは立ち上がると、ニースに手を差し出した。ニースは戸惑ったが、メグの手を取った。ニースは仮面を被ると、バードとココをグスタフに預け、メグと共に町へ出かけていった。
怪しい仮面をつけた子どもが、女性として成長著しいメグと町を歩く。どうしても目立ってしまう二人だが、ニースは前日のジーナとの買い物に比べれば、ずっと気が楽だった。
大通りの人混みを縫うように、二人は町をどんどん歩く。聖地全体を巡回するいくつかの乗合馬車を乗り換えて、市壁を越え、坂を上り、道を曲がる。
――こんなに複雑な道を、メグはよく覚えていられるなぁ。
ニースは、はぐれたらもう宿に帰れないと思い、必死にメグについて行った。
やがて、町の中なのに木々が周りに増えてきた。緩やかな坂道を上りきった先で、メグは足を止めた。
「ニース。あれを見て」
メグが道の先を指差す。ニースは、示された場所に目を向け、息を呑んだ。
「なに、あれ……!」
坂を下った先は、深い谷のような盆地になっており、森の木々と湖に囲まれるように建つ巨大な建造物が、日の光を反射してキラキラと輝いていた。
中央に大きな箱型の建物があり、その周囲に三本の高い塔がそびえ建つ。それら全ての壁と屋根が、ガラスで出来ていることが見て取れた。
「信じられない……あれって、ガラスだよね!?」
ガラスは、様々な国で作られている一般的な物だが、その製造技術には幅がある。不純物が少なく、歪みのない大きな板ガラスを作るには、相当な技術と資金が必要だ。
ニースが生まれ育ったアマービレ王国は、お世辞にもガラス作りの技術が高いとは言えなかった。そのため、ガラスを壁や屋根として全面に用いるなど、ニースには想像も出来ない事だった。
「ふふ。驚いた? あれが大聖堂よ」
メグが楽しげにニースに笑いかけたので、ニースは何度も頷いた。
「すごい綺麗だよ……! でもこれ、ガラスが落ちて割れたら大変そうだね?」
「その心配はないみたいよ。私も心配になって昨日聞いたけど、この建物自体が古代文明の遺跡なんですって。
さすがにガラスは所々修復してるみたいだけど、骨組みは触ってないらしいわ。度重なる天災にも耐えるんだから、すごいわよね」
「そうなんだ。でも、遺跡がずっとむき出しになってたの?」
メグはニヤリと笑みを浮かべて、大聖堂を指差した。
「ここ、坂道になってて、あの大聖堂って窪んでる所にあるじゃない?」
ニースは辺りを見回し、頷いた。
「うん。確かに谷になってる」
「この辺って、元々は大きな山だったらしいんだけど、これを掘り当てた昔の人たちが、山ごと削り取って掘り出したらしいわ」
「山ごと削ったの!?」
ニースは、ここに大きな山があったとは、到底信じられなかった。
ニースの驚きように、メグは笑った。
「ふふ。ニースって本当に純粋よね。見てて飽きないわ」
ニースは仮面の下で、ぷぅと頬を膨らませた。
「……メグ。それって、その話が嘘ってこと?」
「ううん。嘘みたいな話だけど、本当だそうよ。信じられないわよね。たくさんの人が、何十年もかけて掘り起こしたんだと思うわ」
ニースは本当の話だと聞いて、ひたすら感嘆のため息を漏らすしかなかった。キラキラと輝く大聖堂に向けて、ニースはメグと歩いて行った。
大聖堂を囲むように広がる湖には、大きな橋が架かっていた。橋には立派な門があったが、門番は立っておらず、門扉は開け放たれていた。
メグは、ずんずんと橋を渡る。ニースは、どきどきしながらも、メグについて行った。
礼拝堂と思われる、中央の大きな建物の前までやってくると、メグは道をそれた。全てがガラスの建物は、近くで見ると山のように大きく迫力があり、ニースは圧倒されながらもメグを追いかけた。
塔との間にある庭を少し進むと、メグがガラスの壁越しに中を覗き込んだので、ニースは驚いた。
「メグ、そんなことしていいの!?」
「やっぱり見えるわ。ほら、ニース」
メグが手招きしてニースを呼ぶので、周囲を気にしつつも、ニースは中を覗き込む。ガラス越しに見える礼拝堂は、ガラス張りの天井から燦々と日の光が降り注ぎ、明るく見えた。
たくさんの椅子が並ぶ向こう側に、黒、白、青のローブを着た人が集まっており、その中央で、セラがメアリと共に何か話をしているのがわかった。
「セラ、何をしてるんだろう?」
「さあ? ラチェットとマルコムの姿は見えないわね……」
二人がじっと覗いていると、がさりと背後で草が揺れる音がした。
はっとして二人が振り向くと、苦笑いを浮かべる中年の男がいた。男は白いローブを着ており、修道士なのだと一目でわかった。
「ええと……。君たちは、ここで何してるのかな?」
ニースとメグは、振り向いたまま固まった。
男は、ニースとメグの事を叱る事もせずに、そのままガラスの塔のひとつに連れて行った。
メグは逃げようかとも考えたが、今はニースと一緒だ。大人の男から逃げられるとは、メグは思わなかったし、マルコムたちがいるのだから、いくらでも言い訳が出来ると考えた。
男は塔に入ると、入り口に近い部屋に二人を連れて行った。塔の中は外壁はガラス張りだが、内壁はつるりとした白っぽい石造りで、雷石を使った電灯で照らされた部屋には、応接室のような立派な椅子とテーブルが置かれていた。
メグは、てっきり警備の詰所に連れて行かれると思っていたので、驚いた。
「ここって、応接室……ですよね?」
「ん? ああ、そうだよ。メアリの友人たちを、警備兵に突き出すわけにはいかないからね」
男の言葉にニースは、ぽかんと口を開き、メグが、おそるおそる尋ねた。
「あの……メアリさんと私たちのことを、ご存知なんですか?」
「ああ、知ってるよ。とにかく椅子に座ろうか」
男は二人を椅子に座らせると、笑みを浮かべた。
「まず、自己紹介をしないとね。私はタネリだ。見ての通り修道士だが、同時に祈手でもある。これがその証拠だよ」
タネリは、胸元からメアリと同じ花の首飾りを取り出して、二人に見せた。メグは首飾りを確認すると、失礼のないように気をつけて、タネリに挨拶をした。
「初めまして。私はメグ。この仮面の子はニースです。事情があって仮面を外せませんが、ご容赦ください」
タネリは、笑顔で頷いた。
「ああ。それも私は知ってるよ。それに、実は私はメグさんとは初めましてじゃないんだ」
メグはタネリの言葉に首を傾げた。
「どこかでお会いしてました?」
「まあ、君が覚えていなくても仕方ない。私は昨日、大勢の祈手や研究者と共に、君に会ってるからね」
メグは、タネリの言葉に合点がいった。
「それじゃあ、昨日ここでお会いしてたんですね」
「そういうことさ。でも実は、ほかの場所でも私は君たちに会ってる。ニースくんたちのことも知ってるよ。……昨日は明け方まで、クッキーを焼いていたよね」
ニースは驚き、声をあげた。
「な、なんでご存知なんですか!?」
タネリは、はははと笑った。
「そんなに驚かなくていいよ。なに、簡単なことさ。私の家の客人だから、私は君たちのことを知ってるんだ」
「家の客人って……」
「ドリタさんのご家族ってことですか?」
二人の言葉に、タネリは頷いた。
「そう。ドリタは私の妻だよ」
唖然とする二人に、タネリは言葉を続けた。
「だから、ニースくんが聖なる色を持ってることも知ってる。そして、歌の力を持たないことも、メアリから聞いてるから、安心してくれ。
せっかくだし、もう少し話そうか。お茶を入れてくるから、待っててくれないか」
「あ……はい……」
メグがぎこちなく頷きを返したので、タネリは苦笑いを浮かべながら部屋を出て行った。




