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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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99:大聖堂1

前回のざっくりあらすじ:大聖堂で歌ってほしいと言われたが、ニースは悩んだ。

 ニースは答えを出せないまま、一夜を過ごした。

 眩しい朝を迎えたニースがラチェットと共に一階へ降りると、ジーナが驚くほどの量のクッキーを用意していた。


「二人とも、おはよー。朝ごはんを食べたら、これを包んでねー」


 ニースたちは、昨夜の残りのスープとパン、割れたクッキーという、とても簡単な朝食を与えられ、あっという間に食べ終えた。

 前日に焼いた分で、すでに包み紙は使いきっていたため、ジーナが用意した小さな布を使って、ニースたちはクッキーを包む。グスタフたちも朝食にやってくると、ニースたちと同じく、ジーナから指示を受けた。


 皆がげんなりする中、メアリは感激しきりで、熱心に包んでいった。


「ジーナさんは、本当に素晴らしいです。これだけあれば、聖地のすべての孤児院に送っても、子どもたち全員が何日も楽しめます」


 徹夜でクッキーを焼いていたジーナは、そんなメアリに全てを任せ、眠ってしまった。


 皆で協力してクッキーを包み終えると木箱に詰め、車庫から出した馬車に乗せる。元々大聖堂へ向かう予定だったメアリとラチェットに加え、マルコムも、クッキーを寄贈する一座の代表として、出かけることになった。


 マルコムたちが、いざ出かけようとすると、セラが声をあげた。


「私も、クッキーを届けに行きたいです!」


 するとメグが、セラを止めた。


「セラはダメよ」


「どうしてですか?」


「どうしてって……。大聖堂で歌わされるかもしれないから……」


 昨夜は寝てしまったため事情を知らないセラに、マルコムが説明をした。話を聞いたセラは、笑顔で即座に頷いた。


「私は歌っても平気です。困ってる人を助けたい気持ちは、私にもあります。それに、酷いことはされないんですよね?」


 セラが信頼の笑みを浮かべたので、マルコムは一瞬怯んだ。しかし、ぐっと拳を握りしめ、覚悟を決めるように頷きを返した。


「ああ。もし何かあっても、俺が必ずセラちゃんを守ると、約束する」


「それなら安心です。マルコムさんなら、手品で悪い人も倒せそうですし」


 キラキラと笑みを浮かべるセラに、マルコムは苦笑いを浮かべた。


「セラちゃん……俺でもさすがに、手品で悪人を倒すことは出来ないぞ?」


 しかし、それでもセラは、一緒に行くと言い張った。最後にはメグも折れて、セラはクッキーを届けながら、大聖堂で歌うこととなった。

 ニースはセラの決意に驚き、戸惑った。


 ――セラは、こんなにすぐに決められるんだ。それなのに、ぼくは……。


 ニースは疎まれても喜ばれても、どちらでも辛い事が起きるのではと、不安を感じていた。まだニースは、自分がどうしたいのか決められなかった。


 悩むニースを残して、セラはマルコムたちと大聖堂へ出かけていった。セラを見送るニースの姿が、メグの目には心細さを我慢しているように見えた。




 ニースは宿の裏庭で、バードとココが遊ぶ姿をのんびりと眺めていた。

 二羽の鳥はいつも一緒で、仲が良い。ニースは、隣にセラがいないことを寂しく感じた。


 ――セラは今頃、歌ってるのかな……。


 ぼんやりしているニースの目を、誰かが後ろから両手で塞いだ。


「だーれだ?」


「メグでしょ?」


 ニースが苦笑いを浮かべながら、すぐに振り返ったので、メグが、あははと笑い声をあげた。


「ニース、答えるのが早すぎるわ。でも、やっぱりわかっちゃうわよね」


 メグは隣に腰を下ろし、空を見上げた。


「いいお天気ね」


「そうだね」


「ねえ、ニース。暇なら、町に散歩に行かない?」


「町に?」


 ニースが思いがけない一言に驚いていると、メグは微笑みながらバードとココに目を向けた。


「あの二羽は、本当に仲が良いわね。ニースとセラみたい」


「うん……そう、だね」


 俯くニースに、メグは気遣うような柔らかい笑みを向けた。


「私ね、昨日大聖堂に行ったでしょ?」


「うん」


「ニースは大聖堂って、どんな建物だと思う?」


 突然の問いかけに、ニースは首を傾げた。


「どんな建物……? 普通の教会が大きくなった感じか……それか、お城みたいな感じかな……?」


 メグは愉快そうに、ふふふと笑った。


「私もそう思ってたんだけどね、全然違ったの。見ると驚くわよ? それに……」


 メグはニヤリと意味深な笑みを浮かべた。


「大聖堂は、すごく不思議な建物でね。セラがどうしてるのかも、()()()見れるかもよ?」


 ニースは、さっぱり意味が分からず、問いかけた。


「外から……? 屋根がなかったりするの?」


「それは行ってみてからのお楽しみよ。行きましょう?」


 メグは立ち上がると、ニースに手を差し出した。ニースは戸惑ったが、メグの手を取った。ニースは仮面を被ると、バードとココをグスタフに預け、メグと共に町へ出かけていった。




 怪しい仮面をつけた子どもが、女性として成長著しいメグと町を歩く。どうしても目立ってしまう二人だが、ニースは前日のジーナとの買い物に比べれば、ずっと気が楽だった。


 大通りの人混みを縫うように、二人は町をどんどん歩く。聖地全体を巡回するいくつかの乗合馬車を乗り換えて、市壁を越え、坂を上り、道を曲がる。


 ――こんなに複雑な道を、メグはよく覚えていられるなぁ。


 ニースは、はぐれたらもう宿に帰れないと思い、必死にメグについて行った。

 やがて、町の中なのに木々が周りに増えてきた。緩やかな坂道を上りきった先で、メグは足を止めた。


「ニース。あれを見て」


 メグが道の先を指差す。ニースは、示された場所に目を向け、息を呑んだ。


「なに、あれ……!」


 坂を下った先は、深い谷のような盆地になっており、森の木々と湖に囲まれるように建つ巨大な建造物が、日の光を反射してキラキラと輝いていた。

 中央に大きな箱型の建物があり、その周囲に三本の高い塔がそびえ建つ。それら全ての壁と屋根が、ガラスで出来ていることが見て取れた。


「信じられない……あれって、ガラスだよね!?」


 ガラスは、様々な国で作られている一般的な物だが、その製造技術には幅がある。不純物が少なく、歪みのない大きな板ガラスを作るには、相当な技術と資金が必要だ。

 ニースが生まれ育ったアマービレ王国は、お世辞にもガラス作りの技術が高いとは言えなかった。そのため、ガラスを壁や屋根として全面に用いるなど、ニースには想像も出来ない事だった。


「ふふ。驚いた? あれが大聖堂よ」


 メグが楽しげにニースに笑いかけたので、ニースは何度も頷いた。


「すごい綺麗だよ……! でもこれ、ガラスが落ちて割れたら大変そうだね?」


「その心配はないみたいよ。私も心配になって昨日聞いたけど、この建物自体が古代文明の遺跡なんですって。

 さすがにガラスは所々修復してるみたいだけど、骨組みは触ってないらしいわ。度重なる天災にも耐えるんだから、すごいわよね」


「そうなんだ。でも、遺跡がずっとむき出しになってたの?」


 メグはニヤリと笑みを浮かべて、大聖堂を指差した。


「ここ、坂道になってて、あの大聖堂って窪んでる所にあるじゃない?」


 ニースは辺りを見回し、頷いた。


「うん。確かに谷になってる」


「この辺って、元々は大きな山だったらしいんだけど、これを掘り当てた昔の人たちが、山ごと削り取って掘り出したらしいわ」


「山ごと削ったの!?」


 ニースは、ここに大きな山があったとは、到底信じられなかった。

 ニースの驚きように、メグは笑った。


「ふふ。ニースって本当に純粋よね。見てて飽きないわ」


 ニースは仮面の下で、ぷぅと頬を膨らませた。


「……メグ。それって、その話が嘘ってこと?」


「ううん。嘘みたいな話だけど、本当だそうよ。信じられないわよね。たくさんの人が、何十年もかけて掘り起こしたんだと思うわ」


 ニースは本当の話だと聞いて、ひたすら感嘆のため息を漏らすしかなかった。キラキラと輝く大聖堂に向けて、ニースはメグと歩いて行った。




 大聖堂を囲むように広がる湖には、大きな橋が架かっていた。橋には立派な門があったが、門番は立っておらず、門扉は開け放たれていた。

 メグは、ずんずんと橋を渡る。ニースは、どきどきしながらも、メグについて行った。


 礼拝堂と思われる、中央の大きな建物の前までやってくると、メグは道をそれた。全てがガラスの建物は、近くで見ると山のように大きく迫力があり、ニースは圧倒されながらもメグを追いかけた。

 塔との間にある庭を少し進むと、メグがガラスの壁越しに中を覗き込んだので、ニースは驚いた。


「メグ、そんなことしていいの!?」


「やっぱり見えるわ。ほら、ニース」


 メグが手招きしてニースを呼ぶので、周囲を気にしつつも、ニースは中を覗き込む。ガラス越しに見える礼拝堂は、ガラス張りの天井から燦々と日の光が降り注ぎ、明るく見えた。

 たくさんの椅子が並ぶ向こう側に、黒、白、青のローブを着た人が集まっており、その中央で、セラがメアリと共に何か話をしているのがわかった。


「セラ、何をしてるんだろう?」


「さあ? ラチェットとマルコムの姿は見えないわね……」


 二人がじっと覗いていると、がさりと背後で草が揺れる音がした。

 はっとして二人が振り向くと、苦笑いを浮かべる中年の男がいた。男は白いローブを着ており、修道士なのだと一目でわかった。


「ええと……。君たちは、ここで何してるのかな?」


 ニースとメグは、振り向いたまま固まった。




 男は、ニースとメグの事を叱る事もせずに、そのままガラスの塔のひとつに連れて行った。

 メグは逃げようかとも考えたが、今はニースと一緒だ。大人の男から逃げられるとは、メグは思わなかったし、マルコムたちがいるのだから、いくらでも言い訳が出来ると考えた。


 男は塔に入ると、入り口に近い部屋に二人を連れて行った。塔の中は外壁はガラス張りだが、内壁はつるりとした白っぽい石造りで、雷石を使った電灯で照らされた部屋には、応接室のような立派な椅子とテーブルが置かれていた。

 メグは、てっきり警備の詰所に連れて行かれると思っていたので、驚いた。


「ここって、応接室……ですよね?」


「ん? ああ、そうだよ。メアリの友人たちを、警備兵に突き出すわけにはいかないからね」


 男の言葉にニースは、ぽかんと口を開き、メグが、おそるおそる尋ねた。


「あの……メアリさんと私たちのことを、ご存知なんですか?」


「ああ、知ってるよ。とにかく椅子に座ろうか」


 男は二人を椅子に座らせると、笑みを浮かべた。


「まず、自己紹介をしないとね。私はタネリだ。見ての通り修道士だが、同時に祈手でもある。これがその証拠だよ」


 タネリは、胸元からメアリと同じ花の首飾りを取り出して、二人に見せた。メグは首飾りを確認すると、失礼のないように気をつけて、タネリに挨拶をした。


「初めまして。私はメグ。この仮面の子はニースです。事情があって仮面を外せませんが、ご容赦ください」


 タネリは、笑顔で頷いた。


「ああ。それも私は知ってるよ。それに、実は私はメグさんとは初めましてじゃないんだ」


 メグはタネリの言葉に首を傾げた。


「どこかでお会いしてました?」


「まあ、君が覚えていなくても仕方ない。私は昨日、大勢の祈手や研究者と共に、君に会ってるからね」


 メグは、タネリの言葉に合点がいった。


「それじゃあ、昨日ここでお会いしてたんですね」


「そういうことさ。でも実は、ほかの場所でも私は君たちに会ってる。ニースくんたちのことも知ってるよ。……昨日は明け方まで、クッキーを焼いていたよね」


 ニースは驚き、声をあげた。


「な、なんでご存知なんですか!?」


 タネリは、はははと笑った。


「そんなに驚かなくていいよ。なに、簡単なことさ。()()()()()()だから、私は君たちのことを知ってるんだ」


「家の客人って……」


「ドリタさんのご家族ってことですか?」


 二人の言葉に、タネリは頷いた。


「そう。ドリタは私の妻だよ」


 唖然とする二人に、タネリは言葉を続けた。


「だから、ニースくんが聖なる色を持ってることも知ってる。そして、歌の力を持たないことも、メアリから聞いてるから、安心してくれ。

 せっかくだし、もう少し話そうか。お茶を入れてくるから、待っててくれないか」


「あ……はい……」


 メグがぎこちなく頷きを返したので、タネリは苦笑いを浮かべながら部屋を出て行った。

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