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地に響く天の歌 〜この星に歌う喜びを〜  作者: 春日千夜
第2部 旅の一座 【第7章 祈りの歌】
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98:聖地エレオス3

前回のざっくりあらすじ:ひったくりの幼い子どもを見た。

 グスタフから()()()()を終えたジーナは、ニースとセラを呼び出した。二人は、ジーナにお説教をされるのではと、恐怖に震えたが、ジーナは怒らなかった。


「ニースくんとセラちゃんにも、グスタフと一緒に手伝ってほしいのー」


 ニースたちはジーナの発案で、急遽大量のクッキーを作り始めた。

 ニースはひたすら粉をふるい、グスタフはひたすら生地をこねる。セラはひたすら笑顔(スマイル)型に型抜きをして、ジーナが窯の温度を調節しながら焼き上げていった。


 ようやくふるい終えたニースは、筋肉痛でパンパンになった腕をさすりながら、窯を見守るジーナに問いかけた。


「ジーナさん。こんなにたくさんお菓子を作って、どうするんですか?」


「んー? 配るのよー」


「配る……? 教会の患者さんたちにですか?」


「似てるけど、ちょっと違うかなー。さっきの泥棒の子、ニースくんも覚えてるでしょー? あの子にあげたいなって思ってねー」


 ニースは、ボロ布を身に纏い、必死に逃げていた幼い子どもの姿を思い出し、悲しくなった。


「あの子……捕まりましたけど、聖皇国だとどうなっちゃうんですか?」


 ジーナは優しい笑みを浮かべ、ニースに振り向いた。


「疲れてるでしょー? 座ってお話しましょうかー」


 ニースが椅子を二つ運ぶと、ジーナは隣に座り、ゆっくり話しだした。


「さっきの話だけど……あの子は教会に連れていかれたはずよー」


「教会、ですか?」


「聖皇国の教会って、孤児院もあるのよー。孤児院は、問題のある子どもたちの受け入れ先でもあるのー。だから、あの子はそこに連れていかれたはずー」


「孤児院……。じゃあ、あの子の家族が迎えに来るまでは、そこにいるってことなんですね」


「んー。それもちょっと違うかなー。盗みを働くぐらいだから、家族はいないと思うけど……もし家族がいても、たぶんもう迎えには来ないと思うわー」


「え!? なんで迎えに来ないんですか!?」


 驚くニースに、ジーナは悲しそうに声を落とした。


「あの子の服は、ボロ布だったし……たぶん、砂漠の国から来た難民の子だと思うわ。聖皇国の子どもなら教会が助けてくれるから、どんなに貧しくても、あんなボロ布を着ないはずよ。だからあの子の家族は、迎えに来ないと思うの」


「難民の家族は子どもを迎えに行かない……?」


「難民の家族っていうと、語弊があるわね。聖皇国の南にある砂漠の王国……いまはモレンド公国になっちゃったみたいだけど。その国の人たちが、教会には迎えに行かないの」


「どうしてですか?」


「それはね、モレンドの人たちは、昔からカルデナ教が嫌いだからよ。モレンドの人たちは、教会を穢れだと考えているから、穢れた場所で僅かな時間でも過ごした子どもを、迎えに行くことはしないはずなの」


「そんな……」


 ニースは、想像出来ない話に絶句したが、すぐに疑問が浮かんだ。


「でも、それっておかしいです。カルデナ教の国に逃げてきたけど、嫌いなんですか?」


 ジーナは苦笑いを浮かべ、頷いた。


「そうね。おかしな話だけど、そうなのよ。ニースくんには難しいかもしれないけど……。国がひとつ消えるっていうのは、大きなことなの。

 嫌いでも、生き残るためには、この国に逃げるしかなかったんでしょうね。でも嫌いだから、ああして町の入り口に固まって、聖皇国の人たちと相容れずに暮らしているのよ」


 ジーナは、ふぅと息を吐くと、気持ちを切り替えるように笑みを浮かべた。


「まー、孤児院には、本当に親がいない子たちもいるし、みんなにクッキーをあげて、少しでも笑ってほしいなって私は思うのー。あの引ったくりの子、すごく痩せ細ってたし、きっと甘い物なんて食べてないでしょうからねー」


 ジーナは立ち上がり、生地が焼ける香ばしい香りが漂い始めた窯を開く。取り出した鉄板の上では、こんがり狐色に焼けたクッキーが、笑みを浮かべていた。

 ニースは、モレンドの人々の考え方は理解出来なかったが、ジーナがやろうとしている事は納得出来た。クッキーを冷まそうと風を送るジーナを手伝いながら、ニースは微笑んだ。


「美味しくて元気になれるのは最高だって、ジーナさん言ってましたもんね」


「そう。その通りよー!」


 ジーナは、まだ冷め切らないクッキーをひとつ取ると、ニースの口に入れた。ほんのり熱さの残る生地は、ほろりと口の中で溶け、甘さを残して消えていった。


「美味しいです。これならきっと、孤児院の子たちも笑顔になりますね」


「当たり前よー。みんなで作ったんだからー」


 自信満々にジーナが笑うと、ニースも笑った。

 いくつも型抜きをしていたセラが、自分も食べたいと、ぷぅと頬を膨らませた。疲れきったグスタフは、崩れて笑顔が歪んだクッキーを勝手に摘み、ジーナに怒られた。




 ニースたちがクッキーを全て焼き上げる頃には、すっかり日が暮れてしまい、ジーナは慌ただしく夕飯の支度を始めた。

 大量の生地を捏ね、疲れ切ったグスタフは、夕食を待てずに眠ってしまった。ニースとセラは台所の片隅で、ひたすらクッキーを包み始めた。


 スープが出来上がると、ジーナは心配そうに宿の入り口を見つめた。


「メグちゃんたち、遅いわ……。何かあったのかしら」


 ジーナのただならぬ雰囲気に、ニースはびくりと身を震わせた。しかし程なくして、宿の扉が開かれた。


「疲れた……」


「もうっ。信じられないわ!」


「みなさん、お疲れ様でした」


「はぁ……参ったなこれは……」


 疲れきった様子で帰ってきたラチェット、メグ、マルコムの三人は、ふらふらと食卓に座り、メアリは真っ直ぐ台所に向かい、手をしっかり洗い始めた。


 ジーナは、メアリの後ろ姿を笑顔で見送ると、鬼の形相で食卓に座る三人を睨んだ。


「こらー! さっさと手を洗ってきなさーい!」


 ジーナの声に、三人はぴしりと身を正すと、すぐに台所へ向かった。ニースとセラは思わず、ぷっと噴き出した。




 皆で夕食を食べ終えると、ジーナは全員にクッキーの包装を手伝うよう言い渡した。疲れていたメグは文句を言ったが、マルコムとラチェットは黙って従った。


 食器を片付けた食卓の上で、慣れた手つきでクッキーを包むメアリが、ジーナに声をかけた。


「ジーナさん。このクッキーは、売るんですか?」


「いいえー。孤児院に寄付しようと思ってー」


 ジーナの返事を聞いたメアリは、目を輝かせた。


「まあ! なんて素晴らしい行いでしょう! 子どもたちも、きっと喜びます!」


「うふふー。ありがとー」


 笑みを浮かべるジーナに、マルコムが器用にリボンを結びながら目を向けた。


「ジーナ。孤児院に寄付って、どこの孤児院だ? 聖地は広いから、何箇所かあるみたいだぞ?」


「そうねー。どこがいいかしらー。メアリ、ここって場所はなーい?」


「そうですね……。それでしたら、明日また大聖堂へ行きますから、大聖堂に持って行きましょう。そうすれば、各孤児院に満遍なく分けてくれるはずです」


「なるほどねー。それなら、もう少し焼こうかしらー」


 ジーナが立ち上がり、台所へ向かうと、メグは包み紙と格闘しながらニースに問いかけた。


「ニース。なんでまた、突然孤児院にクッキーを送ろうなんて、お母さんは始めたの?」


 マルコムも興味深げにニースに目を向けた。


「俺も気になるな。教えてくれ」


 ニースは、こくりと頷くと、メグとの闘いで皺々になった包み紙を伸ばしながら話し出した。


「今日、ジーナさんと一緒に買い物に行ったんです。そうしたら、引ったくりの子に会ったんです」


「ジーナが財布を盗られたのか!?」


 驚くマルコムの言葉に、ニースは首を横に振った。


「いえ、違います。逃げてきたその子を見ただけです。その子がセラにぶつかって転んだから、町の人たちに捕まったんです」


「そうか。ジーナが財布を盗られるわけないよな……」


 マルコムの呟きに、メグたちが頷いた。その様子に、ニースは苦笑いを浮かべながら話を続けた。


「それでジーナさんは、その子が孤児院に連れていかれただろうから、クッキーをあげたいって」


 一生懸命リボンを結び終えたセラが、話を継いだ。


「ジーナさん、言ってました。お洋服がボロボロだったから、きっと難民の子だろうって。もう家族も迎えに来ないだろうから、クッキーを食べて少しでも元気を出してほしいって」


 丁寧にクッキーを包んでいたラチェットが、悲しそうな目を台所に向けた。


「そうか。ジーナさんが、そんなことを……」


 台所からガチャガチャと響く、ジーナの菓子作りの音を聞きながら、皆黙ってクッキーを包んでいった。




 全てを包み終えたニースたちに、メアリがお茶を運んできた。


「寝る前にこれをどうぞ。疲れが取れる薬草茶です」


 メアリが入れたお茶は、ほんのり苦かったが、温かで優しい香りがニースたちの疲れを癒した。肩の力を抜いて、ゆっくり味わうニースに、マルコムが言い辛そうに問いかけた。


「ニース。……ちょっといいか」


「はい、なんですか? ……あ、待ってください」


 お茶を飲み力が抜けたのか、ニースの隣でセラが、うとうとしていた。椅子から倒れ落ちそうなセラをニースが支えると、メグが引き取った。メグは、ふらつくセラを立たせ、マルコムに振り返った。


「マルコム、私は反対よ。ニースに無理強いしないで」


「わかってるよ、お嬢」


 マルコムに一言だけ告げて、メグはセラを連れて部屋へ戻る。二人を見送ったニースは、不思議そうにマルコムに顔を向けた。


「何の話なんですか?」


「ニースも疲れてるだろうに、済まないな」


「いえ……」


 マルコムは、はぁと息を吐き、話し出した。


「今日、大聖堂でメアリさんが歌ったんだが……やはり奇跡は起きなかった」


「そう、ですか……」


 メアリがお茶を飲む手を止めて、ニースに頭を下げた。


「ごめんなさい、ニースくん。私の力不足で」


「いえ……」


 マルコムは、お茶を一口飲み、話を続けた。


「まあそれで、そのあと色々試したんだがな。副旋律でもダメ。ラチェットの伴奏をつけてもダメ。とにかくうまくいかなかったんだよ。それでだな……」


 マルコムは、言い辛そうにカップをじっと見つめた後に、ぐいと飲み干すと、ゆっくり口を開いた。


「ニース。大聖堂で、セラちゃんと歌ってくれないか?」


「……え?」


 突然の話に驚くニースに、ラチェットがメガネをくいと上げて、穏やかに語りかけた。


「ニースが天の導きだってことは、大聖堂には知らせていない。だから歌うのは、セラちゃんと二人、仮面を被ったままで構わないんだ。

 教会の天の導きにも、急遽歌を教えて、歌ってもらったけど、何も起きなかった。あの奇跡は天の導きだからっていう理由で起きたんじゃないよ。たぶん、二人のハーモニーに何かヒントがあるんだと思う。僕たちは、それを確かめたいんだよ」


「でも……」


 ニースが迷っていると、メアリが頭を下げた。


「お願いします、ニースくん。セラちゃんの代わりに、私が一緒に歌うことも出来るわ。どうしても、この奇跡の謎を解いて、世界中の人々を助けたいの」


 マルコムも、メアリの姿を見て頭を下げた。


「俺からも頼む。色々心配だろうが、大聖堂の連中は信用出来る相手だと俺は思う。ニースが困るようなことにはならないはずだし、もし何かある時には、俺が命がけで守る。メアリさんの願いを、叶えてやってくれないか」


 ニースはお茶のカップをじっと見つめ、考えた。


 ――みんなは今まで、こんなにぼくに歌えって言うことはなかった。それだけぼくが必要で、ぼくがやらないといけないんだ。みんなの役に立ちたいし、期待に応えたい。でも……。


 ニースは、これまで経験した様々な事を思い返すと、返事が出来なかった。


 ――教会の人が大丈夫でも、町の人たちは? もし喧嘩になったら、恨まれたりしない? それにもし原因が分からなかったら、ぼくはずっとここで歌い続けなくちゃいけなくなるんじゃ……。


 マルコムたちは静かにニースを見つめ、返事を待つ。ニースには、その視線が辛く感じられた。


 ――みんな、ぼくの返事を待ってる。ぼくが断ったら、奇跡の謎は分からないままで、人を助けることは出来ない。そうしたら、みんなは、ぼくをどう思うんだろう……。


 そこへ、追加のクッキーの第一陣を焼き終えたジーナが顔を出した。


「はーい。これ、あげるー」


 ジーナは、形が崩れたクッキーを皿に乗せて持ってきた。ぐにゃりと崩れたクッキーの顔が、ニースには痛みに苦しむ人々の顔や、マルコムたちが落胆する顔に見えた。


 ――やらないと。怖いけど、やらないと。そうしないと、ぼくは……。


 じっとりと、ニースの手に汗が滲む。すると、ニースの頭をジーナが、ぽんぽんと優しく叩いた。


「何を悩んでるのかわからないけどー。自分が一番大切にしたいことを、選べばいいと思うわー」


 ジーナはそれだけ言うと、またクッキーを作りに台所へ戻っていった。ニースはジーナの言葉に、はっとして呟いた。


「ぼくが、一番大切にしたいこと……?」


 ジーナの話を聞いて、ばつが悪そうにマルコムが苦笑いを浮かべた。


「すまない、ニース。俺は、お前たちが……黒い色を持つ歌い手たちが、自分を犠牲にしがちだって、分かってたはずなのに……。ニースが、不安に感じたり嫌だと思うことを、無理にさせたいわけじゃないんだ」


「え……」


 メアリが申し訳なさそうに、頭を下げた。


「私も、ごめんなさい。ニースくんに無理をさせないでって、メグさんが言ってたのに」


「そんな……ぼくは……」


 ニースは、自分が期待に応えられなかった事に、恐怖を感じた。


 ――どうしよう。みんなに呆れられた……?


 ニースの不安を見透かしたように、ラチェットが柔らかな笑みを向けた。


「ニース。みんな君のことが一番大切なんだよ。だから、ジーナさんの言葉で気付かされたんだ。引き受けない君に呆れたわけじゃないから、安心して」


「ラチェットさん……」


 マルコムとメアリも、そうだと言うように優しく微笑む中で、ラチェットは穏やかに語りかけた。


「重唱は、何もニースとセラちゃんだけのものじゃない。まだしばらく聖皇国にいるし、僕が大聖堂の歌い手たちに、ハーモニーを教えてから、確かめることも出来るから、責任を感じる必要はないよ。

 それに僕たちは、歌の力が目的で一緒にいるわけじゃない。ニースが楽しく歌うのを、見ていたいだけなんだ。だから無理をする必要はないんだよ」


 三人の顔を見て、嘘がない事を感じたニースは、胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。


 ――みんな、ぼくのことを本当に大切に思ってくれてるんだ。役に立つかどうか関係なしに、ぼく自身のことを……。


 ニースの目に、じわりと涙が滲んだ。


 ――ちゃんと考えよう。見捨てられたら怖いとか、そういうんじゃなく。何をぼくは大切にしたいのかを、きちんと考えて……。


 ニースは、溢れそうな涙を誤魔化すように、頭を下げた。


「すぐにお返事出来なくて、ごめんなさい。ぼくに、もう少し考える時間をください。しっかり考えたいんです」


 マルコムたちは、優しい笑みを浮かべたまま、頷きを返した。


 ニースたちは、出来損ないのクッキーと薬草茶で気持ちを和らげてから眠りについた。お茶の苦味と、クッキーの甘さが、ニースの心に染み渡った。

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